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兵庫県「第3者調査委員会報告書」をどう読むかーー県民は公益通報より知事の改革に期待ーー

上山信一慶應大学名誉教授、ZEN大学副学長/教授
出典:Estonia Tool Box

 兵庫県の文書問題の第3者調査委員会の報告書を読んだ。怪文書にあった7つの疑惑(おねだり、キックバック、選挙の事前運動等)はパワハラを除き、すべて該当しないという審判だった。県庁と知事の潔白が証明された。また元局長が懲戒に値する人事管理上の不適切行為を多々行っていたことも認められ、それを理由とする懲戒は正当とした。時間はかかったが結論が出てよかった。

 一方で委員会は、知事のパワハラと元局長の怪文書を公益通報としなかったことは問題とした。パワハラについては世間一般よりも厳しい基準に沿って10件が独自認定された。知事は民間企業の管理職より強い権限を持つ。委員会は組織全体にもたらす影響も大きいと考え世間一般より厳しい基準で評価したようだ。

 ちなみに私は昨年8月に百条委員会のアンケートは定量データとしての信ぴょう性は低いが記述内容に照らし知事の言動には問題がありそうだと述べていた(8月27日のYahoo!ニュース:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c7d631f4e4c57f54ac15d5c505665543253ae983 )。そこでは改革を進める知事とその取り巻き、その他幹部の間にずれがあり、パワハラ的言動はそれを背景に生じていると類推したが想像通りだった。第3者委員会は少なくとも過去の知事のパワハラ的行為についておおむね実態をとらえたと思われる。

 中には「付箋を投げただけ」等の軽微なものもある。マスコミはそれを針小棒大に伝えたし、議員もことさらに重大視した。それは過剰反応だったが、今回の第3者委員会は「知事のふるまい」という意味でやや恣意的にきつめの判断をした。これは今後の改善を期待してのことと察する。総じてこれは質の高い調査報告書だといえよう。

 だが、調査は良質であっても調査結果の解釈、結論、提言が妥当であるとは限らない。私には大きく3つの疑問がある。この報告書は確かに「ひとつの見解」ではある。だが県民が県庁と知事に期待するのは旧井戸県政の旧弊からの脱却と改革である。それを最優先と考えた場合、この報告書への盲従は今後の県庁運営には必ずしも有益ではないと考える。

〇疑問(1)亡くなった元局長に過度に忖度した?(「不正目的」の動機の解釈問題)

 元局長の自死は極めて遺憾というしかない。そのせいだろうか委員会は元局長が怪文書をばらまいた動機に不正はなかったと断じた。しかし私は全く納得しない。彼の遺志を斟酌しての判断放棄ではないか。亡くなったからと言って彼が怪文書をばらまいた動機は美化できない。

 報告書134ページで委員会は元局長の公用PCには「クーデター」という文言があったと認める。しかし委員会は同時にそれは「単に空想上のものであって、実行に移す意図までを窺うことまではできない」「(文書の)取り扱いに注意してほしいと注記してあった」「3月27日までは世間の注目を集めていなかった」等を理由に「不正目的でなかった」と判断する。これは誤った、そして極めて恣意的な判断だと思う。ちなみに不正目的なら怪文書は公益通報にあたらない。もしそうでないと公益通報とみなしうる。不正目的かどうかの判断は極めて重要なポイントである。

 公益通報制度を司る消費者庁は「対象事業者や対象行為者の信用を失墜させるなどの有形無形の損害を加える目的」がある場合は不正目的だから公益通報でないと解説する。今回の怪文書は県庁と知事の信用を失墜させる内容であり、元局長は「クーデター」を企てる旨の文書をPCに残していたそうだ(百条委員会での副知事証言)。しかも彼は過去にも怪文書を出していた。今回の怪文書の狙いは知事の政治的失脚、特に選挙に向けた県民からの信頼の破壊と考えるのが自然だろう。知事や県庁だけでなく怪文書に名前が出た人物や企業も風評被害を被る。怪文書に固有名詞を挙げることの毒性を元局長は当然理解していたはずだ。それを本人が「職員らの将来を思っての」と言っていたとか「定年退職が近い」という理由で「公益目的だった」と言い切るのは曲解である。この屁理屈がまかり通るなら泥棒は窃盗がばれたときに備え「奪った金で慈善団体に寄付をしたかった」とPCに残しておけばよいことになる。元局長の動機はもうヒアリングできない。生前に書いた文書だけで類推するのも難しい。委員会は死者に忖度せず、あるいは政治的判断を避けて誠実に「公益通報にあたるかどうか判断しきれなかった」とすべきだった。

