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人口の4割が“洪水リスク地域”に?1人の記者の思いから始まった「全国ハザードマップ」

元日に能登半島で起きた大きな地震。
まさか…と思った方も多かったのではないでしょうか。
私も、人間の都合なんて関係なく、「災害は待ってくれない」ということを改めて痛感しました…。

ディレクターの大石です。
2011年に入局して以来、ニュース・ドキュメンタリー・医療や健康、科学番組などを制作してきました。今は主に、デジタルコンテンツを担当しています。

6月に入り、ことしも雨の季節がやってきました。
梅雨、台風。地震やほかの災害と同じように、水害も毎年発生し、待ってはくれません。

みなさんは、自分たちの住む家や街がどれくらい浸水してしまうのか知っていますか?
もしまだという方がいらっしゃったら、これからお伝えする「NHK全国ハザードマップ」を使ってみてください。全国の洪水や土砂災害などのリスクを簡単に調べることができます。

このプロジェクトが立ち上がったのは3年前。取り組んでみると、当初考えてもいなかった苦労の連続でした。
ただ、同時に多くの学びと発見もあったのです。
きょうはその舞台裏を、チームのメンバーと一緒にご紹介したいと思います。

筆者プロフィール

「これはおかしい」テレビでの呼びかけに違和感が…

大石:まずは「ハザードマップ」に注目したきっかけから聞いていきましょう。企画した藤島さん教えてください!

藤島:東京で災害担当をしていたとき、テレビに出演して「ハザードマップを確認してください」とよく呼びかけていたんです。
でも、いざ同僚や家族、知人から「何を見て確認したら良いの?」と聞かれたときに、「これです!」って言えるものがなかったのが一番大きくて。

大石:どうして言えなかったんですか?

藤島:ハザードマップの情報を網羅しているサイトやアプリがなかったからです。
本来、「自治体のホームページで探せば載っているよ」と伝えれば良いのですが、これが結構大変なんです。
まず、ハザードマップが掲載されている場所の階層が深くて、トップページからではなかなか目的のページにたどり着けません。
頑張ってたどり着いても、「○○地区」「○○市北部」などと地域を切り分けているところも多いので観光客や土地勘がない人にとっては、いったいどれが確認したいマップなのか順番に開いてみないと分かりません。

防災マップ一覧 PDFファイルが並んでいる
ある自治体のHPに掲載されているハザードマップ

ようやく自分の住む町にたどり着いても、小さなPDFを拡大して「ここかな?こっちかな?」と調べるのは思っているより大変で…要はめちゃくちゃ手間がかかるわけです。

ハザードマップ
実際にPDFで公開されているハザードマップ

大石:なるほど…。では、どう呼びかけていたんですか?

藤島:「まず、国土交通省(国交省)の『重ねるハザードマップ』を見てください。そこでリスクがあると分かれば備えが必要です。
ただ、もしリスクが示されていなくても、単に掲載が間に合っていないだけかもしれないから、念のため、自治体のホームページでも検索して確認した方が良いですよ」と伝えていました。

重ねるハザードマップ~自由にリスク情報を調べる~
国土交通省の「重ねるハザードマップ」

*重ねるハザードマップ
国土交通省が運営するウェブ地図サイト。洪水や土砂災害、津波などの災害リスクのほか、道路の冠水、液状化が起こりやすい地形など防災に役立つさまざまな情報を、自分で選んで重ねて、一度に確認することができる。

国交省の「重ねるハザードマップ」は、WEBで閲覧できて、住所検索もできて便利でしたが、当時はまだまだデータが十分に反映されていませんでした。
だから、本当はリスクがあるにも関わらず、「重ねるハザードマップ」上では自宅に色が塗られておらず、「自宅は大丈夫だ」と誤解を与える危険があったんです。
なので、自治体が発表しているハザードマップでも確認する作業が必要でした。

大石:つまり、「重ねるハザードマップ」は住所検索ができて使い勝手は良いけど、データが欠けている。自治体のハザードマップはデータに漏れはないけど、土地勘がないと目的の場所を探すことが難しい場合もある…という状況だったわけですね。

藤島:どちらにも良い面と悪い面があったので、全国のデータがまとめて「重ねるハザードマップ」に載っていれば良いのにな…というのが最初の発想ですね。
毎年、水害の犠牲者が出ているので「誰でも」「どこでも」「簡単に」リスク情報にアクセスできる環境が必要だと感じました。

