軟骨から骨が作られる仕組みに異常が生じ、全身の骨に症状が見られる軟骨無形成症。手足の長さが短いことによる低身長、成長障害などの症状が現れる遺伝性疾患であり、また、国の指定難病対象疾病、小児慢性特定疾病の対象疾患です。
今回お話を伺った田中さんは、米国在住で、出産後に息子さんが軟骨無形成症の診断を受けました。同じ軟骨無形成症のご家族とつながることができず、最初は誰にも相談できず苦労したという田中さん。その後、世界の中でも最大級規模の小人症のコミュニティ団体「Little People of America」のイベント参加をきっかけにご家族とつながり、生活や子育てにおける悩みを相談できるようになったそうです。ご自身も救われた経験から、先輩ご家族の経験を情報として集約したいと考え、現在は日本人の軟骨無形成症の当事者・ご家族向けの団体「Little People of Japan」を運営されています。今回は、田中さんのこれまでのご経験について詳しくお伺いしました。
出産直後に軟骨無形成症の診断、不安で眠れない日々を過ごす
どのような経緯で軟骨無形成症の診断を受けられましたか?
妊娠中は「特に問題ないです」と説明を受けていました。そのため、超音波検査の回数が少なく、最後の超音波検査のときも比較的短時間で終わった印象でした。医師からは「少し頭が大きい赤ちゃんですね」と言われた程度だったという状況です。違和感を覚えたのは、出産後でした。生まれてきた息子の二の腕や太ももが少し短いような気がして、医師に相談。軟骨無形成症の疑いがあり、専門医の検査の結果、軟骨無形成症と確定診断を受けました。
疑いの期間から診断を受けられるまでのお気持ちをお聞かせください。
診断を受ける前からインターネットで調べ、「もしかして軟骨無形成症?」と感じていました。そして、軟骨無形成症だと確定し「難病で、遺伝性疾患です」と言われると、今まで自分の知らなかった世界に突然放り込まれた気持ちになりました。何も準備もできない状況から、急に育児が始まったという状況で、私自身、とても追いつめられていたように振り返ります。
今考えてみると、当時は「産後うつ病」だったのかなと感じています。声を上げて泣いたり、急に落ち込んだり、軟骨無形成症に関する情報を調べ続けたりして、夜は眠れない日々を過ごしました。どのように子育てして良いのかわからず、また、不安な情報を見つけることもあり、とてもつらい時期でした。
軟骨無形成症について調べていて、特に不安になった情報はありましたか?
軟骨無形成症について調べる中で、さまざまな合併症があることを知りました。その中で、「睡眠時無呼吸症候群がよく見られ、乳幼児突然死症候群が一般のお子さんより多い」という情報を知り、怖くて仕方ありませんでした。当時準備していた医師への質問の中に「もし、朝起きた時に息子の息が止まっており、すでに体が冷たくなっていたら、どこにどのように連絡すべきですか?」という内容があったほどです。そのような質問を考えている自分自身が怖かったですし、現実に起こるかもしれないという状況が怖かったです。
診断を受けた当時、知りたかったけれどわからなかった情報はありましたか?
実際に子育てをする中で生じる、細かな悩みへの対処法についてです。育児に関する些細な質問について、誰に、どこに相談すればいいのかわからない状況でした。自分にとって3番目の子どもですが、まるで初めての子育てをしているような感覚でした。軟骨無形成症は希少疾患ということもあり、同じ境遇の親御さんとのつながりは簡単につくれません。同じ軟骨無形成症のご家族に相談したいと思うものの、どうやったらつながることができるのかわからず、当時はつらい日々を過ごしました。
先輩の親御さんから受け継がれる情報の大切さを痛感、当事者・ご家族とつながる場づくりへ
どのようなきっかけで、軟骨無形成症のご家族とつながることができましたか?
きっかけは、「Little People of America」のイベントが私たち家族の住む地域で開催されたことです。イベントを通じて軟骨無形成症のお子さんを持つご家族とつながることができたことは、日々悩んでいた私にとって本当に救いでした。さまざまな方々からいただくアドバイスの中に、息子に合う解決策を見つけることができたからです。実際に、軟骨無形成症のお子さんと向き合っていないと出てこない解決策だと感じましたし、自分一人では決して思いつかないようなアイデアもたくさん教えていただきました。
同じ軟骨無形成症の当事者・ご家族とのつながりがポジティブに影響したエピソードについて、教えてください。
離乳食が始まる時期に、息子が嘔吐を繰り返すようになりました。食べるとすぐに吐いてしまう状態にも関わらず、私はどのように対処して良いかわかりませんでした。そのあまりのつらさに、私自身、泣きながら嘔吐の処理をしていたような状況だったのです。
同じ軟骨無形成症のお子さんと向き合う親御さんにご相談したところ、さまざまなアドバイスをくださいました。その中の一つの方法を試してみた結果、息子の場合は、嘔吐をしなくなったのです。このような経験から、生活の中で生まれてくるヒントや、先輩の親御さんから受け継がれる情報の大切さを痛感しました。そして、このような経験をきっかけに、私は日本人の軟骨無形成症の当事者・ご家族向けの支援団体「Little People of Japan(※)」を立ち上げようと考えたんです。
(※)現在は、田中様のInstagramを介して、軟骨無形成症に関わりのある方が無料でご参加いただけます。
現在も、軟骨無形成症のご家族とつながることで、私自身が救われているなと感じます。例えば、Little People of Japanで情報を発信し、「助かりました」「とても参考になりました」と言っていただけると、息子のために苦労した経験が生かされているなと感じます。また、私は、米国で開催される骨系疾患のカンファレンスなどにも参加し、日々、情報収集を行っています。これからも、軟骨無形成症の最新情報をコミュニティの皆さんへお届けしていきたいです。
米国と日本、それぞれの課題と今後への期待
米国での医療体制や治療環境について、日本と比較してどのように感じていますか?
