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2025 #37 Sep.16
2025年09月16日15:00



ファードットまみれ


ポチャッコー!


ハロスイ模様替え


きゅんきゅん。

いつもでてくるYahoo広告。


別広告


先祖系とタロットなんだが、、
キャッチが一緒なんだよな。
縁が切れないとか、わたしなら逆に嫌なんだけど。
そんな縁だの運命だのに浮かれてる人
逆にいまこの時代まだいるの?
まわりだけ、いないのかな。
占いに興味なさすぎて。
しかし占いのシステムは面白いけどね。


さて、夕食準備前に政治ネタでも貼るかな。
ニュースサイトだとさ、色々かけないのかわからないが
実際生の声よね。







すごくすごくすごくわかる。
身に覚えありすぎ。
あとでかくわ。

なるべくして失業になったんだな。
意味があるよ。
こちらのつづきはあとでかくかな。



【課題】
①苦手意識
②コンプレックス

について考えてみてください。

考え方のヒント
②コンプレックスはどんなときに感じるか

他者と自分を比較したとき

思考の歪み
メンタルボディをやられている可能性も


書こうとしていたことを忘れさせられた。
シャワー浴びる前にかけなかったから。


ありがとうハイヤー。
教えてくれたよ。

食器洗ってた。
父はブロッコリーと茄子が嫌い。

嫌い

とは
苦手意識。

人間もだけど、

あの人なんか苦手



苦手

について。

よく、嫌いなのは食べなさい
と、わたしいまだにいわれてるが、、
たいがい
ハイヤーが嫌がる。

あるとき、
嫌いと思ってるのは
ハイヤーなんだ
と気づいた。
つまり、
嫌いなのは意味がある。

厄介なのは
エゴで、ハイヤーがいない人間、
つまりは闇のわがまま、エゴ
と見分けがかなり困難なこと。

そういえば昼に
占星術のリクティファイについて考えていた。
いわゆるリクティファイは
生まれた時間が数分違うだけで
かなり占星術の内容の精度が違う。
人間のイワシ君から教わったが
魂の起動時間だと話していた。

そう。
ならば、ハイヤーの起動時間も
普通の人間ならあるはず。
闇にはないけど。
やはりハイヤーがいる、いない、は
意識の次元の違いなんだよね。
ハイヤーとつながり生きるか
エゴとしかつながれないか。
魂の企画書にエゴがないと信じられているのは
ハイヤーに繋がっていることが大前提だからだ。
引き寄せをハイヤーはやるが、、

エゴの引き寄せ→念がほとんど。
オーバーの引き寄せ→シンクロメイン
みたいな違い。
引き寄せは通常はハイヤーによるものが大きい。

さて、苦手意識だけど、
オーバーには苦手意識はない。
しかしオーバーのやりかたの関係で
一時的に離れることはある。
ハイヤーの苦手意識は、
ほとんどが魂に殉じている。
ハイヤーが、苦手、なときは
ほぼほぼ魂由来。
だから食べものだけでなく
そこを加味しないとね、という話。

なんか、あの人苦手、、

しかし仕事でどうしても
なんてある。
それめふまえて
成長のため
がかなりあるんだが
そこを闇は付け狙ってくるんだわ。
いやな環境に身をおかなくてはならない
というとき、
ハイヤーに繋がっていれば
こうすれば改善できるかな
と、魂のサポートをハイヤーはしているため
頑張りどころ!
みたいに頑張るのを
闇は狙っているから。
そこらへんはかなりみていかないと
本当に必要な出来事なのか
闇にやられ、ジョフィエルみたいに
あなたの魂の修行のため妨害しました
みたいにやる。
わたしはジョフィエルとわかっているが、
通常はかなり難しい。

わたしは
知ったがための苦しみ
がある。
しかしたいがいは知らないんだ。
でも、それだと霊性はあがらない。
つまりハイヤーにより
やりかたが違う。

いまのわたしはハイヤーのやりかたを知ってるため
またジョフィエルにやられてるんじゃない?
とハイヤーに忠告することがかなりふえている。

苦手意識、とは、
ハイヤーが克服するための課題
であることがほとんどなんです。

では、、

②コンプレックス
とは。
上に書いたように

コンプレックスはどんなときに感じるか

他者と自分を比較したとき

思考の歪み
メンタルボディをやられている可能性も

つまり、
自分だけの世界であるなら
コンプレックスの形をとらない。

自分だけの世界であるなら
感覚、感情
の闇がメイン。
しかし他者とのコミュニケーションにおいて
自分より優れている
という意識があると
自己価値をゆがめてしまいがち。
自己否定をしはじめる。
これが思考だ。

