(安保法制成立10年:上)同盟深化、緩んだ歯止め 米「日本、より広い役割を」

 ▼1面参照

 最新鋭戦闘機F35Bがずらりと甲板に並ぶ全長約280メートル、英海軍最大の空母プリンス・オブ・ウェールズ。8月、日本に寄港した。直前の自衛隊との共同訓練では、海上自衛隊の護衛艦「かが」「てるづき」がプリンス・オブ・ウェールズを護衛し、「準同盟」と言われる日英関係の深化を印象づけた。

 2015年成立の安保法制で、密接な関係のある国の艦艇などを防護できる「武器等防護」の規定が新設。米国、豪州に続き、今回の英空母は3カ国目の実施となる。

 実は、護衛艦のほか海上からは見えない護衛もあった。米軍の潜水艦とともに、海上自衛隊の潜水艦だ。隠密行動を常とする潜水艦による防護は、正式なものではなく実施後も公表されなかった。日本政府関係者は「日米の潜水艦が西太平洋で英空母を防護したことで、日本への寄港が実現した」と明かす。

 日本の武器等防護の実績は、17年に初めて実施されて以降、24年までに計150件行われた。うち米軍が140件、豪軍が10件。弾道ミサイルを含む情報収集・警戒監視で27件、共同訓練で123件。防衛省幹部は「同盟国や準同盟国との信頼が格段に増した」と語る。

 集団的自衛権の行使を認める日本の安保法制を高く評価するのが、同盟国・米国だ。米マサチューセッツ工科大学(MIT)国際研究センターのエリック・ヘギンボサム主席研究員は、自衛隊による米艦防護について「(自衛隊と米軍の)一体化が進んでいることを示すものであり、政治的な象徴性がある」と指摘。米軍が「矛」、自衛隊が「盾」の役割を担ってきた日米同盟において「自衛隊が米軍を守ることもできるという理解が広がり、より対等な同盟になっている」と語る。

 ただ、南シナ海や東シナ海、台湾海峡で軍事的威圧を強める中国に対する米国の危機感は強い。へギンボサム氏らは、中国による台湾侵攻を想定した模擬実験を重ね、米シンクタンクから報告書を発表。ヘギンボサム氏は、台湾有事への対応について、米国にとって「日本の関与は不可欠だ」と指摘した。

 バイデン前政権で米国防次官補(インド太平洋安全保障担当)を務めたイーライ・ラトナー氏は、安保法制成立以降、日本の安保政策が「能力を高めるようにゆっくりながら着実に進化してきた」と評価する。一方で、こうした日本の活動が「最初の一歩だ」と強調。台湾海峡や南シナ海での作戦立案や、米軍を含む他国の軍との指揮統制の統合を検討すべきだとの考えを示し、「日本がインド太平洋地域の危機や有事において、より幅広い役割を果たす方法について、議論を深めるべきだ」と求めた。(矢島大輔、清宮涼)

 ■静まった憲法論議

 この10年で自衛隊の能力や活動は飛躍的に拡大した。ある防衛省幹部は「安保法制は審議で強烈な反対があったが、成立後は新たな脅威に自衛隊が対応することへの理解が広がった」と語る。国家安全保障局(NSS)のある幹部は、安保法制成立で「憲法論議は終わった」とまで言い切る。

 集団的自衛権の行使を認める安保法制をめぐる国会審議では、違憲か合憲かの激論が続いた。野党側は安保法制に激しく反発し、自民党推薦で参考人招致された長谷部恭男・早大教授も「憲法違反」と指摘。「個別的自衛権のみ許されるという(9条の)論理で、なぜ集団的自衛権が許されるのか」と批判した。

 だが、自民・公明両党などの賛成で安保法制が成立すると、国会論戦は一気に緩んだ。個別的自衛権行使だけが認められていたときは、日本の武力行使の基準は日本への対処のみと明確だった。ところが安保法制成立後はその基準はぼやけ、他国への攻撃で日本の存立が脅かされる「存立危機事態」という曖昧模糊(あいまいもこ)とした概念へと変わった。

 自衛隊に関する憲法解釈は、国会で政府に答弁を迫る野党の質問で築かれてきた。安倍内閣が長年の憲法解釈を変える閣議決定をした際、各野党は憲法が権力を縛る「立憲主義」に反すると批判。「立憲」を党名に掲げて17年に発足した立憲民主党は公約で「立憲主義および憲法の平和主義に基づき違憲部分を廃止する」と明記してきた。

 だが、政府が防衛力強化の既成事実を積み上げる中、安保法制に抵抗してきた野党の「立憲主義」は後景に退きつつある。立憲の野田佳彦代表は7月の参院選に向けた党首討論会で、石破茂首相から安保法制の違憲部分を問われると、「政権を預かった時に米国や防衛省などのヒアリングを通じ検証する」と述べるにとどめた。

 今年は衆参両院の憲法審査会で「憲法と現実の乖離(かいり)」が議論され、安保法制に対する各野党の姿勢のばらつきが鮮明になった。共産党が「暴挙」、社民党が「戦争法」と批判を続ける一方、日本維新の会は改憲による集団的自衛権の全面容認で、国民民主党は憲法への自衛隊明記で、「乖離」をなくすべきだと主張した。

 国会では憲法の下で自衛隊の活動にタガをはめ直す議論は深まらず、タガはむしろ緩む一方だ。5月には政府がネット上の通信情報を収集・分析し攻撃を防ぐための法律が成立。憲法が保障する「通信の秘密」との整合性も問われたが、主要政党の反対は共産とれいわ新選組にとどまった。

 元政府高官はこんな不安をもらす。「憲法を踏まえ、抑制的な防衛政策を取ることは今も政治の役割だ。安保法制で何でもできるように語る議員がいるが、戦争に至る話だから判断を慎重にしないといけない。ただ、そういう議論を国会で詰めるべき野党もおとなしくなってしまった」(編集委員・藤田直央)

 ■<視点>崩れる国際秩序、自衛隊の役割、議論を

 安保法制をめぐる10年前の論争は、推進派と反対派の立場が最後まで交わることがなかった。安全保障論、憲法論、民主主義論、それぞれの視点からの主張がすれ違うばかりだった印象がある。

 安保の専門家は国際的な視野に立ち、将来の危険性を視野に備えの必要性を説く。一方、憲法の専門家は戦後日本を形づくった従来の解釈に目を向け、整合性を問う。安倍政権は数の力で強引に成立に持ち込み、異論を封じる民主主義のありようが問われた。

 だが10年後の今、議論のかたちは変わらざるをえない。「自民1強」はすでに崩壊し、少数与党は何をするにも野党の協力が必要だ。自衛隊と各国軍との連携が進み、既成事実化は後戻りできないレベルになっている。

 米国を中心とした国際秩序が崩れつつあり、各国による安全保障システムの見直しが進む。その作業は日本も無縁ではない。自衛隊は何をどこまですべきか。憲法の規範性をどう考えるか。丁寧に議論を進め、現実に即したルールを検討すべきだ。(小村田義之)

 ◇安保法制では、自衛隊の他国軍への後方支援を定めた恒久法「国際平和支援法」を整備しました。しかし、この10年間で自衛隊の海外派遣は停滞しています。次回は、その理由を探ります。

「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験