899 クマさん、黒男と戦う その2
男がゆっくりとわたしに向かって歩いてくる。
わたしはくまゆるナイフを構える。
わたしを見た男の歩みが止まる。
「…………?」
「確認ですが。どうして、刃を逆にして戦っているのですか?」
わたしはナイフを逆に持ち、刃がないほうで戦っている。
刀で言えば峰の部分。
「間違って、あなたを殺したら大変でしょう」
「つまり手加減して戦っていたってことですか?」
「前回、わたしに負けたことを忘れたの? 強い武器を手に入れたぐらいで、わたしと同等に戦えると思った?」
実際は人が斬れないのが事実だけど。
本当のことを相手に伝えることはない。
弱点とも思われる。
「あなた程度、このぐらいのハンデはあっても問題はないよ」
わたしはくまゆるナイフを男に向ける。
「あのときのわたしとは思わないことです。その傲慢な戦い方、後悔させてあげます」
男は刀を握りしめると動く。
わたしと男の攻防が始まる。
これは斬り上げ、これは突き、これは引っかけ、刀が赤くなり、赤い魔力の刃が出る。
最初は驚いたけど、よく見ると魔力が出るときに、刀が一瞬赤くなるので分かりやすい。
ギリギリで魔力の刃を躱し、踏み込み、刀を弾く。
それと同時に男は後ろに逃げる。
逃がさない。
白クマパペットから勇者の剣が現れ、白クマパペットに勇者の剣が握られる。
これで届く。
左手に持った勇者の剣を下から斜め上に向けて振るう。
男は逃げるが、勇者の剣の間合いから逃げることはできない。
男は刀を引き、防ごうとする。
勇者の剣と男の刀の鍔がぶつかる。
その程度で、わたしの勇者の剣は止まらない。
そのまま振り抜く。
クマパワーだ。
クマパワーに耐え切れなくなった男は地面に転がり、持っていた妖刀も手から離れ、地面を転がる。
「終わりだね」
わたしは倒れている男に勇者の剣を向ける。
「相変わらず、とんでもない力ですね」
このクマパワーで男を殴ったのは懐かしい思い出だ。
「そのクマがアイテム袋だということは知っていましたが、まさか、取り出すと同時に攻撃を仕掛けてくるとは思いもしませんでしたよ」
男は笑う。
クマパペットがアイテム袋だからこそできる技だ。
突然現れた勇者の剣に、流石の男も対処はできなかった。
男が転がっている刀に目線を向ける。
「拾わせないよ」
わたしは勇者の剣を男に向けながら男と妖刀の間に移動し、少しずつ下がり、妖刀に近づく。
「まさか、この程度で、勝ったつもりですか?」
男が横に腕を伸ばす。
それと同時に、後ろで地面が擦る音がする。
音がしたほうを見ると妖刀が動いている。
そう思った瞬間、妖刀が回転しながらわたしの横を通り抜け、男の手に収まる。
男に気を取られて、刀に意識がいっていなかった。
「これで振り出しですね。もう、不意打ちは効きませんよ」
男は立ち上がる。
「もし木の棒でなく、ちゃんとした武器を使っていたら、わたしの手首がなくなって、あなたが勝っていました。あなたの傲慢さと自惚れで勝ちを逃しました」
別に傲慢とか自惚れじゃないんだけど。
ただ、人を斬れないだけだ。
でも、男からしたら、そのように映ってもしかたない。
「自惚れだとしても、あなたがわたしに勝てないのは変わりないでしょう」
「それはどうでしょうか。わたしも本気を出しましょう」
男がそう言うと妖刀が赤く光る。
「あなたの魔力を吸収できて、嬉しそうです。もっと、欲しいらしいので、斬らせてもらいます」
お互いに息を吐き、戦いの続きをしようとしたとき、どこからともなく足音が聞こえる。
その音に男とわたしの動きが止まる。
もしかして、誰かが戦いに気付いて、やってきた?