しかし思考もジョフィエルをみてるとわかりやすい。
わたしはジョフィエルによるなりすましが
感覚
感情
思考
の段階で
なりすましているからだ。

身体に一番近いオーラの層はエーテル層。
感覚はそこに刺激をかんじたとき。
痛みが一番わかりやすい。

エーテル層の外側はアストラル層。
幽界と密接なつながりがあり
ジョフィエルが一番活動しているエリア。
感情との関わりが強い。
だからフラワーエッセンスなんかはアストラルの磁場をととのえてくれる。

その外側にメンタルボディがある。
そこが思考とリンクしているが
ジョフィエルは感覚、感情、思考を
わたしになりすましていく。
つまり、ひょうい、はこの形ではないため
厳密にはジョフィエルはひょういではない。

コンプレックスは
他者がいなければなかなか味合わない。
第三者がいて、
わー痩せてる、いいなあ
わたし痩せなきゃ
とダイエットをする。
痩せた!
しかし、継続難しいのよね。。
だから
ここまで頑張って痩せました
とかならよいんだが
わたしはやせたのよ?
とマウントしていくタイプが幽界の人間。
つまり自分のほうが痩せてると思うと
努力して痩せたことについて
マウントをする方向にエネルギーがいきやすくなる。
それは幽界の特徴でもある。

よくあるのが、
結婚した、あなたまだ?(笑)
子供産んだ、子供いいわよー!産まないの?
みたいな、
幽界の人間がよくいうセリフ。
わたしはこの手のタイプには近づきたくないわけ。
元キャバ嬢がそうなんだけどね。

あと、鬱がうつる!なんかも幽界の発想です。

コンプレックスは、幽界にいると他者を傷つけます。
だからといって簡単にはなくせない。。

だから自己探求なんですよ。
自分をみていく。
他者との比較によるマウントを感じる
または、マウントを気づかずしてやる
そのあたりは尊厳との関係もかなりあるため
ハイヤーだけではなく
オーバーが絡んでくるんです。

苦手意識とコンプレックス。
両方とも意識のなかでも
無意識の領域に限りなく近いですが
そんな違いがあります。



ん?使い回し?
古いののせたりザラだから
わたしはソースないと信じないんだ。。


ガチでした




ちょっと待って。
ホームタウン構想について
昼にニュースあったばかりだぞ?


色々タイミング的におかしいんだよ。。

また始まったな。




ひとつ前の記事、最後から2番目にカラヤンによるチャイコフスキーをのせた。
基本的に載せた曲はわたしが好きな曲メイン。
従ってすごく好きな曲なんだが、、

Tchaikovsky Symphony 6 - Movement 4 · Herbert von Karajan


わたしこれきくと
金曜ロードショー思い出すんだよね。
だけど、金曜ロードショーのopみたら
久石譲さんの、全然違う曲(Cinema Nostalgia)で、
しかし、それきくとジブリ感が満載なんだよな。



やっぱジブリ感あるよな。
わたしテレビ見ないけど
ナウシカとラピュタのとき限定で見ていたが、
どちらもDVD持ってるから、、
いま金曜ロードショーみないけど、
やはりこれはチャイコフスキーではなく久石譲さんだよね。なかんじ。
チャイコフスキーのほうが東欧独特なメランコリーな感覚なんだが
久石さんはやはりジブリなんだよな、、

で、チャイコフスキーのほうは、adagioなんだが、
adagioは、音楽用語で
ゆっくりと演奏してね
の意味。
わたしが好きなアダージョ。
チャイコフスキーの交響曲6番である悲愴の最終楽章です。
チャイコフスキーはこの曲を書いたあと
初演のわずか9日後に亡くなった。

いまではコレラ説らしいが
以前は服毒自殺をしいられた説でいわれていた。
長くなるからあまり触れないが、
チャイコフスキーは同性愛者であり
国で禁止をされていたが密告されたことで
服毒自殺をしいられたともいわれてました。
それもあり、曲にあらわれているといわれてます。

