視聴者の方々と共に作る番組への思い 第75回NHK紅白歌合戦「あなたへの歌」舞台裏
2024年12月31日、第75回NHK紅白歌合戦。
皆さんが印象に残っているシーンはなんでしょうか?
B’z、激アツでしたね。私も思わず、「ウルトラソウル!」は飛んじゃいましたし、私は会いたくて会いたくて震えていた世代なので、西野カナさんの復活はとっても心がときめきました。今回紅白にご出演頂いたアーティストは、紅組白組あわせて42組、そして特別企画として5組。さまざまな演出で前半後半合わせて4時間20分にわたってお届けしました。
私にとっては、久しぶりに制作スタッフとしてしっかり関わった濃密な紅白となりました。NHKに入局して7年目のディレクターの田中と申します。現在いる部署に初任で配属され、3年目で福岡局に異動し、去年8月まで勤務をしていました。紅白歌合戦に携わったのは今回が4回目で、ほぼ4年ぶりでした。私が所属する、コンテンツ制作局・第3制作センターのエンターテインメント部は、歌番組やバラエティー番組などを制作する職員が100人ほど所属しています。そのほぼすべての人が、紅白では何らかの役割を担っています。いわば、この部署の1年の総決算のような番組です。制作スタッフは、総合演出、舞台監督、フロアの進行をするフロアディレクター、音楽まわりをまとめる音楽担当、セットをつかさどる美術進行など、たくさんの担務で構成されています。私は今回、演出補という、中継や企画などの少し特殊なシーンを担当するチームにいました。
そこで私が演出を担当したシーンは、いわゆるテレビや音楽業界の関係者の方だけではなく、一般の視聴者の方々にたくさんの協力をいただいて制作をしました。さて、どのシーンが思いつきますか?
華やかなステージショーとは少し違うシーン…。どのような思いで音楽関係者以外の皆さんと共に制作を進めていったのか、ちょっと裏側の話をさせて頂きたいと思います。
歌×ドミノ倒し
今回2回目となる、これから紅白の風物詩として成長していきそう(?)なシーン。それが、私が担当することになった演歌歌手・水森かおりさんの「ドミノチャレンジ」です。「歌」と「ドミノ倒し」を掛け合わせた演出で、2023年に初めて行われました。司会の有吉さんがドミノを好きだったこともあり、三山ひろしさんの「けん玉ギネス世界記録挑戦」に匹敵するような企画になればと、前回に引き続き今回も行うことになりました。
私がこのシーンの担当になって最初に行ったのが、ドミノのプロフェッショナルの皆さん(ドミノプロ)との打ち合わせでした。ドミノのプロフェッショナルとは、ドミノを使ったイベントを開催したり、テレビなどの企画でドミノを行う際に監修をしたりして頂く「日本ドミノ協会」というチームのこと。前回お世話になり、今回もお願いする形になりました。
「去年披露した、ドミノと歌を合わせる演出は世界初です。あれを超えることは難しいです。」
打ち合わせ早々にドミノプロから放たれた衝撃的なひと言。
しかし、前回から続けてやるからには、ドミノの総数なのか、はたまた、仕掛けなのか、何かしらがレベルアップしていないと…。
ただ、そのどれもが「歌に合わせる」という難しさに阻まれてしまうのです。テレビでドミノ倒しの企画を行う際、多くは実況がつきます。「今はこのような仕掛けで、このようなことが見えてきます!」など、言葉で伝えることで、見ている人の理解を補い、驚きや感動をいざなうことができます。しかし、紅白はあくまで歌手が主役。歌を届けるのが一番大切なことになります。
“歌を聴きながらも、見て楽しいドミノ倒し”。言葉にすると短いのですが、これをプランニングすることは私の想像を絶するいろんなハードルがあることをこのとき初めて痛感しました。
さらに、ドミノで何を表現するのか、も重要なポイントでした。ドミノの仕掛けを見ることで2024年を振り返るようなシーンにできないか?など、いろんな演出の可能性を考え、総合演出と何度も相談を重ねました。
そして、水森かおりさんがデビュー30周年だったこともあり、代表曲「鳥取砂丘」の舞台、鳥取の魅力が伝わるシーンにする方向に決まりました。
そこからは、ひたすらドミノビギナーの私がドミノプロと演出に関するアイデアのキャッチボールを繰り返します。
私 「水森さんのスタジオから別の場所に繋げることはできますか?」
ドミノプロ 「いや、尺が足りません…」
私 「じゃあ、砂の上をドミノが倒れていくことはできますか?」