〇疑問(2)客観中立性への疑問(百条委員会との協調の疑惑)

 2つ目の疑問は、報告書の169―170ページである。ここで委員会は知事が今年3月5日に百条委員会の「報告書を正面から受け止める姿勢を示していない」と断罪する。しかしこの種のコメントを調査報告書に書くことはフェアではない。

 そもそも県民には百条委員会の正当性を認めない者が多数いる。そんな百条委員会の報告書を第3者調査委員会が内容の精査もせずに知事を批判する拠り所とするのは軽率に過ぎるだろう。結果的にこれは第3者委員会の独立性への疑念を生み、報告書の信用を棄損させた。また委員会は調査のために設置されたものであり知事への教旨は越権行為だ。第3者調査委員会は調査の機関であり、裁判所でも憲兵でも知事のカウンセラーでもない。調査で判明した具体のパワハラについての是正策の示唆ならまだしも、知事の政治家としての公の場での言動まで批評すべきでない。

 委員会は事実認定(パワハラ証言も含めて)については厳正かつ中立的に作業されたと思われる。しかし怪文書を公益通報とするかどうかの認定や、パワハラの認定は価値判断を伴う。どんな内容であっても広範な納得を得にくい。そんな難しい判断とわかっていながら県民から批判が相次ぐ百条委員会の報告書を是として今回の報告書を執筆する感覚は理解しがたい。そもそも百条委員会については席上での議員のパワハラが指摘され、職員へのアンケートでも議員によるパワハラがあるとの指摘があった。加えて一部議員によるおねだり事象の捏造、百条委員会のヒアリングの偏向ぶり、情報漏洩についても指摘されてきた。百条委員会の正当性に対し県民から様々な疑いが寄せられてきた。そんな事情を知りながら、あえて今回、百条委員会の報告書を持ち出し知事に「正面から受け止めるように」と諭す姿勢は知事を支持する県民から見れば大胆不敵な挑戦的態度とすら見えるのではないか。この委員会は政治的に中立な調査委員会と信ずるのはもはや難しい。

 またそもそも知事は政治家であり、文書問題については議会の反対勢力、県民、マスコミを意識した発言をせざるをえない。公開の場での知事の言動は「政治的総合判断」の結果である。百条委員会の指摘に対するコメントも当然、政治的配慮を帯びる。ところが第3者委員会はあたかも裁判所における被告の改悛の弁を求めるように知事の言動を批判する。県庁の調査委員会のふるまいとしては奇異と評するしかない。

〇疑問(3)公務員、議員への過剰信頼と県庁組織への理解不足(政治センスへの疑問)

 3つめの疑問は第3者委員会の報告書の中にしばしば登場する公務員への過度なほどの信頼と謀略を図る議員らの行状への無頓着ぶりである。

 報告書、特にパワハラに関する指摘に通底するのは、あたかも平時の民間企業を想定した牧歌的な”名望家政治体制”ーー知事は職員をいたわり、職員は知事を敬愛する麗しき関係ーーへの期待である。これは理想として目指す姿ではあるのは否定しないが、県庁の構造上、現実的な目標となりがたい。

 県庁は利権を分配する場所である。そこでは人間性善説は極めて危険である。まして改革を掲げた知事の元の県庁は戦時下にある。改革派知事というだけで議会の反知事勢力との対立は常態化する。幹部職員はそれに巻き込まれる。さらに議員がいる。彼らは利権や人気に左右される悲しい性(さが)を持つ。一部議員は必ず政治的に知事と対立する。あるいは公務員に強い圧力をかける。県庁職員はそうした(いわば総会屋のような(全員がそうではない))議員らに囲まれ仕事をしている。

 今の兵庫県庁では労組やOBを含む前知事時代の体制擁護派と知事ら改革派の戦いが続いている。その文脈の中で改革に反対する議員たちが百条委員会の設置を主導し、怪文書を材料に知事の不正の印象操作やデマの流布など謀略をめぐらしてきた。

