NHKがラジオニュースで始めた“お堅く”ない“やさしいことば”に込めた思いとは
夜7時前、ゆったりとしたラジオの声が、番組の始まりを告げる。
「こんばんは。『NHKやさしいことばニュース』の時間です」
噛んで含めるような話しぶり。
ふだんニュース番組で耳にすることのない始まり方に、はじめは戸惑う。
さらにニュース本編に入ってからも、ニュース番組“らしくない”ことばづかいが独特のペースで続いていく。
「国のお金の使い方のニュースです」
「秋になると、木の葉っぱが赤くなったり黄色くなったりします。紅葉といいます。」
難しい単語をかみ砕き、短いセンテンスで時間をたっぷり取っている。そうこうしているうちに、はじめは戸惑った耳も慣れてくる。ニュースが、すっと頭にしみとおってくるようだ。ふと気が付くと、5分の放送時間が過ぎている。
これが、NHKラジオ第1で新しく始まった「NHKやさしいことばニュース」だ。
単にことばを簡単にしているのではない。独特なニュースの読み方も、奇をてらったわけではない。それは、「伝えるべきこと」が「伝えるべき相手」に確かに届くようにと、新しいニュース制作に挑んだ試行錯誤の結果である。
私たちは何を考え、この新しいニュースを作り始めたのか。番組の立ち上げメンバーの一人として、毎日の放送に立ち会っている私の視点で、その裏側をお伝えしたい。
江藤 泰彦
1998年入局。コンテンツ戦略局企画管理センター。BCP(事業継続計画)や放送の災害対応などの業務に従事。「NHKやさしいことばニュース」では予算や契約、番組PR、制作体制の基本構想など、番組の舞台裏を支える業務を担当している。2024年夏までアナウンサーとして東京・大阪・九州などで勤務。
“やさしいことば”で 外国人にも分かりやすいニュースを
「NHKやさしいことばニュース」は、ラジオ第1(R1)で月曜から金曜の毎日、夜6時45分から生放送している。
そもそも“やさしいことば”でニュースを伝えるのには、NHKとして外国人に対する情報発信をどう強化するか、という課題にこたえる目的があった。
日本に住む外国人の人口は増え続け、現在350万人を超えている(2024年6月末時点)。こうした外国人にも、報道機関として的確にニュースや情報を伝えなければならない。一方、国籍はアジアを中心に190以上と多様化している。すべての人の母国語で情報発信するのは極めて難しい。加えて、英語が得意でない人もいる。
そこで注目されているのが「やさしい日本語」という表現方法だ。
難しいことばや言い回しを簡潔に言いかえ、日本語があまり得意でない人にも分かりやすく表現する。日本で暮らしてある程度は日本語が分かる外国人は多いため、そうした人たちからのニーズが高い。自治体では行政文書をやさしく言いかえる例も増えており、国もガイドラインを作成するなどして普及を進めている。
NHKにも、さまざまな番組において、分かりやすく伝える表現を追求してきた歴史がある。ウェブサイト「NEWS WEB EASY」でも、10年以上前からニュースをやさしく言いかえて発信してきた。
こうした蓄積を生かさない手はない。そこで、NHK独自にやさしく配慮した“やさしいことば”で、外国人をはじめ、子どもから大人まで誰にでも分かりやすくニュースを伝えようという方針が決まり、2024年9月からこのラジオ放送がスタートした。
“ゆっくり”への挑戦
では実際に、こちらのリンクからニュースの音声をお聞きいただきたい。
冒頭でもご紹介したように、これまでのニュース番組とは違った試みをしていることがお分かりいただけるだろう。
読み手は、「NHKスペシャル」や「ラジオ深夜便」などを担当してきた、上田早苗キャスターと畠山智之キャスターという、ベテラン2人が務める。2人にリクエストしたのは、誰にでも分かりやすいよう“ややゆっくり”読んでほしいということ。同じ“ややゆっくり”でも、両キャスターのアプローチの仕方は対照的だ。
上田キャスターは、読むスピードがゆっくり。通常ニュースで45秒程度の分量を、1分かけて読み上げる。話しかけるような口調も特徴的だ。
