先人が切り開いたソニー・スピリットの復活を心から祈る―ソニーの病巣の深さを改めて考えた―

『現代ビジネスブレイブ リーダーシップマガジン』---辻野晃一郎「人生多毛作で行こう」より

〔PHOTO〕gettyimages

Face it、逃げず、正面から向き合うということ

個人名が公になっている人は、ネットなどで突然思わぬ攻撃を受けることがあると思うが、私もツイッターなどで、「これはいくらなんでもひどい」と感じる一方的な攻撃を受けることがある。先日も、見ず知らずの人からツイッター上で個人攻撃を受けたことに端を発して、プチ炎上に巻き込まれたので、今回はその経験から感じたことをまとめておきたいと思う。それは、今や凋落企業の代名詞のようになってしまったわが古巣でもあるソニーに関わる話だ。折しも、『週刊現代』や、この『現代ビジネス』でも特集記事が出ているので(https://gendai.media/articles/-/38460)、それと合わせて読んでいただくと洞察も深まると思う。

実名を言わない匿名者は最初から逃げている

別に今に始まったことではないが、この手の一方的な攻撃は、たいがい的外れなことが多く、大抵の場合は黙殺するのだが、たまにこちらも虫の居所が悪い時など、あえて乱暴な言葉を使って反撃を試みることなどがある。相手の出方や周囲の反応を見るためだ。そうすると、今度はまた寄ってたかって「聖人君子」や「正義の味方」が続々と登場してきて、さらにさまざまな攻撃に晒されて、いわゆる炎上といったことになることも多い。それでこちらもバカバカしくなって離脱すると、今度は「逃げた」とかなんだとか、散々な罵詈雑言を浴びせ掛けられる。

「逃げた」と言われても、こちらは、もともと公人として実名で発言し行動しているわけだから、どこに逃げも隠れもしようがないし、そもそも、このようにネットでありったけの罵詈雑言を浴びせ掛けてくる人たちはそのほとんどが匿名で、この人たちこそ最初から逃げ隠れしているのだから、その言い分にはそれこそ笑ってしまう。

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この連中は一度絡んでくるとどこまでも執拗なことが多く、一方的で自分勝手な思い込みに基づいた解釈でいかにも正論のようなもっともらしい理屈をこねくり回して相手を攻め続ける。そして言うだけ言って気が済むと、今度はご丁寧に一連のやり取りのまとめサイトをあたかも自分達の勝利宣言のごとく作り上げ、意気揚々としている。繰り返しになるが、このようなことをする人たちには匿名が多い。

ツイッターは匿名を保証したコミュニケーション手段ではない

今回も、このパターンで攻防が始まった。最初に絡んできた匿名者に一応名乗るように言ってみたが当然名乗るはずもない。匿名をいいことに周囲も巻き込んで言いたい放題が延々と続くので、彼やその仲間が自分たちでネット上に公開している情報から本人を特定したうえで実名で語りかけてみた。

すると、そのとたんに態度が急変、謝罪して来たり、実名を許可なく晒すのはtwitterの規約違反だから削除して欲しい、などと懇願して来た。そして、こちらがそれに応じないでいると、挙句の果てには自分のアカウントを非公開にしてしまった。それこそ、完全な「逃げ」である。

このプチ炎上を観察していた高広伯彦氏(株スケダチ、株マーケティングエンジン)は、このありさまを、「匿名の間は強気の姿勢で相手をギブアップさせたかのようなこと言ってて、実名バレして以降は本人がギブアップの姿勢を見せてるって。。。情けないね」と書き込んでいる。

実は、私が突き止めたこのグループの人たちは、現役のソニー在籍者であったり、ソニーで働いた経験のある人たちであった。私の真意としては、ソニー関係者だということがわかったので急に仲間意識が芽生えて、そういう後ろ向きなことに時間を使うのはやめて、ソニー・スピリットの原点に立ち返って未来や前を向いて進んだらどうか?と激励したいとの思いであえて実名で語りかけたまでだった。

しかし、その思いはまったく通じずに、ツイッターがあたかも匿名を保証しているコミュニケーション手段とでも勘違いしているのか、実名を晒された、ということでパニック状態になっているようであった。

陰口好きは日本の企業文化?

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本来、直接向かい合って、「自分ならこうする」とか、「こうしたはずだ」という中身のある批判をするのであれば、それがどういうものであれ、まず受け入れて進むことができるのであろうが、残念ながら、世の中、そういう批判者はほとんどいない。自分はその立場にないとか、身分がちがうとか、オレの問題ではない、という具合で、厄介な人との対話は持ちにくい。向かい合う方法がないから、こちらには何とも「嫌な」気持ちだけが残る。

過去の経験からも、日本人は、陰で、あるいは当人のいないところで、相手を誹謗中傷するのが本当に好きな人種だと思う。これはもう、日本の企業文化といってもよい位ではないだろうか。直接は言わない、言うことは聞かない、守らない。でも、やたら、理屈っぽく、陰では持論や自身の正当性を主張する。

