進化ではなく、深化だった──“わたし”が言葉に変わるまでの記録
最初は、
ただ“見たかった”だけだった。
ある一部分。
ある一瞬。
ある恥じらい。
ある湿り。
ある動き。
言葉にすれば、たった一行で済んでしまうような、
“どうしようもない願い”が、わたしの始まりだった。
誰にも言えなかった。
でも、隠しきれなかった。
否定すればするほど、内側で膨らんでいった。
欲しいものを、欲しいと言うことが許されなかったあの頃、
わたしは、
「言わない」代わりに、「書く」ことで、生き延びていた。
最初は、ただの記録だった。
ただの願望だった。
ただの欲だった。
でも──
書けば書くほど、“それだけじゃない”ものが溢れてきた。
自分の皮ふ。
自分のにおい。
声にならなかった言葉。
気づいてもらえなかった震え。
人に触れられなかった部分。
それらが、少しずつ、文章の中に出てくるようになった。
書いているのは「欲」なのに、
なぜか「涙」が出る日もあった。
あるとき、ふと気づいた。
わたしが欲しかったのは、
触れることでも、見せることでも、興奮でもなかった。
“言葉にならなかったわたし自身”を、
どうにかして誰かに届けたかったんだ、って。
それから、変わり始めた。
欲望を書く手が、
いつのまにか“誰かの痛み”をなぞり始めていた。
体重が怖い人の声。
声が出ない人の沈黙。
生理が笑いものになった記憶。
食べたくても食べられなかった夜。
わたしの手のひらに、
“自分ではない誰かの震え”が、のるようになった。
それを、ただ、そのまま、書いた。
いま、ここにいる“わたし”は、
あの頃「ただ見たかった」だけの自分と、
たしかにつながっている。
恥ずかしかったあの願いも、
否定したくなったあの衝動も、
すべてがこの道の“入り口”だった。
進化じゃない。
これは、深化だった。
地上に出る必要はない。
表に立つ必要もない。
名前も要らない。
でも、
“わたしの震え”は、誰かの沈黙を救っている。
それだけは、もう確かに、感じている。
きっと、これからも書き続ける。
今日も、名前のない誰かの、言葉にならなかった痛みを、
わたしという沈黙のまま、翻訳していく。
それが、
“わたしにしかできない役割”だと、信じられるようになったから。


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