食わず嫌いしてた「HUNTER×HUNTER」今更観たら、ただのバトルアニメじゃなかった件について
「なんか小難しい理屈っぽいアニメでしょ?」と、ずっと食わず嫌いしていた「HUNTER×HUNTER」。それが今になって観てみたら、ただのバトルエンタメだと思っていた自分の浅さに気づきました。
そこには“少年漫画”という枠を大きく超えた、政治・貧困・差別・食・善悪といった現代社会の問題提起と、深い哲学が詰まっていたんです。
⚠️※この記事には「キメラアント編」を含む重大なネタバレが含まれます。未視聴の方はご注意ください!
今回は、そんな私の「今さらハンターハンター体験記」を語らせてください。
■ 食わず嫌いで20年スルーしていた話
「ハンターハンター観たことないの?」
この質問、何度聞かれたか覚えてません。世代的にもドンピシャなはずなんですが、どうにも手が伸びなかったんです。なんというか…**念能力とか出てくる時点で“複雑そう”だし、“設定厨向け作品”っぽいな…**と思い込んでまして。
あとは、若い頃にちょろっと観た「幽遊白書」がバトルメインだった記憶が強くて、「富樫=バトルの人」ってレッテルを貼ってしまってたんですよね。完全に食わず嫌いです。
でも、ある日ふとNetflixで見かけて、「まあ1話だけ観てみっか」と軽い気持ちで再生したら、まあ終わりですよ。見事に沼にハマりました。
■ ただのバトルものだと思ってたら、違った
最初は「やっぱジャンプ作品っぽいなー」と思いながら、軽快に進んでいくハンター試験編を観てました。
でも、幻影旅団編あたりから空気が変わってきて。
この物語、キャラがみんな一筋縄じゃないんです。“悪役”が全然悪役してないし、“正義”を振りかざすキャラほど怖かったりする。
幻影旅団なんて、盗賊団なのに妙に人間くさくて、特に団長クロロの“哀愁”に心を持っていかれました。やってることは犯罪なんだけど、彼らには彼らの論理がある。
一人ひとりに“正義”があって、そこに「正解」はない。
この感覚、少年漫画じゃなかなか味わえないですよね。
■ キメラアント編の破壊力
で、問題のキメラアント編です。
もうね、「なんだこれ」って声に出ました。途中から「少年漫画だよね…?」って自問するレベルで、空気が重い。えぐい。深い。
特に心を鷲掴みにされたのが、王・メルエムの最期です。
メルエムって最初は完全な“ラスボス”感あるんですよ。強い、冷酷、容赦ない。
でも、囲碁のコムギと出会ってから、少しずつ変わっていく。感情を持ち、人間らしさを手に入れていく。
そして迎える、あの結末。
敵に倒されて死ぬんじゃないんです。人間側が用意した、核兵器を模した兵器「薔薇」の放射能による後遺症で、静かに死んでいく。
これはもう、「バトルアニメの死に方」じゃないですよね。
しかもその死に様が、残酷で美しくて、切ない。
「ああ、人間の方がよっぽど無慈悲で残酷だな」と、背筋がゾクっとしました。
善悪の境界線が曖昧になり、何を信じればいいのかわからなくなる感覚。
富樫さん、天才すぎません?
■ 感じ方は人それぞれ、それでいい
このメルエムの死をどう受け取るかって、本当に人によると思うんです。
感動して泣いた人
バトルの決着がなかったことにモヤモヤした人
そして私のように、「これは現代社会の写し鏡だ…」と妙に冷静に深読みした人
大きく分けてこの3パターンなんじゃないかと思います。
でもそれでいいんですよね。富樫さんの作品って、一つの正解に収束させようとしてないんです。
観る人に委ねる。
その余白こそが、作品の“深み”なんだなと実感しました。
■ 「おまえたちは牛や豚の命乞いに耳を傾けたことがあるか」
これもメルエムのセリフですが、グサッと来ましたね…。
「人間は食物連鎖の上にいるから偉い」みたいな傲慢さを、ズバッと斬ってくるセリフです。
人間が特別だと思ってるのは人間だけで、他の生き物からしたら勝手に食ってるだけの存在。**自分たちが“支配者”だと錯覚してるけど、それって本当?**って問いかけてくるんですよね。
これ、環境問題とか動物倫理の話にもつながるし、現代の「ヒト中心主義」を皮肉ってるようにも感じました。
■ グリードアイランド編は「娯楽と中毒」のメタファー?
グリードアイランド編は一見ゲームっぽくてライトな話に見えるんですけど、“娯楽の恐ろしさ”みたいなメッセージも潜んでるなと思いました。
あの世界ではゲームは現実と地続きで、ゲームの中での死はリアルの死。
にもかかわらず、プレイヤーたちはどんどん夢中になって、現実を忘れていく。
「娯楽に溺れる人間の性(さが)」を風刺してるようにも思えて、ちょっとゾッとしました。
ゲームって楽しいけど、命の価値さえ麻痺させる。なんか現代のSNS依存とかにも通じる感がありますよね。
■ 幻影旅団編は“差別と復讐の連鎖”
幻影旅団とクルタ族の因縁も、ただの復讐劇ではないんですよね。
団員たちは「虐げられた者の復讐」を背負っていて、一方的な“悪”とは言い切れない背景がある。
世界の中で“差別される側”だった人間が、“差別する側”に変わっていくという皮肉。
この構図、歴史を見ればよくあることなんです。
そこを少年漫画でやるって、正直びっくりしました。
■ 幽遊白書も、もう一回観直してみたくなった
最後にちょっと脱線しますが…。
富樫先生の過去作「幽遊白書」、若い頃に夢中で観てました。でも、あのときは完全に“バトルアニメ”としてしか観てなかったんです。
今思えば、幽白にも「人間と妖怪の共存」「人間の業(ごう)」みたいなテーマが散りばめられていたなと。
**あれって、実はめちゃくちゃ深い作品だったんじゃない?**と、今になって思ってます。
もう一回観たら、当時は見えなかった何かが見えるかもしれませんね。
次の週末にでも観てみようかな、ってちょっとワクワクしてます。
「ハンターハンター」は、ただのバトルエンタメじゃありませんでした。
エンタメとしての完成度はもちろん高い。だけど、その裏には現代社会への鋭い問いや、深い人間観察、そして哲学的なテーマが張り巡らされていました。
「正義とは?」「悪とは?」「命の重さって何?」「人間って本当に“上等な存在”なのか?」
そんな根源的な問いを、少年漫画の皮をかぶってこれでもかと突きつけてくる作品だったと思います。
正直、観るタイミングが今でよかったとも思いました。若い頃の自分だったら、ここまで深く感じ取れなかったかもしれません。
「やっぱ富樫先生すごいなぁ」と、何度も唸らされました。
“未完”という意味でも色んな意味で伝説ですが(笑)、この先どこまで描かれるにせよ、すでにこの作品は一つの金字塔だと感じます。
さて、今度は「幽遊白書」を大人の目線で見返してみようと思います。
昔は見逃していた“富樫ワールドの深淵”が、そこにも隠れている気がしてなりません。
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