東京在住の女性Ｓ様から「おはぎを買ったので一緒に食べたい」とご連絡をいただいた。大田区の大森駅で待ち合わせて、平和の森公園に行った。私には苦手な場所が多く、大田区も苦手なので頭痛がしてきた。会話がまったく盛り上がらなくて「帰りたいな（土に）」と思った。Ｓ様は「ジュースを買ってきます」と言って、一旦その場を離れた。Ｓ様が離れたら、頭痛が消えた。Ｓ様から醸し出されているエネルギーが頭痛の原因になっていたのだと思った。人のせいにするみたいで最悪だが、事実、消えた。両手にジュースを持ったＳ様が戻ってきたら、頭痛も同時に戻ってきた。

おはぎを食べ終えたので「では」と言ったら、Ｓ様は「坂爪さんと深いコミュニケーションを取りたい」と言った。私は「そんなこと言われても」と思った。これまで散々コミュニケーションを取る時間も機会もあったのに、本番が終わってから本番を始めたいと言われても困ると思った。巷では、こうあるべきのＭＵＳＴではなく、こうしたいのＷＡＮＴで生きましょうなどと言われるが、私に言わせるとＭＵＳＴもＷＡＮＴも同様にゴミである。ＤＯ一択。やる一択。深いコミュニケーションを取りたいと思うのならば、深いコミュニケーションを取りたいと言うのではなく、実際にやる。やりたいと言うのではなく、やる。ＤＯ。

Ｓ様は「まだ時間はありますか」と言った。私は「時間はあるけど体力がない」と言った。これ以上沈黙に耐える体力はないし、時間が勿体ない。Ｓ様と一緒にいてあげることはできた。だが、私は何かを「してあげる」というのがべらぼうに嫌いだ。一緒にいたいから一緒にいる。話したいから話す。歩きたいから歩く。それなら永遠にできる。だが、何かを「してあげる」となった途端、対等じゃなくなる。悪い姿勢で生きていると歪むように、対等じゃなくなると歪む。何かを「してあげる」のは相手を下に見ていないとできない。同情は形を変えた蔑みだ。同情は歪む。蔑みは歪む。歪むことを自分に許したくない。心を鬼にして「今日はこうだったということで」と言った。

Ｓ様は「最後にハグをしてください」と言った。大森海岸駅の前で抱き合いながら、私は「あれ」と思った。言葉のやり取りは苦痛だったが、抱き合った時に感じた感覚は心地良さだった。これならいけると思ったが、言葉になると苦痛になる。抱き合いながら「悔しいです」と言ってＳ様は泣いた。会う前はあれも話そうこれも話そうと思っていたのに、実際に会うと頭の中が真っ白になって何も言葉が出なくなる。自分を取り繕って息苦しい沈黙を作ってしまう。ずっと同じパターンを繰り返している。深いコミュニケーションを取れるようになりたいと言ってＳ様は泣いた。女の涙に強い鬼（俺）は「何かをやりたいと思うなら、やりたいと言うだけではなく実際にやってください」と言った。そして、その場は解散となった。

五時間後、Ｓ様から連絡が来た。そこには「坂爪さんに会うと自分を取り繕って息苦しい沈黙を作る。これを繰り返している。ここを自分で考えて解決しないとまた繰り返す。もう繰り返さない。と決めて心頭滅却渋谷まで歩きました。答えは単純でした。保身をぶっ壊して本音を伝えるので、落ち合いやすい場所で聞いてくれませんか？」と書かれてあった。大森から渋谷までは約十キロ。歩くと二時間以上かかる。そこを歩いたガッツは認める。私は先約があったために連絡に気付くのが遅れた。Ｓ様からは「こんなときにスマホの充電が残りわずかなので帰ります」と追加の連絡が入っていた。私は「また今度！」と返信をした。

三時間後、Ｓ様から連絡が来た。そこには「深呼吸して改めて。今度じゃなくて今日だ。五分時間もらえませんか？場所はどこでも！」と書かれてあった。一日の間に二回セルフ敗者復活戦を行う度胸は大好物である。私は「新宿でもよければ会えますよー！」と言った。Ｓ様は夜の十時に片道一時間かかる距離をはるばる電車でやって来た。出会い頭に「好きです。大好きです。それだけのことなのに、それだけのことをかっこつけて言えなかった。坂爪さんのことが大好きです！！」と言った。言い方がよかった。卑屈さや見返りを求める感じは皆無で、投げっぱなしジャーマンの潔さを感じた。頭痛になる要素は皆無だった。私は「いいね」と言った。Ｓ様は「最後にハグをしてください！！」と言った。新宿駅前で抱き合い、抱き終わった後に「じゃ！」と言ってＳ様は帰った。後ろ姿を見守っていたが、Ｓ様は振り返ることをしなかった。いいものを見たな、と思った。ＭＵＳＴでもＷＡＮＴでもない。人生を面白くするものは、自分の喜びを取り戻すものはＤＯだ。