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日本の音楽を世界へ“tiny desk concerts JAPAN” NHKスタッフの挑戦

9月上旬、渋谷にあるNHKの放送センターで稲葉浩志さんがこんなことをおっしゃいました。

「今までいろいろなところでライブをしてきたけれど、本当に隣で働いている人がいるオフィスで、しかも生声、生音でライブをしたのは初めて。何年やっていても初めてってあるんですね!」

 これは、NHKが制作している音楽番組tiny desk concerts Japan(以後、「tdcJ」で表記)の演奏の合間に語られたこと。

はじめまして、広報局でNHK広報局noteを担当している鎌野瑞穂です。
今夏まで、制作プロデューサーとして「tdcJ」企画の立ち上げ、そして藤井風さんのパイロット版制作から関わってきました。9月30日には、総合テレビ23時から「tdcJ」の放送が始まり、第1回目が稲葉浩志さんでした。ご覧になった方からは「特別な瞬間を目にすることができた」など、非常に大きな反響をいただいています。

ご存じの方も多いかと思いますが、実はこの番組は、アメリカの公共ラジオ放送局NPRからライセンス供与を受けてNHKが制作を行っています。もともと大人気の音楽コンテンツをもとに、「TDC」の日本版を立ち上げるということは、私たちNHKチームにとって新たな扉を開いていくような日々でした。ディレクターや技術スタッフそれぞれの立場での制作裏話や、そこで感じたことをご紹介してみたいと思います。

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本家NPRの映像配信チャンネルからも、これまでの「tdcJ」が見られます

NPRのノウハウを学びながら作る音楽番組

もともとNPRの「Tiny Desk Concerts」(以後、「TDC」で表記)は、音楽番組のプロデューサーが音楽バーの喧騒けんそうで演奏が聴こえず不満を持ったことがきっかけで始まりました。

「自分の仕事場にミュージシャンを呼んで、マイク一本だけ立てて生音で演奏してもらいたい!」

「そうすれば、職場のジャーナリスト仲間を観客にしてプロのミュージシャンと交流できる機会になる!」

こんな無邪気ともいうべき、まっすぐな思いから2008年に生まれたインターネットコンテンツ。それが長年続くうちにコロナ禍となり、ライブが開催できない時期にコンテンツの存在感が世界中の音楽ファンに支持されるようになりました。映像配信サイトでは、なんと累計再生回数が34億回以上(2024年9月現在)。

私も魅了されたひとりでした。
番組名の通り、演奏場所がとにかく「tiny(小さい・こぢんまりの意味)」。狭いので機材は限られ、業務を長く止められないので演奏時間も15分~30分程度。その制限ゆえか、アーティストが試行錯誤をして新鮮な表現が生まれ、なんだか無垢むくな時間が流れます。
それを収録した映像はとても魅力的で、私も初めて見た時は“アーティストのありのままの姿を感じられる、なんて豊かなライブコンテンツだろう”と感じました。NHKで日本版を立ち上げることができれば、日本のアーティストの新しい面を見られるし、世界中の「TDC」ファンにも届けられる。心が躍りました。

ですが、どうしたらそんなこと実現できるのか?ディレクターとして「NHK紅白歌合戦」や「うたコン」「SONGS」「NHKのど自慢」といろいろな音楽番組に関わってきましたが、別のメディアが作り上げたノウハウを学びながら新しい方法で音楽番組を作るという経験をしたことはありません。
(NHKでは、ベルギーのドキュメンタリー番組の日本版として「病院ラジオ」という番組を制作するなど、少しずつそういったスタイルの番組は存在しています。)

一番初めは、2024年3月に放送した藤井風さんの回。パイロット版として放送にこぎ着けるまで、制作統括プロデューサーの柴﨑哲也や展開担当プロデューサーの松田朋子と、バイリンガルの弁護士の方にも協力いただき、1年以上NPRとの交渉を重ね、実現することができました。実際に3月上旬には、NPRの収録をワシントンD.C.まで柴﨑Pと視察に行き、羽田に戻るとその足で藤井風さんのリハーサルスタジオに向かい、本家の収録現場で何が起きていたかを臨場感をもってお伝えしました。
番組を作る上での哲学やノウハウはNPRから「バイブル」という形で受けとり制作し、放送する前にNPRにクオリティーチェックを受けながら完成していきました。