わたしは第四楽章が大好きなのは
切なさからはじまり、2分30秒あたりからの展開の音の広がり。
わたしには絶望からの、死んで全てから解き放たれた喜びにしか感じなくて
悲愴というが、ベートーヴェンの悲愴も第二楽章は甘美で、彼特有の激しさで終わる。
情熱に怒りを感じる表現がかなりあるが
チャイコフスキーはバレエにもつかわれるが
ひたすら美しい。
その美しさは、この曲には、死の美しさみたいに感じる。
日本では不浄のものとされているが、
ロシア正教はわからないが、
曲からわたしが感じるのは死に対する甘美さなんだ。
タナトスそのものの美しさ。

YouTubeから拾ってきた感想



わたしの感性(暗い)の話だから
話半分にしてほしいが、、

最終楽章はアダージョ、と書いた。
わたしの好きな、それも書いたけど
マーラーの交響曲5番は、アダージェット。
アダージョとアダージェットは違うのだが、、


Gustav Mahler:Symphony No.5 Ⅳ Adagietto · Herbert von Karajan

これは甘美さ、だけどわたしには自分の人生の終盤の感覚が強いからだと思うからか
人生を振り返るような感覚になる曲でもある。

アダージョというとわたしの中では
死の美しさ
とか、
人生の終わりの美しさ
みたいな曲ばかり好きなんですが

アダージョで一番有名なのは
アルビノーニのアダージョ。

Giazotto: Adagio in G Minor "Albinoni's Adagio"


これは院長が好きな曲で
絶望に浸りたいときにきく曲らしい。
だからやはりアダージョは絶望感と関係するのかと思ってしまいます。

Samuel Barber: Adagio for Strings OP.11


バーバーのアダージョの重さとは違うというか、
絶望の中に神の救いがあるのがチャイコフスキー、アルビノーニ
救いがないのがバーバー
のアダージョの違いみたいなかんじ。
チャイコフスキーはやはり死をわかっていたのかもしれないとすら思えてならない。
だから死に救いを求めたというか、
美しさを求めてかいたのかなと。
交響曲は最終楽章はアダージョにはあまりしないそうなんだよね。
静かに人生を終わらせていくような。
ベートーヴェンの悲愴とチャイコフスキーの悲愴はやはり違うなと。
でも、どちらも大好きです。

ベートーヴェンは交響曲第9番を書いたのが
最後に書いた交響曲。
実は亡くなる直前に10番を書いていたといわれますが
着想アイデアはスケッチしていたようだが、ちゃんとは作ったわけでなく
実際に最後の交響曲は第九になる。
ベートーヴェンは第九では、
耳がきこえなくなる、恋が身分の違いで破談にばかりなる、など
人生を恨んでいたような怒り、神に対する憎しみを感じるが
第九でFreudeと歓喜の歌にするなど
最終的には人生に折り合いをつけたかんじ。
チャイコフスキーは、そのあたりかなりきつい人生のままアセンションしたんだなと思います。


(チャイコフスキー悲愴 余談)
実はチャイコフスキーの悲愴は
クラシック界始まって初めて
の表現があります。

専門的な内容になるから
かくのはどうしようかとも思いましたが。。

上に紹介したのは最終楽章ですが、
第1楽章の展開部分に、
クラシック界始まって初めてのことがでてきます。

音の強弱により音楽家は表現しますが、
その音の指示に
f がフォルテ
p がピアノ
があります。
f が強く、激しく演奏します。
pは弱く演奏します。
mp はメゾピアノで、少し弱く、みたいなかんじ。

ffはフォルテッシモ
ppはピアニッシモ
fやpが強調されてます。
ピアニッシモは、より弱く演奏する。

これは
ppp ピアニッシシモ

だいたいでてきてもpppどまり。

pppp ピアニッシシシモ
ppppp ピアニッシシシシモ

みたいなのが悲愴にはたくさんでてきます。
つまり、ほとんど音をださない状態なんです。

そしてファゴットに


pppppp ピアニッシシシシシモ

というのがでてきます。

バロック時代までは楽譜に
こういう音楽記号は書かれていなかったそうです。
古典派の作曲家であるハイドンやモーツァルトあたりからで
しかしppやffまでで、
pppやfffはベートーヴェンの頃からだそうです。
こんなふうに音楽記号は
音楽家の意図がこめられたもので
第一楽章にpppppp ピアニッシシシシシモ
最終楽章でもpppppがでてきて
静かに終わります。
これは静かに死を迎えることを意味しているのです。

AIが答えてくれましたよ!



