Vol.548「今さら年功序列って言う若者」
(2025.9.2)
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…「AERA(9月1日号)」に「成果主義より年功序列 新入社員の調査で初めて逆転」という記事が載っていた。学校法人「産業能率大学総合研究所」が新入社員を対象に毎年実施している調査で、「年功序列的な人事制度と成果主義的な人事制度のどちらを望むか」という問いに対して「年功序列」の回答が56.3%、「成果主義」が43.6%で、1990年の調査開始から初めて「年功序列」が上回ったという。また、「終身雇用」を望む割合は69.4%、「同じ会社に長く勤めたい」とする回答も51.8%と、これも増加傾向にあるそうだ。これが、若者が日本本来の価値観に目覚めたからだとしたら非常に喜ばしいことなのだが、残念ながらわしにはそうとは思わない。また若者がムシのいいこと言いやがってとしか思えないのだ。現代の若者はなぜ年功序列を望むようになったのか?
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…米国サンフランシスコの一角、シリコンバレーには巨大IT企業がひしめいている。そのシリコンバレーで最近の話題をさらっているのは、人工知能でも宇宙開発でもなく、なんと「死なないこと」。「Don’t Die(死ぬな)」をスローガンに掲げる新宗教「死ぬな教」が立ち上がったのだ。教祖は、ブライアン・ジョンソンという47歳の起業家。AIやバイオテクノロジーなどの最先端技術を総動員して、自分自身を「死なない身体」にするための超激しいアンチエイジングに取り組み、その様子をつぶさに発信しはじめたのだ。これに共鳴するアメリカ人が続々集まって、カルト宗教化しているというが!?
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…アベノミクスが日本人の勤勉さを失わせた元凶では?国家のためには、たとえ高齢出産でも不妊治療に全力を注いで子供を増やすべき?人間の生命って一体どこまでが自然の摂理?入院中、優しくしてくれた女性の看護師さんはいた?アニメ『ダンダダン』とX JAPANのメンバーYOSHIKI氏の間で起きた「オマージュ」と「パクリ」問題をどう思う?日本人の食生活は糖尿病になるための食生活!?…等々、よしりんの回答や如何に!?
1. ゴーマニズム宣言・第577回「今さら年功序列って言う若者」
最近の若者は「成果主義よりも年功序列の方がいい」と言い出しているらしい。
これが、若者が日本本来の価値観に目覚めたからだとしたら非常に喜ばしいことなのだが、残念ながらわしにはそうとは思わない。
また若者がムシのいいこと言いやがってとしか思えないのだ。
「AERA(9月1日号)」に「成果主義より年功序列 新入社員の調査で初めて逆転」という記事が載っていた。
学校法人「産業能率大学総合研究所」が新入社員を対象に毎年実施している調査で、「年功序列的な人事制度と成果主義的な人事制度のどちらを望むか」という問いに対して「年功序列」の回答が56.3%、「成果主義」が43.6%で、1990年の調査開始から初めて「年功序列」が上回ったという。
(それぞれ「年功序列」14.6 %、「どちらかといえば年功序列」41.7%と、「成果主義」6.5%、「どちらかといえば成果主義」37.1%の合計)
また、「終身雇用」を望む割合は69.4%、「同じ会社に長く勤めたい」とする回答も51.8%と、これも増加傾向にあるそうだ。
90年代以降、若者が年功序列を否定して「年俸制」がいいと言い始め、特に2001年に始まった小泉構造改革以降は、「就職氷河期」の若者たちが「成果主義」に大賛成するようになり、「フリーター」やら「ハケン」やらが、時代の最先端の働き方であるかのように扱われるようになっていった。
わしはそんな風潮に靡く若者が「自分で自分の首を絞める馬鹿者」に見えて、
すごく不愉快で、批判していたのだが、新聞・テレビらマスコミはこぞって「年功序列」から「成果主義」への転換を激推ししていた。