NPR「TDC」の哲学は「ミュージシャンもスタッフも、この番組を通して“挑戦と創造”をする」です。
さて、NHKスタッフがどんな風に試行錯誤をしているのか?4名の制作・技術スタッフの声です。

”ガンマイクで音楽番組を録音する”という初挑戦

音声の佐藤陽介と申します。
私は「うたコン」などの音楽番組を担当していますが、この番組は初めて経験することがたくさんありました。

その一つが、「生音だけで創り上げる」こと。普段アーティストの皆さんは、コンサートでイヤーモニターやフットモニターなどの「返し」と呼ばれるイヤホンやスピーカーから、演奏しやすいよう自分専用に調整された音を聴きながら、声量や演奏を調節します。しかしこの番組では「返し」を使わず、演奏者自身でバランスを取りながらお互いの音を聴き合い演奏ボリュームを調整する必要があります。
特にボーカルは生の声だけで歌唱しており、カラオケで音楽だけを出しながら、マイクを使わずエコーも調整できないまま歌うことを考えると、ボーカルの方の気持ちを想像しやすいかと思います。

アーティストたちが座る場所の写真。足元に小さなスピーカーやアンプが見える。
エレキギターやキーボードなどの電子楽器は小さなスピーカーを置き、ボーカルよりも抑えた音量で音を出しています。

私たち音声エンジニアは、本番にむけてアーティストの皆さんのリハーサルに参加し、ボーカルが最も聞こえるよう、演奏バランスを一から作っています。大変なのはドラムです。油断するとすぐにボーカルより音が大きくなるので、ドラマーと相談して「ミュート」と呼ばれる音が小さくなる処理をしてもらったり、スティックを工夫してもらったりと試行錯誤を重ねています。

もう一つの初めては「ガンマイク」です。
皆さんはボーカルの細長いマイクが気になっていませんか?

高らかに歌う稲葉さんの写真。口元に黒くて細長いマイクがある。
tiny desk concerts JAPAN 稲葉浩志より

これは、普段ドラマやロケでよく使用される「ガンマイク」で、屋外ロケではケースの中にセットしてフワフワの毛で覆い、風のノイズを防ぎます。それを、まさかボーカルの録音に使うとは。ドラマのセリフ収録やロケで使うマイクを、音楽録音の現場で、ましてやボーカルマイクとして使う発想は全くありませんでした。でも、本家アメリカはそれで制作していますし、オープニングの動画に出てくるなど「TDC」のアイコンになっているので使わないわけにはいきません!

ちなみに「TDC」で使用しているガンマイクは「MSマイク」と言って、センターと左右両サイドから収音できます。

MSマイクの説明図。マイクの左右にサイドの収音エリアがあり、マイク上部にミッドの収音エリアがあることが示されている。

「MS」はMid&Sideという意味で、ボーカルとバンドの音を同時に収音しつつ、時にはボーカルが左右に動いても(マイクが口から外れても)、歌声を収音できるスグレモノなのです。

ボーカルの皆さんは自分の声がマイクにどの程度入っているか分からないまま歌っています。今回も稲葉さんがマイクから離れる場面がありましたが、Sideのおかげでしっかり声が収音できていました。
なおコーラスはMSマイクだったり、ロケで使われるシンプルなガンマイクだったり、適宜使い分けています。放送を見たドラマ担当の音声さんから「本当にボーカルはあれで録音してるの?」と、興味津々で聞かれました。

そして、「TDC」の音でもう一つ大事な要素があります。観客の歓声です。その場の空気感をリアルに伝えるために、ボーカルの目の前3mほどの所にマイクを設置し、声援と同時にバンドの演奏も収音しています。

2メートルほどの高さのスタンドに何本ものマイクがついている。
観客の歓声を集音するため設置しているマイク

それらのリアルな音を視聴者の皆さんに高品質なクオリティーで届けるために、日々本家の音を研究して担当者内で共有しています。時にはアメリカの音声ディレクターと連絡を取り合い具体的なアプローチを聞いて意見交換をするなど、番組の立ち上げ当初からコミュニケーションを続けています。
ぜひ、コンテンツを通して「tdcJ」ならではの空気感を味わっていただけたらと思います!

