side:ルーデウス
シャリーアを出立して、約4ヶ月。
ルーデウス達は、ラノア王国の近くまで来ていた。
雪がチラつく北方の大地を、ルーデウスとエリナリーゼが先導しながらシャリーアを目指す。
行きに比べて、帰りは旅の人員が増えていた。
ルーデウスとエリナリーゼは当然として、ベガリット大陸で合流した協力者達。
猿顔のギース。
彼とは、かつて大森林の獣族の村で、共に牢屋に入った仲だ。
その後のミリシオンまでの道中でも世話になった。
今回も、彼がいなかったら迷宮攻略はもっと遅れていただろう。何より、ギースが救援要請を出してくれなければ、ロキシーの救出は間に合わなかったかもしれない。
炭鉱族のタルハンド。
大らかで気前のいい男…いや、漢と言った方がいいか。
魔術師でありながら近接戦もこなす優秀な冒険者で、年上としても豊富な知識と経験を持っている。
驚くべきことに、彼はサキュバスの幻惑を跳ね除けることが出来る。強靭な意思を持った、まさに漢の中の漢と言うべき人だ。
シェラとヴェラの姉妹。
既にフィットア領捜索団は解散したと言うのに、彼女達はゼニス救出のために遥々ベガリット大陸まで来てくれた。
戦力的には頼りなかったが、それはそれ。
彼女達は裏方として、リーリャと共に終始尽力してくれた。
そして、魔術の師であるロキシー。
転移の迷宮で遭難していた所を、ルーデウスが救い出した。
一行と合流した後は、熟練の冒険者としての力を遺憾なく発揮し、迷宮攻略に多大な貢献をしてくれた。
……今はただの師弟関係ではなくなっていたが。
その辺の問題は、家に帰ってからになるだろう。
家族全員…特に、ミリス教徒であるリディスとノルンは相当怒るだろう。シルフィの反応は、正直想像したくない。
が、既に覚悟は出来ている。
自分には責任を取る義務があると、ルーデウスは思っていた。
最後に、ルーデウスの家族。
義母のリーリャと、救出した実母のゼニス。
そして、父親のパウロ。
少し前を歩くパウロに対し、ルーデウスは声をかけた。
「…あの、父さん」
「………」
「父さん!」
「……あ?ああ……なんだ、ルディ」
ルーデウスの声に対して、気の抜けた返事が返って来た。
顔色は悪く、頬はこけていた。
髪はボサボサで、何より、雰囲気が酷い。
憔悴していた。
旅の疲労が原因ではないだろう。それはわかっている。
迷宮から地上へ帰還する際は、とても元気だった。
誰一人欠けることなく、ゼニスを救い出すことが出来たのだから。
だが、ゼニスがどういう状態になっていたのか……それが発覚してからは、酷いものだった。
皆の前では明るく振る舞っていたものの、シャリーアが近づくに連れ段々と言葉数が少なくなっていき……今ではすっかり静かになってしまっていた。
迷宮から帰還直後は、活力に満ち溢れ、二十代の若い頃に戻ったようだった。だが、今はその面影はどこにもない。
むしろ、年齢以上に老けてしまったように見えた。
魔物との戦いや、旅の中の細々としたことで何度もミスをしていた。はっきり言って、ラパンから転移魔法陣がある遺跡までの道中では、戦力になっていなかった。
でも、誰も何も言わなかった。
今は言っても仕方ないと、誰もが思っていた。
「もうすぐシャリーアです。あと三日もすれば着くでしょう」
やつれた父親の姿に心を痛めつつも、ルーデウスは帰還までの残りの日数を伝えた。
「っ、そうか。三日か…早いな。もうそんな近くまで来てたのか」
……やはり、話を聞いていなかったらしい。
旅の日程については、毎晩、皆で話し合っていた筈だが。
「(酷い状態だが……生きてるだけ、良しとしておこう。なあに、娘達と会って、飯食って、風呂に入って……しばらく休めば、元気になるさ。きっと)」
そう、パウロは生きている。
生きてるなら、何とかなる。
