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二人で話をしてから、フェルディナンド様に回収されることが増えた。
余計な仕事をしようとしたらシャルロッテに涙ぐまれ、グレッシェルでグーテンベルクの視察をしようとしたらヴィルフリートに密告され、その度にフェルディナンド様に回収されてしまう。
ヴィルフリートとシャルロッテを口止めしてしまえば良いのだが、二人の可愛い顔でお願いされると、私は強く言えない。ふんぬぅ!
ヴィルフリートとシャルロッテが可愛いのがいけない!と、変な八つ当たりをしながらお城でシュヴァルツとヴァイスの服の刺繍をした。
お陰で予定よりずっと早く完成してしまった。
フェルディナンド様にシュヴァルツとヴァイスの服を作っていることにして、隠れてシュミル部隊をリーゼリータと一緒に作っていたら、シャルロッテに発見されて、次の日からフェルディナンド様のいる神殿長室で仕事をするはめになった。
「定期的に健康診断をしているので大丈夫ですよ?」
「君の大丈夫は宛にならないと痛感した」
唇を尖らせてブーブー言うと、すげなく却下されてしまう。
私だって反省したし、体調管理も出来るニューローゼマインに生まれ変わったのに、と肩を竦める。
ユストクスとラザファムが書類片手に苦笑しているが、笑い事ではないのである。
旧ヴェローニカ派やゲオルギーネ派の粛清が前倒しになるのなら、やれることはやっておいた方が良いのだ。フェルディナンド様だってわかっているだろうに、なぜいきなりこんなに過保護になったのだろう。
相変わらずフェルディナンド様の責任感は強すぎである。もはや強迫観念の域だ。
「もう、わたくしだって一人で体調管理出来るようにならなくてはなりませんのよ?いつか他領に嫁入りする可能性だってありますし、そうでなくても、わたくしがお嫁に行ったらフェルディナンド様にいつまでも頼るわけには参りませんもの」
ふう、と溜め息をついて、そう言うと、フェルディナンド様の目が僅かに見開かれた。
はっ、と息を飲んだフェルディナンド様が、呆然と私を見ているので、私の方が驚いてしまった。
なにを驚いているのだろう、と首をかしげると、すぐに視線を外されて仕事を開始されてしまった。
「フェルディナンド様?どうかしました?」
「なんでもない」
なんでもない、って顔じゃなかったけど、と訝しげにフェルディナンド様をじっと見ていたら、むにっと頬を摘ままれた。何かするたびに頬を摘まむのはやめてほしい。
「いひゃいです!」
「ジルヴェスターも私も君を他領に出すつもりはないと言っているだろう。仮に他領に出たとして、秘密の多い君がうまく取り繕いながら生きていけると思うのか?」
眉間に皺を寄せるフェルディナンド様にえへん!と胸を張る。
「わたくし大人になったのです。取り繕いだってうまくやれますよ」
「……君がそんなに器用だとは思えないがな」
「もう!この間は取り繕いが上手だと誉めてくれたではないですか!……そんなことより、ランプレヒト兄様の星結びはどうするのです?」
私が盗聴防止シュミルを渡そうと手を伸ばしたら、その手を返された。
フェルディナンド様の目が細めら、くいっと顎で隠し部屋を示される。
ユストクスたちにも聞かせるつもりがないのか、聞かせられないほど重大なものなのか、それとも私に関することなのか。または「前」のことも含めて情報がほしいのか。
いずれにせよ、気軽に話せない内容なのだろう。
こくりと喉を鳴らして顔を引き締め、フェルディナンド様の隠し部屋に向かう。
長椅子に座り、フェルディナンド様も椅子に腰かけた。
「……ゲオルギーネにはベーゼヴァンスの手紙を送った」
「前神殿長の?まさか、礎の情報を送ったのですか?」
