『ぼっち・ざ・ろっく!』が覇権を狙うために排除したノイズとは? 脚本家 吉田恵里香が語る、表現の“暴力性”
アニメ文化が途絶える恐怖を感じている
こうした作品ごとの必然性や適切な表現にこだわるのは、アニメに対する危機感にも似た特別な思いがあるからだ。 「99%の人が大丈夫でも、1%の過激な人が何かをしてしまうことで、アニメ文化が途絶える恐怖を感じています。様々な作品があるからこそ、ルールや節度、倫理観を保っていかなくてはいけない。過激な作品やR18まで振り切ったものがあってもいいですし、やると決めれば私も思いっきりそうした作品に関わることもあると思います。でもその場合は、しっかりと未成年が見られないような配慮が必要です」 子どもも気軽にストリーミングサービスにアクセスできる現代において、ジャンル分けやゾーニングはもっと重要視されるべきと訴える。 「自分で選んで買う小説や演劇などと違って、より手軽に見れる媒体の場合は表現についてもっと考えなくてはいけないと思いますし、その考え方がもっとアニメ業界に浸透したらいいなとも思います」
実写ドラマとアニメの脚本の違い
実写ドラマもアニメも手がける吉田恵里香さんだが「実写の脚本はアニメっぽいって言われるし、アニメの脚本はアニメっぽくないって言われる」ことがあるという。 実写の場合はキャラの立ち方の強さ、アニメの場合はアニメらしからぬリアルな心理描写などが要因として考えられるが、当人としては特に書き方を変えているわけではないそうだ。 「変えてるのはト書きの書き方くらいです。たとえば実写の場合はどれだけ詳しく書いたとしても、撮影の時点で動きは変わりますし、役者の方々に動きを考えてもらう場合もあるのでそんなに動きを指定した書き方にはなりません。『○○と言いながら水を置く』みたいな」 これがアニメになると、絵に描いてもらうためにより詳しく指定をする必要が出てくる。 「同じシーンを書くとして、『○○と言い、震えながら水を置く』とか『○○と言いながら水を置くが、雑に置くので水が揺れている』のようになります。忠実に守ってもらうためというよりは、私がどうキャラクターやシーンをイメージしているかを伝えるためなので、省かれてしまっても構いません」 そもそもアニメ業界では、ここ10年で脚本のト書きが詳しく書かれるようになったという変化があるそうで、「そもそも詳しく書くタイプじゃない」という吉田恵里香さんも、どういう思いでそのセリフを言っているかの補足部分である「()ト書き」(かっことがき)を書き込むことがあるという。 「【ユイナ:「え~!(怯えながら)」】とか【ユイナ:「え~!(本心では言ってない)」】のように、芝居のニュアンスとして絶対に外さないでほしいところは書きます」 細やかにキャラクターたちの心情を描く脚本術の真髄は、そこにあるのかもしれない。