本当の親が亡くなっていたとしても
政府は新生児の取り違えの件数を調査していないが、法医学者が'73年にまとめた論文では、江蔵さんが生まれた'58年を含む'57~'71年の間だけで、全国で少なくとも32件の取り違えがあったと報告されている。
筆者は江蔵さん以外の当事者にも取材をしたことがあるが、育ての母親が不倫を疑われたり、アイデンティティに悩み自殺を考えたりと、その苦悩は想像を遥かに超えたものだ。
さまざまな事情から、裁判で争うことが叶わない人もいるなかで、江蔵さんが本当の親に出会うことができれば、極めて画期的な実例となる。
東京都は現在、江蔵さんの出生月に墨田区で出生届を提出した113名の対象者を調査中だ。今後、産院の確認やDNA鑑定の協力を求めていくことになる。
都の担当者は、取材にこう説明した。
「住民基本台帳や戸籍などを基に調査を進めています。並行して、江蔵さんと調整した照会状の送付も行っていきます。調査に時間がかかっているのは、必要な手順を踏んでいるからです。墨田区から戸籍受付帳を受け取り、数十の自治体に対して戸籍を請求する作業には時間がかかります。自治体により対応速度は異なり、早いと1週間、遅いところだと3週間くらいかけて郵送してもらいます。
また、調査自体は任意のため、調査対象者の方々の生活や心情に最大限配慮する必要も生じる。協力を得られないと永遠にDNA鑑定の可能性はなくなってしまうので、慎重に進めています」
本当の親が判明したとき、江蔵さんには叶えたいことがある。
「年齢を考えると親は亡くなっている可能性が高いし、その覚悟は持っています。そのときは、親族などに私の親がどんな人生を送ったかだけでも聞きたい。そして、墓前で自分の歩んできた人生を報告したいんです」
江蔵さんと育ての母の切実な願いが叶う日は、いつになるだろうか。
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「週刊現代」2025年09月15日号より