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【エッセイ】自国民すら「爪弾き」にしようとした国土交通省とWeb世論: 日本到着の国際線の新規予約停止要請を巡る混乱と議論を考察する

はじめに: 国土交通省は航空会社への「日本到着の国際線の新規予約停止」要請を撤回

報道によると、国土交通省は航空会社への「日本到着の国際線の新規予約停止」要請を撤回しました。

国土交通省の要請は国内法・国際法で定められた「帰国する権利」を、まして立法措置ではなく許認可(たとえば発着枠)を「人質」にした要請で阻み、「国民」のはずの在外邦人を無残にも見捨てるものでした。また、特に私は持病の潰瘍性大腸炎の治療も控えるなか、もしフライトの手配が遅れていたら一時帰国を諦めざるを得ず、持病を悪化させたり大腸がんに発展させたりする蓋然性がありました。この辺りは以下エッセイで述べておりますので、併せてご覧ください。

岸田文雄 内閣総理大臣の指示もあり、この在外邦人を見捨てた「要請」は撤回されました。しかし、これは「撤回されたから良いよね」と容認できるものではありません。本稿ではその理由を述べていきたいと思います。

国土交通省 航空局による民主的正統性を欠いた「独断専行」

別の報道によると、国土交通省は11月29日に独自の判断で要請を出し、12月1日夕方になって首相官邸(内閣総理大臣・内閣官房長官)や国土交通大臣に事後報告したようです。

記事にもあるとおり、この要請は岸田文雄 内閣総理大臣は「混乱を招いた」と陳謝し、松野博一 内閣官房長官も「国民生活に大きな影響を及ぼす」と述べています。

実際に、前回のエッセイでも述べたとおり「帰国する権利」は国内法・国際法で認められています。出入国管理及び難民認定法 第61条も、日本人が入国監理官から受けるのは許可ではなく、あくまで「確認」としています。また、世界人権宣言 第13条2項は「すべて人は、自国その他いずれの国をも立ち去り、及び自国に帰る権利を有する」と、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約) 第12条4項は「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない」とそれぞれ規定しています。「日本国民が自国である日本に帰国する」のは国内法でも国際法でも認められた「権利」です。それを、立法措置を経るならともかく、航空会社への「要請」をベースに阻むなど「法の支配」の観点からも言語道断です。

さらに、国土交通大臣は今回の対応を「要請」としているものの、行政の許認可権が非常に強い航空業界の実態を考えるに、その要請は「絶対的な効力」を持ちます。航空会社は乗務員数の増減を始め、一挙手一投足すべてに航空局の規制や監督を受ける立場にあります。もちろん、これらの規制や監督は安全管理の観点から重要です。しかし、たとえば航空会社の売上に直結する発着枠(特に羽田空港)の配分すらも「人質」に取られている現状に鑑みると、どんなものであれ航空会社には「航空局の要請を拒否する選択肢」はありません。航空会社は航空局に「忖度」するほかないのです。航空会社に対する絶対的な許認可権を背景にした航空局の要請は実質的に法律のような強制力(背けば「罰則」の如き「報復措置」に至るのは明らか)を有しているにも関わらず、「あくまで要請」「航空会社が任意で応じただけ」との言い訳に逃げ込んで知らんぷりを決め込もうとした態度は決して公正とは言えません。

しかも、国民の代表者によって指名された内閣総理大臣や、任命を受けた国務大臣(官房長官や国土交通大臣)の判断なら、まだ擁護の余地はあったかもしれません。しかし、報道されているとおり、実際には内閣総理大臣や内閣官房長官はもちろん、国土交通省の責任者である国土交通大臣にも承認を得ていないどころか、2日間も報告していませんでした。つまり、この判断は疑うまでもなく航空局による民主的正統性を欠いた「独断」です。「正統な手続を経ていない独断専行」という観点から、これは戦前に関東軍が起こした蛮行と同種です。

国土交通省による今回の「要請」は絶対的な許認可権を背景にした航空局が航空会社に有する実質的な強制力と、立法措置を経ていないどころか民主的正統性を持つ内閣や国土交通大臣の承認や報告すらも怠っている事実から、明らかに手続的正義を欠いています。どう考えても「民主主義」「法の支配」に背く独断専行です。