ミッションは、「毎回同じ雰囲気を作る」こと

照明の北川原茂です。
「tdcJ」は、歌番組では珍しい「照明に色をつけない音楽番組」でした。
これまで29年携わってきた音楽番組では、曲ごとに例えばどんな「春」や「恋」なのか、事前にそのイメージに合わせた色を設計してきました。

ところが今回は、音楽番組なのに曲やアーティストごとに雰囲気を作り込まず、それどころか照明を意識させないことが最大のミッションでした。

本家アメリカがそうであるように、オフィスの一角にアーティストが来て観客がいるなか生演奏するという、ドキュメンタリーの要素を大切に日本版も作ることになりました。なので、私が照明で目指したのは「太陽が道路に反射した間接光で柔らかく照らされた、小さなオフィスビルの一室でアーティストがひっそりと演奏している」というイメージ。「照明が目立たない音楽番組」への挑戦が始まりました。

まず、カメラの画角のなかのどこに立っても均一に光が当たるよう、フラットな明かりを作りました。スポットライトのような点光源は使わず面光源と呼ばれるものです。本当はボーカルの正面に並べると一番きれいに光が当たるのですが、アーティストと観客が一緒に音楽を楽しむことがこの番組の必須要素なので、お互いの顔が見えるよう、1灯はボーカルの正面に、ほか2灯はサイドに置いて少し明るさを落としました。
もっと置きたいところですが、職場なのでデスクがたくさんあり、スタッフの居場所も必要で、後ろから俯瞰ふかんで撮るカメラの邪魔にもなってしまうので、薄暗くならないギリギリの3灯でプランニングしました。

機材は、本家の照明とは少し違いますが、NHKにあるライトのなかから省電力かつ熱対策も意識した、LEDライトを使用することで本家のような日常感を出すことができました。オフィス天井の蛍光灯については、アーティストの真上のものは明るすぎるのでオフ、観客側のものはそもそも仕事をしている人もいるのでオンにしています。

観客の後ろからの写真。観客やデスクの間に2本の大きなライトが収録現場を照らしている様子。天井の蛍光灯は消されている。
狭い空間で大きな地震がきても倒れないよう、頑丈なパワースタンドで対応。かつ、7kgの重石おもしで安全には特に気を付けている。

毎回同じ雰囲気を出すために苦労したのは、「窓」でした。本家アメリカにならって基本的に午後2時20分から3時の間に収録しているのですが、日本版の画角には窓が映り込んでいるので、毎回外光の影響が生じるのです。

窓の外に見えるNHKの建物は、カメラの設定で明るく飛ばしてしまい、室内の照明の数を増やさずに済みました。しかし、問題は季節や天気で外光が変わってしまうこと。スタジオのように全面壁に覆われている環境ではないので、グレーディングと呼ばれる色味や明るさなどを収録後ほんのちょっとだけ補正してもらいます。このグレーディング作業をなるべく行わなくても良いように、現場では1台1台カメラのところに行って、モニターで色味や明るさを確認する必要があるのですが、収録中は観客やスタッフが大勢いるので何度も見に行けません。まだ観客がいないリハーサルのときにカメラマンの横からこっそりと確認を行い、本番の収録ではもう、カメラマンを信じるのみ。

稲葉浩志さんのバンドが演奏している様子。背景の3分の2を窓が占めている。
画面の広い面積を占める窓

普段の歌番組では、私はアーティストからかなり離れた部屋にいるのですが、この番組では全スタッフがアーティストの10m以内。すばらしい生演奏や生声の熱を直接浴びることができ、毎回しびれるほど感動します。
今後もそんな時間を楽しみにしながら、どんどん日が短くなるので照明の調整をどうしようかと思案中です。これからも「照明が目立たない音楽番組」として、雰囲気に変化を感じないよう、毎回の照明作りを工夫してまいります。

