麻原家族の真相③アレフの会員ではない麻原・オウムの信者の問題に注意。2000年に教団はアレフに改称し、団体規制法で構成員報告が義務付けられ、麻原子女と側近信者の旭村事件もあって、麻原子女と周りの信者ら40名以上が入会をしなかったが、その時に突然信仰を失ったと思われる事情はない。詳細以下
①この40名以上の者は、2000年のアレフの国・公安調査庁への観察処分報告書に、アレフに未入会の者として、記載されている(この数は3か月に一度の報告ごとに変動したが40名以上は第二回の報告であり通算で最多数のもの)。
②なぜアレフ未入会の者も報告する義務があったかというと、観察処分の対象団体はアレフではなく、「麻原彰晃こと松本智 津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体」とされるものであり、様々な麻原・オウム信者の集団の総体を一つの団体と見なしたものだ。実際には、複数の麻原・オウム信者の集団を一つの組織に統合する上部組織(連合体)は存在しないが、これがあくまでも団体規制法の観察処分の対象団体である。そして、この観察処分の放棄に基づいて、自分の団体の正式な入会者以外に、オウム・麻原信者の集団に関して知ることをなるべく報告することを当時の公安調査庁に求められたために、それを報告したのだと思われる。しかし、名前・住所を報告しなければならないところ、直近までの状況から、彼らがオウム・麻原の信者とは確信できても、正式な住所の届け出は得られるものではないから、名前だけや、都道府県だけの住所が報告された事例がある。
③彼らがアレフに入会しなかったが、アレフから見て、これは社会的な理由であって、アレフ発足とともに突然、麻原・オウム真理教への信仰を失ったと思われる事情はなかった。
なお、麻原の子女が入会しなかった大きな原因は、上記の団体規制法というよりも、アレフ発足のまさに直後に旭村事件が発生し、三女次女と側近の出家信者3名が、後継教祖指名を受けた長男と共に住む長女の旭村村の自宅に暴力的に不法侵入し、長男を連れ去る事件が起こったため(不法侵入罪)、未成年の三女次女は拘留・家裁送致・保護観察処分とされ、長男次男は児童相談所に収容されたからだと思われる。
そこで、過去の凶悪犯罪集団というイメージがあり、団体規制法の対象であるアレフに(しかも教祖やそれに準ずる存在として)入会をすれば、そうした処分から解放される時期ははるかに遠のくからである。
ただし、旭村事件発生の前には、その少し前に出所して教団に戻った私は、三女から、団体規制法観察処分に対して、麻原の子女(皇子)は、脱会して温存し、教団は観察処分に突っ込むという選択肢を考えていたということを聞いた(ただし、旭村事件の前まで、私は、その必要はなく、観察処分に落ち着いて対応すればいいと皆に主張したように思う)。よって、決定的な要因は旭村事件であったとしても、それ以前から、教団には籍を置かずに、麻原家族(とその周辺の信者)を温存する考えがあったとは思う。
④なお、2002年になると、アレフは(アレフに入会していない麻原・オウム信者の集団という意味で)麻原子女と周辺の人達の報告することは終了している。しかし、それは、アレフが、彼らが麻原・オウム信者の集団ではなくなった(離教した)と知った事情があったからではなく、理由の一つは、月日が経って、アレフは、アレフ入会者の報告をすれば法的義務を果たしたことになると解釈できる状況になったことがあると思うが、その他の理由については長くなるので機会を改めたい。
⑤しかし、アレフによって報告されなくなった後に、警察や公安当局の強制捜査や調査によって、麻原三女らの側近信者(隠れ信者)として、麻原子女に多額の資金援助をしていると報道された者がいることには、注意を要する。この三女周辺の隠れ信者の存在の疑惑に関しては、滝本弁護士三女の裁判で審議されたが、機会を改めて詳細に報告しい。以上の詳細はこちらjoyu.jp/hikarinowa/aumの3の(2)ところなど。
2,061
Views