ゼニスだって、まだ治らないと決まったわけじゃない。
なにせ、うちには王級治癒術師の姉がいる。
学校には、天才魔術師の友人もいる。
彼等の手を借りれば、何とかなるかもしれない。
それがダメなら……何か、手を考えよう。
幸い、シャリーアは魔術や呪いを研究する環境が整っているし、魔法大学には世界各地から種族を問わず、様々な立場の者が集まる。
人形好きな王子もいるし、不死身の魔王もいる。
異世界転移者すらいるのだ。治療のための情報も集まるに違いない。
きっと、何とかなるはずだ。
……そう、思うしかない。
今はただ、一人も欠けずに帰還出来たことを喜ぼう。
●〇●〇●〇●〇●
帰還より一か月以上前のことだ。
砂漠の旅を終え、迷宮都市ラパンへ辿り着いた後。
パウロ達と合流し、ゼニスが囚われているとされる危険度Sランクの迷宮……『転移の迷宮』へ挑んだ。
迷宮攻略は順調だった。
ルーデウスが学校から借りて来た、転移の迷宮探索記。
これが役に立ち、迷宮攻略のスピードは以前とは比較にならないほど早くなったと、皆から褒められた。
遭難していたロキシーも間一髪のところで救出。
ロキシーが加わって戦力が充実したこともあり、六層まではとんとん拍子に進むことが出来た。
問題は、最深部に着いてからだった。
血のように赤い転移魔法陣を使い、最深部へ転移した一行。
そして、ゼニスを見つけた。
最深部の最奥、巨大な魔力結晶の中に囚われていた。
意識があるのか、生きているのか、どういう状態なのか、何もかもさっぱりわからない。
早く確認したかったが、目の前に立ちふさがる存在がいた。
迷宮の
こいつが厄介だった。
赤竜の二倍はある巨体。
それぞれ独立して動く九本の首。
斬っても斬っても生えて来る、驚異的な再生能力。
そして、水王級魔術師のロキシーと、攻撃力なら帝級に匹敵するルーデウスの魔術すら無効化する特殊な鱗。
物理防御も強力で、優れた戦士であるはずのエリナリーゼの攻撃がまったく通用せず、実質的にダメージを与えられるのはパウロしかいなかった。
今まで戦って来た、どの魔物よりも手強い。
危険度Sランクの迷宮に相応しい強敵だ。
だが、こちらも生半可な戦力ではない。
一度は六層まで撤退させられたものの、フォーメーションと戦術を変え、再度挑戦した。
二度目の挑戦では、ルーデウスの前世の知識が役に立った。
ヒュドラと言えば、ギリシャ神話に登場する怪物だ。
不死身の生命力を持ち、首は斬っても何度でも生えて来る。
だが、決して無敵ではなかった。
英雄ヘラクレスに切断された傷口を焼かれると、首は再生出来なかったという。
地球の、信憑性に欠ける神話の話。
だが、これがうまく行った。
切断された傷口を火魔術で焼くと、再生しなかったのだ。
それがわかってからは、ヒュドラ戦は順調に進んだ。
パウロがヒュドラの首を斬り。
ルーデウスが切断された首の断面を焼き。
エリナリーゼとタルハンドが前線で親子二人を守る。
後方支援役として、ロキシーが全体を見ながら援護。
戦闘が出来ないギースを除き、各員は見事な連携でヒュドラを追い詰めていった。
風向きが変わったのは、ヒュドラの首が最後の一本になった時だ。
ヒュドラは、頭のなくなった八本の首を振り回した。
硬く、鋭利な鱗はおろし金のようになっており、攻撃が掠っただけでも皮と肉を抉られる。特に、闘気を纏えないルーデウスにとっては致命傷レベルの威力だ。
一発でもまともに受ければ即死は免れないだろう。
ルーデウスの予見眼には見えていた。
見えていたが……ヒュドラの体が大きすぎて、どういう風に動くのか、瞬時に判断することが出来なかった。
ヒュドラの首を焼くために、かなり接近していたのが大きな原因だろう。
予見眼には弱点がある。