年功序列・終身雇用というのは、会社を「家」、社員を「家族」のように思う日本独自の感覚から出来上がってきた制度で、日本人に適した雇用環境であり、松下幸之助などの優れた企業人たちが培ってきたものだ。
ところがそれをぶち壊して、アメリカ型の「成果主義」にして非正規を拡大し、雇用を流動化して会社への帰属意識を消滅させる「構造改革」が、いかにも良いことであるかのようにマスコミが洗脳していき、それにまんまと引っかかった若者が、これこそが進歩的な生き方だと思い込んで乗っかって行ったのだ。
要するに実力も何もない若者が、「年俸制」にしただけで「オレもプロ野球選手みたいでカッチョイー!」なんて思い上がっていたわけで、わしには「このバカヤローが!」としか思えなかった。
そもそも年俸制とか成果主義とかいうなら、漫画家こそがその最たるものであり、それがいかに苛酷で熾烈なものなのか、わしほど骨身にしみて知っている者はいない。
それを何も世間を知らない若造が軽々に年棒制がいいだの、成果主義がいいだのと言いやがって、じゃあお前ら、わしと同じような働き方ができるのか? あまちゃん過ぎだろうと憂慮に耐えない思いで見ていたのだ。
漫画家は完全な成果主義だ。どんなに努力したって、結果が出なければ全く無意味。中でも「週刊少年ジャンプ」は成果主義を最も顕著に取り入れた雑誌で、毎週毎週アンケートで結果が出て、成果の上がらない者は即座に打切りだった。
週刊連載で漫画を描くということだけでも大変なのに、必ず読者の人気投票という目に見える形で成果を出さなければならない。キツ過ぎるがそれでも描かなければ潰れて消え去るだけだから、もう毎日毎日寝ずに描き続けるしかない。3日でコンテを描いて4日でペン入れしないと間に合わない。休みなんかない。
ジャンプで描いていた頃は福岡在住で、当時はメールはおろかファックスすらないから、コンテを描いたら福岡空港まで持って行って航空便で送り、羽田で編集者が受け取る。それで「ボツ」なんて言われようものなら、また一から描き直しで、どんどんペン入れする時間が短くなって、もう寝る時間はない。
そんな日々がずーっと『おぼっちゃまくん』の時も続いていた。「コロコロコミック」は月刊誌だったが、1回のページ数が多い上に「別冊」や「増刊」があり、同時に他誌にも連載を持っていたから、週刊誌とペースはほとんど変わらなかった。
3日間寝られなかった時は、少しでも座ったら眠ってしまうので、立って原稿を描いた。わしがもう限界という状態の時に、チーフの広井くんが机の上に椅子を乗せ、そこに原稿を置いて、立って描いてくださいと言ったのだ。
スタッフならわしの体調を慮って少し休んでくださいと言いそうなところだが、そうではなく、寝かせず描かそうとしたのだからすごい。だが、そうでもしないことには原稿が上がらなかったのだ。
ほとんどそれは奴隷制度みたいなもので、労働基準法も何もあったものじゃない。しかし売れなくなったらそれまでで、一生ヒマで収入もないという毎日がやってくるだけなのだ。
そもそも、毎週毎週締切が来る「週刊漫画誌」というもの自体が、奴隷労働でも強いなければ発行できないような、不可能な仕組みの上に成り立っていたものだった。
だからこそ今では、そこまで働ける漫画家も少なくなってきて、昔だったら漫画家が病気で倒れない限りはあり得なかった「休載」も普通に取られるようになってきた。ただしその分、雑誌の勢いもずいぶんなくなっちゃったなあという状態になっているわけだ。
しかし考えてみれば漫画家に限らず、高度経済成長期からバブル期くらいまでの日本人は、本当にとんでもなく働いていた。
高度成長期を支えていたのは戦中派の世代で、戦時中の「滅私奉公」の精神が残っていて、かつて命を懸けて国に尽くしたように、半ば私生活をなげうってまで会社に尽くして働いた。そしてCMから生まれた「オー、モーレツ!」という言葉が時代の空気を表すフレーズとして大流行し、「モーレツ社員」という言葉も生まれた。
その精神性はバブル期までは戦後世代にも受け継がれ、「24時間戦えますか」というCMもヒットして、「企業戦士」などと呼ばれていた。
