第七幕 決着、一つ

「光希、お前の親友が中にいるんだろ」

「覚えてたのか、その話」

「そうでなくてもそわそわしてるのがわかる。行けよ」


 和真は光希の背を叩いた。

 光希は四本の尾を揺らし、頷く。


「恩に着る」

「着膨れする前に返してくれればいい」


 光希は苦笑いしつつ走り出した。幸いあの毒使いはレインに夢中である。激しい攻防が繰り広げられる中、光希は診療所の石塀を乗り越えて、内部に飛び込んだ。

 その中には、隠密装束の連中がうろついており、


「ち、侵入者だ」と低く唸った。


 淡海おうみ訛り──?


甲禍衆こうかしゅうか」

「構うな、殺せ」


 光希は迫る銑鋧せんけんに頭部を穿たれたのか、その頭が、ぐわんと後ろへ傾いた。


「ふん、スカしたガキが──」

「俺に、鉄棒なんておあつらえ向きすぎやしねえか」


 光希は歯で咥え、銑鋧を止めていた。

 銑鋧とは長さ五寸、鉄の、棒手裏剣である。

 そして、光希はである。


「ち──野郎、やってみろ。打てるのか、患者が死ぬぞ」


 敵も、何が起こるか悟ったようだ。

 この「大砲」は、一歩間違えば大勢がひき肉になるものである。


「馬鹿が、診療所でやるかよ」素早く貫手を繰り出し、忍びの喉を打つ。

「げぁっ」と捻り潰したカエルのような悲鳴をあげて昏倒、右折すると二人の忍び。

 光希は加減しつつ、銑鋧を帯電し、電磁力で発射した。

 ──電磁砲、である。

 銑鋧は男の肩関節を粉砕し、反対側へ抜けた。


「な──この威力に落とせるのか」

「技の尾張だぜ」

「……一筆斎が、尾張だと──」


 一人が沈み、光希は頭上から迫る苦無を相手の手首に腕を差し入れて止めると、活殺、秘中、天突の正中に拳を叩き込んで倒す。

「知ってもらえて光栄だよ」


 その後も迫る隠密を徒手格闘で仕留めていく光希。

 彼が並の絵師ではないということは、すぐに悟られた。


「ぐぁ……なんだ、この若造は、」

「殺しは嫌いだけど喧嘩は慣れてんだよ」


 道場での暮らしは、皆が我の張り合い。神主様や師範が見ていてもいなくとも、ちょっとした「あいさつ」は日常の一幕である。

 その中でも光希と澪桜同士の喧嘩だけは、「死人が出る」として止められていた。

 失礼な話だ。互いを親友と思えばこそ、倒しこそすれ、殺しはしないのに。


「澪桜ッ! 澪桜!」


 澪桜がいるのは二階だ。

 素早く駆け、二階へ上がった。

 奥、東の窓辺の部屋──扉を蹴破ると、そこには見知らぬ男が一人いる。


「よう」


 ぞわりと、肌が粟立つのを感じた。

 男は黒髪で、身丈は五尺九寸ほど。人間だろうか──歳は四十かそこら。

 身に纏うのは洋装と和装の折衷。

 面長の顔は理知的なようにも、獰猛な怪物のようにも見え、人を食ったような笑みを浮かべている。


「お前の恋人か?」


 滑るような、悍ましい声だった。


「なんだ、お前」

高杉晋一たかすぎしんいち。近代軍隊の先駆けを作った男さ」

忌兵隊きへいたいの……そんな大物がなんの用だ。弔州征伐ちょうしゅうせいばつのあと、あんた労咳で……」

「助けられたのさ」


 高杉は澪桜を担いで、短銃で窓に銃撃。窓枠を吹っ飛ばして、蹴破る。


「俺の手下がちょうどいい『適合者』を探していてな。いやあ俺も、たまには新生忌兵隊の総督らしく働かねえとなあって……時に、カラクリ化手術って知ってるだろう?」

「……殺す。殺してやる」


 意味を察した。澪桜を、何かの実験の道具にする気だ。

 光希が一歩、二歩と進んだその瞬間である。右から、刀の光芒が散る。


「高杉、遊びすぎだ」

「久坂、こいつは面白いぞ。お姫様を救うためのお侍──いや、足軽がいるってのは、なかなかに『どらまちっく』だ」

「傾奇者め。和深の民ならば和深の言葉で喋らんか!」


 久坂──と呼ばれたは鋭い目つきで怒鳴った。


「やるか? 二体一……いや、一対一でも勝てんと思うが」

「高杉を殺す分には好きにしていいが、私たちにも仕事があるのでな」

「おいおい、ひどい野郎だ」


 なんで……。


「なんで討幕派の英雄がこんなことをする!」

「今の世はつまらんからな。……修羅がひしめく時代に戻す」

「なに、言ってんだ」


 高杉は窓に足をかけた。


「気にするな、じきわかるさ。……久坂、そいつは斬るな。今宵蒔いた憎しみの種がどのように芽吹くか、楽しみでならない。……退くぞ」

「命拾いしたな」


 すう、と納刀。二人は窓から飛び降りて、姿を消した。


「くそっ!」


     〓


「〈梟天道智きょうてんどうち〉・〈天狗かい〉──」


 なつめの視界が二つ、三つにぶれて歪み、体から力が抜けた。

 ──忠告を聞くべきだった。六度も、使えるわけがない。


 おかしな寒気、震え、脱力感。

 海に落ちる──。そう、思った時。


「朔夜、船縁から落ちるで!」

「構うな、速度上げろ! 全力で漕げ銀乃! ──オン・キリカク・ソワカ」


 波に乗って、そんな声が聞こえた。




 激しい攻防が続いていた。


「仲間が減ると、意識が削がれるのは悪癖だぞ」

「いや。託されたものを受け取っているだけだ──〈シルフィード〉」


 サーベルの速度が上がる。

 風を纏う斬撃。精霊魔術──ついぞこの土地では見ない、特異な、加護を用いた術。

 チャクラムの褐色妖狐は術の発動に気づいていた。「魔法?」と呟いている。

 風によって剣の間合いが伸びていることと、威力が上がっていることを察した狐は、後ろへ二度、下がる。風の斬撃が薙ぎ、瓦を砕いて吹っ飛ばした。

 踊り子はその瓦を素早く蹴って砕き、破片を銃弾のように飛ばした。


「ちっ」


 矢が二本飛来。一本を掴んでとめ、一本を咥えて止める。

 ──潮時か?

 女はそう思った。高杉と久坂の気配が動いたのだ。


「悪いけど、さよならだ。眠れ」


 女は息を止め、身に纏う比礼やら衣から銀粉を散らした。

 途端に、凄まじい眠気が襲いかかってくる。レインはなんとかサーベルを杖にして耐えるが、しかし──肉体というものがそれを許さない。

 眠気に支配され、意志が闇に飲まれる。震える視界の中、橙の髪を揺らした褐色の妖狐は屋根から飛び降りていった。


     〓


「目標は回収した」

「目撃者はいないといいが」

「みんな穂波ほなみが眠らせてたさ……よしんばいたところで、


 闇の中、悪意が、その、凄まじく濃密なドス黒い渦が燃えている。

 首輪をつけられた全裸の大男が曳く玉座に座るのは、赤毛の男。

 真紅の、九尾狐。


「俺たちの野望は、誰にも止めさせねえ。──影法師かげほうしに」

 赤い狐男が盃を掲げ、あおった。

 悪党どもは応じ、頷いた。


「影法師に」

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