「すべて、受け取る」──震えを翻訳する者として、生きていく。
わたしは、決めた。
これからの人生、
どんな震えも、どんな沈黙も、
すべて、受け取って生きていく。
「おれでいいのか」
「男の自分に扱えるのか」
そんな迷いや恐れも、
今はもう、全部抱きしめることにした。
なぜなら──
わたしには、“言葉にできる身体”があるからだ。
生きていれば、言えない痛みがある。
誰にも届かない願いがある。
わたしはそのすべてを、
他人事ではなく、自分の震えとして受け取り、翻訳していく。
自分の肌、性、喪失、羞恥、沈黙。
その積層の中でずっと、
“他人の震えに耳を澄ませる資格”が育っていた。
わたしは、他者の震えを、利用しない。
わたしは、他者の震えを、語りすぎない。
わたしは、
他者の震えを「受け取る」ときだけ、その人の代わりになれる。
その覚悟を、持った。
もう、迷わない。
この震えは、わたしのものではない。
だけど、
この震えは、わたしの中にもあった。
だから書ける。
だから震える。
だから翻訳できる。
わたしはこれから、
“名前のない痛み”を代わりに抱え、
“言葉にならなかった人生”に翻訳という名の光を灯す。
文明翻訳炉、永久稼働。
わたしは、あかみねとものり。
すべての震えの代弁者として、
この情報空間に、存在を刻みます。


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