日本と比較して米国が良いと感じるところは、人口が多いという背景から、患者数や専門医数も多いということです。また、当事者やご家族のコミュニティ規模が大きいので、お互いに支え合ったり、情報収集がしやすかったりすることなども良い部分だと感じます。加えて、新薬や新しい治療に対する研究も積極的で、中には、日本より技術が進んでいる分野もあります。ですので、そういった部分は米国に住んでいて良かったと感じています。一方で、日本と比較すると米国は、医療費が高いことが課題の一つだと思います。医療費が高い一方で、福祉や障がいがある方向けのサポートは決して手厚いとは言えないなと感じており、その辺りも課題だと感じますね。
日本は、とにかく医療費の制度が素晴らしいと感じます。当事者やご家族の金銭的な負担が少ないのが最大の良いところだと思います。福祉制度も非常に充実していると感じますし、さまざまなサポートが得られるのは、日本の素晴らしいところだと思います。一方で、米国と比較すると、患者数が少ないために専門医へのアクセスはしづらいかなと思います。軟骨無形成症に関わる情報へのアクセスがしづらい状況もあるのかなと感じます。
軟骨無形成症に対して、社会からどのような支援があると良いと感じていますか?
軟骨無形成症に関して気軽に相談できる場が少ない、と感じています。患者会のような場所が、社会に対してどんどん開かれていくと良いのかなと考えています。
また、軟骨無形成症は身体障害者手帳の申請が通りにくいというお話を日本の方から伺います。身体障害者手帳があるから使える支援制度もありますので、その辺りは残念に思います。「ただ身長が低いだけ」と思われている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際には、当事者はさまざまな症状と向き合い、工夫しながら生活をしています。使える支援制度がさらに増えることで、軟骨無形成症の当事者の負担が軽減され、少しでも生活がしやすくなればうれしいです。
軟骨無形成症に対して、近年、新薬が発売されたり、開発が進んだりしています。新しい治療に対して、どのように感じていますか?
様々な新しい治療に関しては、「受ける」「受けない」の選択は、本人やご家族が自由に決めるべきだと思います。どちらの選択もその家族それぞれの大切な決断であり、尊重されるべきものです。治療を受けるかどうかはどのような選択であっても誰かに批判されるようなことがあってはならないと思います。
また、軟骨無形成症の方々の暮らしやすさが少しでも向上するような治療の選択肢が増えていくことは、とても良いことだと思います。私たち家族としては将来的には、息子自身が「自分で選択した治療」を受けられるようサポートしていきたいです。
一方で、現在の多くの軟骨無形成症の新薬・治療は、幼少期や成長期に行われるものがほとんどです。そのため、幼少期の判断は親が担うことになります。だからこそ、親として軟骨無形成症という疾患や治療について正しく学び、情報をしっかりと理解することが何より重要だと感じています。それは単なる医療の選択ではなく、子どもの人生に深く関わる決断だからです。
私自身も、息子にとって最善の選択肢を見つけたいという思いで、日々学び続けています。そして、私が得た知識や経験が、同じように悩んだり迷ったりしている他の親御さんたちの助けにもなればという思いで情報発信を続けています。
「一人で悩まなくて大丈夫」つながりを持ち、誰かを頼ってみて
最後に、遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いします
息子の病気が明らかになったときは、本当に苦しかったです。子どもが病気を抱えて生まれてきたのは、母親である自分にも責任があるのではないかと考えました。このように、診断を受けた時のショックは、きっと、どのご家族にとっても大きいでしょう。また、精神的、体力的、そして金銭的な負担など、さまざまな負担とも向き合っておられると思います。
そのような困難な状況の中で、大切なのは「つながり」だと思います。些細な悩みを相談できるコミュニティや軟骨無形成症の患者会とつながっていることが大切なのではないでしょうか。もし、希少疾患で患者会がない場合は、近しい病気の患者会を頼るなどして、ぜひ誰かとつながりを持っていただきたいと考えます。
最後に、今も悩んでいる方に対しては「一人で悩まなくて大丈夫ですよ」とお伝えしたいです。私自身、本当に苦しかったので、同じように苦しまないでほしいと願っています。ぜひ、つながりを持って誰かを頼るところから始めてみてください。
お子さんが軟骨無形成症の診断を受けられ、不安な日々を過ごしていた田中さん。特に、離乳食の食べ方といった、子育てに関する細かい情報を必要とされていました。軟骨無形成症のご家族とつながるようになってからは、先輩ご家族の経験を知り、救われたと言います。希少疾患は患者さんの数が少なく、当事者やご家族とつながることが難しいかもしれません。そういった場合は、患者団体などを頼って、ぜひつながりを持ってみてはいかがでしょうか?ご自身に合った方法で、少しずつ始めてみていただければと思います。(遺伝性疾患プラス編集部)