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Conversation

だから、仮にぼく自身が賛同する立場から書かれた「分析」であっても、その手のやつは非常に退屈。分析対象とちゃんと向き合わず、作品の外側から持ち込んだイデオロギーで書いているから、結論が最初からみえてしまう。言い換えるなら、その作品を題材にしなくても書ける分析はダメだということ。