それは、対象が視界に収まりきらない程の巨体であった場合、どんな動きか判断するのが難しいのだ。その弱点を突かれる形になってしまった。
これが、熟練の冒険者であれば経験と直感で乗り切ることも出来たかもしれない。
だが、ルーデウスが冒険者をしていたのはほんの数年だ。
色濃い経験を積んでいるが、踏んだ場数は多いとは言えなかった。
それに、魔術師のルーデウスがこれほどまでに敵に接近することはほとんどなかった。ましてや、赤竜より強い相手に接近戦をすることなど、一度もなかった。
結果として、ルーデウスは足を止めてしまった。
予見眼に映る、ヒュドラの動きを理解するために。
「馬鹿野郎!」
そこを、パウロが突き飛ばした。
「っ!」
おかげで、振り回された八本の首は回避出来た。
他のメンバーも、各々で対応している。
パウロとエリナリーゼは軽快な動きで回避し、ロキシーはタルハンドがその身を盾にして守った。
だが、ヒュドラの攻撃はまだ終わっていない。
八本の首を使って各メンバーの動きを強引に止めると、唯一頭がついたままの最後の首が、一番邪魔と判断した敵に狙いを定めた。
ヒュドラにとって一番の邪魔者……ルーデウスだ。
本来ならタンク役のエリナリーゼがヘイトを稼ぐことで、その辺の役割を担う。だが、エリナリーゼの攻撃がヒュドラに通用しない以上、どうしてもヘイトを稼ぐのは難しくなってしまう。
首を斬るパウロよりも、盾として動き回るエリナリーゼやタルハンドよりも、後方支援に徹しているロキシーよりも。
幾たびも自身の首を焼き、再生を阻止してくるルーデウスを怨敵と認識したのだ。
突き飛ばされたルーデウスは、すぐには動けなかった。
周囲の状況を確認するために、ほんの数瞬だけ、再び動きを止めてしまったのだ。
「ルディィ!」
パウロが叫ぶと同時に、ルーデウスを蹴り飛ばした。
かなり強く蹴られたせいか、あばら骨が痛んだ。
もしかしたら罅が入ったかもしれない。
だが、追撃を避け、大きく距離を取ることが出来た。
「っ!?」
顔を上げると、そいつと目が合った。
最後のヒュドラの首だ。
先ほどまでルーデウスがいた場所に落ちて来たのだ。
あることに気づき、ルーデウスは目を見開いた。
「(これは…パウロがやったのか!?)」
ヒュドラの顔には、大きな斬撃の跡があった。
鼻先から左目にかけて、深々と斬られている。
恐らく、パウロが斬ったのだろう。
ルーデウスを蹴り飛ばしながら、ヒュドラの攻撃にカウンターを決めたのだ。
迷ったのは一瞬だった。
「っ!、おおおおおおおおおおお!!」
雄叫びをあげながら突撃し、傷口に手を突っ込んだ。
そして、魔術を放つ。
ヒュドラの頭の内側から、食い破るように無数の土の槍が突き出て来た。
ヒュドラは悲鳴のような咆哮をあげ、首を勢いよく持ち上げた。
「───ぐっ!」
その際に振り払われてしまい、地面を転がった。
鱗にも掠ったらしく、手が血まみれになっている。
「小さな燻りが巨大なる恵みを焼きつくさん『
ルーデウスがヒュドラから離れると、すぐさまロキシーが火魔術を放った。
頭を内側から破壊したとはいえ、頭にはまだヒュドラの鱗が残っている。通常なら魔術は無効化されるはずだが……そうはならなかった。
暴れ狂うヒュドラの頭に、ロキシーの放った業火は正確無比に着弾、意外なほどにすんなりと、最後の頭が炎に包まれた。
最後の首は特別だったのか、頭を破壊されたのが原因か。
理由はわからなかったが、しかし、結果としてこれが最後の決め手になった。
●〇●〇●〇●〇●
本体と思しき最後の首は、黒焦げになって落ちた。
ヒュドラの巨体は倒れ、そのまま起き上がることはなかった。
「はぁ……はぁ……」
ヒュドラを倒した。
勝利したのだ。
「やった……!やった!」
ルーデウスは無邪気に喜んだ。
これほどの強敵を相手にして、五体満足で勝利したのだから。