「航空行政」の範疇を逸脱した対応で混乱を強いられた在外邦人

併せて、今回の国土交通省 航空局の「要請」の中身を検討する必要があります。

報道にあるとおり、航空局は「日本に到着する国際線の新規予約の受付停止」を航空会社に要請しました。その結果として、12月中の日本到着便を事前に手配していなかった在外邦人は新規の予約ができなかったし、日本への入国を阻まれ、ともすれば外国で路頭に迷わされるところでした。つまり、この要請は「入国管理」や「在外邦人の安全確保」にも深く関わっているのです。なお、前者は法務省 出入国在留管理庁、後者は外務省 領事局の所管です。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策なら、厚生労働省 健康局や内閣官房 内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室です。

しかし、先述の通り「混乱を招いた」「国民生活に大きな影響を及ぼす」と内閣総理大臣や内閣官房長官が認めるレベルの内容にも関わらず、航空局が国土交通大臣にすら了承を取っていなかったということは、おそらく関係省庁にも事前の根回しはなかったと考えるべきでしょう。もし事前に連絡や相談があれば、省庁間に跨がる事項として官邸(政府の新型コロナウイルス感染症対策本部や内閣官房の「オミクロン株への対応に関するタスクフォース」)で議論の俎上に載せられていたわけで、当然に首相官邸や国土交通大臣への「事後報告」にはなり得ません。

また、青山繁晴 参議院議員は自身のブログにおいて、この要請は「党に黙ったまま進められた」と述べています。関係省庁間での調整を要する事項であれば与党にも情報は入るし、部会でも議論されていないということは大臣を含む政務三役も関知していない、と考えるのが自然です。政務調査会の新型コロナウイルス感染症対策本部で議論されていないのも、他省庁への根回しがなかったと考えられる根拠です。

さらに、岸田文雄 内閣総理大臣は「11月29日に、入国者を3,500名/日をめどに抑制する方針を明らかにしたところ、取り急ぎの措置として今回の要請に至った」と説明しています。つまり、29日に入国者数を抑制する方針を受けて、航空局が関係省庁と調整することなく先走った、というのが真相でしょう。

つまり、今回の要請で、航空局は自らが所掌する「航空行政」の範疇を明らかに逸脱した対応を、関係省庁に事前の連絡や相談なく取り決め、その結果として在外邦人を中心に多大な混乱が生じさせました。

周囲でも、日本人留学生が混乱させられていました。また、SNSでも「家族に会えない」と嘆く在外邦人が散見されました。私も、持病である潰瘍性大腸炎の治療のために受診を要するので予めフライトを手配していたものの、この要請に伴う需要低下でフライトが欠航になる可能性も浮上しましたから、やはり非常に心配でなりませんでした。

自国民すら容易に見捨てようとする「Web世論」

この要請の報道を受けて、Webでは在外邦人の「自己責任」を追及する意見があったようです。在外邦人の人権を顧みない議論なんて精神的苦痛を被りかねないので積極的に目を通していませんが、「こんな時期に渡航したのだから」「日本で大人しくしていれば良かった」といった主張でしょう。

この「自己責任」論には次のような反論がありました。同感です。

たとえ渡航が自己責任であっても、たとえば旅行や物見遊山が目的だったとしても、「帰国は権利」であり、侵されてはなりません。つまり、邦人の保護や救援は政府の責務であり、そのために投入されるリソース(たとえば人員や予算)は正当な経費です。それに、国民(在外邦人を含む)を「助かるべき人」と「見捨てて良い人」に分類しようとする議論そのものが乱暴であり、このような議論をしている人すらも条件が変われば「見捨てて良い人」に分類されかねない可能性を想定できているとは思えません。

さらに、いわゆる「出羽守」と揶揄される、日本の批判に積極的な在外邦人の一部を取り上げながら、「棄民」政策を肯定するかのような見解もありました。しかし、これも明らかな「詭弁」です。