チームを信じて「表現」する

撮影の横山英一といいます。
これまで「うたコン」「SONGS」「NHK紅白歌合戦」など音楽番組に携わってきました。

NHKの音楽番組では、明るさ・色・高さ・ズームにおいて、表現の幅が広く操作性の高い大型カメラ7~15式ほどで撮影します。
そして、歌詞の意味や演奏、表情、動きを印象深く届けるため、曲のタイミングごとに画角・アングルを事前計算して撮る“カット割り”を多くのケースで用います。
収録中はディレクターとカメラマン同士が連絡を取り合い、お互いの映像を確認できるシステムを使って撮影しています。

左側の写真は、1m以上の長さがある大型カメラが並んでいるようす。右側の写真は、副調整室にたくさんのモニター画面が並んでいる様子。
NHKホールでの音楽番組の収録機材

ところが、そういった番組収録と全く違うのが「Tiny Desk Concerts」のスタイルなのです。しかも、演奏場所は本家アメリカ版にならいNHKの職場で行われ、出演者と観客が生音を感じ合える距離感。撮影機材も小型のフルセンサーサイズカメラを使うほか、三脚、カメラレールを厳選。カメラマン4名が客席最前列に紛れて撮影します。

アーティストの目の前の位置に小さなカメラが三脚つきで並んでいて、カメラマンたちが立っている。

私自身にとって経験の無かったこの撮影スタイル、とても面白いと感じています。
この場限りのアーティストの挑戦自由な演奏の中、音を楽しむ、音が絡み合う、観客と盛り上がるなど予測できない流れが繰り返されます

カット割りで予定された通り撮ることではなく、最もアーティストに近い贅沢な場所で楽しませてもらっている我々カメラマンが、最高と感じた表情や巧みな演奏、その絡み合う様子などをドキュメンタリーとして自由に表現する番組なんです。

ただ、慣れるまでは正直大変でした。ディレクターとカメラマン同士が意思疎通できる手段がないなか、予定外の動きはどのカメラマンが撮ると一番良い映像が撮れるのかを各自で考え、出演者や他のカメラマンの様子を肉眼で見て判断していくことになります。また、その場限りの演奏者の準備息を合わせるようなオフの場面も見逃せません。
そういったことを、ボーカル担当やベース担当など各自の役割は全うしながら、番組の完成形をイメージし、編集しやすいように撮っていきます。

とにかく休まず考え続ける30分間。いつもの音楽番組のように完成形をコントロールできる手段がないので、当初はカメラマンみんなが不安も抱えていました。

しかし、その不安は徐々に薄らぎ、今ではその忙しさを楽しめるようになっていきました。この番組のディレクターとカメラマンとでこれまで5回行った「撮影勉強会」や積み重ねた収録のなかで、お互いの素直な気持ちをぶつけ合ってきたのです。そこでカメラマンたちが知ったのは、ディレクターがアーティストとイチから音作りをしてきた思いと、編集スタッフと一緒にカメラマン全員の思いを受け止めながら、映像を全て丁寧に見たうえで大切に編集をしているということ。

「心に響いたことを素直に撮ればいいんだ」
「本当に信頼して表現をしていいんだ」
 

自分を信じ、そしてお互い信じ合って撮影することでディレクターの思いとも重なっていって、「tdcJ」の魅力を最大限に届けられるのだと確信につながりました。

会議室で7人が座って真面目に話している写真。
撮影勉強会の様子左から 伊藤美里ディレクター/畔上洋一カメラマン/大石理沙カメラマン/古賀大騎カメラマン/村上茉耶カメラマン/三浦聖矢カメラマン/大島優希カメラマン

そこからはより主体性が発揮され、好きなものや性格などが一人一人違うなか、それぞれの感性で違いが如実に出る映像に変わっていきました。これが面白いところで、ドキュメンタリー番組の撮影のように、そこに流れるストーリーを感じて「この映像使って!」という気持ちで撮ることで、「強い絵作り」になっていったんです。

稲葉浩志さんの回で言えば、稲葉さんがベースの徳永さんと、力強く楽しそうに歌い上げる表情にズームインで迫るカットが使われました。それは、若い三浦聖矢カメラマンが、それを「いいな」と強く感じて撮ったので、番組の印象的な1ピースとなったわけです。

全力疾走の収録を終えたカメラマンは、「脳みそが疲れ切る」と毎回全員グッタリです。しかし、ディレクターとはなんでも言い合える関係性を築いた今、最高の瞬間、リアリティーを描く上でこの番組に欠かせない手法を楽しんでいます。