ヒュドラの傷口に突っ込んだ手は酷い状態だった。
振り払われた際に鱗に掠ったせいで、ズタズタに裂かれて血まみれになってしまったのだ。だが、これくらいなら中級治癒魔術で治療出来る。
「……母なる慈愛の女神よ、彼の者の傷を塞ぎ、健やかなる体を取り戻さん『エクスヒーリング』」
中級治癒の詠唱を唱えると、左手だけでなく、パウロに蹴られて痛みがあった脇腹、軽い火傷や擦り傷も全て治った。
痛みが消えて、ほっと息を吐く。
だが、危なかった。
あの時、パウロが突き飛ばし、蹴ってくれなければルーデウスはやられていただろう。
最初の一撃で地面の染みになっていたに違いない。
「助かりました、父さん」
父に礼を言おうと、ルーデウスは振り向いた。
「………?」
だが、視界にパウロがいない。
それに、皆の様子がおかしい。
呆然としている。
呆然としたまま、ある一点を見詰めている。
瓦礫の山だ。
最後の首が振り下ろされた際の衝撃で、地面が破壊されて瓦礫の山が出来ていた。
……いや、違う。
正確には、瓦礫を見ているのではない。
瓦礫の影…ルーデウスの視界に映らない場所を見ているのだ。
顔面蒼白で走ってきているギースを横目に、ルーデウスは恐る恐る近づく。
ロキシーを、エリナリーゼを、タルハンドを追い抜き、瓦礫の陰をそっと覗き込んだ。
───そして、
「……父さん?」
そこには、パウロの姿があった。
上を向いたまま、地面に倒れていた。
意識もなく、虚ろな目で。
そして、下半身がなかった。
腰の断面からは、臓物がはみ出ていた。
パウロは、死んでいた。
「……なんだ、これ……?」
あの時。
最後のヒュドラの首が、ルーデウスを攻撃した時。
パウロは、ルーデウスを蹴り飛ばした。
そして、ヒュドラの攻撃にカウンターを決めた。
だが、ヒュドラの攻撃を避けることは出来なかったのだ。
相打ちだったのだろう。
ヒュドラに下半身を喰われつつ、パウロは必死に剣を振るった。
そうして出来た傷口に、ルーデウスは魔術を放ったのだ。
「───父さん!」
呆然としたのは一瞬だった。
ルーデウスはパウロのもとへ駆け寄り、状態を確認する。
呼吸は当然、していない。
心臓の鼓動も、ない。
間違いなく死んでいた。
だが、体温はまだ温かい。
息を引き取ったのはついさっきだ。
亡くなって、まだ数分も経っていない。
「(だったら、まだ間に合う。大丈夫、大丈夫だ……落ち着け、冷静になれ…!)」
右手をパウロの胸に置き、左手を自身の胸元へ突っ込んだ。
震える左手で、ひんやりとした感触のそれを掴んだ。
旅に出る際、姉と妻から貰った大事なお守りだ。
姉は言っていた。
莫大な魔力を通せば、自分と
死後数分以内ならば、死者の蘇生を可能とする。
有史以来、魔術では決して実現不可能な奇跡を可能とする『治癒』の力だ。
ルーデウスならば、魔力量も足りる。
条件は揃っている。躊躇う理由はない。
……不安はある。
リディス本人だって、人間を蘇生させたことはないのだ。
しかも、今回はリディス本人ではなく力を借り受けたルーデウスが使う。
成功するかどうかわからない、ぶっつけ本番だ。
リディスの言うことを疑うわけではないが、やはり不安はあった。
「お願いします……力を貸してください」
今は遠く、シャリーアにいる姉に祈った。
そして、お守りの中心にある青い魔石に魔力を流す。
すると、右手が光り始めた。
魔石と同じ、鮮やかな青い色だ。
久しく見ていなかった。
まだ子供の頃、初めて能力を使った際に見た光だ。
光はパウロの体を覆い───そして、『奇跡』が始まった。
いつの間にか、周囲に皆が集まって来ていた。
この階層にいる全員が、目の前で起こる『奇跡』を固唾を吞んで見守っている。
パウロの失われた下半身が治っていく。
