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闇のカーネマン!? 吉川浩満氏が語る、『NOISE』(ダニエル・カーネマン他)活用の可能性

好評発売中のダニエル・カーネマン最新刊、『NOISE――組織はなぜ判断を誤るのか?』(ダニエル・カーネマン、オリヴィエ・シボニー、キャス・R・サンスティーン:著、村井章子:訳/早川書房)。意思決定など、公平であるはずの場面で生じる判断のばらつき=ノイズに、私たちはどう対処すれば良いのだろうか。
 文筆家で『理不尽な進化 増補新版』などの著作がある吉川浩満氏が、「一般読者」目線で本書を読み解き、ノイズ削減の現実的な手段と『NOISE』のユニークな活用方法について語る。

NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか? 早川書房
『NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか?」(早川書房)

畢生の〈ヒューマンエラー大全〉完結 

ダニエル・カーネマンの前著『ファスト&スロー──あなたの意思はどのように決まるか?』(上下、村井章子訳、ハヤカワ文庫NF)は、ヒューマンエラーの源泉であるバイアスに関する百科全書的啓蒙書として、重要な意思決定に携わる人びとの必読書となった。

この本のおかげで私たちは自らのバイアスを多少なりとも気にするようになった。それになにより、バイアス研究にもとづいた行動経済学の知見が各種の政策に採り入れられるようにもなっている。

では、このたび邦訳が刊行された『NOISE──組織はなぜ判断を誤るのか?』(上下、オリヴィエ・シボニー、キャス・R・サンスティーンとの共著、村井章子訳、早川書房)はどうか。本書は、必ずしもそのように謳われているわけではないが、『ファスト&スロー』を補完する続編といえるだろう。続編と聞くと、正編より重要でないのだろうと思うかもしれないが、即断は禁物である。本書の主題であるノイズは、ヒューマンエラーの原因として、バイアスと同等かそれ以上に影響力の大きな要因なのだから。

そういうわけで、『ファスト&スロー』と『ノイズ』の2部(計4冊)をもって、カーネマン畢生の〈ヒューマンエラー大全〉がひとまずの完結をみたということになる。めでたい。

本稿は『ノイズ』の書評である。だが、すでに当Hayakawa Books & Magazines(β)には、行動経済学者の友野典男氏による簡にして要を得た解説〔リンクは▶こちら〕も、ベストセラー作家の橘玲氏による刺激的な書評〔リンクは▶こちら〕もある。内容について私がさらに付け加えるべきことはない。そこで、私もそのひとりであるところの一般読者が本書の知見をどのように活用すればよいかについて、いくつか思いつくところを述べてみたい。

一匹狼にとっても必読書

まずは、本書に関して読者が抱くかもしれない先入観を払っておこう。邦題には「組織はなぜ判断を誤るのか?」という副題がついている。このことから、本書はいわゆる組織人にのみ向けられた本ではないかと推測されるかもしれない。たしかに、バイアスが判断の偏りであるのに対し、ノイズはそのばらつきであると理解するならば、バイアスはおもに個人に、ノイズはおもに組織に帰される要因だと考えることもできる。

だが、本書を少し読んでみたらわかることだが、実際には組織や集団にもバイアスがあるし、個人の意思決定にもノイズが入り込む。そして、バイアスと同等かそれ以上にノイズもまた、あなたの生活や人生に重大な帰結をもたらしかねないのである。本書は、なんらかの意思決定を行う者すべてにとって有益であろう内容を含んでいる。

『ノイズ』を通して先人の知恵を再利用する

では、単なる一読者が本書の知見を活用するには、どうしたらよいだろうか。豊富な事例を用いてノイズの原因とメカニズムを解明するだけでなく、ノイズへの対処に関する提言をも行っているところが本書の美点ではあるのだが、この領域の探究はまだ端緒についたばかりである。出来合いの解決策をただ受け取れば済むという段階にはない。また、本書を読んだからといって、自分の生活スタイルに合ったノイズ対策をすぐに発案できるかといえば、それもなかなか難しいだろう。

そこで私が提案するのは、本書の枠組みを用いて先人の知恵を再解釈・再利用するという方法である。本書はノイズに関して系統的な説明と対処方針を与えたという点で画期的なものだが、そうした現象の存在自体は古くから知られていた。いまとなってはアドホックに見えるものが多いとしても、先人たちはすでに多数の対処法を提案してくれている。これらを本書の観点から再解釈・再利用するのが、まずは近道であるように思う。

