がんばらないことに、許可を出した日
「働かないと、稼げない」
「お金は、努力の対価だ」
「使えば、減る」
そんな言葉を、あなたはいつから信じていた?
わたしは、それが“当たり前”だと思っていた。
疑ったこともなかった。
働いて、稼いで、減って、また働いて。
気づけば、ずっと同じ循環を生きていた。
でもある朝、ふと止まった。
「このままで、ほんとうに豊かになれるのか?」
そして気づいた。
それって、本当に“自分の言葉”だったのか?
親の背中。
学校で配られた常識。
SNSの成功者の声。
わたしの中で「正しい」とされていた言葉たちは、
ほとんどが“誰かの正しさ”だった。
わたしは今日、それを捨てることにした。
「働かないと、お金はもらえない」
「楽してるやつは、信用できない」
「お金を使うと減る」
そんな言葉を、もうわたしの現実に持ち込まない。
そして新しく、こう定義し直す。
お金は、奪うものじゃない。
与えて、響かせて、循環して、還ってくるものだと。
豊かさは、目に見える数字ではなく、
わたしが“在る”という状態そのものだった。
お金を使うときに感じていた罪悪感は、
わたしがまだ「持っていること」を信じていなかったから。
でも今は、
「在る」ことを前提に、使うと決めた。
この言葉は、わたしの“決意”であり、
誰かに届いてほしい“問い”でもある。
もし今、あなたの中にも
何かがふっと揺れたなら
それは、
あなたの中に
“もう古い現実を終わらせたい”という声があった証拠。
最後に、わたしの新しい前提を、ここに刻んで終わる。
わたしは、
喜びを表現し、感謝で手放し、自然に受け取る存在である。
『あなたは、なにを信じてきた?』
もう一度、聞かせてほしい。
あなたがこれまで守ってきた“常識”は、
ほんとうにあなた自身のものだった?
その問いの向こうに、
あなたの“ほんとうの豊かさ”が待っている。
完璧じゃなくていい。
かっこつけなくていい。
むしろ、
照れくさくて、信じきれてなくて、でも放つ。
その“矛盾を抱えたまま放った言葉”だけが、
他人の魂に触れるから。



コメント