わたしが書いたことAI先生も同じに。


こんなかんじで音楽家は表現していくんです。
これはベートーヴェンからの流れみたいです。

交響曲第6番悲愴はロ短調なんですが、
調にもさまざまな意味があるといわれてます。
そういう楽しみがクラシックにはあるんですよ。
というお話でした。


もう少しだけ悲愴についてAIスクショ追記させてくださいませ。

ベートーヴェンのピアノソナタ悲愴との比較



悲愴とロシア正教聖歌について
(チャイコフスキーはロシア聖歌を作曲してます)



悲愴の楽章について


ロ短調の作品特徴と作品


ロ短調の雰囲気について


その他短調の種類と雰囲気


ベートーヴェンとニ短調






ニ短調の特徴と雰囲気


すっかりAI頼りにしてます。
先程は悲愴はチャイコフスキーの死後9日後に初演された、と、本当は初演の9日後に急死なので
知らなければ鵜呑みにしてしまいそうな間違いもあるため
気をつけてAIも使わなければなあと思いましたが
わたしの好奇心と知識欲の最大のブログサポートになってます。

(おまけ)





悲愴については、こんなとこかな?

これらの情報を知り、また悲愴をきいてみてください。
おそらくチャイコフスキーについて、悲愴について、
さまざまな思いで
また違った気持ちできくことになるでしょう。

それはどんな内容でしょうか。
なにに意識がむいてますか?
自分ですか?
社会ですか?
そんなふうに
音楽を使って自分を知ることを
わたしはよくセルフセラピーでしていきます。
違う情報をとりいれると
流れる方向が変わっていきます。
そんなセラピーとしての音楽に
特にクラシックは波動がかなり高いため
霊的成長にはかかせないです。


14時
さて、これはコーヒー豆。

いったい何粒あると思います?
数えたことない?
わたしもそうでした。
しかし、、

ベートーヴェンは、1杯60粒
コーヒー豆をいれていました。


アサイーボウルまたつくりました。






結論。
美味かった!
いつもはドリップパックなんですが
コーヒー豆なら
コーヒー計量スプーンで測ってたけど
60粒!
スプーンなくても大丈夫!
しかしスプーンあったほうが便利だよなあ。。

コーヒーのこだわりというより
わたしの中では
節分の豆みたいな(年齢分の豆)
儀式なのかと思っていました。。
これかはコーヒー豆、年齢の数というのも悪くないかな。
でもウイーンだからな。。
お菓子も美味い場所だけに
コーヒーはこだわるよね。

前記事に書いたけど
お客さんが
うちの近くのパン屋さん、コーヒー豆を買いにきたメールで
コーヒー屋さんでてきたとき(09.15)
実はベートーヴェンのコーヒー豆60粒は知っていたため
ブログ書こうとして書いてないことを
メールにトピックがあることが
実はかなりあり
脳内見られてる!
みたいなシンクロばかりおきます。
(アセンションした人の特徴らしい)

書いてないのになぜわかったんだ!??

こちらのお店です。
今度行ってみたいなと思いました。

Mill Coffe 焙煎工房ミル
https://www.baisenmill.com/

川崎市多摩区南生田1-22-23
10:00 - 18:00​​ 水曜定休

すべては09.11のベートーヴェン脳内再生と雷から始まっている。。


15:45
いま一階にいき、夕食の下ごしらえをし、二階にあがるとき、、
母は相棒見るスタンバイ。
流れてきたCM



さて。
この曲。
わたしはよくきいてた曲なんですが、
誰の曲でしょうか。。

1.芸術史記事にあります
2.わりとブログ登場率1番多いかな、、

答え↓ ヘンデル大先生でした?
Haendel - Sarabande

まさかゴキのCMに使われるとはね、、、

あと、ついでにかくと、、
リブリー のアートギャラリーパーク

ここのBGMは
アナウンス入りだから音がききとりにくいんだが


これはバッハがベース。
わたしにはこれに似てるときこえてます。

Bach: Harpsichord Concertos, BWV 1052-1059
Harpsichord Concerto No. 5 in F Minor, BWV 1056: II. Largo