対して畠山キャスターは、読むスピードはわずかに遅いくらいだが、文と文の間を通常より長く取り、聞く人の「理解する時間」を増やしている。
ゆっくり読むのは速く読むより楽なのでは、と思うかもしれないがそうではない。ゆっくり読むと、読み終えるのに時間がかかる。それは、より長い間、息を吐き続けるということだ。いつもより多くの空気を吸い、一定の声量となるように腹筋で支えながら声を出す。ゆったりした聞こえ方と裏腹に、想像以上に筋力を使う呼吸法だ。上田は5分のニュースを読み終えると「汗だくになる」という。
間を長くする場合はどうか。どれくらい間を取れば理解してもらえるかは、聞く人それぞれだ。また、初めて聞く話題と、前日の続報とでは、受け止め方も違う。パターンは無限にある。畠山は「目の前に聞いている人がひとりいると想像してニュースを読み、相手がうなずくまで待つ」という。その“ひとり”がどのタイミングで納得してくれるか、自身が納得するまで時間をかけて事前に何度も試し、頭をフル回転させるそうだ。
この文章を書いている私は、いまは番組を裏から支えるスタッフとして放送に関わっているが、少し前までアナウンサーとしてニュースを読んでいた。その経験から想像し、どちらも大変な試みだと分かる。
ベテラン2人をここまで動かしているのは、“やさしいことば”で伝えることそのものが、全く新しい挑戦であるという魅力だ。
放送初日に上田が話していたのが、「気づきの連続で、日本語がこんなに面白いものだと思わなかった」という言葉。
畠山も「新しいエネルギーが必要だが、それが楽しい」と語る。
それぞれ“やさしいことば”ならではの難しさも感じつつ、新しい挑戦を楽しんでいるのが印象的だった。リスナーに「ニュース番組なのに癒やされる」と評される番組独特の世界観は、このキャスター2人の果敢なチャレンジによるところも大きいと感じている。
1日4項目のニュースをどう選ぶか
では、この新しいラジオニュースはどのように作られているのか。
番組は5分間の生放送。
まず、番組の編集責任者が毎朝、NHK全体の取材予定を見て、その日取り上げるニュースを4項目決める。ラインナップは幅広い。政治や闇バイトなど国内外の大きなニュースのほか、台風や水害など災害のニュースが並ぶ点は、普通のニュース番組に近い。
一方で、外国人のリスナーを想定するのがこの番組らしさだ。
日本での生活に役立つ情報、たとえばマイナ保険証や在留資格といった制度に関わることや、紛争や政変などの国際的なニュース。それに、歌舞伎や年賀状、千羽鶴といった日本の文化や習慣を伝えるニュースも積極的に取り上げている。
もちろん、朝の時点ですべてのニュース原稿がそろっているわけではなく、午後遅い時間に出るニュースもある。このあとの作業時間を考慮して、注意深く項目が決められる。
ラジオのニュース統括責任者である関口顕治に、ニュースを選ぶ方針を聞いてみた。
「このニュースをきっかけに、外国人に日本のことを知ってもらう場にしていきたいと思っています。一方で、ラジオ第1のリスナーは外国人だけではなく、人口構成から考えてもその多くは日本人。だから外国人を意識しながらも、ニュースバリューを考えてその日伝えるべきものから選んでいく。そうしたバランスを取るのが難しさであり、ほかのニュース番組にはない面白さかもしれないですね。」(関口)
日々動くニュースを“やさしく”伝えるのは難しい
ラインナップが決まると、ニュース原稿を“やさしいことば”に言いかえる作業が始まる。
NHKが独自に開発したシステムに、元となる通常のニュース原稿を読み込ませると、使われている単語が難しいかやさしいかを5段階で判別し、色分け表示される。
これを目安に、3人のスタッフが“やさしいことば”に書きかえていく。
まず、単語の言いかえ。
ことばの意味を、子ども向け・大人向けの複数の辞書で調べるほか、「NEWS WEB EASY」内の過去の記事を検索して、似たような用例を探る。これまで10年以上にわたって発信してきた蓄積がここで生かされる。
次に、日本語独特の言い回しの修正。