「新しいことをやる」とは、なにも新しい機材や奇抜な手段を選ぶことばかりではなくて、こんな風に、みんなで正直にコミュニケーションをとった上で生まれてくるのだと痛感しました。また、長年にわたりNHKが音楽番組で築き上げてきた撮影ノウハウがあってこそ、こういう新しいチャレンジができるようにも感じています。

NHKで最も撮りづらい音楽番組。
無いものづくしの環境だからこそアーティストの自然体や本気を引き出しやすく、最高の瞬間やリアリティーを描ける。シンプルながら新しい、撮りがいのある番組です。慣れた機材と手法をいったんおいて、若手とベテランが新たな価値観でこれからも手作りしていきます。

“育み合う”ことで生まれた本気の音楽番組

ディレクターの伊藤美里と申します。
ここまで読んでくださった方はお気づきかもしれませんが、この番組は既存の音楽番組とは真逆の手法で制作しています。
“きれい”“豪華”というNHKが得意としてきた世界感とは異なる、“日常”“臨場感”といったものを大切にしています。

あえて逆をいくことで音楽番組の可能性を広げること
そしてその思いを共有できる仲間を見つけること
「tdcJ」はこの2つが軸になっています。

始まりは2020年。当時、私は育休中でした。
コロナ禍ということもあり孤独で、子どもと向き合う日々に戸惑いました。
そんな中、ふとした瞬間に聴く音楽は、強いられていた役割から距離を置き、自分自身を取り戻す貴重な時間でした。
そこには私の欲しかった言葉があり、音となって根本を揺さぶってきたのです。
音楽は単なる記号だからこそ平等であり永遠であり、聴く人それぞれの日常に寄り添うのではないか?ということに改めて気づいた瞬間でした。

大きなセットや照明をたくさん使った非日常的な空間も素敵なのだが、視聴者と同じ目線で(日常の延長線上で)歌手が歌い、『私のために歌ってくれているのではないか?』と思ってもらえるような番組を届けたい。」
そんな思いを胸に復職をしました。

さらに、ここ数年で音楽番組を取り巻く環境は大きく変わっています。
SNSでアーティスト自身が音楽や素顔を発信でき、古今東西さまざまな曲を聴くことができます。
そのような状況の中、今、テレビで音楽を見るとはどういうことなのでしょうか。
単なる娯楽ではない、NHKにしかできない音楽番組とは何なのか。
悶々と考えていた矢先やさき、思い出したのは前から好きで見ていたアメリカの「Tiny Desk Concerts」でした。あれこそ“日常の延長線上にある音楽”だったからです。

そんな中、プロデューサーの柴﨑が出向先から戻ってきました。
柴﨑とはさまざまな音楽番組をともに制作し、最も信頼しているプロデューサーでした。
ある日、柴﨑に「TDCのような、今までの番組作りとは真逆のものを作りたい」と相談すると、「実は俺も思っていた」と意見が一致。
「企画を提案しよう!」となり、“裸の歌を届ける”というコンセプトで考え始めた矢先、驚くことが起きました。
鎌野から「TDC」の日本版制作に向けて、ライセンス契約に動き出していると聞いたのです。
鎌野は職場では数少ない女性の音楽プロデューサーで、ふだんからいろいろと相談に乗ってもらっていました。
今までの経緯を話し、チームを結成。
そこからNPRとミーティングを重ね、2024年春に「tiny desk concerts JAPAN」が始まりました。

NPRとのやりとりの中で、最も感動したのは「TDC」の象徴であるガンマイクに関する話です。
公共ラジオ局であるNPRが「ジャーナリスト集団」としての自負ゆえに、ロケ現場で使うようなマイクで録っているのです。
JAPAN版もあのマイクをアイコンにしているのは、NHKもその哲学を踏襲し、同じ公共放送としての矜持きょうじと責任を果たすべきだという使命感のようなものを込めました。

