俺がシャリーアに来て二か月が過ぎた頃。
大事件が起きた。
……と言っても、悪いことではないのだが。
シルフィの妊娠だ。
これは原作通りの流れだな。
念のために近くの医者にも診てもらいに行ったが、俺と同じ見解だった。
二人の第一子は男だったか、女だったか。
よく覚えていない。名前も忘れた。
たしか…ル、ル…シ…?……ルイ、シェリア?だったっけ。
違うか?でも女の子っぽい名前だった気がするんだよな。
ま、名前なんざどうでもいいさ。
とにもかくにも、めでたいことである。
めでたいことがあった日はご馳走が食える。
それだけで十分よ。
これからもどんどこ子供作ってくれて構わんぞ。
その度に美味い飯が食えるなら大歓迎だ。
ルーデウスにサプライズで知らせてからしばらくは、ルーデウスの学友達が代わる代わる挨拶にやって来た。
この二か月で俺も大体顔見知りになっており、挨拶は滞りなく終わった。
ルーデウスの学友はどいつもこいつも癖のある奴ばっかだ。
とはいえ、基本的には皆良い人だ。挨拶するだけで問題なんて起こりようがない。
……一部、頭の悪い犬畜生と猫畜生は、初対面でクソ失礼なことを言って来たけどな。
ったく。
「死体が歩いてるニャ」だの、「死臭がするの」だの。
失礼しちゃうぜ。
これだから躾のなってない獣族ってのはよぉ。
俺は常に、ほんのりフローラルないい香りがするように心がけてるんだ。
女子力ならシルフィにだって負けてないんだからな。
あの畜生コンビとは、市場でアイシャと買い物中に偶然会ったのだ。あの時はアイシャがブチ切れて宥めるのが大変だった。俺もイラっと来たから、ルーデウスにチクったが。
後でルーデウスにシバかれたらしい。
茶を
暴力的な方の
ルーデウスのことだから、暴力的って言うよりは変態的か。
シバきの内容は詳しく聞いてないが、後日会った時はまるで舎弟のように振る舞って来たし、買い物の荷物持ちもしてくれたから、俺は満足だ。
よくやった弟よ。
お礼に、今度一緒に風呂に入ってあげよう。
姉弟水入らずってやつだな。あいつは血の繋がった相手には欲情しないっぽいから安心安全だ。
俺の自慢のおっぱいを拝謁出来るんだ。嬉しかろう。
ギリギリFはあると思うぞ。きちんとお湯に浮くからな。まだゼニスには勝てないが、もうちょっと成長すると思うから期待していてくれ。
でも、体全体が細いから、おっぱいそのものは滅茶苦茶大きいわけじゃないんだよな。着痩せするから、服を脱いだ時のギャップは凄いけど。
あとは…そうそう。
王女様一行もちょっと問題なんだよな……。
ルークが初対面で口説いて来たのは別にいいよ。俺だって、前世で俺みたいな巨乳美女を見かけたら声をかけるくらいはするだろうし。
ただ…アリエルがね。
なんつーか、こう……視線がね。
粘っこいというか、なんというか…ぶっちゃけ、中年のオッサンの視線なんだよね。
お、おかしいな…アリエルって清楚で可憐な王女様じゃないのか?
初対面の女性に欲情の目を向けるような人ではない…よな?
俺の認識がおかしいのか?んん?
あるぇ~?え、あの人ってそっち系の人なの?
もしかして両刀だったりする?ヤバい人?
後日、シルフィに色々聞いてみたが……やっぱり性癖がヤバい人らしい。
男も女もいけるし、SもMもいける超ハイスペックな変態なのだそうだ。
でもアスラ王族なら別に普通なんだって。
普通とはいったい…?
さ、さて、肝心のもう一つの事件について語ろう。
ていうかこっちが本題だ。
シルフィの妊娠が確定してから、さらに二か月後の話。
緊急速達便で手紙が来た。
差出人はギース。
内容は、
『ゼニス救出困難、救援を求む』だ。
ベガリット大陸の転移の迷宮にゼニスが囚われているのだが、中々攻略出来ずにパウロ達は苦戦しているのだ。
そこで、助けを求めるべく、猿顔のギースがルーデウスへ手紙を出したわけだ。
……いよいよだな。
ルーデウスはヒトガミから『ベガリット大陸に行ったら後悔する』と言われるが、結局は行って後悔する道を選ぶ。
そして、エリナリーゼと共にベガリット大陸へ。
着いたらパウロ達と共に転移の迷宮に挑み、見事ゼニスを救い出すわけだ。
……ゼニスの救出と引き換えに、パウロは死ぬんだがな。
しかも、ゼニスは廃人になってしまう。
それ以降の話はほとんど覚えていないが、ゼニスは最終話まで治ることなく、廃人のままだった…と思う。
なんとも救いのない話だ。
この一件で、ルーデウスは精神的に成長するのだろう。
妹二人に対してはパウロの代わりとして、子を持つ父親として、兄として、夫として。強い自覚を持つようになり、一家の大黒柱として精神的に大人になって行くわけだ。
え、中身は最初からオッサンじゃないかって?
