「帰りたい」公園で保護された認知症男性が死去 名乗った「京都市中京区生まれの田中清」は戸籍なく
京都新聞配信
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- 田中清さんは晩年を施設で穏やかに過ごし、手厚い介護を受けられたことが幸せだったのではないかと考えています
- 近親者が名乗り出ない背景には、経済的な余裕のなさや家庭の事情があるのではないかという意見もあります
関連ワードは?
- 認知症
- 施設生活
- 家族の縁
コメント350件
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近親者はいると思うが、様々な事情で名乗り出ないのだろうと思う。 近所の方で一人暮らしの認知症の方がいるが、近くに住む子供は余裕がないから面倒を見れない。 最近歌手の大御所の方が懸命な支えもむなしく無くなられたが経済的に余裕があればできるが、生活に精いっぱいでは親どころではないのが現実だ。
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空き缶拾いをされてたってことはホームレスだったのかなと思うし、その時点で近親者とは縁が切れていたのかもしれない。 近くで、親身に関わろうとされた方ほど自責の念にかられているのかもしれませんね。 何が正しいのか、どの選択が正しいのかはわからないけど、この10年衣食住が整った環境で暮らせたのも幸せの一つの形なのだと感じました。
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東南アジアだと、こういう人は路上で住んで地域の人が世話してあげるけど、医療は受けられない。日本は名前分からなくても施設に入って生活も医療も受けられる。 ちゃんと10年も施設で暮らせたんだから、田中清さんも幸せだったんじゃないか?
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型友禅の職人として働いていたのが事実なら何か手がかりがありそうな気がするのですが、名乗り出る人が誰もいなかったのがなんだか悲しいですね この男性の中では京都が美しい思い出として残っているんでしょう 最期まで帰りたかったようですが、晩年を施設で穏やかに過ごせてよかったと思います
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家族皆仲よく朗らかに暮らしている人もいれば、もう家族と縁を切りたいという人もいてそれぞれだなぁと感じます。 環境や生い立ちは自分ではどうしようもない部分はあると思います。この男性には家族がいるのかもしれませんが、諸事情から名乗り出られない理由も考えられます。 ホームレスの方がテントの中で亡くなり発見まで時間がかかるケースもある事を思えば、施設の中で晩年を過ごせたことは良かったと思いたいです。
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田中清さんが天国に行って家族や友人に会い、自分の本当の名前を思い出し心穏やかに過ごしてほしいです。 認知症になり、自分が何処の誰なのか分からないのは悲しいことですが、誰にも起こり得ることです。 1日を大切に、家族や友人を大切に生きていこうと思いました。 田中清さんのご冥福をお祈りいたします。
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「脳血管性認知症」とは、脳梗塞や脳出血などが原因でなる認知症だそうだ。つまり、昨日までは正常な状態だったのに、脳梗塞や脳出血で突然自分がどこの誰だかわからなくなり、体も麻痺して動きにくいと。 50歳ぐらいを過ぎたら誰に起きてもおかしくないな。
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幸せかどうかは本人が感じることだと思うのでなんとも言い難いけど、記憶が欠落していく中で京都の思い出と帰りたいという思いは最後まで無くならなかったのですね。山1つ隔てたところが京都なんだし、叶って欲しかったなぁと思います。お世話された方、いろいろとこの方の為に奔走された方、お疲れ様でした。家族が名乗り出なくてもこういう方々が居たというのはよかったんでしょうね。
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福祉ではないけど、こういう方のサポートとかしてた時期があったが、やはり難しかった。 それこそ「京都生まれの京都育ち」であったとしても、戸籍がそこにあるとは限らないし、住民票も消除されたら5年で追うこともできなくなる。 最近住民票も保存年限が150年に延びたから、これで救われる人が少しでも増えたらいいなと思う。
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私の家族も認知症で施設にいます。健康的な食事とリハビリで穏やかでニコニコ過ごしています。この方もも晩年は施設で暮らして、手厚い介護を受けることができて、それは幸せだったかもしれませんね。自分自身が本当は誰なのかわからなかったのは残念ですが、認知症の方は色んな世界線の中を生きていると感じます。自分で名乗った田中清という名前が、晩年ではこの方の真の名前だったのかもしれませんね。ご冥福をお祈りいたします。
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