第五幕 即席の共闘
突如往来の中で起きた騒動。最初は仇討ち、次に激昂、そして平伏させられ、走らされる。
目まぐるしく激変したそこで──その辻で。
下弦の月が天下を睥睨する夜。凄まじい応酬が起きている。
レインはサーベルを抜き放ち、斬りかかった。もはや
どう考えても尋常の思考ではない。刃物に拳で挑むなど、気が触れている。だが──。
吃驚したのは己である。肉が鋼の刃を弾いたのだ。甲高い音が夜の煉瓦造りの建物の壁を跳ね回る。
──これも妖術か? 魔術にもある、龍鱗の法だろうか?
しかし、実際は異なる。
大瀧蓮は電気信号を全身に送り込み、肉体を有り得ぬ勢いで高速で振動。これによって細胞結合を底上げし、強引な超硬化を行なっていた。
さらに。
振り上げられた拳を見、すかさずレインは退がる。
ずん、と馬鹿げた轟音と共に、土の地面が土砂を舞いあげてすり鉢状に抉れた。まるで拳の形を保った落雷である。
「なんだと……」
振動による恩恵──攻撃対象を激しく共振させ、崩壊を招いたのである。
これらは本来、技の尾張術。力を持たないハクビシン系の尾張一族が編み出した、対大型獣用戦闘技法。
しかし大瀧蓮は、こと妖術に置いては天賦を持つ。彼の雷撃は力も技も、両方を持つのだ。
「矛と盾を持ってる」光希が言った。
「短くお願い」なつめは状況を理解しており、光希を味方と認識していた。
光希は端的に、「矛は城壁を壊す。盾は艦砲を弾く」と答えた。
「
「できる。経験がある」
「任せる。……私は天狗祓いで穢れを削ぎ落とす」
レインにはついていけない話が多い。だが。ひとまず戦うことは確かだ。それだけわかれば良い。
「なつめ、四回だぞ!? 〈
「私だって成長している。問題ない」
「くそっ……破魔矢は任せてくれ」
和真は背負っていた大太刀を一旦置き、同じく、背負っていた大弓を抜き放つ。
そして
「私と光希で牽制しよう」レインは言った。
「問題ない、絵の備えはあるぜ」
光希は懐から巻物を抜き、紐をほどき、そして言った。
「〈
すると、巻物に描かれていた鳥──オオワシと、イノシシが墨汁画の姿で顕現。
なんとも驚きの術である。さっきの壁も、このようにして出したのだろう。
レインが駆けた。負けていられない。王国人として、意地を見せる。
「
足の旋回が倍、さらに倍になった。
(速い──)
なつめは舌を巻いた。平地の競争なら、己や和真に倍の差をつけられるような速度である。
大瀧蓮は残像すら描くレインに、──ついてくる。
さすがにこの男ならば反応するだろうと思っていた。どういう仕組みかはわからないが、それは、確かであった。
──外眼筋。そこに、電気を集中。強引に動体視力を跳ね上げて、さらに電場感覚強化で生体電位を捉えている。
音の比ではない速度の電気感覚の知覚、処理。これについていくことなど、
──不可能であ「甘いぞ、雷獣!」
残像が三つ、方々から迫った。いずれも刺突。
レインは騎士だ。竜騎士である。
そして同時に、
「ごぉぅるるらあああっ!」
大瀧蓮は剛腕を振り抜いてそれらを粉砕。上空からオオワシが接近、これを飛びかかって喰らい潰し、迫る矢を尾で跳ね落とす。
しかし着地地点でイノシシがベシャリと墨に戻って足場を悪くした。踏み込めなければ、いかな速度、剛力とて死に体も同然。
そこへ、レインが風の斬撃を見舞う。ほんの半秒の間に、十もの斬撃が乗った。
たまらず大瀧蓮は腕と尾を使い防御。鋼は通らないが、魔術は通る。
血が滲む尾と手、だが、──治る。
「治癒術……この男、どこまで──」
