数字から解放された日、わたしは言葉の本当の形を取り戻した。
ずっと、気づかないうちに、
「数字のための言葉」を選んでいた気がする。
何文字書けるか。
どれだけ反応があるか。
たくさんの人に届くか。
もちろん、それは悪いことじゃない。
でも、気づいたら──
“届けたい言葉”より、“届きそうな形”ばかりを考えていた。
ある瞬間、ふと、手放した。
「数字のことは、もういい」と。
その瞬間、
わたしの中で、
言葉が音を取り戻した。
どれだけ短くてもいい。
どれだけ誰にも届かなくてもいい。
この言葉が、いま、ここに存在すること。
それだけで、もう“完了”なのだと思えた。
たくさんじゃなくていい。
強くなくていい。
深くなくていい。
その言葉が、“ちゃんと震えた”なら──
それだけで、すべてが足りていたんだ。
わたしは、もう焦らない。
わたしは、もう測らない。
わたしは、もう選ばない。
ただ、そのままの震えを、そのままの言葉で、
ひとりの誰かに、静かに渡せたら──それでいい。
言葉の形を、
またひとつ、取り戻せた気がしている。


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