【書評】順列都市/グレッグ・イーガン:我思う、故に我あり


存在することが自己の連続性を示すのではない。
自己の連続性こそが存在の根源である。
故に私は存在する。


存在するから連続するのではなく、連続するから存在する。
順列都市の全ては、この一言に集約できると私は思います。ゆえに私は、この物語をとても美しいと思います。

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改めて序文

冒頭からあまりに抽象的すぎる言葉ばかりを並べてしまいすみません。
この感想は、基本的にはグレッグ・イーガン著の傑作SF「順列都市(Permutation City)」に対しての私なりの想いを、同じ本を読み終えた方とともに振り返り、共有したいという考えのもとに書かれています。
しかしそれは、未読の方がこの文章を読むことを否定するものではありません。私が好きと思えるこの本に、私の文章を通して興味を持っていただけるなら、これほど嬉しいこともないからです。
ただ、私はネタバレというのが大変苦手ですので、極力そうした内容の羅列は避けます。そのために一般化した、やや抽象的な文章になってしまうことをお許しください。

それでは、前置きはここまでです。

ここからは「順列都市」のキーアイテムとなる3つの要素、「塵理論」「オートヴァース」そして「<コピー>」について語り、それをもってこの物語への私なりの感想としたいと思います。


その1:塵理論について

本作の根幹は「塵理論(Dust Theory)」と呼ばれる理論であるというのは、誰もが認めることでしょう。しかしそれがどのような理論か、と問われれば、残念ながら私は語りえる言葉を持ちません。
それはあまりに気宇壮大で、空想的で、直感に反するがゆえに、いくら言葉を尽くしても説明し切るのは困難です。唯一にして最適な説明は、「順列都市」本文を読むこと以外ありえないでしょう。けれども、皮相的になるのを覚悟の上で概要を語るならば、塵理論とは「自分が存在し続けているから、自己の連続性を認識できる」という極めて常識的な因果関係を否定し、「自己の連続性を認識することによって、”自分”は存在し続ける」という逆転こそが真理である、という理論といえるでしょう。

しかしこれは哲学的、思想的なものでは全くなく、極めて物質的な意味をもちます。たとえば、宇宙のどこかとどこかに、ある塵Aと塵Bがあるとします。両者は物理的にも遥かに離れていて、何の因果関係も相互作用も持ちません。けれどもそんな塵同士を無数に集めて、ある適当な配列…あるいは順列(Permutation)を作った時、あなたを構成する分子配列と一つ残らず同じものができるとしたら?

このいささか空想的な論は、猿がタイプライターを無造作に叩いているうち、シェイクスピアを書き上げる可能性が理論的には存在する、という「無限の猿定理」となにも変わらないように思えます。
けれども、もしそういう順列の結果としての「あなた」が、自分は連続した存在である、自分は過去と未来に渡って存在している、という自覚があったとしたら?
たとえ客観的には塵のランダムな寄せ集めであるとしても、「次の瞬間の自分」や「以前の自分」の配列を同じ自分であると認識できるなら? それははたして猿がタイプライターを叩いた原稿と同じ、本質的な意味のない数ページなのでしょうか?

正確にはこれは理論ですらなく、作中の主人公の一人、ポール・ダラムが見出した経験則というべきものです。
難解で、一見馬鹿げたこの理論は、けれども一笑に付すにはあまりに壮大で、また否定する根拠に乏しいそうは思いませんか?
塵理論を否定する観測者と、塵の順列である「存在」とは、お互いに観測も干渉もできない、互いに決して交わることのない関係です。それ故に否定する論拠も存在し得ず、証明することもまた不可能。ねじれの位置にある2つの直線の関係にも例えられましょう。