それを左翼の評論家・佐高信が「社畜」と名付けて得意げに批判していたが、わしはそれが不快で、「だったらわしは漫畜だ!」と言った。このような勤労意欲は、日本人特有の桁外れの真面目さから発生していたものであり、決して「社畜」なんて言葉で揶揄していいものではなかったのである。
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小林よしのりライジング
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。 毎週、気に…


購入者のコメント
84改めまして、先日の復活ゴー宣、有難うございました。設営のかたがたも、ゲストの森先生も含めまして…。
今号の感想ですが…。またピント外れなことを記すかもしれませんが、ご容赦を。
つまり、ライジング.546「神谷代表は陰謀論に嵌るポチだった」の感想で自分が記したように、夏目漱石の「夢十夜」、六夜目で、「明治の木には運慶の仏は埋まっていない」という話と同じなのだ、と理解しました。
一度破壊された秩序や前提を元にもどさねば、過去と同じことをしても元通り同じ事象が成立することはない。アメリカンドリームを日本にも当てはめようとしたつけがここになって生じている。
どうしても、それを元にもどしたければ、それなりの時間と労力を向け、苦しさに耐えねばならない。「火の鳥未来篇」ではないですが、再度宇宙創成みたいな長い年月を繰り返し、その孤独に耐え得るほどの。それだけなんだ、と思います。
少し自分の愚痴を記しますが…。
自分は、(かりに夢を追いかけるにしても)自身の今の生活を維持するため、仕事は真剣にやらねばならないた、と思いながら過ごしてきたつもりなのですが、それでも上の人から見ると、わけのわからないことや、餘計なことばかりしている、さらには至らぬことだらけみたいに判断されたのでしょう。今になっても、このていたらくです。
どこそこがいけない、と具体例をあげ、話し合いみたいなことができれば、と思ってきましたが…そんな親切な会社は、「年功序列」の世界においても存在しないのでしょう。「たてつくな」とか言われたりしました。
ですから、自分を上の人たちがどう評価しているのか、いつも不安でなりませんでした。とりわけ、「試用期間」と呼ばれる期間が恐ろしくてなりませんでした。労働契約書のことも気にかけないといけないです。アルバイト扱いだと、ない場合もあるから。
以上、能力主義よりも年功序列が良かったとかおっしゃられるかたがたに、肝に銘じて欲しいです。会社はヴォランティアではない、役に立たぬものは、どのような場合でも、切り捨てられるのだ。と。
ざれごとを記しました。
木蘭さんの方ですが…どなたかが記されていましたが、「火の鳥生命篇」のサイボーグ老婆の話と同じではないか。頭脳だけ生身で、後は機械化されたからだ…ロボットそのもの。
孫娘に 主人公のクローンが、「おばあさんはもう死んでいるよ」とか言ったセリフが、何とも言えなかったです。
あと、この延命措置を今の時期からしている人は、AIが故障しないかとか、誤作動しないかとか思わないのでしょうか?人間個人の判断には、環境や情況による「錯覚」などもあるのですが、まちがえるのは機械だって同じではないか、と。
あるいは、この人は過去に「詐欺」などにあい、人間不信で、自分とAIしか信用できぬのでしょうか?それは同情するかも…ですが、よしりん先生などもおっしゃられているように、「目的」や「目標」のない長生きは、ただの惰性でしかないような気がします。
失敗もするし、愚かなこともする…それでも、最後の瞬間まで、何かをするための「意慾」と「実行」を思い描いて生きるのが「人生」ではないか、と。「過ちを観て、ここに仁を知る」(「論語」里仁)なのではないか、と。
以上、ほとんど自分へのいいわけみたいな結論ですが、山本有三先生の「路傍の石」を思い出すような記事でした。「たった一つしかない人生を、たった一人しかない自分を、本当に生かさなかったら、人間生まれてきた甲斐がないぢゃないか」と。
そんな人生をいまだに送れていないので…後悔ばかりしている自分でもあります。艱難汝を玉にす。
それでは、次号を期待します。