きみだけに✋(👁👅👁)🤚おしえるよ
うるさいトランプはよ寝ろ😡
こう、魔法少女がぽぽーんと空飛んで来て、俺に向かって「結婚してください」と言う。そういうことが起こって欲しいのよ。
なぜなら現実の女は「経済力がない男は論外」とか抜かして、少子化を加速させてるからな。俺が魔法少女にしか救われないのは、社会構造のせいなんだよ。
第一に、婚姻制度がクソだ。魔法少女は年齢詐称してるかもしれない? そんなの関係ない。年齢なんて暦の上の幻想でしかない。むしろ魔法少女が俺に結婚を迫ることこそ、国家の存亡を救う少子化対策なんだ。
第二に、もし魔法少女が存在するとしたら、彼女らは現実の女性よりも遥かに義務を果たしてくれるだろう。だって敵を倒しながらも愛を誓ってくれるんだから。現実の女性がやってるのは「SNSでの愚痴投稿」や「#旦那死ね」キャンペーンじゃないのか?それに比べて魔法少女は世界を守りながら俺に結婚を申し込んでくれるんだぞ?どっちが健全かは火を見るより明らかだ。
第三に、魔法少女と結婚したいという欲望を「キモい」「幼稚」と叩く連中。お前らのその態度こそ、少子化と婚姻率低下の真犯人だと俺は断言する。魔法少女にすらプロポーズされない現実を押し付けてきた結果、若者は夢も希望もなくなったんだ。
だから俺は言う。俺が魔法少女に結婚を申し込まれる妄想は、単なるオタクの幻想じゃない。国家的アジェンダだ。これを笑う者は、もはや少子化推進テロリストであり、未来の子どもたちの敵だ。
今はChatGPTなどの生成AIがあるから、3分間スピーチの原稿を作成するのは、かなり楽になってるはず。
ふたつくらい個性的な内容のものを用意していれば、誰かと被ることは、ほぼ無くなる。
ただ増田が書いているような形式で3分間スピーチをする会社に務めているとして、僕なら、こんな風に考えてやってみる。
一般的な話をすると人と被る確率が高いなら、個性的な話を用意しなくていけない、ということだ。
個性的であれば、人と被ることはない。
では、個性的というのはどういうことなのかといえば、それはもう細部にこだわるしか無い。
たとえテーマが同じでも、切り口や捉え方、感想、どう思ったか、が人と違っていれば、それは別のスピーチになる。
同じ天気の話をするにしても、今日は雨でうっとおしいですね、と話すか、実は僕は雨が大好きなんですよ、と話すか。
それによって話の内容は異なる。
「雨の日になると思い出すのが、小学校2年生のことです。同級生の〇〇くんが傘を忘れて……、」
こんな風に続ければ被ることは絶対にない。
ただ作り話なんてする必要もないと思う。
自分の中の、雨というものに対するものすごい小さなこだわりを話していれば、
ときに「わかるわー」
と共感されることもあるだろうし
ときに「なにそれ?」
と理解されないこともあるだろう。
そして、そんな話を積み重ねていくことで何がわかるかと言えば、自分で自分自身のことがわかってくるという効用だ。
なかなか、大人というのは忙しすぎて、自分の中のリアルタイムの個性というものを見つめ直す時間というのは意外に少ない。
とくに昨今のSNSだとかTikTokだとか、小さな刺激を次々に切り変えては、感情を上げたり下げたりすることに夢中になるような余暇の使い方をしているとそうだ。
そういう中で自分のこだわりだとか、「昔は好きではなかったことが、今は好きになっているんだな」、とか気づける機会が日々のルーティンの中に組み込まれているというのはそんなに悪くない。
更に付け足すと、これは人から褒めてもらうためにやることではない。
3分間スピーチに、気持ちが重くなる人は、他人からの目を意識しすぎていることに気づかなければならない。
結局、スピーチの内容の出来不出来を、「他人がどう評価するか?」ということを軸にして心配し過ぎなのだ。
それはビクビクと他人からの目、人からの評価を意識し過ぎながら生きているようなものだ。
そりゃしんどくなる。
そうではなくて、自分の3分間スピーチというものに対して、自分自身がどのように評価するか?ということに軸をおいていくべきなのだ。
他人から見て、意味がないスピーチでも、自分の中では思わぬ気づきがあったりすることだって絶対にある。
というか、むしろそういうことのほうが多い。
ということに気づけるかどうか?……、などと考えを発展させていくと3分間スピーチというものが楽しみで仕方が無くなっていくのではないだろうか?
『撲殺ピンク 性犯罪者処刑人』を5巻分まで読んだけど、ギブアップです。もうええわ。
だいたい全体の1/3ぐらい読みましたが、特に続きが気になる感じでもないし、まだ連載中で終わってないので最後まで読むモチベーションも湧きません。
世の中にはこれを面白いと思ってる人もいるんやろうけど(作者自身が面白いと思って書いてるかは知らん)、ワイには合いませんでした。
素人質問ですが、もしヒルベルト空間の次元が無限可算でなく、カーディナリティとして連続体を超えた大きさ(例えば不可測基数に対応する状態空間)を前提とした量子力学を構築した場合、通常のボルン則による確率測度は定義できるのでしょうか?
さらに、そのような体系で「測定」という操作を導入すると、波動関数の収縮は超選択則を超えたhyper-hierarchical collapseを引き起こす可能性があると思うのですが、そのとき局所性や相対論的因果律はどう破綻し、どう修復され得るのでしょうか?
>日本国内での販売本数が約7万本ほどだったので、「やっても無駄だろう…」と半ば諦めつつ海外でもリリース
2006年のE3、マジェスコがブースでプレイアブル出展したところ、米ゲーム専門誌IGNの「Best DS Most Innovative Design」アワードを受賞。
これをきっかけに北米・欧州で受注が急増し、大ヒットにつながった。
日本 約7万本
アメリカ 約302万本
欧州 約190万本
なぜSNSをやらないのか?
→ 情報が氾濫していて、自分にとって価値のある情報が少ないから。
→ 多くの投稿が「承認欲求」や「自己表現」のためで、実用的・本質的ではないから。
→ 社会的動物として、他者に認められることが生存戦略に直結してきた進化の歴史があるから。
→ 個体単独では生存確率が低く、集団での協力行動が自然淘汰で有利だったから。
→ 生命が有限の資源を奪い合う過程で、より適応的な形質を残す仕組みが働くから。
人いなさ過ぎじゃない?