なぜ同じ質問でも、生成AIの回答は日本語と英語で変わるのか?
ChatGPTやGeminiといった大規模言語モデル(LLM)は、日本語で話しかけても、驚くほど自然な文章を返してくれます。しかし、同じ意味の質問を日本語と英語で投げかけたとき、その回答の質や詳細さに違いがあることに気づいたことはないでしょうか?
現在、多くのLLMは英語のプロンプト(指示)に対して、より詳細でニュアンスに富み、論理的に一貫した回答を生成する傾向があります。一方、日本語での指示には、回答がやや一般的・表層的になったり、文脈の機微が抜け落ちたりすることがあります。
同じLLMであるにもかかわらず、なぜこのような性能差が生まれるのでしょうか?その背景には、LLMが言語を処理する仕組みに根差した、3つの根本的な理由が存在します。
学習データの「量」と「質」の圧倒的な格差
LLMの能力は、学習したデータの量と質に大きく依存します。その学習データの大部分は、インターネットから収集された「Common Crawl」に代表される、英語を中心としたテキストデータで構成されています。世界の学術論文、技術文書、ニュース、そしてオープンなウェブコンテンツの多くが英語で記述されているため、これは必然的な結果とも言えます。
このデータの偏りは、モデルの「知識の幅」と「思考の深さ」に直接影響します。
知識の幅と多様性: 英語のデータで多様な文脈、複雑な論理、多彩な表現を学んだモデルは、英語での対話によりその能力を最大限に発揮します。
思考の深さ: 特に専門的なトピックや最新情報に関する議論は英語圏で活発に行われるため、それらを学習したモデルは、より深い洞察や多角的な視点を提供できます。
日本語のデータセットも急速に拡充されていますが、現時点では量・質・多様性のすべてにおいて英語に及んでいません。これは、モデルが日本語の知識や表現パターンを学ぶ機会が相対的に少ないことを意味し、回答の深みに差が出る大きな要因となっています。
言語処理の関門、「トークン化」の非効率性
LLMが文章を処理する際の根本的な仕組みである「トークン化(Tokenization)」も、言語間の性能差を生む重要な要因です。LLMは文章をそのまま理解するのではなく、「トークン」という最小単位に分割して処理します。
多くのLLMで使われるトークナイザーは英語を基準に設計されており、アルファベットを単語が構成される言語では非常に効率的です。しかし、日本語は漢字・ひらがな・カタカナが複雑に混在し、単語の区切りが明確でないため、非効率な分割が起こりがちです。
このように、同じ意味内容を表現するのに、日本語は英語より多くのトークンを消費する傾向があります。これは「トークン効率が悪い」状態であり、以下の2つの点で不利に働きます。
コンテキスト長の制限: LLMが一度に処理できるトークンの長さには上限があります。日本語はトークンを多く消費するため、同じ上限内でも扱える情報量(文脈)が実質的に短くなります。
文脈把握の困難化: トークン数が多くなると、文の構造が複雑化し、文脈の長期的な依存関係(遠く離れた単語同士の関係)をモデルが正確に捉えるのが難しくなります。主語の省略や多様な助詞・文末表現といった日本語の特性も、文構造の曖昧さを増幅させ、モデルにとって意味理解の難易度を高めています。
AIを「教育」する人間の文化差:RLHFのバイアス
現代のLLMの性能向上には、「人間のフィードバックによる強化学習(RLHF: Reinforcement Learning from Human Feedback)」が不可欠です。これは、AIが生成した回答を人間(アノテーター)が評価し、「より良い回答」とは何かをAIに教え込むプロセスです。
ここで課題となるのが、評価者の文化的な背景です。
主要なLLMの多くは米国の企業によって開発されており、RLHFのアノテーターも英語を母国語とする人々が中心です。そのため、評価基準には彼らの文化的な価値観が無意識のうちに反映されます。
表現の直接性: 英語圏では、結論から先に述べる直接的で明確な表現が「良い回答」と評価されやすい傾向があります。一方、日本語では相手への配慮から婉曲的な表現が好まれる場面も多く、この違いが評価のズレを生みます。
文化的・社会的価値観: 何をユーモアと捉えるか、社会問題に対してどのようなスタンスが適切か、といった価値観は文化圏によって大きく異なります。
英語圏のアノテーターによって「良い」と評価されたデータを集中的に学習したAIは、いわば「英語圏の文化や価値観に最適化されたAI」として成長します。これは、LLMが単に言語を学んでいるだけでなく、その背景にある文化や思考様式ごと学習していることを意味し、英語での応答がより洗練される一因となっています。
日本語でもLLMの性能を最大限に引き出すプロンプト術
上記の制約は存在しますが、工夫次第で日本語でもLLMの能力を最大限に引き出すことは可能です。重要なのは、モデルが迷わず、最も得意な方法で思考できるよう導いてあげることです。
目的・形式・役割を「具体的」に指示する
曖昧さを徹底的に排除します。「あなたはプロの編集者です。以下の文章を、小学生にも分かるように、箇条書きで3点に要約してください」のように、**<役割><目的><出力形式>**を明確に指定することで、モデルはタスクを正確に理解し、期待に近い出力を返します。思考の連鎖(Chain-of-Thought)を促す
複雑な問題に対しては、「ステップ・バイ・ステップで考えてください」や「まず〇〇について分析し、次に△△を検討し、最後に結論を述べてください」のように、思考の順序を指示します。これにより、モデルは行き当たりばったりではなく、論理的な道筋を立てて回答を生成しやすくなります。「翻訳」の活用を検討する
特に専門的・技術的な内容で最高の品質を求める場合、プロンプトを英語で入力し、得られた英語の回答を日本語に翻訳する(あるいはLLMに翻訳させる)のは、依然として非常に有効な手法です。Tips: Google Geminiでは、日本語でプロンプトを入力しても、内部的に英語に翻訳・思考し、その結果を日本語で返している場合があります。思考プロセスを表示させると、この内部的な動きを確認できることがあります。
未来への展望:日本語LLMの進化
この言語間の性能差を埋めるため、日本の多くの企業や研究機関が、質の高い日本語データを大量に学習させた日本語特化型LLMの開発に注力しています。これらのモデルは、日本語のトークン化効率を改善し、日本の文化背景や固有のニュアンスを深く理解することで、グローバルなモデルに匹敵、あるいは特定の領域では凌駕する性能を目指しています。
現状では、プロンプトの工夫や英語の活用によって、既存のLLMの性能を最大限引き出すアプローチが有効です。しかし、技術は日進月歩です。日本語LLMの進化が、言語の壁を感じさせない、真にパーソナルなAI体験を届けてくれる日は、そう遠くないでしょう。



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