ついに東京を走る「旅客会社の電気機関車」が全滅 「ベテラン機関車」がかつての名門機関区から去った日
9月に入り、JR東日本の尾久車両センターに所属していた電気機関車が、次々と秋田または長野の車両基地へと旅立っていきました。そして9月16日深夜、最後に残っていたEF81形2両が、「カシオペア」の補助電源車であるカヤ27形とともに、秋田総合車両センターへ回送。これにより、1872年の鉄道開業以来続いてきた、都心部に配置された旅客用機関車の歴史に、終止符が打たれたことになります。 【画像】「1両だけ」のレア塗装が2両も 田端所属だったEF81形 末期は尾久車両センターに所属していた電気機関車たちですが、かつては田端運転所という組織の所属でした。この地の機関車基地は、1896年に田端機関庫として開設されたのが始まり。後に田端機関区に改称され、さらに国鉄分割民営化を前に、旅客列車部門が田端運転所、貨物列車部門が田端機関区(JR貨物へ継承、後に廃止)に分割されました。ちなみに国鉄時代には、田端機関区とは別に尾久機関区も設置されていました。 その後の2022年、車両の所属・管理部門は、田端運転所に隣接する尾久車両センターに移管。田端運転所は乗務員所属区となりましたが、こちらも後に別組織に統合され消滅しています。
バリエーション豊かだった田端のEF81、四国にも乗り入れていたEF65
国鉄時代からさまざまな車両が配置されてきた、田端機関区→田端運転所→尾久車両センター。最後まで同センターに配置されていた電気機関車は、EF81形、EF65形の2形式でした。 EF81形は、1968年に登場した交直両用電気機関車。田端所属車は、JR化後は寝台特急「北斗星」「カシオペア」などの運用を持っており、北海道に向かう寝台特急のけん引仕業は、同形式の花形運用の一つでした。また、旅客会社の所属車両でありながら、一時期は貨物列車の運用も持っていたことがあります。 田端所属のEF81形は、JR東日本における同形式の標準塗装だった「赤2号」単色のほかにも、さまざまなバリエーションが存在していました。「北斗星」などの寝台特急仕業に使われた車両は、側面に流星を描いたデザイン。また、「カシオペア」の運転開始に際しては、4両が専用塗装となりました。このほか、95号機はジョイフルトレイン「スーパーエクスプレスレインボー」けん引機として、側面に「EF81」と大きな文字を描いたデザイン。81号機はお召列車けん引機となった過去があり、2014年にお召列車用の外観に復元されていました。 EF65形は、1964年に登場した直流電気機関車。田端配置車は、東北方面の寝台列車(黒磯駅まで)や、東海道方面の寝台特急「出雲」「瀬戸」、寝台急行「銀河」などのけん引運用を持っており、「瀬戸」での運用時は高松駅まで乗り入れていました。こちらはほとんどが国鉄時代のままの塗装を保っていましたが、かつてはEF81形と同様、「スーパーエクスプレスレインボー」塗装の車両が存在(当初は1019号機、後に1118号機)していました。
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