「勝利の女神:NIKKE」は如何に女性ユーザーを獲得したのか?
NIKKEについては「尻ゲー」としてのイメージを抱いてる方も多いだろう。実際NIKKEはリリース当初は「背中で魅せる」としてキャラクターの背面を強調する独特のゲームデザインをもって話題になり、特に男性がゲームキャラの揺れる尻に興奮するCMはオタク差別と男女論の文脈で炎上した。
こうしたプロモーションもあって2022年11月のリリース直後の調査では、アクティブユーザーの男女比は9:1と男性が圧倒的多数を占めていた。さらに年齢層を見ると、20代から30代の男性が全体の約7割を構成しており、NIKKEが当初、若年層から中年層の男性をコアターゲットとしていたことが明確に示されている。
しかしながらリリースから約半年が経過した2023年5月までのデータで男女比率は劇的に変化する。主要市場である日本では男性7:女性3、アメリカでも同様に7:3となり、女性ユーザーの割合が大幅に増加したのだ。更に注目すべきは韓国市場のデータである。韓国においては男女比が6:4に達しており、女性ユーザーが40%を占めるという驚異的な数値を示している。韓国女性は男女平等国家の中でも特に思想が強く、ポルノ表現を目の敵にし、ブルーアーカイブに定期的にテロを仕掛けてるポルノバーサーカーで有名な人種だ。その韓国女性が露骨な男性向けエロ表現に溢れてるNIKKEを熱狂的に支持しているのである。
これは1体どういうことだろうか?そしてNIKKEは如何にエロ表現とポルノバーサーカーとの共存を果たしのだろうか?そしてこの現象は偶然の産物ではない。何故ならNIKKE開発者がインタビューにおいて、徹底的に計画を立ててマーケティングしてきたかを断片的ながら語っているからだ。本記事では、彼等の緻密に計算されたマーケティングの設計図を予想する。
ローンチ戦略としての「尻」
NIKKEのローンチ戦略の核は、そのキャッチコピーである「背中で魅せる」という言葉に集約される斬新なゲームデザインがあった。プレイヤーの視点は常にキャラクターの背後に固定されるサードパーソン・シューティング(TPS)という形式を採用し、戦闘中のキャラクターの動き、特に臀部の描写を強調した。またキャラクターによってはデフォルトで下着が見えてすらいる。このデザインは挑発的とも言えるキャラクターアートと相まって、リリース前から日本語圏においても「尻ゲー」という俗称で広く認知される結果となった。
このラベリングは単なる副作用ではなく、ローンチ戦略の中心的な柱であったと考えられる。新規IP(知的財産)が成功するためには、どのような形であれ、まず話題にならなければならない。それはコンテンツが飽和し、コンテンツ消費が人々の可処分時間によって物理的にバインドされ始めた現代なら猶更だ。こうした無数のコンテンツの中で埋もれない為には強力な第1印象が不可欠であり、それが「尻ゲー」というプロモーションだった。これは性的で下品な揶揄を浴びつつも、他のゲームとは明確な差別化がされ、市場のノイズを突き抜けて特定のニッチな層に強くアピールすることに成功した。この戦略が意図したターゲット層に的確にリーチしたことは前述通りである。
そしてこのプロモーションは「トロイの木馬」であったことが明かされている。つまり挑発的なビジュアルや尻は、開発者が長期的に展開しようとしていた、より野心的な物語主導の体験を届けるための「運び手」の役割を果たしたのだ。謂わば尻という木馬に化けてスマホに侵入し、侵入後に木馬の中から重厚なストーリーや設定を展開してユーザーの心を征服したのだ。
NIKKEをやってまず驚くのが、滅茶苦茶暗い世界観だ。近未来において「ラプチャー」と呼ばれる機械が突然襲来し、人間はあっという間に生存圏が縮小してしまう。人間側はラプチャーに対抗すべくニケと呼ばれるヒューマノイドを作り、人間の脳を移植させて対抗するが、それでも依然として状況は厳しく、最終的に人間は地上を放棄して地下に逃げ込む…というのがニケの世界観である。ここで「ん?ニケって人間の脳を移植してる戦闘機械なら人権とかどうなるの?」と思う方は、間違いなくNIKKEにハマれるだろう。そういうところがシッカリ設定されてるのが、このゲームだ。