「そうだ。ランプレヒト、アウレーリアの星結びから、ゲオルギーネは二日ほどエーレンフェストに滞在することになっている」
フェルディナンド様の言葉に、どうして?と眉をひそめていると、なぜ分からないのかという顔をしながら説明してくれた。
ベーゼヴァンスの暗号はすでに完璧に書面化されている。よってベーゼヴァンスからだと偽って手紙を出すことはとても簡単なのだそうだ。
特殊な手法を用いて筆記を真似、記憶を覗く魔術具を使って、癖や文体まで徹底的に模写される。そうすれば、ほぼ気づかれることはないそうだ。
一般的には青色神官として引きこもっていることになっているベーゼヴァンスには、かねてから旧ヴェローニカ派やゲオルギーネ派から手紙が相次いでいた。
それらに偽の手紙を送りながら、フェルディナンド様はひそかに交流をつづけていたそうだ。
そこで、フェルディナンド様はベーゼヴァンスの手紙を使って意図的にアーレンスバッハに情報を流すことにした。
「前」にゲオルギーネに流れた情報と、「今回」流れた情報に差異があるはずなので、星結びで情報の調整をするのだそうだ。
ベーゼヴァンスの死を弔うための滞在がなくなり、ヴィルフリートが二回目の来訪を約束することもなかったためにゲオルギーネの滞在は無くなってしまった。
来訪事態は無くなって欲しいが、そのときの会話や痕跡を見つけたことで、エーレンフェストが防衛をできたのも確かなのだ。
その事を「今回」ランプレヒト兄様の星結びのときに起こすことで、調整した。
今回の来訪に注力して、出来るだけ他に手を打たれるのを防ぎたいとの思いもあるようだ。
ランプレヒト兄様の星結びから二日間の滞在で、だれと接触したのか、どのような会話をしたのかを明確に知るために泳がせることにしたのだと言う。
隠蔽の神 フェアベルッケンのローブも、魔方陣もすでにフェルディナンド様の手にある。事前に私から垂れ込みもされている。襲撃や、「前」のように離されることは、まずないだろう。
すでに旧ヴェローニカ派とゲオルギーネ派の粛清は冬に決定し、着々と準備が進められている。
私とハルトムートによって、ゲオルギーネやヴェローニカに名を捧げていた人物はあらかた伝えられている。
この粛清で、記憶を覗く魔術具を使い、あちらがどこまで情報を得ているのか、ゲオルギーネと会ってどのような会話をしたのか、きちんと礎を目指しているのかを把握したいそうだ。
「礎について教えたのはなぜですか?それを教えたら、神殿が狙われるのではありませんか?」
「礎の場所を教えたのは、まっすぐここを目指すようにするためだ」
攻められる場所があちこちに分散されるより、まっすぐ向かわれる方が守りやすいらしい。
城よりも神殿の方が狭く、敵も人数を送り込めないし、戦闘を前提で考えると、城を狙われるよりもずっと負傷者は減るのだそうだ。
なによりここ最近私が生産していた戦闘シュミル部隊は、旧ヴェローニカ派やゲオルギーネ派どころか、領主一族でも知らない者がいるほど表に出ていない。神殿の防衛は私が避難訓練を始める前のように、護衛騎士たちを抜かせばほぼ無防備であると思われている。
そのまま油断させたいようだ。
「……図書館の魔術具たちをあれだけ量産するとは思わなかったが、おかげで神殿はそこらのギーベの屋敷よりよっぽど頑強な要塞だ」
なるほどね。
このまま聖典の盗難が起きるのを待ち、偽の聖典とその鍵をアーレンスバッハに流してしまおうと考えているのだろう。
ダールドルフ子爵の第一夫人でシキコーザの母は、ギーベ・ゲルラッハと共にゲオルギーネに名を捧げた同士だと夫であるダールドルフ子爵が言っていた。たとえシキコーザのことがなくとも、すでに名を捧げた彼女は、ゲオルギーネのためにあらゆる事をするだろう。
そこまで考えて、ふと、どうやってアーレンスバッハに持ち込むんだ?と顔をあげた。