ロゴ。真っ黒な背景に線画で描かれたガンマイク。白い文字で「tiny desk concerts JAPAN」と書いてある。
日本版のロゴ

そして、制作をする上でスタッフに伝え続けた言葉があります。
それは、“さらけ出す”こと。
歌手の皆さんは、特殊な空間でライブをするためにイチから音作りをし、裸になって勝負をしてくれています。
さらけ出すということは相手を信じていないとできません。
それに応える我々スタッフも、正直になることで“仲間”となり制作しているのです。

スタッフ間も同様です。
年齢や立場や部署関係なく、言い合える環境を作るように心がけています。
撮影部との勉強会や、音声エンジニアチームとの音作りに関しても、本音で言い合うからこそ多様な視点が生まれ番組に深みが増します。
ここには書ききれない、たくさんのスタッフの思いとともに“育み合う番組作り”が「tdcJ」の強みです。

さらに、曲に関する説明を一切そぎ落とし、曲をどう解釈するかは視聴者に委ねました
本番は一発撮りなので、緊張の中音楽が生まれる瞬間や、徐々にリラックスし音で会話をするエモーショナルなミュージシャンたちの表情をドキュメントとして楽しんでもらうためです。

今は、NPRのスピリットを踏襲しながら、「JAPANらしさ」をどう出すか試行錯誤しています。
放送尺の都合上、本家より長くなってしまうので、どう飽きずに見てもらえるのか
音楽だけでどういったドキュメンタリーを作れるのか
出演者含め、スタッフたちと模索する贅沢ぜいたくな日々が続いています。

今回こういった文章を書く機会があり、ここ数年の葛藤を振り返っていましたが、「tdcJ」はその先に見つけた終着点だったのかもしれません。
いや、ある意味やっと起点に立ったような気がします。
これからも初心を忘れずに、楽しみながら、音楽に正直な番組を制作していきたい所存です。

収録中のスタッフが7人写っている写真。真剣にアーティスト側を見ている伊藤ディレクターと三浦カメラマン。
写真中央 伊藤美里ディレクター 三浦聖矢カメラマン 

終わりに

NHK制作チームの奮闘、いかがだったでしょうか。稲葉浩志さんは「tdcJ」に抱いていた印象と、実際に体感した後の感想をこんな風にお話ししてくださいました。

「シンプルな空間でパッと演奏してそれを撮って流してるみたいな印象だけど、アーティストの皆さんも非常に心地良さそうで。(収録を終えて)音がちょうどいいさじ加減なんだなという風に思いました。当たり前だけど、ただ録ってるだけじゃないなって。シンプルな空間を作り上げるために、ものすごい工夫がなされたライティングもしている。制作にすごいノウハウが駆使されていて、それは感動的ですね」

この日は本家NPRからお二人のスタッフをお迎えしており、お二人からもこんな感想をいただきました。

「稲葉浩志さんのパフォーマンスをみて、震えるほど喜んでいた観客がいた。演奏が進むほどにリラックスした雰囲気でどんどん魅了される様子を感じた。稲葉さんのバンドにとっても観客にとっても忘れられない時間になったと思う。それがまさに『TDC』の醍醐味だいごみ!」
(ゴードン氏)

「NPRで『TDC』を作り始めたころのことを思いだす。NHKのスタッフの皆さんは非常にまじめに取り組んで、どんどん良いものを作る努力と挑戦を重ねてくれている。今後も温かく見守っていきたい。『tdcJ』に出演した日本のミュージシャンがアメリカのNPRに来る流れができたらいいね。」
(キース氏)

収録場所を背景に語るお二方の写真。
右:キース氏/Keith W.Jenkins(NPR VP, Music and Visuals Strategy)
左:ゴードン氏/Gordon Synn(元NPR)

稲葉さんのパフォーマンスは11月4日からNPRの映像配信サイトにも掲載されているほか、これまでの「tdcJ」は、NHKのサイトからも視聴することができます。ぜひ、何度でもお楽しみいただけたらと思います。

収録場所に立つスタッフ7人。
tdcJ 制作スタッフ
鎌野瑞穂(筆者) 柴﨑哲也 小澤寛 伊藤美里 中村美由 菊池美奈子 寺内里美 

 NHK WORLDのサイトから「tdcJ」のライブをお楽しみいただけます!

アンケートページへのリンク。「執筆者へのメッセージはこちら」と書かれている。


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