結果からいえば、作中ではこれが真実を捉えた理論である、ということが徐々に明かされます。ただしそれを知ることができるのは、超越者としてねじれの位置の関係にある二つの世界をいずれも認識できる読者のみなのですが。
そして繰り返しになりますが、この理論こそが「順列都市」の全てであり、キーアイテムであり、のみならず小説全体が語るテーマそのものといえる存在となります。この小説を真に楽しめるかは、この奇っ怪な認識を飲み込めるかという点ではないかな、と私は思います。
もし塵理論を飲み込んだ上で「順列都市」を読み終えられたなら、きっとあなたにとって世界は少し違った姿で見えることでしょう。それは非常に優れたSFにしかなしえない、とても恐ろしくて、けれど素敵なことだと思います。


その2:オートヴァースについて

塵理論と並び、この小説のキーアイテムの一つとなるのが、オートヴァースと呼ばれる仮想環境です。

理解しやすい言葉でいえば、オートヴァースとは原子レベルでのシミュレーションができる、実験的なシミュレータです。
オートヴァースは無数のオートマトンを組み合わせた世界というべきもので、オートヴァースという仮想世界は原子一つ一つがオートマトン…プログラムでできています。原子同士がどのように反応し、どのように振る舞うか、生み出された分子がどのような挙動をするか…それを、現実世界を模倣した一定の物理化学的法則に忠実にしたがって計算していくことができます。
いうなれば、原子レベルの物理化学反応をも観測して模擬できる、人工的なラプラスの悪魔です。

そしてこのようなシステムであるがゆえに、オートヴァースは必ず決定論的に振る舞います。1+1が必ず2になるように、同じ初期条件のもとでは必ず同じ結果が生まれるのです。逆にいえば、ある結果が生まれた時、その元となる状態は必ずそこから遡及的に計算することができます。決定論的な世界であるがゆえに、オートヴァースには不確定性は存在せず、未来と過去は必ず一本の道で結ばれています。
例えば作中では、主人公の一人、マリア・デルカはこのオートヴァースで原始的な生物の進化を再現しようと試み、見事に成功します。しかしそこにも必ず「適切な特定の初期条件」が必要となります。
もし、この「適切な特定の初期条件」が、どうやっても整うことがありえない…遡及的な計算が解を持たない場合、そこには過去は存在しえません。このような過去との連続性が可能性レベルで断絶した条件を、作中では「エデンの園配置(コンフィギュレーション)」と読んでいます。

なお既に本書を読破された方はお気づきでしょうが、この「エデンの園配置(コンフィギュレーション)」は、塵理論と深い関わりを持ちます。つまり、互いに決して相容れないという関係です。
物語の後半は、その描写に費やされているといってもいいでしょう。オートヴァースが「エデンの園配置(コンフィギュレーション)」を否定するというウロボロスの輪は、もはや神秘的な色あいさえ帯びているように思えます。

またオートヴァースは、次の項でお話する<コピー>とも実に対照的な関係にあり、これは作中でも度々描写されるところです。
では最後に、こうした厳密な法則に従って原子レベルのシミュレーションを行うオートヴァースという世界の対極と言える<コピー>についてのお話に移りたいと思います。


その3:<コピー>

人間の記憶や人格を完全にコピーできたら?というのはSFでは珍しくないテーマです。本作の世界観の重要な部分を担う<コピー>とは、それを一歩推し進めて「コンピュータ上でコピーされた人格が人間として生き続けることができたとしたら」という概念です。
順列都市の世界では、コピーされた人格は仮想現実の中で<コピー>として生き続けることができます。電子の体、電子の脳を持ち、コンピュータの計算結果として存在する。それが<コピー>です

順列都市がユニークなのは、こうしたSF的なアイデアに、より現実的な視点を加えた点が挙げられます。つまり「計算機を使用するコスト」であったり「計算時間による現実時間とのズレ」、そして「モデルの簡略化による計算コストの圧縮」といったアイデアです。
<コピー>となった人間を動かすには、当然コンピュータの計算能力を使う必要があります。必然、生きるためには計算機を使うお金が必要になるのです。
裕福な人間は、その遺産の運用利益により潤沢な計算能力を使用できますが、そうでない人間はリアルタイム処理を行うことができず、現実世界に対して何十分の1もの早さで「減速」した状態で生きることを余儀なくされます。本作の中ではこうした<コピー>の悲哀が多く描かれます。
<コピー>として無限の命を得たかと思いきや、そこに横たわる「金」と「現実とのズレ」という無慈悲な壁。SF的な楽天さなどない、グロテスクなまでの現実的な世界観はゾクゾクしたものを感じますね。