最終成果物は“紙” 国や自治体の文化が壁に

大石:「重ねるハザードマップ」にデータがそろっていないのは、自治体側の事情もあったんでしょうか。

藤島:そうですね。国と自治体にそれぞれの役割があり、そこが壁になっているように感じました。
当たり前ですが、自治体の仕事は住民に公的なサービスを提供すること。だから、リスク情報についても、自分たちの管轄する住民に情報を提供することは念頭にあるものの、それ以外の人にどう伝えるかという視点は薄かったというのが現実だと思います。

では、国はどうかというと、基本的にハザードマップの制作や周知は自治体がやることになっている手前、こちらも主体的に働きかけるという感じではなかったと思います。国は自治体に「重ねるハザードマップ」へのデータ提供はお願いするけれども、最終的には自治体の判断というスタンスなんですよね。
ただ、これだけ人が行き交う流動的な社会で、住民に向けた情報発信だけでは防災上、大きな課題があると感じました。

大石:お互いに手を出しにくい領域の課題だったわけですね。

藤島:あとは、「使い勝手」をそれほど重視していなかったようにも感じます。自治体は「リスク情報を公表しているか否か」にはすごく敏感なんです。
でも防災で大事なのは「簡単に確認できる」とか「日々チェックできる」ということだと思うんです。そのハードルを下げないと、そもそも調べてもらえないし、見てもらえないので…。
印象的だったのは、取材する中である自治体担当者が「最終成果物は紙なんです」と話していたことです。こうした現状を端的に表した言葉だったなと。

大石:データはあくまで「紙」をつくるための過程だから、必ずしも必要なものではなかったのかもしれませんね。

藤島:途中経過であるデータが、そこまで重要視されていなかったのは現実にあると思います。「データを蓄積・公開すること」の重要性がまだまだ十分に広がっていないと感じました。

全国1700以上の自治体に問い合わせ…集まった洪水リスクのデータは34テラバイトに

大石:災害報道で視聴者に危険を知らせるのも大事なことだけれども、自分自身で「わたしのリスク」を確かめてもらう方法も必要ですよね。
国や自治体で難しいなら、じゃあNHKでやってみるか…と我々が動き出したわけです。
ここからは、データ集めを主導した浅野さんにも聞いていきます。最初に始めたのは「全国のデータを集めること」でしたよね。

電話取材の様子
自治体に電話で取材

浅野:そうですね。全国からデータを集めて、それをまとめれば良いじゃないかと考えていたのですが…実際はそんなに甘くなかったですね。

大石:最初は、まずどうしたらいいんだろうと思って、全国の1700以上の自治体にハザードマップのデータを提供してもらえるか電話で取材させてもらいました。

浅野:ほかにも、国とすべての都道府県に「洪水浸水想定区域図のデジタルデータをすべてください」とお願いしたら…全国から段ボールが届いて部屋がすごいことに(笑)

段ボールに詰められたハードディスク
自治体から届いたデータの例
1段ボール1自治体分

そして全部で34テラバイトにものぼるデータが集まりました。(一般的なHD動画だと約7500時間分。)
これを整理するのも大変なのですが、さらに集まったものを見てみると、どれが最新のデータか分からないんです。
ファイル名が「最新版_これです」って書かれていたり、「最新版_最新版ver2_最新」みたいなものもあったり…自治体によってもバラバラなんです。
データの中身についても、いわゆる表形式になっているんですが、その表の列名称(カラム)がA、B、C…と書かれていて、浸水深なのか、海抜なのかなど、それぞれの数値が何を表しているのかが分からなくて苦労しました。

データの内容
(上の表)「浸水深は1.5」のように数値が表すものが分かるのが理想
(下の表)実際に提供されたデータでは、 どの列(A,B,C,D)が何を表すのかが分からず解読していく必要がある

大石:全国で一緒の形式だったら、まとめるのがすごい楽なのに…と思いましたよね。

浅野:国土交通省の浸水想定区域図データ電子化ガイドライン上では、フォルダ名ファイル名は「こうしてください」というルールはあるにはあるのですが、それに沿って作業している自治体は感覚的に半分ほどでした。
また、更新するときに紙媒体では修正して、データ上は修正されずそのまま…というのも多かったですね。

大石:集めたデータが「正確なのか確かめる」のも難しかったですよね。

浅野:そうなんですよね。集まったデータは地図に描画していくのですが、間違いがないように我々で作成した地図と自治体が公表しているリスクの地図を並べて見比べるんですよね。
で、「自治体のPDFでは色が付いてるのに、うちのにはないぞ」ってなると、それは提供されたデータが欠損している可能性があるので、自治体に確認する必要があります。

