顔ビショ対策 +α
ペンギンです。
オモコロで記事が出ました!
『渡る世間は鬼ばかり』で泉ピン子さんが喋っている間だけ、顔を水に浸けるチャレンジをしました。
タイトルですべてを説明しないと、何をどうするつもりなのか全然伝わらないと思ったので、こんなにも冗長なタイトルになってしまいました。
みんな本当によく喋るので、顔を水に浸けていても状況や展開はとてもよくわかりました。
図らずも、『渡る世間』のドラマ力の高さを見せつけられるチャレンジとなりました。
ただ、「泉ピン子の顔を見ると息が止まる」という恐怖も同時に学習してしまい、しばらくは「泉ピン子=死」というあまりにも理不尽で彼女にとっては傍迷惑な印象もついてしまいました。
今はもう大丈夫です。
頻繁に、そして完全に相手任せのペースで、断続的に息を止めさせられ続けるのは確かになかなかしんどかったです。
それって水責めですから。
しかし、顔を水に浸け終わった後の、「あまりにもビショビショすぎる顔のままドラマを観る」というのも、実際は同じくらいキツかった。
(ストーリーを追いたいからという理由もあるし、それ以上に、ピン子が再び喋るかどうかをモニタリングする必要があるから)
人生において、ドラマを観ている最中に急に顔がビッショビショになって、それでもドラマを観続ける経験って、ないですよね。
経験がないので当然ノウハウがなく、ノウハウがないのでずっと行き当たりばったり。
息を止める間合いやコツは少しずつ会得していきましたが、ビショビショ顔の処理についてはチャレンジの本筋とも違うので毎回やっつけでやり過ごしていました。
毎回適当に顔をタオルで拭いて、うまく拭けてなくて目に水が入ってドラマに集中できなくて、もう1回拭いている最中にまたピン子が喋り出して…というのをずっと繰り返していた気がする。
僕は水中で目が開けられないタイプなので目に水が入るのは御免ですし、それ以外にも頬から顎に水が這って顎から滴り続けるのも地味にストレス。鼻や口回りに付着した水滴が一定量を超えていると陸上での呼吸中に水分が呼吸器に侵入するのも結構イヤだ。
なので、顔の水分を拭きとるのはかなり重要な行動です。
しかし、僕はタオルを手でギュッと握った形状のまま顔に充てがっていたので、布でできた握りこぶしで顔を拭いている感じになって全然うまく水分が拭きとれない。
タオルはもっとキレイに折り畳んで、こぶしではなく「面」で拭くようにすべきでした。
次に急に顔がビショビショになってそれでもドラマを観続けなければならない状況の時には、もう少しうまく立ち振る舞えるのではないかと思います。
また変なことしてる記事で笑いました。(顔を水に浸けるチャレンジ)
ありがとうございます!
今回は特に、「いったい何の意味があるんだ」という感想をもらえた気がします。
確かに、ドラマを観ながら顔を水に浸けることに、何の意味があるのか。
でもそれって、突き詰めれば「全て」がそうですよね(?)。
意味がないことをしているコンテンツの中でも、「何の意味があってやってるんだ」と言われるものと、言われないものがあるのかもしれない。
その差を生み出す源泉は、意味の無さの「程度」なのでしょうか。それとも何か別の物差しがあるのでしょうか。
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『渡る世間』を観ていて、「和室」という存在にフッと意識が向く瞬間があった。
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