【今週の秘蔵フォト】歯に衣を着せぬ自由奔放な言動で、1970年代に人気を呼んだ女優が中野良子だ。73年にはNHK大河ドラマ「国盗り物語」、TBS系「白い影」に出演中で、ハードスケジュールの合間を縫って松竹「花心中」に主演するなど、超売れっ子だった。

 73年8月30日付本紙には絶頂期にあった中野のインタビューが掲載されている。当時23歳。米女優ジェーン・フォンダにあこがれて大映演技研究所の門を叩き、70年に三船プロに入社。71年にはNHKの人気時代劇「天下御免」に初主演して、一気に人気は全国区となった。その後もTBS系「地の果てまで」、フジテレビ系「光る海」に出演してトップ女優の地位を不動のものとした。

 当時、撮影中の松竹「花心中」で中野がヌード姿を披露するかどうかが、マスコミの大きな話題となっていた。同じ時期に由美かおるが「同棲時代」、高沢順子が「新・同棲時代」(いずれも松竹)で大胆なヌードを披露していたからだ。

 ところが中野の返答は強烈だった。「私は脱ぎません。どっちでもいいこと。あまりに(ヌードに)とらわれているんじゃないですか。私は芝居はうまい方だとは思いませんが、ヘタならヘタとハッキリ言ってもらったほうがいいですね。そのほうが勉強になるから」と、他の女優にとってはかなり刺激的な言葉を投げつけた。ある意味“挑戦状”だ。

 恋愛や結婚観については「来年はヒマをつくることに努力します。来年になればそういう話もあるんじゃないかな」と語った。ところがヒマどころか76年には高倉健主演の大映「君よ憤怒の河を渉れ」、77年に松竹「八つ墓村」、78年に宝塚「お吟さま」と角川「野性の証明」など大作に立て続けに出演した。

 女優以外にも84年には首相訪中時のゲストとしてキャスターに起用されると、以後は外務省の依頼で世界各国に派遣され、国内外で講演会を多数開催した。常に孤高を恐れなかった中野は、女優の枠を超え「国際派」へと華麗な転身を遂げていった。