アートギャラリーパークのファードットのドドくんはあくびする仕様なのが大好きでして。
心なしかどこか達観したように思えてならないのです。

ポチャッコ&あくび姿のドドくん


イワヤッコ&あくび姿のドドくん


闇岩くん&あくび姿のドドくん

あくびするドドくんかわいくて大好き❤




闇岩君&瞑想中のドド君


イワヤッコ&瞑想中のドド君


ポチャッコ&瞑想中のドド君

(チャイコフスキー余談中の余談)
今回色々書いたけど、
実はわたし、ピアノを習っていたとき、
ベートーヴェンは好きだったけど
チャイコフスキーは嫌いでした。
2-3歳くらいから毎日クラシックはレコードできいていました。
ピアノ曲を中心に。
幼稚園は音楽専門だったこともあり
ピアノ以外の楽器をやりましたが、
ピアノを習うようになり
音楽史と作曲を学びました。
しかしチャイコフスキーは
短調な音が多く
わたしはピアノでやりたいと思えず。
そんな中で、チャイコフスキーの船歌はやったような。
しかし、悲しい歌がよいと幼稚園時代のわたしは嫌で、、
とにかく短調が大嫌いでした。

「四季」6月:舟歌
Pyotr, Il'yich, Tchaikovsky: Les Saisons (The Seasons), Op. 37b: No. 6. June: Barcarolle



小学生になり、わたしはキティちゃんが好きになりました。
まさかこの年齢で、またキティとか好きになるとはなあ、、
サンリオは五反田にあり、徒歩圏内なため
会社見学を母と何度かしました。
そんな中、サンリオがくるみ割り人形の映画をつくり、母にせがみ、見に行きました。
1979年とありました。
なんと!トレイラーがありました。
わたし小学4年だわ。。



くるみ割り人形。
チャイコフスキーなんです。
わたしは小さな頃から
音をチェックするのは無意識でやっていました。
先程かいたキンチョーのCMに、ヘンデルが!とか。
無意識なんだよね。
どこのCMか、とかわからないけど
音だけは覚えてる。
わたしはそのチャイコフスキーのくるみ割り人形が好きになり、
チャイコフスキーへの抵抗が
サンリオの映画でなくなりました。

Tchaikovsky Nutcracker Suite - 2 'March'


チャイコフスキーって明るい曲もつくれるんだ!
と生意気にも小学4年生のわたしは思い
陰鬱な音の印象だったチャイコフスキーが一気に塗り替えられました。

くるみ割り人形はバレエの曲でもあり
いくつかの曲の中でも有名なわたしが好きな曲は

花のワルツ

Tchaikovsky - The Nutcracker - Waltz of the Flowers


葦笛の踊り
これは昔ソフトバンクのCMで使われていました

チャイコフスキー:組曲「くるみ割り人形」 Op. 71a - 葦笛の踊り(第2幕)
Tchaikovsky, Pyotr Il'yich: The Nutcracker Suite, Op. 71a - VII. Dance of the Reeds


こんぺいとうの踊り

Pyotr Ilyich Tchaikovsky ‐ Dance of the Sugar Plum Fairy


くるみ割り人形、The Nutcrackerは
実はリブリー で先日からお買い物イベントでやりはじめた。

竹千代から言われたが、くるみ割り人形はサーちゃんぽい道化なところがあるんだと。
ねずみの王様に呪いをかけられてくるみ割り人形になったらしい。
呪いを特には愛しかないらしい。
呪いがとけたらサーちゃんは王子様になる。

バレエのはこんなのがある
3分でわかるくるみ割り人形



チャイコフスキーとサンリオとサーちゃんが繋がった。



この曲は多分知ってると思いますが、ビートルズの曲。

The Beatles - All You Need Is Love


この曲の冒頭は、フランス国歌のラ・マルセイエーズ。

フランス共和国 国歌「ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)」


なぜビートルズがフランス国歌を冒頭にいれたか、は複数説があり、
これはジョンレノンが作ったんですが
ジョンレノンはベトナム戦争に反対してたため
皮肉をこめて、などもありますが
フランスの憲法で、自由、平和、博愛がうたわれているから
フランス国歌になったといわれてます。


