Twitter論
はじめに
一個前の記事のようにIDを変えたら凍結した
即座に新垢を作って舞い戻っても良かったのだが、IDを変えてみようと思った理由からいって今の所Twitterのアカウントを作っては居ない。
この記事はTwitterを見て書いたら台無しだなと思ったので、全て”うろ覚え”、俺の記憶に頼って書いている。なので間違いがあるかもしれない。間違ってたらコメントとかで指摘を貰えれば訂正するのでよろしくお願いします。
TwitterはMMORPGである
TwitterはMMORPGだなと思っていた。
フォロワー数とはなにか?戦闘力ではないがゲームのレベルなんだとおもう。突きつけられた銃口の数だとかうそぶくやつもいるが、それは恐らく「リアルがTwitterよりもショボい」場合、石を投げる理由が生まれた時に呪術が反転して死ぬだけで、げんにホリエモンとか青汁の人とか前澤社長は生き残ってる。
Twitterを初期からやってる勢にも色々いて、いつ稼いだのかわからないフォロワー数を抱えてるが、普段つぶやいてもほぼいいねが1か2しかつかない人もいれば、持ち芸を披露すればフォロワー数からすればかなり多いいいねが集まる人もいる。
「フォロワー」の数はやはり銃口ではなくランクだ。反応が多いということは人に影響を与える。銃口の数は、Twitterのユーザー全部だ。人間の数全部だ。そもそもが、本来は何万という銃口が向けられる覚悟は全員が持つべきものなんだろう。
Twitterは日本において最も大きなMMORPGで、即時性を持つニュースメディアでもあるから、インプットという意味では現時点で日本最強のものである。だからこそTLは偏らないように注意せねばならないが。
アウトプットという意味では全員が大道芸人になる。成功例として現実の商売につなげてる人達(特に上手い人としてぱっと思い浮かぶのは白饅頭さん、借金玉さん、うしじまいい肉さんあたり)は、武道館まで行った人達だとは思う。食えてないツイフェミだの、自虐芸人だのは結局アウトプットを浪費してる人間だ。
ピンフスキーさんと高須賀さん
俺は常々、面白い(個性がある)し、頭もいいんだから何か立派になれという話をしてたが、多分、結局のところ、あれも大道芸人だし、彼の芸風ではリアルとつなげて商売をするようなこともできないから、武道館にはいけない。
そう思った背景として、IDを変えたりするような心境の変化があったこととして、一つのきっかけになった高須賀さんとかいう医者のアルファツイッタラーがいる。
なんかときどき俺のネトゲ戦記にコメントしてたからフォローしてて見てたが、フォロワーが1万くらいをこえて小さい連載のようなものをネットメディアで持ってる本業は医者ということだ。34くらいだったと思う
ピンフスキーさんと高須賀さん、この二人だと俺はピンフスキーさんのほうが思考がキレてて好きだが、社会的に評価されるのは文章やTwitter上の振る舞いだけでも高須賀さんだろう。
そんな高須賀さんは本業が医者ということで、コロナで忙しいらしく、ツイートを最近は見かけなかった。
それが、久しぶりにツイートを見たと思ったら、「コロナで死ぬほど忙しい状況(たまにしか呟けない状態)に長く置かれることで仕事に覚醒したかもしれん。すごく楽しくなってきた」という、一時期の俺のようなことを言っていた。
つまり、結局、Twitterで浪費される分のアウトプットを何か他のことに向けたほうが覚醒するのではないか。
1万以上のフォロワーがアルファツイッタラだと定義すると、結局なにか長文、noteのようなものをするしかないんじゃないか。”つぶやきの一つ一つや言っていたことの一貫性”を拾い集めて評価してくれる高知能の人間なんてほとんど居ないのだから。あそこはつぶやき一つの140文字でいかにアジるかという場なのだから。
つぶやきでの評価だけで生き続けられるならいいが、それは40とか50とか年をとりリアルがそのままだと元dadaさんみたいになりそうだ。
絵描きや漫画家には必須のツイッター
「Twitterでアウトプットするのは人生の無駄だ、コラムを書いたりしてアウトプットを固めて出力しろ」という話と平行して、絵描きや漫画家の新人にはほぼ必須となってるのがTwitterだと思う。いや、もちろん才能があればいきなりジャンプ編集部に持ち込んだりすればいいし、絵描きも藝大とかにいってそのままスルッと絵描きの道はあるのだが。
かくいう俺も、noteで何か面白いことを書いたところで、Twitterをやってないとそれは広く告知できないんだろう。多分。
まとめると正しいTwitterとの付き合い方は、
①アウトプットはコラムのような形にする。もったいないから普段のツイートでは出さない。
②目標を持ってやる。①を広く宣伝したいとか。
結局こうなってしまうのだろう。これを守らない場合の強い個体がピンフスキーさんで、だけどだから彼は日常が変わらないんじゃないか。結局高須賀さんのように何かにうちこまないと。
そして高須賀さんはアルファツイッタラになろうがコラムニストになろうが得られなかったものを、コロナというイベントでおこった「非常に忙しく打ち込むリアル仕事」で得たのだろう。俺がいつか得たように。
俺は裁判でうんうんうなってた頃はTwitterをやる余裕がなかった。裁判中も続けていた空白雑記も、裁判が佳境の頃は殆ど書いてなかった。それが最近はTwitterをやってる時間に食われて読書量やゲームプレイ時間が全盛期の半分になってた。
いい機会だからTwitterをやめればアウトプットが溢れそうになって、なにかやりたくなるのか、まずは試してみようと思う。
その結果がnoteのようなアウトプットなら、①②を守ってTwitterを再開するというのも必要じゃないかと思う。結局文章を書いたところで告知する場は必要になりそうだ。まあそれも含めて、しばらくTwitterから離れて毒を抜きつつ思いついたことをnoteに書こうと思う。
離れようとしても、情報収集のためにまとめサイトを見るとTwitterのまとめが1/3だ。Twitterというのは本当に最先端のメディアであり、毒であり、日常なんだなと思う。アルファになるような知能がない人達は、自然と①②を守り、出力を何もせずに平和に生きている。


コメント
2Twitterにあまり毒されていなかった2019年くらいまでの空白雑記が一番興味深く、好きです。
2020年はTwitterに積極的になってみる年だったね