だが、そのプロセスは治癒魔術とは大きく異なっていた。
治癒魔術の場合は、傷口から再生する。
自己治癒能力を限界まで強化したような感じだろうか。
聖級以上になれば、欠損した手足や主要な臓器も再生し、新たに生やすことが出来る。
非常に優秀な魔術だが、この世界で医療が発展しない原因にもなっている。
もちろん、欠点もある。
失った血液や体力までは補填出来ないのだ。
だから、重傷の場合は傷を治せたとしても、後遺症が残ってしまったり、結局死んでしまう場合もある。
だが、リディスの力は違う。
負傷そのものをなかったことにする。
それは、根本的に治癒魔術の再生とは異なるものだ。
例え全身がミンチになっていようと、元に戻る。
骨、肉、臓器、血液……肉体を構成するありとあらゆる要素が、全て元通りに治るのだ。
時間はかからなかった。
ほんの数十秒程度だろう。
たったそれだけで、パウロの肉体は治った。
いや、治ったというよりは、再構築したといった方が正しいか。
なにせ、足先から順に、何もない虚空から肉体が現れたのだから。
……やはり異質だ。
このお守りは魔力を流せば発動するだけで、魔力を消費しているわけじゃない。リディス本人が使う際も同じだ。
魔術は魔力を土や水などの物体に変換し、操ることで効果を発揮するが…この力は一体、
リディス本人が使う際には体力を消費しているとして、だったら、このお守りはなんなのだろうか。
「(って、今はそんなことどうでもいいか。それよりも、パウロは……)」
青い光が消え、場には静寂が流れる。
ルーデウスは震える手で、パウロの状態を確認した。
脈拍は……ある。
呼吸も、ある。大丈夫だ。
まだ目を覚まさないが、気絶とは少し違う。
ただ眠っているだけだ。寝息は穏やかで、苦しんでいるわけでもない。血色も良い。
「(よ、よかったぁ……)」
深く、長いため息を吐いた。
安心すると、体から力が抜けてしまった。
知らず知らずのうちに、緊張で体が強張っていたらしい。
手の震えも止まらないし、もしかしたら腰が抜けたかもしれない。
ふと周囲に目をやると、皆が立っていた。
黙って、ルーデウスの言葉を待っている。
「……ギースさん、代わりのズボンを持って来てください」
安心させるように笑みを浮かべ、口を開いた。
すると、突然話しかけられたギースは、場違いにもきょとんとした顔で聞き返してくる。
「は……は?ズボン?」
「ええ。このままじゃ、風邪をひくかもしれません。それに、父さんの
下半身は治ったが、ズボンはヒュドラに喰われたままだ。
下半身が裸で倒れている男を、年齢も種族もバラバラな面子が、真剣な顔で見ている。
なんとも間抜けな絵面だった。
ルーデウスの言葉で皆の時間が動き出した。
慌てて代わりのズボンを取りに行くギース。
頬を赤く染め、顔を背けるロキシー。
魔力結晶から解放された、ゼニスの様子を見に行くエリナリーゼとタルハンド。
ルーデウスは、とりあえずその場に座り込んだ。
ゼニスの様子を見に行きたかったが、脱力感が凄くて、今は立てる気がしなかった。
パウロは生きている。
否、パウロは生き返った。
「(ありがとう……姉さん)」
左手でお守りを握りしめたまま、これを持たせてくれた姉に、ルーデウスは深く感謝した。
●〇●〇●〇●〇●
それから、撤収作業が始まった。
ゼニスは生きていた。
魔力結晶から解放されたゼニスは、五体満足で、少なくとも体に異常は見られなかった。
衰弱している様子もない。
ただ、眠っているだけのようだ。
目覚めてからでないとはっきりしたことは言えないが、とりあえずは無事に助かったと、そう思っていいだろう。
そして、パウロ。
蘇生は成功したものの、すぐには目覚めなかった。
彼が目覚めたのは、もうすぐ撤収作業が終わろうかという時だった。