大淀川水系岩瀬川 確認をお願いします
赤丸内で浸水エリアに過不足がないか1つ1つ確認
2つのファイル
色(浸水の深さ)が異なる2ファイルのどちらが正しいか確認

大石:よくある絵の間違い探しみたいに、目を皿のようにして確認しましたよね。

浅野:あとは浸水の深さを表す色が異なっていることもありました。
「自治体では黄色(浸水の深さ50cm未満)のはずなのに、我々の地図では紫(浸水の深さ20m以上)になっている」と。
僕らが見落としている可能性もあるので、自治体の担当者の方にも協力してもらってご指摘いただいたりしましたね。
間違えて標高データを使ってしまっていた、なんてこともありました。

完成した「全国ハザードマップ」

大石:こうして膨大なデータ集めから始まった「全国ハザードマップ」ですが、データの取捨選択や修正を繰り返し、ほぼ1年かけて完成しました。今も最新のデータに更新を続けています。
NHK全国ハザードマップ 実際に使ってみてください!)

「全国ハザードマップ」では洪水・土砂災害・津波のリスクを簡単に調べることができます。地名や建物名、郵便番号で簡単にエリアを絞り込めますし、調べたい地点をクリックすると一目でリスクが分かるようになっています。

全国ハザードマップの画面
NHK全国ハザードマップ

右上の「印刷」から自分だけのハザードマップをつくることもできるので、ぜひ活用してほしいです。

当初の藤島さんの問題意識のひとつに「使いにくさ」「確認のしにくさ」があったので、「簡単に調べられるようにするには」という部分はみんなで相当議論しましたよね。
全国のハザードマップのデータが統合されているので、自宅だけでなく、例えば遠くに住むおじいちゃん・おばあちゃんの家など、同じサイトで「どこでも」「簡単に」調べられるところが特徴だと思います。

藤島:使いにくいと、結局、使ってもらえないからね。

大石:そうなんですよね。うれしかったのは、公開後にSNSなどで実際に「使ってみた」というたくさんの声を聞けたことです。
「全国ハザードマップで家を見てみたら浸水エリアぎりぎりだっていうのがわかった。まさかの結果だった。」
のように、「初めて確認してみた」(してみる気になった)という方が多かったのが、すごくうれしかったのを覚えています。

ほかにも「こうした取り組みは、公共メディアのNHKだからできる仕事だ」と言ってくださる方もいた一方で、「NHKがやるべき仕事?国がやるべきでは?」というご意見もありました。
命に関わる情報を誰がしっかり整備していくのかは難しい問題だと改めて感じました。

日本の人口の4割がリスクのある地域に住んでいる!?

浅野:データのメリットは見るだけじゃなくて、「分析」もできることだと思っています。

大石:「全国ハザードマップ」が完成してから、まず調べてみたいと思ったのが、「洪水や浸水のリスクがある地域に住む人の数は増えているのか、減っているのか」ということでした。
全国で大きな水害が毎年のように起こる中で、多くの人は安全な場所に住みたいと思うはずなのではと…。

どのエリアにどのくらいの人が住んでいるかは、国が定期的に行っている「国勢調査」のデータで見ることができます。
国勢調査のデータと全国ハザードマップのデータを重ねて地図に描いてみたものがこちらです。

国勢調査×ハザードマップ

矢印の部分にご注目ください。
赤い箇所→人口密度の高い場所
クリーム色の箇所→全国ハザードマップで分かるリスクのある地域

となっています。
このように、人口密度が高いところ(赤)の多くに、リスクの高い地域(クリーム色)が重なっていることが分かります。

詳しく分析してみたところ、日本の人口の4割ぐらいの人がリスクのある地域に住んでいることが分かったんですよね。
この20年間で見るとリスクがある地域の人口は、170万人ぐらい増えていたんです。(当時の最新データ2015年時点)

日本全国の災害リスクのデータがそろっていないと、こうした事実すら把握できません。
このデータはもともと存在していたのに、まとまっていなかったから分析ができなかったというのは純粋に「もったいない!」と感じました。

藤島:同感です。
あとは「全国ハザードマップ」は防災上は意味があるけど、行政的な判断や、政策決定をしていく優先順位を付けるためのツールとしては、やっぱりまだまだこれだけじゃ情報は足りないので、ぜひ国をあげて推進していってほしいと思います。