在外邦人のすべてがいわゆる「出羽守」ではないし、仮に全員だとしても「国民」の一部たる在外邦人を切り捨てて良い理由にはなりません。日本が好きでも嫌いでも、多重国籍を禁止している日本において邦人は日本政府を頼るしか選択肢がないし、在外邦人も国家や政府によって当然に尊重され、必要に応じて保護や救援を受けられる「国民」としての地位にあります。それに、入国管理や邦人保護をはじめ公共サービス全般はどんなイデオロギーの持ち主だろうとも、個別具体的な事情とは関係なしに提供されるものです。さもなければ「政府や国家にとって都合の悪い国民は切り捨てる」結果になりかねず、国民が等しく享受できるはずの「言論の自由」や「内心の自由」を否定しかねません。普段から政府や国家を礼賛する人々しか権利を享受してはならず、そうでなければ見捨てられるのを是とする考えは明らかに「人権」を無視しており、専制政治や全体主義と近しいものでしょう。極めて危険な思想です。

前回のエッセイにも、以下のようなツイートがありました。

また、「はてなブックマーク」で以下のような反響がありました。

私の渡航について付言すると、日本の大学を辞めて英国の大学に入り直してから潰瘍性大腸炎を発症しました。その直後に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が日本や欧州に上陸しました。「持病や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)があるのに留学した」のではなく「留学していたら持病を発症して、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行も始まった」のです。だから「持病がある(and/or)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行しているのに渡航した自己責任」との指摘は当てはまりません。日本からの遠隔授業も検討したものの、時差が大きく健康を害するため、円滑な学業のためには渡航するほかありません。さもなければ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が収まるまで休学・退学するほかないし、それでは人生が狂ってしまいます。機会損失・逸失利益(特に得られたはずの賃金やその差額)を補償してくれるならともかく、そうでない以上は他人の人生に土足で踏み込んで、あれこれ言うべきではありません。在外邦人は約137万人いるわけで、年末年始の一時帰国に併せて日本で通院したいとか、帯同している家族を日本の医療機関に受診させたいとったケースは私の他にもあると考えられます。事情によっては「待ったなし」でしょう。

「特殊な事情だから大使館に相談するべき」「例外的に対応してくれたに決まっている」との意見に反論すると、正直「大使館に期待しすぎ」だと感じます。そもそも、先述の通り、今回の要請が外務省や在外公館に連携されていたのかも不透明なわけで、大使館サイドも相談されたところで対応に困るでしょう。また、この要請に関して国土交通省すらWebサイトで発表をしておらず、もちろん外務省や大使館からの案内もありませんでした。健康上や人道上の理由に基づく例外措置も、一切アナウンスがなかったわけで、いったい何を根拠に「例外的に対応してくれたに決まっている」と断言できるのでしょうか。そういう主張は実際に例外的に対応された前例があってから述べるべきです。さもなければ単なる「妄想」に過ぎません。

「私の文体や論調が気に食わない」「物言いが強い」との主張もありました。まず、文体や論調といった表面的な事象に突っ掛かって本質的な議論を避けるのは「トーンポリシング」「論点ずらし」以外の何物でもありません。次に、5-ASA(5-アミノサリチル酸)製剤への薬剤アレルギーによる掛かりつけ医以外(特に外国)での治療への強い不安と、免疫抑制剤を欠くと潰瘍性大腸炎の重篤な症状(深刻な下痢、血便、貧血や将来的に大腸がんに発展するリスク)に見舞われる蓋然性から、自然と言葉が強くなります。そして、地震や台風で空港が使えないような「天災」ではなく、政府の不当な判断によって一時帰国や受診が阻まれようとしていたのですから、怒るのも当然です。切迫した事情に置かれて語気が強まるのを、いちいち批判される筋合いはありません。