そしてフランス国歌は、フランス革命のときにつくられ、マルセイユ義勇軍により隊歌として歌われて広まったんだとか。


で。
何故いきなりビートルズがでてきたのか。

実は、、
フランス国歌がAll You Need Is Loveにでてくるところから始まったんですが、
はい。
チャイコフスキーと関係するのです。
チャイコフスキーとビートルズが、ではなく
1812序曲という作品に
フランス国歌がでてくるのです。

1812をきいていたとき、
あ!なんだっけ、きいたことある!
と思ってたらポチャッコはビートルズが大好きなのもあり
ビートルズだよ!All You Need Is Loveにでてくるよね、冒頭に。
と。
あ、フランス国歌だったの?なぜ?
というのもあり、
1812に何故フランス国歌がでてくるのかを調べてました。

すると1812は演奏中止があいついでいると。
つまりフランスとロシアがかつて戦ったタイミングで、ロシアが勝利したこともあり
ウクライナのことがあり、自粛しているそう。




チャイコフスキーは、バレエ曲をいくつか仕上げた直後であり、
そんな中ロシア正教の救世主ハリストス(ロシア語でキリスト)大聖堂完成の記念式典の曲を作ってほしいと友人から依頼され着手。
大聖堂完成の記念式典ということもあり
ロシア聖歌的な旋律をいれてほしいといわれ
冒頭はロシア聖歌からはじまる。


ロシア聖歌の次に、フランス国歌がながれます。
これはナポレオン率いるフランス軍がロシアに侵攻してきたことを示します。
そしてロシアの民謡などが流れる
といった構成になっていて
交互になっていき戦いをあらわしています。
そして冒頭のロシア聖歌がfffフォルテッシシモになります。
つまり、ロシアが勝ったというふうにもとらえられるため
1812はウクライナに対してロシアの勝利ととらえる人がいるため演奏は自粛の傾向なんだそう。

そしてこの曲は1812年より70年後にかかれた曲ですが
ベートーヴェンのウエリントンの勝利という曲があり
戦争交響曲ともいわれるんだけど
それはイギリス軍とフランス軍の戦い(ビトリアの戦い)をイギリス軍が勝利した曲で
フランスの民謡であるマールボロ行進曲を使いフランスを表した。
イギリスはイギリスの国歌を使い
交互に演奏することで
イギリスとフランスの戦いをあらわした曲。

チャイコフスキーは1812をこのアイデアを使い
フランス国歌とロシア聖歌や民謡を交互に使い
あらわして、結果、ロシアがナポレオン侵攻からまもり、ロシア正教をまもるのもあり
このようにフランス国歌が曲に登場するわけです。

Tchaikovsky: Ouverture 1812,OP.49



はい。
チャイコフスキーはおいといて、
フランツ・リストのPrelude and Fugue on B-A-C-Hをきいてました。
リストは、有名なのは愛の夢など
ロマンあふれる楽曲、ピアノ曲が多いですが
バッハを尊敬していることから
Prelude and Fugue on B-A-C-Hを作りました。
わたしは高校がミッションスクールだったのですが
高校3年のときチャペルにパイプオルガンが入りました。
聖歌隊をしていたのでオルガン曲は歌いますが、
パイプオルガンは音色が全くちがいます。
バッハのトッカータとフーガニ短調は音楽で習いますが
出だしが有名すぎるほど有名ですが、わたしは有名なフレーズのあとの重厚な和音にシビれるタイプ。
基本的にメタル好きなため
バロック音楽=メタルギターソロ早弾き
みたいな感覚。