大石:このデータは毎年、我々自身も更新していて、今年も自治体の方とやりとりをしています。
今回のマップ作りがあったからこそ、自治体の窓口の方との連絡がスムーズにできたり、データの処理もかなり効率化できてきたかなと思います。
藤島さんの違和感から始まった「全国ハザードマップ」ですが、これからどういうことを伝えていきたいですか。

藤島:まずは、やり続けていくってことですね。それは僕たちが、ということではなく、誰が担当しても持続可能な仕組みを作ることが大切だと思います。
今回、「全国ハザードマップ」はいろんな人の協力と熱意で完成できたけど、本来であればデータを作る際のルールを各自治体が順守して、効率的に正しいデータが蓄積されていくことが必要だと思っていて、その仕組み作りがこれからの課題かなと思っています。

全国ハザードマップ
自治体から集めた膨大なデータを合わせて全国のハザードマップができあがる

忘れないで!ハザードマップは“参考情報”

大石:大事なことがもう1つ。
ハザードマップはあくまでリスクを把握するためのものであり、リスクを完全に避けられるものではないということですよね。

藤島:そこは本質というか難しかったですよね。
部内でもいろんな意見があって、「リスク情報なんだから100%間違ってはいけない」という人たちもいました。それはある意味正しいと思いますが、そもそもハザードマップ自体がどういうものかっていうことなんですよね。
あくまでもある想定に基づいたものでしかなくて、過去の災害を見れば、ハザードマップに載っていないところで人が亡くなっていることもあるし、想定を超えてくることもあるわけじゃないですか。
なので、1つの参考情報でしかないんですよ。

一番良くないのは、ハザードマップを見て「隣の家までは塗られているけど、我が家は塗られていないから大丈夫だ」という見方で、そういうものではないですよっていう…。
ハザードマップはすごく大事なんだけど100%正しいものではない。前提となる想定が変わればリスクのある場所は変わるし、地形が変われば危険度は変わる。
そういう幅のあるものだという前提に立って、それをみんなで作っていくっていう発想になればいいなと今回強く思いました。

大石:ハザードマップ上で色が塗られてないところ=「リスクがない」ということでは決してないですよね。
個人的には、「全国ハザードマップ」をきっかけに「リスクをどう受け止めたらいいか」ってことを考えられたように感じていて、多くの人に、このコンテンツを見て操作してもらって、確かめるだけじゃなくて「あれ?」「ん?」っていうひっかかりにつながるといいなあって思います。

藤島:最近、一般の方だけじゃなくて、企業の方から話を聞かせてほしいというお問い合わせをもらうことも増えて。
いろんな企業が防災に関して何かやりたいけど、何から始めたらいいんだろうという声はすごく多いんですよね。
「全国ハザードマップ」を作るために使っている大元のデータは、自治体が管理しているものなので、こちらの判断で公開するというのは難しいところではありますが、これが自由に公開されるようになったら、いろんなサービスが生まれると思っています。

防災の「プレーヤー」が増えるというか。それって結果的に世の中の防災力が上がることにつながるんじゃないかと思うので。
「全国ハザードマップ」はそういう可能性を秘めていると感じています。

オンラインで話す筆者一同
今回、オンライン会議で当時のことを振り返りました

NHKの役割を再確認

いかがでしたでしょうか?
1人の記者の思いから始まった「全国ハザードマップ」。
始めてみると大変なことばかりでしたが、災害について報道するだけでなく、災害に備えるための「ベースとなる情報」を整えるということもNHKの大きな役割なのではないかと、今回実感しました。

国も手が届かない、地方の自治体では担当できない、民間企業も利益になりにくい。だから誰も手を出さない、手を出せない領域だったかもしれません。だからこそ「公共」という立ち位置のNHKが踏み込んでやることができたということなのかなと思います。
手探りで始まったプロジェクトでしたが、災害リスクは災害激甚化に伴う法改正により追加や見直しで毎年のようにデータが更新されていきます。
今も、なるべく最新の結果を表示できるようにデータを集め続けています。

冒頭にも書いたように災害は待ってくれません。
だからあきらめるのではなく「じゃあ何ができるか」を少しでも考えられるように、これからも情報を発信し続けていきたいと思います。

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人口の4割が“洪水リスク地域”に?1人の記者の思いから始まった「全国ハザードマップ」|NHK広報局
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