ドミノプロ 「いや、それは尺が安定しません…」
私 「うぅ…。じゃあ、これはどうでしょうか?」
ドミノプロ 「それなら、こうすればできるかもしれません!」
ドミノプロは、知恵のない私につきあい続けてくれました。本当にありがとうございました。
こうしてキャッチボールを続けた結果、ついにドミノ倒しの細かい内容が固まりました。今回は1つ1つの仕掛けの難易度を前回よりも上げ、水森さんにもドミノ倒しに関わる何かにチャレンジしてもらう演出に。仕掛けの難易度を上げることでドミノ協会の所属ではない技術者の方にもご協力頂くことになりました。
そして、迎えた本番当日。
並べては倒し、並べては倒し…何度もリハーサルを重ねます。しかし、スタジオの環境や倒す強さなど、さまざまな要因で倒れる尺は変わったりします。さっきまで歌詞と合っていたのに、なぜか今回は合わない…など、気が抜けない時間が続きました。
さらに、生放送でのチャレンジということで、本番前のこの時間を超えてドミノが倒れてしまうと、もう復旧はできません…!というタイミング、その名も「Point of no return」がありました。
それが、12月31日18時00分。
それ以降、スタジオは静寂に包まれ、一気に緊張感が増していきました。なぜなら、万が一、自分のせいで倒れてしまったら、結構な人数の方々の大きなため息が聞こえてくるからです。
本番が近づき、水森さんも無事、歌う位置にスタンバイ。
「もう1回」が絶対にない1度きりの2分半。まもなく…というときのスタジオが一丸となったあの空気感は一生忘れないと思います。スターターを務めてくださった審査員の堀米雄斗選手も、あの異様な雰囲気には驚かれていました。
そして無事に本番を終えた一枚がこちら。
水森さんを囲んで集合写真を撮りました。作り手も笑顔になれるシーンになってとてもうれしいです。
今回で22年連続出演となった水森さん。これまで、巨大衣装やマジック、謎解きなど、こちらのチャレンジングな演出の提案に「いいですね!」といつでも協力的に賛同してくださいます。スタジオに入ると一人ひとり全員に笑顔で挨拶をしてくださり、まさに”OneTeam”なんです。
この記事を書きながら振り返ってみて改めて本当に多くの方々と一緒に作ったんだなと感じました。皆さん年末という忙しい中、プライベートな時間を削って非常に大変な作業を私たちと一緒に取り組んでくださいました。
当初、私は申し訳なく思っていたところもあったのですが、「紅白に携われるというのが大きなモチベーションになる」ということでした。視聴者の方々と番組を作るという、これまで私自身あまり経験の無かった演出方法を紅白で出来たことで、改めてこの番組が築いてきたものの大きさとその価値を感じました。
さて、撤収も終わり、ガランとした殺風景なスタジオを見て、ドミノプロがひと言、「これ以上はもうないですね~」
またご一緒出来る日を楽しみにしています。
紅白初!?完全サプライズの裏側
そして、もうひとつ私が担当したシーンがあります。紅白史上おそらく初めてだった、“完全サプライズ”で視聴者のご自宅にお邪魔して歌を届けるという企画です。
紅白のテーマであった「あなたへの歌」。1人1人にとっての大切な歌を届けるため、「歌を届けに来て欲しい!」という視聴者の方を募集し、直接アーティストが届けに行く企画をやることに。この企画に純烈の皆さんが賛同してくださり、生中継で“あなた”のもとへ歌を届けに行く募集企画が決定しました。
この企画は、私を含めた3人で進めていくことになりました。“完全サプライズ”、私も初めての経験がたくさんありました。その裏側にはどんな物語や思いがあったのか、4つの段階に分けて順を追ってお伝えできればと思います。
1、 メッセージ選定&取材
HPで応募を呼びかけると、最終的には600通を超えるメッセージが届きました。なんと、日本を飛び出し海外からも。しかし、行けるのは1か所。1つ1つに込められた熱い思いと向き合いながら、中継先としてここだ!と思う場所を選んでいきます。候補地がいくつか挙がったところで、メッセージをくれた方に事前取材を行います。文面だけでは分からない応募者の方の気持ちやエピソードを伺います。
2、取材&プレゼン
総合演出とプロデューサーに「この場所がいいと思います!」という提案をします。その場所に届けたい理由、どんな演出ができるのか、どんな映像が撮れるのか、など資料をまとめてプレゼンを行います。取材実感を踏まえつつ、現実的に中継が可能か、などさまざまな点を考慮して決めていきます。