「っ……う…ぁ……」
「父さん!」
ルーデウスは撤収作業に参加しなかった。
本当は参加したかったが、全員からパウロとゼニスの傍にいてやれと言われてしまい、眠っている二人の傍で作業を眺めていたのだ。
目を覚ましたパウロに、ルーデウスは声をかける。
「父さん、大丈夫ですか?」
「あ……ルディ、か?」
「ええ、そうです。あなたの息子のルーデウスですよ」
まだぼんやりしているみたいだが、意識はある。
そう思って安心したのも束の間だった。
「う、うっ……すまねぇ、ルディ…!」
パウロは急に泣き出した。
片手で顔を覆い、さめざめと涙を流している。
「な、なんですか急に。謝ることなんてありませんよ」
「……だってお前、ここにいるってことは、お前も…!」
何を言っているのかわからなかった。
蘇生から目覚めたばかりだし、混乱しているのだろうか。
「ルーデウス、何かありましたの?」
偶々近くにいたエリナリーゼが駆け寄って来る。
異変に気付いたのか、残りのメンバーもこちらに集まって来ていた。
「エリナリーゼさん。父さんが目覚めたんですが、様子がちょっと……」
「え、エリナリーゼ!?まさかお前まで……」
エリナリーゼの姿になぜかショックを受けている。
さらに、近寄って来た残りの三人の姿も確認すると、パウロは目を見開いた。
「そ、そんな、お前等まで……皆、死んじまったのか」
……どうやら、パウロはここがあの世だと思っているらしい。
隣で寝ているゼニスにも気づいていないのだから、パウロは相当混乱しているようだ。
そんなパウロを見て、各々が反応を返す。
「起き抜けに何言ってんだ。死んだのはお前だけだっつーの」
「どこをどう見たら儂等が死人に見えるんじゃ、まったく」
元黒狼の牙の面子は呆れ顔だった。
だが、どこかほっとした雰囲気もある。
「一発殴って、目を覚まさせた方がいいんじゃありませんこと?」
「ま、まぁまぁ…生き返ったばかりですから、きっと混乱しているのでしょう」
唯一、ロキシーだけは純粋に安心した様子だった。
「い、生き返った?俺が……?」
「ええ。詳しいことは町に戻ったら説明しますが……ある
……と、いうことにしておく。
あと何回使えるかわからないが、複数回使える蘇生アイテムなど、そんな物を持っていることが知られたら大変なことになるのは目に見えている。
教えるのは、あくまで家族だけだ。
ギースやタルハンド、エリナリーゼが信用出来ないわけではないが、どこで情報が漏れるかわからない。
「……あれは、やっぱり……」
ロキシーが、ボソッと呟いた。
やはり、彼女は察しているらしい。
リディスの力について、一番最初に詳しく調べたのはロキシーだ。
力を使った際の光、治るまでのプロセス。
あれを見れば、ロキシーならリディスの力について思い当たるはずだ。
彼女にも、後でパウロと一緒にきちんと教えておく必要があるだろう。
ともあれ、ゼニス救出は成功した。
危ういところはあったが、誰一人欠けていない。
隣で寝ているゼニスに気づき、泣きながらしがみついているパウロ。
二人を温かい目で見守る、他のメンバー。
その様子を見て、ルーデウスは心の底から思った。
「(良かった……本当に良かった)」
転移事件から6年。
ようやく、家族を全員救い出せた。
ここにいる皆にとっての、転移事件が終わったのだ。
碌な報酬もないのに尽力してくれたロキシー達や、絶望的な状況の中で、必死に頑張り続けて来たパウロ。
全員の努力が報われたのだ。
あとは、胸を張ってシャリーアに帰るだけだ。
……この時は、そう思っていた。
もう終わった気になっていた。
最後は皆で笑って再会し、ハッピーエンドになると。
そう、思っていたのだ。
「………」
ただ一人、エリナリーゼだけが。
眠るゼニスを、悲し気な目で見つめていた。