この尻を押し出した下品とも言えるプロモーションと、滅茶苦茶暗くハードな設定やストーリーとのギャップは明確にスタッフが意識してることであり、開発者インタビューからは、リリース前から数年先を見据えた壮大なストーリー構想が存在していたことが明らかになっている。
このことから初期のマーケティングはそれ自体が目的ではなく、長期的なコンテンツロードマップを実現するために不可欠な、初期のユーザー数と話題という名の「燃料」を確保する為の高リスク高リターンな第1段階であったと結論付けられる。この基盤があったからこそ、後に幅広い層に響く物語体験を提供し続けることが可能になったのだ。
成功したおとり商法
NIKKEをプレイした多くのユーザーレビューには共通した驚きの声が見られる。それは当初のビジュアルから想像される内容とはかけ離れた、物語のハードさに対する称賛だ。「暗くて重めのストーリーが大人向けで面白い」「思った以上に面白い、良い意味で裏切られた」といった評価が散見され、プレイヤーが体験した「期待の転覆」を物語っている 。開発者自身も、1貫して「キャラクターとストーリーを重視して制作している」と公言しており、その構想が4年から5年先まで計画されていることを明かしている。
この戦略は心理学における「認知的不協和」を巧みに利用したエンゲージメント手法と分析出来る。過度に性的に描写されたビジュアルと、絶望的で悲劇に満ちた世界観との間にある著しいギャップはプレイヤーに強烈で忘れがたい体験をもたらす 。単なる尻収集ゲームを期待して訪れたプレイヤーは、複雑なSF悲劇に直面させられることで、ゲームに対する認識の再評価を迫られるのだ。このプロセスを通じて、プレイヤーは単なる消費者から、物語世界の行く末を見守る当事者へと変化し、深い感情的投資を促されるのである。こうした手法は日本では「魔法少女まどか☆マギカ」「魔界天使ジブリール」などでもお馴染みだ。
ドロシーにメロつく女性ユーザー
NIKKEの物語性がプレイヤーコミュニティ全体に決定的に認知され、同時に女性ユーザーを確保した転換点が、ハーフアニバーサリー(リリース半年)で実施されたイベント「OVER ZONE」である。このイベントはゲーム本編の過去を描き、初期のニケ達の悲劇的な結末と、人気キャラクター「ドロシー」の壮絶な過去に焦点を当てたものだった。
運営陣がコレを最初の山場と認知していたのは疑いようがなく、SHIFT UPは、このイベントのためにアニメーションPVをはじめとする高品質なプロモーション素材を制作し、その悲劇性を強調した。特筆すべきはアニバーサリーにも関わらずPVは祝祭的な雰囲気とは程遠い、悲壮感と絶望に満ちたトーンで貫かれていることだ。このギャップはインタビューで開発者も意図的に(それまでの明るいイベントと)真逆のダークなムードを用意したと認めている。
以下ネタバレ
「OVER ZONE」の物語はゲーム本編から約100年前、地上におけるラプチャーの優越性が絶対的なものとなり、人類は地下シェルター「アーク」へと避難する時間を稼ぐための防衛作戦「アークガーディアン作戦」を発動し、その作戦に従事したニケ部隊「ゴッデス」の最後の数ヶ月を描いている。
その物語の中でドロシーは亡き初代リーダーの後を継いだゴッデス部隊の2代目リーダーとして登場する。彼女は極めてプライドが高く、自らの誇りと部隊の規律を守ることを至上命題としているが、明らかにリーダーの器ではなく、その事実と長期にわたる絶望的な戦況が彼女の精神を蝕んでいく。そんな中、彼女の心の支えとなったのが、部隊に配属された量産型ニケ、ピナの存在だった。ピナの純粋な尊敬と励ましはドロシーの心を少しずつ溶かしていく。
しかし束の間の希望は、最も残酷な形で打ち砕かれる。敵の襲撃を受けたピナは、治療法のない「侵食」状態に陥ってしまう(所謂ゾンビ映画でゾンビに噛まれた仲間状態になる)。侵食されたニケは敵味方の区別がつかなくなり処分する以外に道はない。ドロシーは自らが心を開いた唯1の存在であるピナを処断するという究極の選択を迫られる。
それによりドロシーは精神に異常をきたしつつも、それでも仲間達と共に作戦を続行する。作戦は概ね成功し人類の撤退は完了するもアーク(地下)への入り口は封鎖され、ドロシー達ゴッデス部隊は地上に取り残されることが告げられる。
ネタバレ終了