音がしたほうを見ると、男が作り出した光の玉に人影が映る。その人影は見知った人だった。
「……ジュウベイさん」
現れたのはジュウベイさんだった。
予想外の人物が現れたので、驚いてしまう。
「どこに行っていたの。みんな心配していたんだよ」
「申し訳ありません」
ジュウベイさんは謝ると男を見る。
「あなたは誰ですか。いきなり現れて、わたしたちの戦いの邪魔をして」
男が睨むようにジュウベイさんを見る。
「それは申し訳ありません。あなたの持つ妖刀を回収しにきました」
ジュウベイさんが刀を抜くと男の前に立つ。
「わたしの楽しみを奪うのですから、タダでは済みませんよ」
そう言うと、男も刀を構え、ゆっくりとジュウベイさんとの間合いを詰める。
ちょ、わたしが蚊帳の外なんだけど。
お互いの間合いに入った瞬間、お互いの刀が動く。
わたしの気持ちに関係なく、2人の戦いが始まる。
わたしは呆然として、2人の戦いを見る。
刀と刀がぶつかり合う。
速い。
ジュウベイさんが男の刀を受け流す。
そのままジュウベイさんは刀を流れるように向きを変え、男を斬る。
男はギリギリのところで体を捻り、躱す。
男は躱すと、そのまま捻った体の勢いのまま刀を横に振るう。
ジュウベイさんは受け止める。
お互いの攻撃は止まらず、刀と刀がぶつかり合い、音が響く。
その音の数だけ、打ち合いの数。
10回ほど音がしたと思うと、ジュウベイさんが後ろに軽く跳び、着地と同時に突きの構えをする。
その瞬間、男は逃げるように後方に下がる。
一瞬の攻防だった。
男が逃げたため、ジュウベイさんは突きを繰り出すことはできなかった。
「世界って広いな」
男はさきほどの顔とは違って嬉しそうにする。
「名前をお聞きしても? わたしはブラッドです」
そんな名前だったんだね。
聞いたことがあったような気がするけど、覚えていなかった。
「ジュウベイ」
ジュウベイさんも名を名乗る。
「ジュウベイ。覚えておきましょう」
なに、お互いに名前を名乗っているの?
そもそも、わたし、名前を聞かれていないよね?
どうして、ジュウベイさんの名前を聞いたのに、わたしには聞かないの?
もっとも、聞かれても答えるつもりはないけど、モヤモヤする。
「その攻撃は危険そうですね」
危険って分かるの?
ジュウベイさんの必殺技、三段突き。
「分かるのか?」
「この武器が教えてくれました」
男が妖刀を見る。
そんなことを教えてくれるの?
「魔力が尋常じゃなかった」
つまり魔力の流れを妖刀が読んだと。
「受け止めてもよかったんですが、危険そうだったので、逃げさせてもらいました」
「安心しろ、次は逃がさない」
「このまま戦いたいですが、魔力が切れそうなので、残念ですが、ここまでにさせてもらいます」
男は後ろに下がる。
「逃げるのか?」
「逃げるもなにも、そもそも嬢ちゃんとの戦いに割り込んできたのはあなたです。あなたとの戦いも楽しそうですが、優先順位はそこにいる嬢ちゃんですので」
それは遠慮したいんだけど。
男がわたしに視線を向ける。
「続きは、また今度にしましょう」
男がそう言うと、空に浮かんでいた光の玉が消えて、辺りが暗くなる。
それと同時に男とジュウベイさんが動くのが見えた。
刀と刀がぶつかる音がする。
わたしは光玉を作り出す。
光に照らされているのは刀を向けていたジュウベイさんだけだった。
男の姿はなかった。
探知スキルを使うと人がいる街のほうへ移動する反応がある。
追いかけたとしても、建物の中に入られれば被害が大きくなる。
それに、気になる人物もいる。
「ジュウベイさん」
ジュウベイさんの刀から赤い液体がポツンと地面に落ちる。
「斬ったの?」
「掠っただけだ。致命傷にもなっていない」
ジュウベイさんは布で刀の血を拭くと鞘にしまう。
「今まで、どうしていたの?」
「すまない」
「すまないってなに?」
「あの男は俺が捕まえる」
ジュウベイさんは背を向けると闇の中に消えていく。
追いかけることはできたけど、追いかけられる雰囲気ではなかった。
「もう、どうなっているのよ」
なにも得られなかった戦いを終えたわたしはサクラの屋敷に戻ってくる。