3、中継準備
決まったのは、『群馬県神流町にお住まいのお母さんに届けたい』という娘さんからのメッセージでした。昔から家族や地域活動に時間を使ってきた母・光江さんが初めてハマったのが純烈。しかし、住んでいる地域は都会へのアクセスが非常に悪く、簡単にライブにいける環境ではありません。子どもたちも独立し、娘の良江さんはこれまでの感謝の気持ちから、光江さんに純烈を会わせたいという思いで応募してくれました。
行き先を決めるための事前取材でお会いしたときに感じた、良江さんが光江さんを思う気持ちや、ご家族の温かさ、そして、お母さんを見て「この人に泣き笑いして欲しい!」と思いました。
また、放送をご覧になった方はご存じだと思いますが、31日の光江さんのご自宅は、親戚の皆さんが集まって、おばあちゃんが作るごちそうを食べながら、紅白を見る。そんな昔ながらの「日本の大みそか」。このご家族であれば“あなたへの歌”を届けると共に、温かさを感じるシーンにしたいという私たち制作スタッフの思いもかなえることができると確信しました。
準備を進めるうえで肝心なのは「光江さんには完全サプライズである」ということ。
当たり前ですが、サプライズ演出において一番大事なことは“ターゲットにバレないこと”です。ご家族や周りの方々の協力が欠かせません。さらに、今回はターゲットの自宅で行うという難易度の高いサプライズであったため、スケジュール、導線、など緻密に計画していきました。
4、本番
当日、私はドミノの演出担当として東京のスタジオにいることになったので、群馬の中継現場は、これまで一緒に企画を進めてきた心強い仲間たちに任せることになりました。
ご自宅の周辺に日中から大きな中継車や大勢の大人たちが動いていると、非常に目立ちます。現場に行く技術チームともサプライズの認識を共有し、極力ご近所の方々に会わないよう行動するのはもちろん、もし何か聞かれたらどう答えるかなど、バレないようチーム全体で作戦を練り慎重に準備を進めました。
大変だったのはリハーサルです。ご自宅の中でやらないといけないのですが、光江さんに会ったらサプライズにはなりません。そこでご家族にお願いしてリハーサルの時間は光江さんを買い物に連れ出してもらいました。
準備も整いあとは本番だけ。という中継直前に、なんとお風呂に入ろうとする光江さん。そこはお孫さんがうまく止めてくれたりと、最後の最後までご家族の全面協力があって、あのシーンが成功しました。
後日、お二人にお礼の電話をすると、「夢みだいたった」と非常に喜んでくださっていて、制作者冥利に尽きました。ちなみに何度も確認したのですが、光江さんは本当に気付かなかったそうです。本当によかったです。
今回、ドミノ倒しやお宅訪問という形で、視聴者の方々と一緒に紅白のシーンをつくり、ふだん見ることの出来ない私たちが番組を届けている人のリアクションを目の当たりにすることで、これまでと違う気持ちで元日の朝を迎えました。
紅白に関わるスタッフは総勢3000人以上。7年目の私からすると、緻密に計算され尽くした計り知れない怪物番組という思いがありました。しかし、視聴者の方々と一緒に番組を作るということは、いちディレクターとしての腕が試されることであり、ディレクターとしての自由度が格段に広がるということなのかも知れない、そう感じたのです。音楽関係者からも「今回の純烈さんのシーン、これまでの紅白にない感じがとてもよかったし印象的でした」と声をかけてもらいました。テレビ離れが当たり前になっていますが、私はテレビが面白くなる可能性を諦めずに追求していきながら今後も番組制作をしていきたいです。
最後に2025年は放送100年ということで、2024年の11月~3月まで、放送史に残る「紅白」の中から視聴者のみなさまの心に残る名曲・熱唱シーンを募集しご紹介する「みんなのベスト紅白」というキャンペーンを展開してきました。
↓3月25日放送回はこちら↓
このキャンペーンでは、紅白の歴史を彩ってきた、数々の名シーンを視聴者のみなさまの思い出とともに紹介する特番を放送したほか、最新の映像技術を駆使して、過去の紅白の映像をクリアによみがえらせて“まるごと放送”する試みを行いました。
いままで、75回毎年生放送してきた紅白歌合戦。これからも出演者の皆さん、数多くのスタッフとともに、視聴者の皆さんの心に残るシーンをこれからも力をあわせて生み出していきたいと思っています。