ドロシーが多くのプレイヤーを惹きつけたのは、彼女が単なる悲劇のヒロインに留まらなかった点にある。彼女のトラウマは彼女をプレイヤーに同情を求める弱い存在に変えるのではなく、アークへの復讐という明確な目的を持つ、能動的な主人公へと変貌させた。特に重要なのは彼女が「思考転換」(ニケに施される記憶消去処置)を拒絶し続けているという設定である 。彼女は苦痛に満ちた記憶を消し去ることで安らぎを得る道を自ら断ち、憎しみを抱き続けることを選び、同時に「オズの魔法使いのドロシーのように家に帰りたい少女」としてそれでもアークに対する憧れを捨てきれない強烈だが繊細な個性を与えた。この強い意志と自己破壊的なまでの決意とそれでも残る甘さは、彼女に1個の独立したキャラクターとしての深い奥行きとカリスマ性を与えた。
このキャラクター造形がプレイヤーに与えた影響は、人気投票の結果に如実に表れている。ハーフアニバーサリー(「OVER ZONE」開催前後)時点の人気投票ではドロシーはトップ10圏外であった 。しかし彼女の物語がコミュニティに深く浸透した後の1.5周年人気投票では、彼女は1気に順位を駆け上がり、全キャラクター中第2位という驚異的な人気を獲得した。
そしてドロシーは韓国女性をもメロつかせた。ChatGptの調査によれば、ハーフアニバーサリー中~直後は韓国PV再生数は平均レート2万回から4万回(《승리의 여신: 니케》 하프 애니버서리 특별 방송 트레일러 공개から《승리의 여신: 니케》 하프 애니버서리 기념 영상 2 - 니케 메이드 카페 현장 스케치まで)に伸び、そのコメント比率も女性1割から女性3割まで急上昇したとのことだ。このイベントで既存ユーザーが盛り上がり、男性ユーザーが増えると共に、女性ユーザーがガッと食い付いたのは間違いない。
そしてコレこそがNIKKEが韓国の女性ユーザーから熱狂的支持を受ける1方でブルーアーカイブが目の敵にされるか?の直接的答えである。
キヴォトスの欺瞞
ブルーアーカイブの世界観も「自治区の地域紛争」が主軸であり、実はそれなりにハードだ。表面的には「何気ない日常の中で、ほんの少しの奇跡を見つける物語」として描かれる1方で、その背景には姿を見せない大人たちによる陰謀、実存的な脅威、そして生徒たちが抱える深刻な苦悩が横たわっている。
しかしそういったハードさは様々なファンタジー要素で緩和されている。ブルーアーカイブの舞台であるキヴォトスで生きる生徒は銃器で武装して撃ち合っても(恐らく)頭上の「ヘイロー」を破壊されない限り死ぬことなく気絶するだけで済み、生徒達は伝統的な意味での家族も出産の概念もない。彼女達はある種の閉じた学園生活の中で永遠を謳歌しているのだ。
そしてユーザーは「先生」というキヴォトスの外から来た唯1の責任ある大人であり、「超法規的権限」を持つ連邦捜査部「シャーレ」の顧問として、生徒達だけでは解決できない問題を導き解決する。大人として義務感を持ち、大人としての責任を果たすのだ。実際シナリオではくどいぐらいに先生が大人であり、無私レベルで大人の義務感や責任感を強く抱いているか?が語られる。
しかしブルーアーカイブにおける最もファンタジーで現実ではありえない事は、銃で撃たれて死なない女生徒でも、超巨大な学園都市でも、超法規的権限を持った存在でもない。キヴォトスにおける最大のファンタジーにして韓国女性が最も許せない欺瞞は、義務と責任を果たした男性に対して女性が感謝することである。
韓国社会において徴兵は「軍隊に行ってこそ1人前の男になる」という言説に代表されるように、兵役を終えることは、成熟した責任ある大人になるための通過儀礼と見なされてきた。謂わば韓国人にとって徴兵とは大人が負うべき義務と責任とされている。自身の欲望とかではなく、大人のしての責任と義務として社会の為に奉仕する…これがキヴォトスにおける先生のアナロジーなのは言うまでもない。
そんな韓国のリアル先生に対して女性はキヴォトスの生徒のような感謝は捧げない。むしろ憎悪をぶつけている。
韓国政府は徴兵された男性に対し少しずつ待遇改善を行っていた。具体的には「兵士の給料引き上げ」「兵舎など服務環境の改善」「日課後の携帯電話の使用許可」などだ。これに対し韓国人女性は猛反発した。韓国人女性は「軍隊が楽になった」「まるで休暇(バカンス)のようだ」と嘲笑し、こうした女性達の態度は「軍カンス(군캉스)」と呼ばれて深刻な社会問題になっている。その正否は別に韓国人女性にとって徴兵は男性の特権であり、決して感謝すべき対象ではないのだ。