例えば誰でも何回でも回答できると揶揄されたアンケートの結果がマスコミに流布させた。謀略議員らは調査結果も出ないうちにマスコミを煽って知事の不祥事を拡散させた。

 そんな状況を無視するがごとくこの報告書は聖人君子のような「みんなから愛される知事になりなさい」と説く。決して間違った考えではないが、周りの状況に無頓着すぎないか。

 筆者はこれまで大阪市の関改革、さらに大阪府と大阪市の維新改革、東京都の小池改革等、自治体首長の顧問として数多くの自治体改革を見てきた。

 改革前の長期保守政権下の庁内の姿は驚くばかりだ。幹部職員の中に特定の議員と癒着する者がいる。現役時代の利権分配とひきかえに天下りを見込む者もいる。労組と政党の癒着もある。

 そんな中で改革派知事は通常、極めて孤独である。特に一期目は知事に対しては距離を置いて様子見の職員が多い。さもなければ彼らは反対派の議員から名指しで攻撃されパワハラや人事異動の憂き目にあう。時には秘書課や人事課の職員の中にすら知事を陥れようとする(つまり再選阻止を図る)勢力や議員のスパイのような職員がいる。今回の元局長も明らかな反知事派だった。彼は一人でクーデターを考えていたわけではないはずだ。仲間はまだ県庁や外郭団体にいるはずだ。そして彼らは今回のホットラインで自分たちの考えを証言として述べたはずだ。

 この報告書からはこうした複雑な県庁組織の事情への用心と洞察がほとんど窺えない。県庁の公務員はまじめないい人たち(169P)という前提にたって、ヒアリングで聞いた話を丸ごと信用して採用したように見える。公務員は限りなく嘘に近い事象を使い印象操作するのが上手である(元局長の怪文書の出来から類推すべきだろう)。委員らは職員との対話をしたものの組織が抱える深い組織課題や議員を巻き込んだ利害対立の抜き差しならない構造の理解にまで至らなかった可能性がある。

 20年続いた井戸県政が改革に向けて動く兵庫県は通常運転の民間企業ではない。まして知事のパワハラが指摘された時期はコロナ禍だった。「職員ともっとコミュニケーションを保てたらよかった・・」等の指摘は正しい。だがこの報告書は全体を通じて当時に知事が置かれていた状況、職員たちが就任直後の若い知事をどう見ていたか、百条委員会がなぜ置かれたか、その真の目的は何だったか、またなぜ調査結果を待たずに不信任に至ったのかといった政治状況への洞察が抜けている。こうした文脈を正しく理解すれば元局長の「クーデター」への動機への理解やパワハラに関する情報の咀嚼の仕方は違ったのではないか。

〇再び知事選挙をやる理由は全くない

 今後については知事の見解を待つしかないが、知事再選後も知事の改革に反対する勢力の反発は収まらない。片や多くの県民は知事を支援する。ここまで分断が進むと収拾は容易ではない。

 一部には知事は辞任すべき、あるいは不信任決議という意見もあるが私は反対である。また20億円もかけて知事選挙をやるのは県民に説明がつかない。そもそも知事は今回の調査報告が出るのを待たずに不信任と判断され、選挙で再選され禊ぎを受けた。その際にはパワハラ事象やほかの6つの疑惑が広く報道され、また潔白とはされていなかった。それでも知事は再選された。また知事選での県民の関心事は県政の改革の推進や財政再建、天下り見直し等であり、マスコミが盛んに報じる公益通報の運用や怪文書の疑惑ではない。県民の多数派は仮に知事の疑惑が一部で真実であってもこの人に改革を続けて欲しいと願った。

 マスコミが重視するパワハラや公益通報の問題は、前回知事選挙時の世論調査で明らかになったように県民からみた優先課題でない。いわばすでに禊ぎが終わった周辺事項(あえていうが)にすぎない。その調査結果だけを理由に再び20億円をかけた知事選挙をやる大義は全くない。

〇分断の打開策は知事が自らを「規定不備」で処分すること

 かくして知事は当然、続投するべきだが、その際には議会との関係構築、県庁職員との信頼の構築等のための体制整備が必要だろう。そして深くなりすぎた分断をどうするかが大きな課題だが、ある種の妥協策が必要なタイミングではないか。