塀を越え、静かにサクラの部屋に向かうと、部屋には灯りがついており、サクラとカガリさんは起きていた。
「ユナ様!」
「無事に戻ったか」
「「くぅ~ん」」
みんなが出迎えてくれる。
「みんな、起きていたの?」
「当たり前です」
「お主が戦いに行っているのに、寝てはいられんよ」
「「くぅ~ん」」
くまゆるとくまきゅうも同意するように鳴く。
その優しさが嬉しい。
「それで、男はどうした?」
「ごめん、逃げられちゃった」
これで妖刀に逃げられたのは二度目だ。
自分から手伝うと言ったのに、情けない。
わたしは戦いのことを話す。
「ジュウベイのやつが現れたのか?」
「うん、男との戦いに入ってきて」
「そのまま消えてしまったのですね」
「追いかけようと思ったんだけど、なんとなく、そんな雰囲気じゃなかったから。ごめん」
「あやつも子供じゃない。考えがあっての行動じゃろう」
「でも、無事でよかったです」
無事だったけど、ジュウベイさんの雰囲気がいつもと違ったように感じた。
「どうしたのじゃ」
「ううん、なんでもないよ」
「でも、そんなに強かったのか」
「妖刀が男を強くさせている感じだね」
「それに魔力を吸収か。面倒な相手じゃのう」
それには同意だ。
魔力を主体にして戦えば魔力を吸われる。
妖刀と対等に戦える武器が必要かな。
でも、そんな武器を使えば、殺すことになる。
難しい。
それとも、武器はそのままで、くまゆるナイフで戦ったように強い武器の峰で戦う?
峰打ちって言葉もある。
「とりあえず、陽が出るまで、もう少し時間があるから、寝ようか」
「寝るのか?」
「わたし、寝られそうもないです」
そう言っていた2人だったけど、くまゆるとくまきゅうに抱かれると、あっという間に眠りに落ちていった。
わたしも2人の間に挟まれるように眠りに就いた。
ジュウベイさん現れる。そして、消えました。
投稿が遅れて申し訳ありません。
活動報告やX(旧Twitter)を見てくださった人は知っていただけていると思いますが、キーボードの一部が反応しなくなり、書けていませんでした。
今は同じキーボードを購入しました。やっぱり、打ち慣れたキーボードがいいですからね。
※くまクマ熊ベアー10周年です。
原作イラストの029先生、コミカライズ担当のせるげい先生。外伝担当の滝沢リネン先生がコメントとイラストをいただきました。
よかったら、可愛いので見ていただければと思います。
リンク先は活動報告やX(旧Twitter)で確認していただければと思います。
※PRISMA WING様よりユナのフィギュアの予約受付中ですが、お店によっては締め切りが始まっているみたいです。購入を考えている方がいましたら、忘れずにしていただければと思います。
※祝PASH!ブックス10周年
くまクマ熊ベアー発売元であるPASH!ブックスが10周年を迎え、いろいろなキャンペーンが行われています。
詳しいことは「PASH!ブックス&文庫 編集部」の(旧Twitter)でお願いします。
※投稿日は4日ごとの22時前後に投稿させていただきます。(できなかったらすみません)
※休みをいただく場合はあとがきに、急遽、投稿ができない場合はX(旧Twitter)で連絡させていただきます。(できなかったらすみません)
※PASH UP!neoにて「くまクマ熊ベアー」コミカライズ公開中(ニコニコ漫画、ピッコマでも掲載中)
※PASH UP!neoにて「くまクマ熊ベアー」外伝公開中(ニコニコ漫画、ピッコマでも掲載中)
お時間がありましたら、コミカライズもよろしくお願いします。
【くまクマ熊ベアー発売予定】
書籍21巻 2025年2月7日発売しました。(次巻、22巻、作業中)
コミカライズ13巻 2025年6月6日に発売しました。(次巻14巻、発売日未定)
コミカライズ外伝 4巻 2025年8月1日発売しました。(次巻5巻、未定)
文庫版12巻 2025年6月6日発売しました。(次巻13巻、発売日未定)
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。