魔力と妖力は、その根幹は同じ。これらの力は生命力と精神力の混合であると考えられ、それによる治癒は、コツさえ掴めば簡単にできてしまう。
けれどそのコツは、激しく流れうごく砂の中で豆粒を見つけ出せという無理難題を解決せよ、というものにも等しい。
できるものは、ごくごく僅か。
だからこそ。
レインは許せない。
これほどの男が、なぜ──堕ちたのだ! と。
「正気の貴殿と手合わせ願いたいゆえ、今は、数で攻めることを許せ」
和真が二の矢三の矢を放った。迫るそれらは、曲がる。矢が曲がるのだ。しかも、そこには妖力がこもっていない。
しかし──大瀧蓮は恐ろしい速度で一本目を回避、二本目を尾で弾く。
が、──その、矢は全てが鉄でできており……。
パチパチと迎え放電もしていた。
レインは飛び退いた。
次の瞬間、電撃が走る。
光希だ。彼は、絵の具現化と雷撃術、二つの術を持っているのである。
雷獣は電撃に耐性はある。それはいい。──光希だってよく知っている。なぜならば、彼は双璧の一族、尾張雷獣だ。
──だからこそ、電撃波長をいじれば、盾も矛も解けるという弱点も、知っている。
「剥がしたぞ!」光希が怒鳴った。
すかさず和真は邪気払いの矢を射る。
全ての恩恵が一時的に剥がされた大瀧蓮は、矢に、反応できない。
左肩を抉るそれを力任せに抜こうとしたが、巻き付いている札が炸裂。邪気払い──〈
「あぐ──ぁあああああああああああっ!」
蓮が、濁りのない、生来の声で吠えた。
そして、足掻くように手を月に伸ばし、
「姉さん、っ、たすけて……」
──とも。
なつめは、十分に、それを溜めていた。彼女はこの攻防を見下ろすように、音もなく宙に浮かんでいたのだ。
「助ける。そのために、私は己を鍛えた──〈
なつめの背から、法陣めいた金色の輝きが生じ、そこから光の帯が伸びる。
ゆったりと伸びたそれは、赤黒い瘴気がまとわりつかんとする大瀧蓮をするりと抱きしめた。
そして、それらの穢れの瘴気を喰い破り、千切り、祓い、消し去っていく。
なつめの顔からは──腕や、全身から、赤い汗が垂れている。どう見ても血だ。皮膚を薄く破り、血を吹いているのだ。
和真の顔が青ざめる。
「よせ!」
「問題ない!」
なつめの両手が震え、飛行が不規則になった。明らかに限界である。
あの〈
まさにイカサマに等しい術である。……それを、合計で、五回だ。
妖術に関しては素人のレインにだってわかる。
こいつらは皆、いずれもが、怪物だ。
大瀧蓮が頽れた。完全に意識を失っている。
そして、なつめも落下。和真は弓を放り捨てて彼女を抱き留め、声をかける。
「無茶しすぎた……二日くらいはゆっくりしたいところ」
「いい宿を取ろう。だけどまずは医者を」
光希は「俺の知り合いの診療所がある。すぐに連絡する」と言った。
「どうやって? 近いのか?」
「俺が電報を打つ。それでどうにかなる」
ますますもって不可解だ。和真も同じように思ったらしい。
「この近くに郵便屋はない! 電信機なんか、駅逓か警察、軍しかもってないってなつめが……」
「俺が電信機なんだよ」
なるほど。得心がいった。
「雷獣ならば、電気信号で短音と長音を送れるというわけだな」
レインがいうと、光希は頷いた。
彼は雷獣だ。電池には事欠かない。おまけにあれだけの大電撃を作る出力だ。おそらく、導線さえなく電磁石を動かせると見ていい。
電信というより、無線だ。
そうして気を揉むこと少しして、事情を聞きつけた警官隊が駆けつけてきたのだった。
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