芸能界には「首領(ドン)」がいるーー。世の中にそのような暗黙の了解があったとして、それは誰で、どんな人物なのか、真に迫った言葉はすくない。ノンフィクション作家・田崎健太著『ザ・芸能界 首領たちの告白』は、バーニングプロダクション創設者の周防郁雄、B'zやZARD、WANDSを生み「ビーイング系」を築き上げたビーイング創設者・長戸大幸のインタビューをはじめ、本人証言をもとにマスコミが触れられない芸能界の暗部を詳らかにする。
本記事では、バーニングの周防がインタビューに応じ、サザンオールスターズおよびバンドを長くマネジメントしてきた芸能事務所・アミューズとの関係について語ったことについて、一部再構成のうえご紹介しよう。
前回記事はこちら:「この話をするのは初めてです」ーー「芸能界のドン」が語った、郷ひろみ”強奪”の真相【ジャニーズ】
原田真二との出会い
サザンオールスターズについては説明の必要はないだろう。
1978年に「勝手にシンドバッド」でデビューし、数多くのヒット曲を発表してきた国民的バンドである。サザンオールスターズはデビュー以来、アミューズに所属している。
「アミューズとぼくの関係をここではっきりとさせておきたい」
周防はこう切り出した。まずサザンオールスターズの前に、一人のアーティストとの出会いがあったという。
「吉田拓郎さんから人を通じて“広島に凄い子がいる”という話を聞いたんです。それで会いに行ったのが原田真二」
原田は1958年に広島市で生まれた。高校2年生のとき、フォーライフレコードの主催する新人オーディションに応募し、その才能を注目された。審査員は、フォーライフレコードの設立者の一人でもあるシンガーソングライターの吉田拓郎だった。
原田の紡ぎ出す曲には、日本の音楽の系譜にない、都会的な軽やかさがあった。フォーライフレコードは、彼の才能を生かすには、マネージメントを担当する芸能プロダクションが必要だと考えた。
「ぼくは原田をすぐに気に入った。彼はぼくにこう言ったんです。“周防さん、遠いところまで来て頂きありがとうございました。ぼくは青学(青山学院大学)に受かったので東京に行きます。つきましては一つ希望があります”と。何かと訊ねると、自分のための会社を作って欲しいという。そこで彼のためにバーニングとは別の会社を作ることにした」