女性にとって男性が犠牲になるのは悲しむべきことではなく祝うことだ。韓国人女性は軍隊における男性の犠牲者を「モチカルビ(피떡갈비)」と呼んで喜んでいる。これは「血」と光州の伝統料理「餅」を組みあせた言葉であり、雑に言えば「もちカルビのように無残な肉片になった」として男性犠牲者を嘲笑するミームだ。
そのような韓国女性にとって大人としての義務と責任を果たした先生に女生徒が感謝を捧げる物語は、男性にとって都合良すぎるポルノファンタジーに他ならない。というかコレ自体はまごうことなき正論だ。恐らく韓国人女性がブルーアーカイブに対して起こした無数のテロのうち、最初のモノは「豊見コトリ事件」だ。豊美コトリは実際見て貰えば分かるが、そこまで極端に性的なキャラでもユーザー人気も高いキャラでもない。しかしある韓国人女性が「これは男性に媚びている!」が批難すると、所謂ダチョウ現象が起きて彼女が如何に男性に媚びた存在か?を語る引用爆撃に襲われた。この「男性に媚びてる」は何を意味するか?
また同様にブルーアーカイブでフェミニストが起こした3番目に大きいテロである「ゲーム物管理委員会申し立て事件…15歳以上というレーティングは不適切だから禁止しろ」も、その大義名分は「男性に媚びてるキャラがいることによる未成年者の性的商品化」であった。ここで具体的にあげられた罪状は各キャラの水着のエッチさと、キャラクターが先生に助けられて感謝することであった(後者は「権力濫用によるグルーミング」と表現されている)。
そしてブルーアーカイブでフェミニストが起こした2番目に大きいテロである「スタジオぷり短小陰茎事件…ブルーアーカイブのPVに韓国人男性の陰茎の小ささを揶揄するハンドサインをいれる」も、犯人とされる女性スタッフはブルーアーカイブ含む男性向けゲームに対し「女性が男性に媚びてる」「性的商品化」を非難していたとされている。
このように女性は男性に対して好意を示すこと自体を「好意を示させられた」として性的被害と認知し、男性に対して感謝することを支配や被支配の文脈で捉え、それから逃れようと躍起になっているのだ。軍カンス問題で分かる通り、彼女達にとって男性の義務や責任はあって当たり前のものですらなく男性に与えられた特権であり、それにより男性が手にする対価は自分達への搾取だ。そのような女性にとってブルーアーカイブは男性的なアナロジーを使うなら、彼女達の目には萌えキャラは男性にレイプされたうえに「ありがとうございます」と感謝を述べてるように見えるのだろう。というか、同じような事は女性自身が言っている。
最もこうした女性の反応は女性ホルモンに由来する(魅力的な)同性に対する攻撃行動の側面もあるだろう。しかしコレだけでは他にも性的なキャラクターや人気あるコンテンツはあるのに、ブルーアーカイブだけが執拗に韓国人女性から狙われる理由を説明出来るものではない。(女性ホルモンに由来する同性への攻撃メカニズムはコチラ参照)
現代先進国…特に男女平等が進んでいる国において、女性は概ね次のような認知を抱いている。「自分は家父長制社会における被抑圧者であり、常に義務と責任を課せられ、それを果たしつつも正当な評価を得られず、むしろ更なる攻撃に曝されている」と。その正否はさておき、彼女達がそう認知してること自体は様々な研究や統計で実証されており、また女性自身も自分がそのような立場にいる/そのような認知を抱いてること自体は否定しないだろう。日本人女性も自分達を「無害で無力なゆるふわもち」と認識していることは日韓百合にて可視化された。
そして「義務と責任を果たしつつも正当に評価されず裏切られ、社会に対して憎悪を持つ」という境遇で大人気のキャラクターを読者の皆様は既にご存じだろう。
奇跡の普遍性
現在男女平等先進国において男性も多かれ少なかれ「義務と責任を果たしつつも正当に評価されず裏切られる」的な認知を抱いている。特にウクライナの男性はドロシーと同様な体験をしていると言っても過言ではない。ウクライナはロシアとの戦争により男性は国外移動を禁止され、成人は徴兵され戦場に送られている。ウラクライナの男性は国の為に文字通り命懸けで義務と責任を果たそうとしているのだ。