「前」はフェルディナンド様の結婚祝いの布と一緒に聖典が持っていかれるところだった。
鍵についてもそうだ。「前」はフロイデンの花嫁に来た女性が、アーレンスバッハに何かを送っていたという情報をマティアスから受けている。
私は、聖典の鍵はそこで流出したのだろうと思っている。時期的に見ても、そこしかないだろう。
……けど、「今回」はフロイデンに花嫁は来ていない。フェルディナンド様の婿入りはまだ時間がかかるはずだし、そもそもお婿さんになるならもっと良い人を見つけるつもりである。
なにかが、ズレている。
私は目の前の彫刻のように整った顔をまじまじと見つめた。
「……フェルディナンド様、わたくしになにか言っていないことがあるでしょう?」
「……なんのことだ?」
「どうも違和感があります。なにか足りないような、なにかを見落としているような……、まぁ、ほとんど勘ですけれど」
そう言うと、フェルディナンド様はとても面倒臭そうな顔をしてから、ボニファティウス様の血だろうか、と呟いて溜め息をついた。
失礼だ。私はあそこまで冴え渡る野生の勘をもっていない。
「……研究所に灰色巫女と灰色神官を送ったのは覚えているか?」
ハッセに立ち上げられた研究所で書類仕事をするために一時送られ、その実力を買われた二人の灰色の受け渡しのサインをしたのは、神官長である私だ。
フェルディナンド様の問いにこくりと頷き、それが何か?と聞いた。
フェルディナンド様はわずかに目を伏せてから、静かに私を見つめた。
「灰色神官はそのまま研究所に行ったが、灰色巫女の方は処刑された」
「っなぜですか!?」
ばっと立ち上がってフェルディナンド様を見ると、私の顔を見て、フェルディナンド様は苦いものを飲み込んだような顔をした。
椅子に背をつけ、疲れたように凭れるフェルディナンド様は躊躇いが滲んだ声で、教えてくれた。
「あの時に売られたことになっている灰色巫女が、偽の聖典の鍵をアーレンスバッハに送る手引きをしたからだ」
フェルディナンド様の言葉に、ひゅっと息を飲んだ。
私はダールドルフ子爵の第一夫人が直接くるのだと思っていた。
ダールドルフ子爵夫人はゲルラッハと共にゲオルギーネに名を捧げている。
ヴェローニカを遠ざけたこと、ゲオルギーネの嫁いだアーレンスバッハと領地間のやりとりを断絶したことなど、ダールドルフ子爵夫人にはシキコーザのことがなくとも恨まれる要素はどこにでもあった。
なにより、名を捧げているのなら、ゲオルギーネに命じられればやるのだと思っていたからだ。
裏切るとは考えたこともなかった灰色が、偽物とはいえ聖典の鍵の盗難をし、アーレンスバッハに送る手引きをしたと聞いて、私はくらりと目眩がした。
自分の足元ががらがらと崩れて行くような感覚に、吐き気がした。
「……あの灰色巫女は、君に個人的恨みがあった」
灰色巫女である彼女は、クリスティーネの元側支えの一人だった。
クリスティーネが実家に戻ると、ベーゼヴァンスの元に連れていかれた。
ヴィルマ、ロジーナという同じくクリスティーネの側支えであった二人が私に召し上げられ、幸せそうに日々を過ごしている。その一方で、自分だけが花捧を強要される。
クリスティーネの元にいた時に過ごした、貴族よりも貴族らしい日々は消え去り、欲の捌け口にされていた。
ベーゼヴァンスが捕らえられ、やがて神殿の一室に籠っていることになると、彼女は孤児院に戻された。
孤児院では仕事をしなければならない。
やりたくもない紙作り、髪飾り作り、掃除や洗濯や料理。彼女はそんな下働きのような真似はしたくなかった。それなのに、ヴィルマは毎日楽しそうで、皆に慕われている。
彼女の中で、なにかがふつふつと煮込まれ、鬱屈していくのがわかった。
そして私が貴族院に通うようになって、ロジーナが楽士として召し上げられてしまった。