そして先に述べたオートヴァースと対照的な点として、<コピー>はその人体のモデルを簡略化することで計算コストを大きく圧縮しているというアイデアがあります。
例えば、人間が音を聞くとして、空気の振動である音を物理的に再現し、それによって震える鼓膜、神経による電気信号の伝達を分子レベルで再現していく…となると、気が遠くなるような計算量が必要になり、順列都市の世界では到底現実的ではないとされています。
そこで<コピー>は「音が聞こえる」という機能を表面上違和感のないように、ブラックボックスとして再現しています。演算されるのは、音が届き、聞こえるというその表層上の現象のみです。耳に限らず、脳、臓器、その他すべての人間の生命活動はこうして模擬されて計算されます。
おわかりかと思いますが、まさに前者がオートヴァースのような一定の法則に従った原子レベルでのエミュレーションであり、そうでない<コピー>は「まやかし」だの「結果だけを盗んでいる」だの言われるわけです。

そしてこうした「まやかし」であるがゆえに、<コピー>には様々な生身では不可能なことも可能になります。
例えば自分そのもののコピー、例えば自分の感情を意図的に落ち着かせたり興奮させたりする刺激を与える。そして、自分の記憶を意図的に切り貼りすることも。本作の中では、自分の記憶を意図的に操作することで過去の自分と決別したり、悩みを振り切ったりする人物たちが現れます。
しかしこのように<コピー>となった後に記憶の一部を切り捨てるという行為、自分の一部を殺して都合の良い形に変わるというのは、自己の連続性の否定ではないでしょうか。それ以上、演繹的に遡りようのない決定的な断絶点を作ってしまう行為…それは前項で述べた、オートマトンでいう「エデンの園配置(コンフィギュレーション)」を作ることそのものです。
そして最初に述べた塵理論…「自己の連続性を認識することによって、”自分”が存在し続ける」という逆転の主張を踏まえると、自己の連続性を否定するこの行為は、自己の存在の抹消、すなわちオブラートな死に他なりません。ゆえに「それは自分を殺して、自分ではない誰かになることだ」といえるのです。これは実に示唆的なことではないでしょうか?


最後に:やはり順列都市は傑作だった

良いSFの条件とは何か?と考えた時、私は2つの条件があると思います。一つは読者がその本なしには想像すらできないような世界の姿を垣間見せてくれること。もう一つは、説教臭い能書きを必要とせずに、けれども物語の中から自然と何か示唆的なメッセージが見えてくること。

この意味で、順列都市という小説は真に傑作SFだったと声を大にしていいましょう。順列都市は、ここまでに述べた「塵理論」「オートバース」「<コピー>」という3つのアイテムを軸に、金と演算力に縛られる電子化した未来の人間の姿と、因果律すら覆すような超常的な世界観が見事に溶け合った想像すらしなかった世界の姿を私にまざまざと見せてくれました。
他方では、特に最後の<コピー>にまつわる思索が、「自己とはなんぞや」という命題に対し何をか思わざるをえないメッセージを叩きつけてきました。

このSFは、間違いなく難解でしょう。錯綜する時系列、難解で抽象的な理論は読み解くにはことのほか頭を使いますし、私と同じく眠くなって投げ出してしまう時も間違いなくあると思います。しかし、この小説を読み解いた暁には、きっと私が感じたような他にはない芳醇な読後感を与えてくれることに、疑念の余地はありません。
願わくば、この感想文を読んだあなたがこの気持ちを共有できることを。そしてこの一冊を読み解くのに、私の文筆がその一助とならんことを。

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