とにかく「助けない理由」「見捨てる口実」のために粗探ししている人たちがいる光景に、在外邦人に向けられた「冷酷な現実」を感じます。しかし、遣隋使・遣唐使や岩倉使節団のように、歴史的に本邦は「留学生」が持ち帰ってきた知識や技術によって発展してきました(もちろん、鑑真や「御雇外国人」のように、日本にやってきた外国人も重要です)。また、資源の大半を輸入に頼る本邦にとって、日本企業の外国支社・支店の「駐在員」や、「外国企業の日本人従業員」の存在も欠かせません。昨今は部品や完成品の輸入も一般的ですから、なおさらです。現代の日本においては、日本から一度たりとも出たことない人すらも、在外邦人が持ち帰ってきた知識や技術による発展を享受して、在外邦人が日本のため手配した資源や製品によって生活しているのです。なのに、在外邦人に冷酷な態度を貫き、基本的人権すら認めようとせず、それを正しいと信じて疑わない姿勢には唖然とするばかりです。納税先は日本でなくとも、間接的に日本に貢献しているか、これから貢献し得る在外邦人も多くいます。それに、仮に社会の役に立っていなくとも、もし納税していないとしても、公共サービスは提供されていなければなりません。さもなければ、働きようがない新生児や、何らかの理由で就労できない生活保護受給者は切り捨てても良い、との議論にすら繋がりかねません。

おわりに: 在外邦人を爪弾きにしようとした航空局と「Web世論」

国土交通省 航空局による今回の対応は「独断」として明らかに民主的正統性を欠くとともに、明らかに「航空行政」の範疇を逸脱しており、在外邦人を中心に多大な混乱を招きました。在外邦人やその家族・友人は多大な不安に見舞われたことでしょう。内閣として航空局の独断専行を許してしまった「監督責任」も、問わなければならないかもしれません。

また、今回の報道で盛り上がった冷酷な主張の数々は在外邦人に対する本邦の「Web世論」の実態を浮き彫りにしました。日本に何らかのルーツを持つ人たちがスポーツで活躍したりノーベル賞を獲得したりすると(たとえ日本国籍でなくとも、なんなら普段は「日本人」として扱っていなくとも強引に「日本人」に引き入れてでも)褒め称えるくせに、私たち「名もない在外邦人」を慮ろうとしません。さらに、ひとたび有事が起きると「自衛隊による在外邦人の保護や救出」の議論は活発になるものの、戦争や武力衝突でなければ見向きもしない。拉致被害者には「同胞を奪還せよ!」と勇ましい声を挙げる政治家すらも、在外邦人も同胞なのに知らんぷり。

そう考えると、昨年1月に中国・湖北省の武漢で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が流行拡大したとき、現地にチャーター機を送って邦人を退避させたのは偉大な英断だったと思い知らされます。あのときも、やはり日本に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を持ち帰ってしまうかもしれない、と批判があったと記憶しています。それでも、在留邦人の保護や救援のために、安倍政権は武漢へとチャーター機を派遣しました。

あのときも、私はロンドンにいました。国家や政府は武漢の在留邦人を見捨てなかったと、在外邦人の1人として胸が熱くなったのを覚えています。

昨年3月にロンドンからの退避を余儀なくされたときも、チャーター機ではなく定期便だったとはいえ、日の丸が付いた飛行機で帰れることに胸をなで下ろし、CAさんたちの「もう日本に帰れますよ」との言葉に安堵したのでした。

だからこそ、在外邦人を見捨てようとした航空局と、一人ひとりの在外邦人にリスクを付け回そうとした「Web世論」に、強い憤りを感じるのです。

今回の「要請」は行政機関の意思決定プロセスも、それに伴う軽々しいリアクションも、非常に空虚なものでした。普段は「同胞を守れ!」と言いながら、いざ都合が悪くなると「同胞」であっても容赦なく見捨てる。そのダブルスタンダードを在り在りと見せつけられ、もはや「同胞」との言葉を、容易に信用できなくなってしまいました。

改めて国民国家が『想像の共同体』であると、痛感させられます。

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1998年03月16日生まれ。実はロンドンよりもシンガポールが好きです。 興味関心分野: 防衛・安全保障、憲政・統治機構、地域格差 ※投稿には持病の潰瘍性大腸炎に関する内容も含みます。 https://linktr.ee/hidetoshi_h_
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