彼女はとうとう我慢ならずに、ある青色の元に行き、自分は楽器も弾ける、文字も書けると言って召し上げてくれるよう訴えた。
その青色が、旧ヴェローニカ派を実家に持ち、シキコーザと親しくしていた者だった。
彼女の訴えを嘲笑いながら、青色は祈念式のときに「こんな馬鹿な娘がいたのだ」と旧ヴェローニカ派の実家で話したそうだ。それがシキコーザとダールドルフ子爵夫人に笑い話として伝わったのだろう。
ちょうどその頃、フェルディナンド様によって前神殿長の手紙を介してゲオルギーネに伝わった。
青色の実家を通して私とフェルディナンド様、シャルロッテやヴィルフリートのいない日を聞き出した。
貴族院が始まってしまえば子供である私たちはどうしても神殿を空ける。フェルディナンド様も還俗したので、社交の場に出なくてはならない時がある。
そんな隙を青色を通じて知ったあちらは、実家を通して送り込まれたダールドルフ子爵夫人と契約してしまった。
そこからは早かった。
彼女は聖典とその鍵を持ち出せば、楽士として召し上げられるのだと約束してもらえたことに歓喜し、いそいそとフェルディナンド様の留守に神殿長室から偽の聖典と鍵を持ち出し、青色に渡した。青色からダールドルフ子爵夫人に渡った聖典と鍵は、アーレンスバッハに送られた。
ーーそして、私が貴族院から戻ってきた。
フェルディナンド様は神官長である私に、灰色巫女と灰色神官の売買の書類にサインさせた。
私が研究所に行くことについてどう思うか、などを確認するために面会した灰色巫女は、神殿で青色の身分も持つハルトムートの側支えをしていた者だった。
名前だけは処刑された灰色巫女の名前で、面会したハルトムートの側支えである灰色巫女とは別人。スケープゴート役となった側支えの子は、今はハルトムートの実家で働いているそうだ。
ハルトムートが黙っていれば、私がハルトムートの側支え一人の行き先など、気づくことはない。
すでに記憶を覗く魔術具で裏を取り終えた、確かな情報だった。
「やはり「前」の記憶があるせいか。……正直、気づかれるとは思っていなかった」
ふう、と嘆息したフェルディナンド様を見つめた。
けど、なにも言えなくて、なにも言葉にならなくて、ぐちゃぐちゃな気持ちのまま椅子に座った。ただ悲しくて、情けなかった。
……私はまた、フェルディナンド様にすべて預けてしまったのだ。
後ろ暗いことを、手を汚すような真似を、私の知らないところで、フェルディナンド様はやろうとしたのだ。
私に悟らせないようにハルトムートに声をかけてたのだろう。
わざわざ神官長として私にサインさせた。
そうすれば、灰色が実際には三人、神殿から消えていたことに私が気づくことはないから。私が傷つくことがないように。私が余計な仕事を背負わないように。私が、不甲斐ないから。
「……泣くな、ローゼマイン」
俯いたからだろう。フェルディナンド様に、困ったような顔をされて、頬に指を伸ばされる。
人差し指で確かめるように触れて、拒まれないのを確かめるように恐る恐ると面積を増やされる。ぴとりと手のひら全体が頬に触れた頃、私は滲みかけていた涙をヴァッシェンで洗い流した。
泣いているとフェルディナンド様が困るのだ。
私は大人になったのだ。「前」よりずっと、大人になった。
おどけて拗ねて怒って笑うことは出来るけれど、泣いて甘えるのは、もう、出来ないのだ。
「……もう、いつの間にそんな悪巧みをしていたのです?」
へらりと笑うと、フェルディナンド様がぐっと眉をひそめた。
フェルディナンド様はなにか言いたそうに口を開いたが、すぐに口を閉ざした。私は結局なにも言われることはなく、フェルディナンド様はきつく眉を寄せたまま、私の頬を撫でるだけだった。
私も、なにも言わなかった。
剣じゃなくペンなところがまさに!ですね!漬け物ユレーヴェ!特産みたいすね!