 以下はSNS上である方が提案していた案の受け売りだが、公益通報については今後のガイドラインを定めると同時に知事はガイドラインが不備だったことを理由に自らを懲戒処分する、という打開策はどうか。

 公益通報については、今回の場合、途中から元局長にまつわる調査を第3者に委ねるべきだった。だがガイドラインはなかった。そこで今回はそれを明確化する。また非違行為を行った職員の公用PCの調査を行う基準やPCの内容の公開基準も定めておく。そのうえで知事は元県民局長の告発文書部分の処分を部分撤回し、その他の非違行為による3カ月停職の懲戒処分は有効だとする。さらに公益通報の外部通報規定の未整備について懲戒委員会を設けて懲戒処分を受ければいい(例えば3か月程度の減給処分)。

 仮に万一、不信任決議に至ったとしても上記を済ませてから県議会議員選挙をしたらいい。議員候補者は斎藤知事の政策と怪文書問題への上記の対応の是非を争点に戦うことになる。

〇パワハラについては過去ではなく、これからを見守る

 パワハラについては今回の調査結果は主として過去についてである。それについてはすでに県議会が知事に不信任を突きつけ、県民も広く知った。それでも知事は再選されたのだから禊ぎは終わっている。よって過去を詮索するより大事なことは、今の知事がどのように職員と接しているかの行動変容のチェックだろう。また外部通報窓口がきちんと機能しているか等をモニタリングすべきだろう。

〇おわりに

 今回の第3者委員会はさすがプロの体制で本格的な調査をされた。ホットラインを設け、職員の介在を排し、歪みの生じないような聞き取り調査と得た情報の整理が行われた。私もこれまで大学教員の有識者として各種の官民の調査委員会に参加し、中央省庁の第3者政策評価報告書を多々まとめてきた。公開される報告書の作成の苦労はなみたいていのものではないし官公庁から委嘱の仕事は報酬が安い上に手間がかかる。時には世間から人格攻撃まがいの厳しい批判にもさらされる。その状況下で高い品質の実態調査をされたことに多大な敬意を表したい。そして今回の報告書が全面的でもなく過少でもなく適度な形で県庁組織に受け止められ、事態の解決に向けて有効に作用することを祈りたい。

(参考)今回の第3者調査委員会報告書の結論要約

〇以下の1から6まで問題なし:1.五百旗頭真先生ご逝去に至る経緯 2.知事選挙に際しての違法行為、3.選挙投票依頼行脚 4.贈答品、おねだり、5.政治資金パーティ券 6.優勝パレード協賛金キックバック

7.パワーハラスメント △16項目中10項目がパワハラ認定

×パワーハラスメントと認定された項目(10項目)

1:出張先での叱責、2:空飛ぶクルマに関する叱責、3:県立美術館休館に関する叱責

4:マスコミ取材に関するチャット、5:報道に関する報告不足の叱責、6:机を叩く行為 職員を叱責する際に机を叩いた、7:AIマッチングシステムに関する協議での言動、8:介護テクノロジー導入支援センターに関する協議での言動、9:はばたんペイに関する協議での言動、10:夜間・休日の継続的なチャット

(注)本稿は委員会の報告書のみを元に書いた(バイアスを排するため委員会の記者会見、各種ニュース記事等は材料としない)。


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ありがとうございます。
慶應大学名誉教授、ZEN大学副学長/教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。京都市、大阪府市、愛知県、北九州市の顧問、大手企業の社外取締役・監査役を兼務。このほか東京都顧問、新潟市都市政策研究所長を歴任。大学院大学至善館特命教授。著書に『改革力』『大阪維新』『政策連携の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

改革プロの発想&仕事術(企業戦略、社会課題、まちづくり)

税込214円/月初月無料投稿頻度:月1回程度(不定期)

筆者は経営コンサルタント。35年間で100超の企業・政府機関の改革を手掛けた。マッキンゼー時代は大企業の再生・成長戦略・M&A、最近は橋下徹氏や小池百合子氏らのブレーン(大阪府市、東京都、愛知県、新潟市等の特別顧問等)を務めたほか、お寺やNPOの改革を支援(ボランティア)。記事では読者が直面しがちな組織や地域の身近な課題を例に、目の前の現実を変える秘訣や“改革のシェルパ”の日常の仕事と勉強のコツを紹介する。

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