ホテル雅叙園東京(目黒雅叙園)で多発している披露宴キャンセル問題。背景には、ビルの所有権売買に関わった二つの外資系ファンドとウエディング運営会社の間で、賃貸借をめぐる深刻な行き違いがあったようだ。その影響は、2025年10月以降に挙式を予定していた、約180組のカップルと招待客に広がっている。

 ホテル雅叙園東京は目黒川に面した、総延べ床面積約15万6000m2の複合ビル内にある。ビルは1991年の竣工。大小20を超える宴会場、60の客室、七つのレストラン、チャペルを備える複合施設を一体運営するのは、施設と同名のワタベウェディング子会社だ。テナントとして入居し、雅叙園創業家から会場運営を引き継いだのは2004年。2017年のリブランドを挟んで約20年にわたり、一貫して同地での営業を手がけてきた。

壮麗な装飾が施された館内(写真:yu_photo - stock.adobe.com)
壮麗な装飾が施された館内(写真:yu_photo - stock.adobe.com)
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 今年10月以降の営業継続を模索していた同社(以下、ワタベ)が、閉館やむなしと決断したのは2月10日。同月14日から、影響を受ける予約客への個別案内を開始した。X(旧ツイッター)などのSNSに関連の投稿が目立つようになったのもこの頃だ。2月17日には、9月末での賃貸借契約の満了を理由とする“一時休館”についての告知を公式サイトに掲出した。

 挙式については、9月末までの営業期間中に振り替えるよう案内し、3月上旬までに、およそ4割から5割のカップルがこれに応じた。振り替えが難しい場合は、10万円の迷惑料を提示しているという。

 式場の営業中止につながったファンド側の対応に対しては、外資ならではのドライな対応と捉えて非難する声が聞かれる。一方、ワタベ側が10月以降の挙式予約を漫然と取り続けたことや、閉館告知の遅れについても多くの疑問が寄せられている。混乱の背景に何があったのか。不明点はいまだに多いが、その後の取材により、新旧のファンドとワタベを含む、3者間でのコミュニケーション不全が存在したことが垣間見えてきた。

●建物配置図
●建物配置図
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目黒雅叙園。右がアルコタワー、エントランス屋根の後方は同アネックス
目黒雅叙園。右がアルコタワー、エントランス屋根の後方は同アネックス
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1年延長の末に

 目黒雅叙園は、債権処理の過程で創業家の手を離れた後、ローンスター、森トラストなどの手を経て、米ラサール インベストメント マネージメントが2024年末まで運用してきた経緯がある。一方、“新オーナー”と報じられることもあるブルックフィールドは、北米最大手のオルタナティブ資産運用会社。最近、長年本拠を構えていたカナダ・トロントから米ニューヨークに移転した。

 新旧のファンドはいずれも、世界有数の機関投資家として知られる中国投資有限責任公司(CIC)から大半の出資を受けてきた。正確には、セパレートアカウントと呼ぶこの案件専用の投資ビークルを通じて、受託した資金のアセットマネジメント(AM)を手がけている。さらに、一部のエクイティを出資する、共同投資家の顔も持っている。

●売買・賃貸をめぐる関係図
●売買・賃貸をめぐる関係図
【注】GP=無限責任組合員(ファンド運営者)。LP=有限責任組合員(機関投資家)
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 2022年から始まり、国内外のプレーヤーのさや当てを経て、ブルックフィールドを買い主とする今回の売買契約がまとまったのは2024年の11月ごろとみられる。年越しを控えた12月27日には、総額1600億円から1800億円ともいわれる資金の決済が実行され、新しい投資ビークルである不動インベストメンツ特定目的会社に土地・建物の所有権が移っている。

 ようやく肩の荷を下ろしたかに見えた、取引関係者一同の表情が一変するのは今年1月中旬のこと。定期借家契約が満了を迎える10月以降も、ワタベが180組弱から式場予約を取っていたことが判明したのだ。挙式を楽しみにしていたカップルはもちろん、新たに施設の管理権を手にしたブルックフィールドにとっても、この事態は想定外だったといわれている。

●これまでの主な出来事
●これまでの主な出来事
【注】本誌取材および各社報道、公式サイトの情報に基づく。青字は賃貸借契約関連
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 本誌の周辺取材によると、今年9月末で満了を迎える賃貸借契約は、1年間限定で暫定的に延長されたものであることが明らかになっている。元は長期の定期借家契約を結んでいたようだが、施設の売買をめぐる交渉が長期化。建物の引き渡しが賃貸借の満了日を超えることが想定されたため、当時AMを務めていたラサールがワタベ側と協議して決めたものとみられる。その際、ウエディング予約の取り扱いについて、両者間でどのような会話が交わされていたかは不明だ。

 定期借家契約である以上は、期日通りの退去に備えて準備を進めるのが業界の常識だ。しかし、幾多のオーナーの下で20年にわたりこの地で式場運営を手がけてきたワタベには、差し迫った現実として受け止められなかったのかもしれない。

 当時、施設の管理責任を負っていたラサール側の現状把握とワタベ側への伝え方、その強度は十分だったのか。ブルックフィールドは、その意思をどこまで前任者のラサールに伝えていたか。仲介会社や信託銀行などの取引関係者の間には、問題を事前に察知し、調整する動きがなかったのか。売買の前後を通じて、実質的なオーナーであるCICの関与はあったのか。

 いずれにせよ、無辜(むこ)の若者たちの悲嘆を招いた今回の騒動が、不動産売買の現場における関係者間のコミュニケーションのあり方に大きな課題を提示したのは間違いない。ラサールとブルックフィールドの日本法人はともに、本誌への回答を拒否した。ホテル雅叙園東京の広報担当者は「10月以降の運営については現在も交渉中。お客様には誠意を持って個別に対応していく」と説明している。

(「日経不動産マーケット情報」2025年4月号より。購読者限定のPDF版はこちら→へ)

本間 純