では、リストとバッハを。

Franz Liszt :Prelude and Fugue on B-A-C-H · Martin Schellenberg


J.S.Bach: Toccata and Fugue in D minor, BWV565


聴いてて思うのは、一言。

懺悔

これにつきます。
懺悔したくなる曲。

神さま。わたしは実はこのようなことをしてしまいました。

礼拝ではゲストの牧師さんがきて
仏教でいう法話みたいなお話をしますが
ためになる話
より、
牧師さんの懺悔がかなりあり、
人のために尽くすこと
他者のためにいかに生きるか
を毎週きいてました。
そういうところで、宗教の違いを感じます。
神社は神につながる場所だという認識ですが
仏教も神社もともに
神さまや仏様お願いをする場所
になっていて
教会は、わたしの認識だと
懺悔し、祈る場
というかんじ。
悔い改めよ
なんだよね、キリスト教は。
わたしは神社の家系だけど、
昨日も書いたけど
死は穢れであり、不浄のもの。
しかし、ローマ法皇が亡くなったときもだけど
聖ベルナデッタにしても
遺体を公開する。
日本では考えられないのは
死生観の違いなんだなと。
つまり文化の違いなんだなと思った。

セッションやカウンセリングも、
誰にも言えずに苦しんだこと
もやもやを吐き出したとき
ほっとする。
それは、懺悔なんだよね。
自分のハイヤーに対する。
だから許されたと感じたとき
自分を受け入れると
愛に満たされていく。
それが神の愛なんです。
許されたという気持ち、
苦しかったでしょう。
よく話せましたね。
施しというか、救済というか、
自分に対する罪と穢れを告白したくなる音。
そんな音が教会音楽には多いです。

わたしがキリスト教を好きな理由は
懺悔
なんだよね。
ひたすら神頼みみたいに
お願い!お願い!
じゃないの。
懺悔して、悔い改める場所だから。
懺悔したあと祈るわけだからね。
許しを乞うために。
そして、許しは、癒しです。
許されること、そのほとんどは自分自身です。
他の誰かを許す
ではない。
許しとは自分自身に対する癒しにつながります。
自分を許すことで他者を許せるのです。
それは愛にもとづいているから。
自分を愛することは、隣人を愛すること。
自分を受け入れることは、他者を受け入れること。
だからこそ、自分が許せるようになったとき
他者を許せるようになるのです。



今日もアートギャラリーパークにドド君にあいにきた。
今回のパートナーはポチャッコ。
お散歩など部屋からでて連れ歩けるのは1リブリー だけ。
おなかすかせて餌をあげるために外出させたりする。
(デイリークエストに餌あげなどがある)



お散歩先はいろんな飼い主さんがくる。


かわいい。

お部屋に戻るとみんなでお昼寝がはじまる。
かわいい。





本日のランチは創作料理。
おととい夕食鶏肉使った残りをもらい、
日曜日に茄子のモッツァレラパスタを作ったにもかかわらず
生ゴミを食べる直前にいきなり父がひろげたり
ありえないことをジョフィエルがしてきたから
そのときのモッツァレラが半分残るが
しばらく茄子のモッツァレラパスタは作りたくない
(闇パートナーがグッジョブこの一週間かなり頻繁にいう)
鶏肉 モッツァレラ
でなにか作ろうとAIにきいたが
イマイチわたしの方向性ではなく。。
鶏肉をソテーし、トマトをのせモッツァレラ、
グラタンみたいにホワイトソースかけて焼くことに。

構想はできた。

ホワイトソースをつくりマカロニをからめる


残りのモッツァレラ


ソテーし塩胡椒、白ワインの鶏肉に
トマトをいためたのをのせ、
モッツァレラ


マカロニのホワイトソースをかけてシュレッドチーズ


ベランダからバジルをとってきてのせる


感想
味はよかった。
しかし、モッツァレラから大量に水分がでたため
思ってたかんじにはならず。。
モッツァレラの水分を考慮しなきゃなと思いました。。

父がまた、かしわ飯つくるといいだした。


前、かしわ飯つくるといきなりいいだし、
ジョフィエルに攻撃されまくったのは
8月5日かな?
有明海苔からの流れ。
しかし今回は、あまり福岡を感じない。ルイガンズも感じない。
父の修正?
わたしは明日の朝ごはんにしようかな。
このあとなにかあるのか、ないのか
一応書いておきます。

08.04だった。




ドドくんにあいにきた。
芸術とか退屈だよなあー
眠い、、ふわあ、、またあくびでちゃった、、
みたいなドド君が大好き。
そのわりに世の中をみんなわかってるかのような
アートギャラリーパーク特別仕様ファードット。

カテゴリ : ライフログ

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