国がガイドラインをまとめている「やさしい日本語」の考え方に沿って、外国人にとって分かりづらいとされる表現は修正していく。例えば…
漢語(漢字だけの語)はできるだけ使わない
例「削減する」⇒「減らす」
受身形にしない
例「●●と言われています」⇒「○○は●●と言っています」
尊敬語・謙譲語は使わない
例「お越しください」⇒「来てください」
同時に、ニュース原稿の中で省略できるところを判断し、長さを絞り込んでいく。音読で2分くらいの長さのニュースであっても、文字数を減らし1分弱を目安にシェイプアップする。これより長くなると、日本語が苦手な人にとってはついていくのが難しく、分かりにくくなってしまう。
(もちろん、短くする前の本来のニュースもウェブサイトで読むことはできる)
こうした工程を行ったり来たりして、何度も書き直す。難しいことばを言いかえる場合は、専門家にアドバイスを求めることもある。ニュース1本につき、早くても1時間、長いときには数時間かかる。
さらに、扱うニュースは刻一刻と動いている。
例えば2024年12月24日、福島県の民家のこたつにクマが潜り込んでいたというニュースは、下記のように元となるニュース原稿が大きく更新された。
午前11時過ぎ「前日から民家内にクマが居座っている」
午後2時半ごろ「追い出したクマが別の建物に逃げた」
午後6時「クマを眠らせて捕獲し山に放った」
元の原稿が変われば、「やさしいことばニュース」の原稿も作り直さなければならない。注目されたニュースだけに、その日の放送に間に合わせるためスタッフはぎりぎりまで粘り、編集責任者の最終チェックを経て原稿が完成したのは、放送のわずか11分前だった。
放送は夜6時45分からだが、6時の時点で原稿がそろっている日はまずない。それでも、作業が追い込みそうだからという理由でニュースのラインナップに制限を加えることはしない。
あくまで、“その日に伝えるべきニュースは何か”を重視し、放送に臨んでいる。
単なる言いかえでは “やさしい”とはいえない
本当に大事なことを伝えるために、場合によっては表現そのものを一から考えることもある。
例えば台風接近のニュースを伝える際、「風速」をどう表現するか、議論になった。
「あすの最大風速は17メートル、最大瞬間風速は30メートルと予想されています」
日本人であればなじみのある表現であり、「強い風が吹くのだな」と理解できる。しかしやさしく言おうとして「10分間の平均した風の速さが…」などと風速の定義を説明したところで、台風になじみのない人には全く伝わらない。
この日、番組ではこう伝えた。
「人が風に向かって歩けないほどの強い風が吹きそうです」
気象庁が使う用語に基づき、最大風速17メートルを表現したものだ。台風を知らない人にも、その危険性が伝わるのではないだろうか。単語単位で逐語訳的に言いかえるだけでは、“やさしいことば”にはならないのだ。
さらに、あえて“やさしくしない”こともある。
能登半島での豪雨災害に関するニュースでは、「り災証明書」ということばを言いかえずに使った。冒頭に一度、「災害で家が壊れたとき必要になる書類『り災証明書』について」と注釈はつけたが、そのあとは「り災証明書」ということばでそのまま伝えた。
これには意図がある。
大きな災害で自宅が被害にあえば、復旧のための「り災証明書」は日本人・外国人を問わず必要だ。それだけ重要なキーワードは、日本語に慣れない人にもいっそ覚えてもらった方がいい。難しいことばに慣れてもらうことも、将来を考えると大事であると判断したのだ。相手に何を受け取ってほしいのかということまで考え、このニュースは作られている。
ルーツは阪神・淡路大震災
“難しいことばを分かりやすい日本語に言いかえる”というコンセプトは、実は災害と深いかかわりがある。
「やさしい日本語」の歴史は、1995年1月に発生した阪神・淡路大震災にさかのぼる。このとき日本人の死傷者は約1%だったが、外国人の死傷者は2%以上だった。これ以降、日本語を分かりやすく言いかえて、被災地でも迅速に情報を伝えられるようにする試みが始まり、その後、災害時だけでなく平時でも活用されるようになった。