そんなウクライナ男性をよそにウクライナ女性は国外に出て、新しい恋人を見つけたり、日本の天ぷらを食べて舌鼓を打っている。国内に残っているウクライナ女性の最大の悩みは徴兵制で良いデートの相手が見つからないことであり、彼女達はOnlyFanでセクシーな写真をあげて「可愛そうな私に支援して下さい」と大金を儲け、ナイトクラブでパーティーして徴兵から逃れた男性に対して「恥を知れ!」とコールし、キモイ男性を見つけたら軍隊に通報して戦場送りにしてもらってる。勿論コレはウクライナ女性がウクライナ男性より苦しんでいないと主張してるわけでない。なにしろ欧州連合や国連もウクライナ男性よりもウクライナ女性の方が苦しんでおり、ウクライナ女性を最優先で支援すべきだと認めているのだ。
要するにドロシーの「義務と責任を果たしつつも裏切られ、社会に憎悪を抱くもそれでも捨てられない憧れも持つ」という特異的に思えるキャラクター設定や過去は、男女平等先進国においては男女共に追体験し共感出来る普遍性を有しているのだ。
ドロシーの物語が何故これほどまでに、特にフェミニスト意識に敏感なポルノバーサーカーである韓国の女性ユーザーの心を捉えたのか?その答えは、彼女のキャラクター造形が、現代の男女平等先進国に生きる多くの女性が抱く自己認識…即ち「社会から義務と責任を強いられ、それを果たしたにもかかわらず、正当に評価されることなく裏切られた存在」という感覚と鏡のように共鳴した点にあるのだ。
ブルーアーカイブにおいて、生徒たちが「先生」に寄せる感謝や好意は、韓国女性の視点からは「男性に都合の良い幻想(ポルノファンタジー)」であり、現実の女性たちが男性から強いられている(と認知してる)「感情労働」のメタファーとして映る。そこでは女性は常に男性を承認し、感謝する役割を期待される(と認知している)。この構造こそが彼女達が最も唾棄し逃れようとする家父長制の欺瞞そのものなのだ(と認知している)。
対してドロシーは、その構造の欺瞞に気付き憎悪するキャラとして描かれる。彼女が抱くアーク(社会・人類)への憎悪は、社会の不条理に対する怒りであり、彼女が記憶の消去を拒絶し、苦痛を抱きしめ続ける姿は、自らの尊厳を守るための闘争だ。ある種の女性がメロつくのは当然と言えるだろう。
そして重要なことにドロシーの物語は男女平等先進国において女性だけではなく男性にも刺さる普遍性を有しているのだ。
奇跡の再現
このドロシーの普遍性を当初から運営陣が意図していたか?は分からない。しかし今はそれを意図した商売をしかけていることは確かだ。
その最も顕著な例がリリース1周年という最大の節目に実施されたイベント「RED ASH」である。通常周年イベントは祝祭的なムードで、新たな方向性を示すものが多い。しかし「NIKKE」は再びゴッデス部隊の悲劇的な過去へと深く潜ることを選んだ。このイベントは、「OVER ZONE」で断片的に語られた伝説のニケ、レッドフードの過去に焦点を当てたものであるが、それは「OVER ZONE」で確立された成功の方程式を忠実に踏襲し、さらに増幅させたものだった。すなわち「強烈ながらも普遍性のある悲劇の過去」「高品質なプロモーション」「シリアスなマーケティング」だ。
この戦略は再び絶大な効果を発揮した。イベントの中心人物であったレッドフードは1.5周年記念人気投票において、それまで不動の人気を誇っていたモダニアを抑え堂々の第1位に輝いた。これは「OVER ZONE」とドロシーの成功が偶然ではなく、悲劇的な物語と複雑なキャラクター造形とその普遍性がプレイヤーに強く支持されるという、再現可能な法則であることを証明したものだ。
そしてこうした展開は18禁コーナーの暖簾を潜れずBL本を買えないような女性にとって社会的許可構造を提供した。彼女達はもはや「男性向けのセクシーゲーム」をプレイしているのではなく「ストーリーが絶賛されている話題のゲーム」をプレイしているのだ。ここまで来ると、股間にローターが入っているキャラを出しても支持が離れることはない。良い悪いは別に人気のものは更に人気になり、みんながやってるものはやりたくなるのが女性の社会性である。


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