チェックリストでノイズを削減する

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たとえば、すでにさまざまな場面で利用されている「チェックリスト」である。急にしょうもない話になったと拍子抜けした人もいるかもしれないが、それはチェックリストに対する誤解である。私は本書を読んで、チェックリストほど手軽かつ効果的にノイズを足切りできるものはなかなかない、との思いを強くした。

本書は意思決定のばらつき(=ノイズ)を、レベルノイズ(個々人の平均的な判断のばらつき)、パターンノイズ(好き嫌いなどによる判断のばらつき)、機会ノイズ(天気など一過性の原因による判断のばらつき)の三種に分類している。どれも私たちの生活には馴染みの深いものだ。そして、これらのノイズの削減手段(判断ハイジーン)としてアルゴリズムの活用を奨励する。本書で紹介されている新生児の健康状態を判断するアルゴリズム「アプガースコア」の例は鮮烈である。

チェックリストは、この判断ハイジーン・アルゴリズムの簡易版ということができる。外科医・作家のアトゥール・ガワンデによる『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?──ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!』(吉田竜訳、普遊舎)を読むと、医療行為やビルの建設、航空機の操縦など、一歩間違えたら大惨事になるような仕事だけではなく、日々の生活のなかにもチェックリストを導入してみようという気になってくるはずだ。

というのも、多くの人が実感していることだと思うが、日々のしかかってくる多数の雑務や些事は、チリツモで重い認知的負担となり、私たちの判断を狂わせるノイズの温床となりかねないからだ。

大方針としては本書の判断ハイジーンを念頭に置き、具体的な項目づくりではガワンデ書に教えを乞いながら、あなたなりのチェックリストを作成ないし改訂してみてはいかがだろうか(Getting Things Done/GTDのようなタスク管理術を参考にしてもよいだろう)。多少なりとも頭の中がすっきりするにちがいない。

ノイズを利用して論争に勝つ?

以上、ノイズを削減する方策について述べたが、今度は逆に、ノイズを利用するアイデアについて述べてみたい。

書誌学者・評論家の谷沢永一に『論争必勝法』(PHP研究所)という著書がある。学生時代から自ら挑んだ論争も受けて立った論争も負け知らずで、東大教授を20分で葬り、学界の権威の虚妄を衝き続けたという著者が、論争に必ず勝てる極意を伝授するというすさまじい著作である。著者の論争遍歴を披露し、論争の名手たちの手法の分析したうえで、論争必勝法18条(18章)を提示するという構成となっている。

眉につばして読むべき一冊であることは明らかだが、『ノイズ』のフィルターを通して谷沢書を読むと、論争必勝法にはノイズの逆用というべき性格があることがわかって興味深い。谷沢は、「人に勝つにはその人を怒らせるのがいちばんの早道である」とし、論争の際には相手が勇み足や失言するよう怒気を発せしめたり(第5条)、できるだけ奇抜な比喩を用いて相手をイライラさせることを推奨する(第12条)。これは相手の判断に機会ノイズを滑り込ませることで相手の足をすくう戦法である。また、相手の学力と経験をあらかじめ測定するとか(第2条)、先方が見落している文献があればすかさず提示して苦しめるというのは(第8条)、相手のパターンノイズを読み取ったうえで、その盲点を突く戦法であろう。

正しい判断のためには、ひいては学問の発展のためには、できるかぎりノイズを削減することが好ましいだろう。だが、とにかく勝ちさえすればよい、もっといえば勝ったっぽい感じになりさえすればよいということならば、ノイズを味方につけ、場合によってはそれを発生させたり増幅させたりすること――ノイズの悪用――も有効であるようだ。

Twitterなどで日々論戦に明け暮れている人は参考にしてみてほしい。バイアスとノイズの研究にもとづいた論争必勝法が〈闇のカーネマン〉なんてタイトルで早川書房から刊行される日もそう遠くないかもしれない(ちなみに、論争必勝法の第18条は、社会人となって職場に身を置くようになったら論争などしてはならない、というものである。論争は書生の遊戯であり、一人前になった大人のすることではないというのがその理由である)。

以上、『NOISE』を通した既存の知的遺産の再解釈と再利用の可能性について、思いつくところを述べてみた。在庫は豊富であり、いくらでも考えられそうだ。それこそ『論語』のような古典を『ノイズ』の観点から再解釈することも可能であろう。なにかおもしろいことを思いついたら私にも教えてほしい。

吉川浩満

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