私たちの番組も同じゴールを目指す。台風や大雨、地震といった災害関連のニュースは特に意識して選ぶことにしている。近年、災害が頻発し、大きな被害が全国どこで起きてもおかしくない。日本の災害の怖さを知って備えてもらう。そして、いざ災害が起きたときには、命や暮らしを守るために大事な情報を、必要とするすべての人に届ける。そういう思いで、スタッフは番組に臨んでいる。
短いながらもこのニュース番組は、NHKの災害報道強化の側面も持っているのだ。
“やさしい”と“正しい”を両立させるために
“やさしいことば”で書かれていても、私たちが伝えているのは「ニュース」である。
ニュースは当然、正確でなければならないし、さまざまな立場からの意見を聞いたうえで公平に伝えないといけない。
一方、「NHKやさしいことばニュース」では、分かりやすくするのに必要ならば、表現を単純化したり内容を絞り込んだりする。1本の長さも短く、盛り込める情報には限りがある。
ここで求められるのは、そのニュースで一番伝えるべき、ニュースの核心となる部分をつかむことだ。絞り込む箇所を誤ればニュースの持つ意味が変わってしまい、正確性や公平性を失うこともある。このため制作には、長年取材業務に携わってきた記者経験者があたっている。
そして、このニュースを伝えるのはラジオという“音声メディア”だ。
ラジオニュースは耳で聞いただけで内容が分かるようにしなければならない。そこで、原稿制作にはアナウンサー経験者も加わっている。NHKのアナウンサーは、原稿を読むだけでなく、自らも取材して書き、それを声で伝える経験を積んでいるからだ。
ニュースの核心が、音声化しても誤解なく伝わるかどうか。それぞれの視点で書いた原稿をチェックし合い、助詞の一文字にいたるまで話し合いを重ねる。
「正しい情報」を「分かりやすく」伝えるために、手間をかけ、人の手と目と頭で原稿を作る。これが、単なることばの言いかえではない、「NHKやさしいことばニュース」の一番の価値だと思っている。
( 制作意図も“やさしいことば”で書かれています )
誰にでもやさしく
こうして、2024年9月30日にスタートした放送も、4か月を超えた。毎日時間に追われながらも、大きなトラブルもなく放送を続けられている。
ただ、普及が進む「やさしい日本語」は長年の研究により基準やコンセプトがはっきりしているが、私たちNHKが始めた“やさしいことば”は、それはまだ確立できているとは言えない。ニュースの内容によっては、難しいことばや言い回しをそのまま使い、十分にやさしくしきれないケースもある。
伝えたい人たちに本当に伝わっているのだろうかと、スタッフの間には根源的な問いがあった。
そんな折、国の在留外国人支援を担う、外国人在留支援センター(出入国在留管理庁)を訪れた。「やさしい日本語」の普及において、国の旗振り役を担っているところだ。
私たちの番組について、「『やさしい日本語』を目指しているものの、日々のニュースに対応するために独自のアプローチをとっている」ことを説明したとき、「番組、聞きました」ということばとともに、
「基準にとらわれ過ぎず、間口を広げた工夫は良いと思います」との感想をいただいた。
「やさしく伝えるということに、正解はないんですよ」とも。
センターには毎日、悩みを抱えたさまざまな国籍の人がやってくる。その際に重要なのは、ちょっとやさしく言いかえるというような、ことばが不自由な人への少しの“気遣い”なのだという。
同じような言葉を、その後も外国人支援に携わる人たちから聞くことがあった。「基準に合うようにしなければならない」と構え過ぎていた部分もあっただけに、私たちが進む“やさしいことば”という方向性に、少し自信を持つことができた。
年齢や国籍を問わず、ニュースの硬い表現になじみのない人や、時間に追われる人など、誰にとっても“分かりやすく正確なニュース”を届ける。
間口の広いニュースを目指して私たちは、それぞれの経験をいかして、まだ始まったばかりのこの取り組みを育てていきたい。
コンテンツ戦略局企画管理センター 江藤 泰彦


