経済と感情のはざまで揺れる外国人政策◇「日本人ファースト」の背景に見えたもの(国際基督教大学・橋本直子准教授)
「移民政策は感情である」。これは、トルコ系移民出身者として初めてドイツ連邦議会議員となり、ショルツ内閣では閣僚も務めたジェム・オズデミル氏の言である。
2025年7月20日に投開票が行われた第27回参議院議員通常選挙では、選挙という感情渦巻く状況下で、「感情としての外国人政策」が一部の党によって選挙戦略に利用された。本稿ではまず、なぜそのような事態に陥ったのか、日本の外国人政策の現在位置を確認した上で、今後のカギとなる要素を数点提案したい。
「外国人政策」が注目された四つの理由
先の参院選で特に「外国人政策」に注目が集まったのは、四つの要素が複合的に重なった結果と私は見ている。
第一が、包括的移民政策なき中で進められてきた「外国人労働者」の積極的受け入れである。1990年の入管法改正で現在の入管体制の大枠ができて以来、日本に中長期に在留し生活する外国籍者の数は(東日本大震災やコロナ禍を除いて)増加し続けてきた。2024年末の中長期在留者数は約377万人と1990年の3.6倍、総人口の約3%を占めるまでになった。
特に2019年に導入された「特定技能2号」は、在留期限の上限無く家族帯同を伴う日本への移住が可能となり、従来の「高度人材や留学生は積極的に受け入れる一方、いわゆる単純労働者については慎重に対応する(つまり受け入れない)」という方針を大転換させた。一部では「静かなる革命」とも呼ばれている。
しかし政府与党は「移民政策と誤解されないように」という詭弁を繰り返し、中央政府主導での抜本的制度整備は行われないまま今日に至る。
第二がオーバーツーリズムの弊害である。2003年以来、日本政府は海外からのインバウンド観光客の積極的誘致を推進し、2019年には約3200万人に迫った。その後コロナ禍で約25万人にまで激減した後、2024年には3700万人近くまで瞬く間に回復した。コロナ禍での国境封鎖による「疑似鎖国」を体験した後だったからこそ、急増度がより鮮明に感じられると共に、大規模な外国人観光客を迎えるための社会的インフラ整備は遅れた。
特に短期観光客は中長期に日本に滞在する外国人とは異なり、日本語や日本文化、日本独自の暗黙のルールや社会規範にも通じないのが当然で、マナー違反や迷惑行為を意図せずしてしまう場面もあろう。しかし一般市民からすれば、中長期滞在者も短期観光客も同じ「外国人」にしか見えない。
第三がソーシャルメディアに蔓延する外国人関連のフェイクニュースである。「不法滞在者が急増している」「外国人犯罪が増え日本の治安が悪化している」「外国人によって健康保険制度が乱用されている」「外国人ばかり多く生活保護を受給している」「外国人は税金を払っていない」「留学生が日本人学生より優遇されている」「外国人労働者のせいで日本人の給与が上がらない」などなど、これらは全て、公的データや統計からは裏付けされない、一言で言えば「デマ」またはごく一部の事例の誇張に過ぎない。しかし「表現の自由」と「アテンション・エコノミー」の名の下に、ネット上に放置・拡散され続けている。
選挙戦後半には一部の主要メディアもファクトチェックを試みたが時すでに遅し。専門家やメディアが訂正しようとすればするほど、一部のSNS信者の態度はますます硬化していった。
第四が経済の混迷である。ロシアによるウクライナ侵攻以降続く物価高・インフレ、円安による購買力の低下、賃金伸び悩み、少子高齢化による社会保険料の負担、先行き不透明な経済、格差拡大などにより、人々の不満・不安が高まっている。そこに参政党が全面に押し出した「日本人ファースト」のスローガンは、「外国人が優遇されているから自分の生活が良くならない」「外国人が日本社会を脅かしている」という虚構メッセージを発し、外国人という都合の良い責任転嫁先を人々に提供した。海外の扇動政治家の戦略をまねることで、選挙戦を勝ち抜いたのである。
置き去りにされた市民の感情と生活
これらをあえて一言でまとめるなら、中長期の外国人住人も短期の外国人観光客も「外国人デマ」も経済的利益優先で増え続ける中、一般市民の感情と生活が置き去りにされてきたと言えるのではないか。と同時に、加速する少子高齢化の中で、日本の基幹産業と社会保障制度を維持するには、今後も外国人の受け入れ増は不可避である。であるならば、今後とるべき対策は何か。
まずは、中央政府主導による十分な予算確保の下で、包括的移民政策を策定・実施することが急務である。既に2018年から入管庁主導で毎年改訂されている「外国人材受け入れ・共生のための総合的対応策」を拡充し、どの在留資格を持つ外国人にどの程度の日本語能力や日本の生活・文化オリエンテーション参加を義務付けるか細かく設定し、中央省庁、自治体、雇用主企業、NGO・NPOの間の役割分担を明確化させる必要がある。外国人集住都市会議や全国知事会などが再三提案してきた「基本法」や「移民庁」の設置も有効であろう。
各自治体における地域ルール順守のために、国籍問わず適用されることを大前提に、過料付き条例の制定も視野に入る。オーバーツーリズム対策やフェイクニュース対策も待ったなしであり、観光業界やメディア業界による協力も欠かせない。これら全てにおいて、長年多くの外国人受け入れの経験がある主に西欧諸国の失敗と成功から学ぶことも有効である。
求められる「察しの文化」との決別
最後に、一般市民に求められるのが「察しの文化」との決別である。日本は従来から多様性をバネにというよりどちらかと言えば社会的一体性や「和」を重んじて来た歴史がある。そのこと自体は悪いことではないが、日本独自の暗黙のルールや規範を外国人に最初から察しろというのは無理である。
日本人の中にも多くの違反者がいる中で、具体的にどのルール・規範・文化・伝統を外国人にも尊重してもらいたいのか徹底的に突き詰め、それらを日常的に自らわかりやすく言語化し周囲の外国人に説明する、つまり対話力を磨く必要がある。外国人との共生とは、日本人自身が日本のルール・規範・文化・伝統を再確認し、言語化していくプロセスに他ならない。向き合うべきは外国人ではなく日本自身である。(2025年8月9日掲載)
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橋本 直子(はしもと なおこ)
国際基督教大学教養学部政治学・国際関係学デパートメント准教授。専門は難民・移民政策、国際法、国際機構論。オックスフォード大学難民学修士号(スワイヤー奨学生)、ロンドン大学国際人権法修士号、サセックス大学政治学博士号(日本財団国際フェロー)、取得。大学院卒業後15年近く、外務省、国際移住機関(IOM)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、法務省等で、人の移動、人権問題、難民保護、移民政策等の分野で実務家として勤務。
一橋大学(常勤)、東京大学(非常勤)、ロンドン大学難民法イニシアチブ(非常勤)などで教鞭を執り、2024年4月から現職。2021年からは法務省難民審査参与員も務める。Forbesオフィシャル・コラムニスト。近著に『なぜ難民を受け入れるのか―人道と国益の交差点』(岩波新書、2024年)他。











