第8回「堕ろすのが当たり前」 療養所の空気に抗しきれず、妻は…

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雨宮徹
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 沖縄県内にある国立ハンセン病療養所で1950年代、元気な女の子の産声が上がった。

 「やった。これは神様からの授かり物だ」

 知念正勝さん(91)は喜んで天を仰いだ。

 堕胎処置の失敗を経て誕生した我が子だった。

 強制隔離による患者絶滅の政策の下、療養所に強制収容された患者は断種手術で生殖機能を奪われるか、身ごもったとしても中絶を強いられた。

断種か、堕胎か、園外で生むか

 知念さんのいた療養所では患者同士が結婚する際、男性が一方的に断種をさせられるということはなかった。だが、代わりに女性が堕胎を迫られるか、園外で産んで子どもを親類に預けることを強要された。

 沖縄は戦後の米軍統治下にあった時代、日本の優生保護法の対象外とされたが、堕胎などは50年代後半まで非合法で続けられたという。

 「沖縄県ハンセン病証言集」によると、ある女性患者は44年に入所後、6回も堕胎させられた過酷な体験を述べている。

 51年に18歳で入所した知…

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この記事を書いた人
雨宮徹
姫路支局
専門・関心分野
地方政治、ハンセン病、歴史、戦争・被爆者

連載ハンセン病 残された記憶 埋もれた記録(全15回)

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