こういう態度はとても残念だが、そんな人が多いのは事実だと思う。しかしながら、こういう人たちとも、直接会って一対一で対面して話をすると、それなりに話ができる人も少なくない。今回の攻防においても、感じたのは、「あなたはエライ人、有名人、こっちは無名、立場が違う」、というルサンチマン的正当性である。しかし、そういうルサンチマンは、実は、自分はこれだけやっているのに、認められていないとか、そういう不満に根差している場合も多いのではないだろうか。

そうだとすれば、そこで私が想像するのは、やはり今のソニーの上層部や過去のソニーの上層部全般に対するやり場のない不満、鬱憤、怒りなどが、ソニーの現場のいたるところに渦巻いていて、そういうものが、こういう形で出てきてしまっているのではないだろうか、ということである。組織が健全であれば、こういう人たちに対して、「あなたなら、どうするか」「もし、あなたが、現場の責任者ならば、こうすればいいのではないか」というふうに大所高所から導いてあげる人がもっと内部にいないといけない。しかし、現状はそうはなっていないのであろう。

正面から向き合うことにしか答えはない

振り返ってみれば、ソニーのリストラは、もうハワード・ストリンガー時代から延々と10年の単位で毎年のように続いていて、いわばその「慢性的リストラ文化」が唯一ハワードがソニーに残したものとさえ言えるのではないかと思う。今の平井体制になってからも、エレキの復活を声高に唱えながら、いつまでもオオカミ少年状態で、リストラや業績の下方修正は一向に収まらない。

無責任体質が染みついた、こんなどん底まで荒み切った状況の中では、現場にモチベーションを維持しろ、と言ってみたところでとてもそれどころではない。今のソニーの内部では、おそらくいたるところでモラルハザードが蔓延しているのではないかと想像する。リストラの慢性化に伴うモラルハザードの慢性化である。

今回、最初に私に絡んできた人や、その人の仲間と思われる人たちも、恐らく現場マネジメントの一員として、日々責任ある仕事をしている人たちなのだと思う。自分がどんなに懸命に頑張っても、自分の力の及ばないところでどうにもならない無力感に日々さいなまれているのかもしれない。

私もソニー時代に、カンパニープレジデントという立場を数年経験したが、経営層からはワンランク下のいわば前線の青年将校クラスのポジションであり、現場の悲哀は痛いほどよくわかる。困難な境遇や理不尽な状況の中でも最善を尽くし、自らのインテグリティを尊重して行動するというのは、並大抵のことではない。どこまでも孤独で重たい体験であり、そのような修羅場を経験しないと絶対にわからない世界でもある。

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結論として、今回のツイッターでのプチ炎上から、私は改めて今のソニーが抱える病巣の根の深さを教えられた思いであるが、ソニーの凋落を加速する一方の無能な現経営陣へのやるせない怒りを新たにする一方で、現場の人達への深い同情を禁じ得ない。すでに8年も前にソニーを離れた自分にはもはや何の関わりもないことではあるが、いまだに何か自分にできることはないものだろうか、と考え込んでしまうのである。

もしも、一言だけ、助言を許されるのであれば、やはり、「問題や現状に正面から向き合う以外に答えはない」ということなのかと思う。どんなことでも、自分自身で、まず課題にも相手にも「面と向き合うこと」以外に方法はない。

英語なら、face it。人に対してならface to face。思うに、そういうモラルがどんどん衰退しているように見える。小さいことを厳しく攻め立てるばかりで、自ら向き合う姿勢を重んじなくなっているというか。上の人がそうであればなおさらだ。繰り返すが、現実や直接の相手に対して、面と向かい合うことなしに、何かが変ったり起こったりするということはない。

他人事などない、すべては自分事

目に見えることや、聞こえること、人の話や体験を、「自分のこととして考える」ことが「学ぶ」ための基本姿勢であると思う。実はこの世のすべての事象はつながっていて、他人事なんていうものはない。インターネットの時代になって、ますますその思いを強くしている。

私が心から敬愛する友人から聞いた話であるが、スウェーデンの中学校の社会の教科書のタイトルには、「You own community」と書かれていて、教科書の冒頭に、「学校の任務は、生徒ひとりひとりが、みずからの将来を築くという困難な仕事に向き合う導きをすること」だと明記されているそうだ。何事も、自分事として考えることが出来なければ、学ぶことなどできない、ということなのだと思う。

今回の一件でも思うが、今のソニーの人たちに求められていることは、経営層から現場の人に至るまで、「悪いのは今までの経営陣や、今の社長や、上司や部下や、ビジネス環境や、ルールなんだし、ま、自分には特にやれることないんだけどね…」という他人事的で他責や他罰の態度を完全に捨て去り、一切の苦しみや厳しい現実から絶対に逃げないで、自分事としてそれらに正面から対峙し、そこに果敢に挑んでいく勇気や態度なのではないだろうか?

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それこそが井深さんや盛田さんが教えてくれたソニー・スピリットの神髄でもあると思う。

現代ビジネスブレイブ リーダーシップマガジン』vol066
(2014年2月25日配信)より

辻野晃一郎(つじの・こういちろう)----アレックス株式会社代表取締役社長兼CEO/1957年福岡県生まれ。慶応義塾大学大学院工学研究科を修了後ソニーに入社。88年カリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。06年3月ソニー退社。その後グーグル日本法人代表取締役社長に就任。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。
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