あいつ子供部屋おじさんだからなぁ。精神的には無駄に歳食ったプライドだけは一丁前のガキだよガキ。今は違うかもしれんけど。
そんなルーデウスを成長させる重要イベント…なのだが。
だがしかしだ……ちょっと待って欲しい。
パウロの死は許容出来ない。
俺を養ってくれる貴重な人材を消費するのは許せん。
ルーデウスの成長は確かに重要だ。
だが、わざわざ今このタイミングで、親の死を対価に成長させる必要はあるのか?と俺は思うわけよ。
いや、必要なのかもしれないけどさ。
パウロが生きているからこそ、成長する機会だってあるだろう…たぶん。
それに、パウロは強力な剣士だ。
魔術師のルーデウスと、剣士のパウロ。
この二人がいれば、大概の危機に対応出来るはず。
親子揃っていた方が拠点防衛は盤石なわけだな。
俺は戦えないから、身近に戦力があった方が安心できる。
あと、ゼニス廃人化だけでもお通夜状態になりそうなのに、これにパウロの死亡が加わったら……家の中の雰囲気が死んでしまう。
ノルンもアイシャもお父さん大好きなんだぜ。
リーリャも、たぶん好きだろう。あまり人前で惚気たりはしないけど。
パウロが死んだら、この三人は絶対落ち込む。
落ち込むだけならいいだろ、って?
誰がメンタルケアすると思ってんだ。
俺に苦労をかけさせるな!
とにかく、ギスギスの中ではダラダラ出来ねぇんだよ。
俺はね、気持ちよーくダラダラしたいの。
緩い雰囲気の中でぐーたらするのが気持ちいいんじゃ。
冬にコタツに入りながらぬくぬくして、そのまま昼寝をしてしまうような……二度寝をする時のような……そんな気持ちが大切なの。
わかる?この気持ち。
ルーデウスの成長よりも、俺の快楽の方が大事。
あいつはどうせ、主人公補正とかで成長するでしょ。
いいぞ主人公。ほら、頑張れ頑張れ♡
俺が死ぬまでは傍で精一杯応援してやるからな♡
そういうわけで、パウロの死はNG。
全力で阻止させてもらうぜ。
……まぁ、阻止するのは俺じゃなくてルーデウスなのだが。
俺がベガリット大陸になんて行くわけねぇだろ。
そういう危険なことは主人公の役目だからな。
からだはって、やくめでしょ。
俺は家でのんびりしてまーす。
●〇●〇●〇●〇●
手紙が届いてから五日目の夜。
昨日、ルーデウスから『家族を助けに行く宣言』が発せられた。
ルーデウスの出発に備えなければならない。
そのためにも、俺はシルフィと共同である物を作っている。
以前ルーデウスに渡した物と同じ、俺の『治癒』の力が込められたお守りだ。
前に渡したやつは使ったようなので一度預かった。
今回はネックレスにしたいので、その材料にするのだ。
既に力を込める工程は終了している。
今回、お守りの核にするものは、俺が幼い頃から持っていた物だ。
昔、ロキシー先生から貰った杖。
ルーデウスとお揃いの青い魔石が付いた杖…の、魔石部分だ。
転移事件のゴタゴタで魔石が砕けてしまったのだ。
その砕けた魔石の欠片を加工して、小さな真珠のような形に整えた。
ミリシオンでルーデウスと別れてから毎日コツコツ力を込め続け、ついさっき、最後の工程として俺の持つ力を目一杯注ぎ込んだ。
性能は以前の比ではない。
相変わらず病気や毒にはあまり効かない。出来ることは治癒魔術のそれとほとんど変わらないが、ルーデウスが使えば俺と同じ、限定的な蘇生も可能だろう。
これでパウロの死亡は回避するってわけ。
頑張れよルーデウス。俺の快楽のためにも。
しかし、今回のは本当に凄いぞ。
使用回数は正確にはわからないが、10回や20回どころではないだろう。
もしかしたら100回以上は使えるかもしれないな。
長年持ち続けた物で、尚且つ魔石が一番ベストな材料なのだと判明した。
まぁ、これほどの材料はもうない。
もう二度と作れないだろう。
寿命的な意味でも二個目は作れねぇな。
椅子の背もたれに寄り掛かり、天井に顔を向けて息を吐く。
体が怠い。息が苦しい。胸が痛い。
熱もあるのか、凄く寒い。
「ゴホッ…ゴホッ…」
こうしている間も、どんどん症状が悪化していく。
あぁ…なんかもう苦しすぎて、逆に気持ちいいような気がしてきた。
俺ってMだったのかな。
いたってノーマルのつもりなのだが。
あれか?変態性癖持ちが多い、アスラ貴族のパウロの血が流れているせいか?ルーデウスはパウロと同じく性欲マシマシだけど、俺は苦痛を喜ぶMだったと。
知りとうなかった、そんな新事実。
「ゴホッ…ゴホッ……カハッ」
くだらないことを考えていると、強い咳が出た。
思わず手で口を押えたのだが……手のひらには血がべったり。
綺麗な赤ですね~。
咳と一緒に出たし、痛みが胸に集中しているから、喀血だろうなぁ。
……無理し過ぎたか。
この感覚は、力が暴走した時のアレを思い出す。
このまま放っておけば、昔のように長期間寝込むことになるだろう。
だが、今の俺は王級の治癒魔術が使える。
治すのは簡単簡単…と思ったが、効き目が薄い。
症状が治まるのに全魔力の8割を使ってしまった。
ルーデウスほどじゃないが、俺も魔力量には自信があったんだけど。
8割か……。
『治癒』の力は俺自身にも有効なのだが、唯一、この症状にだけはまったく効果がない。
怪我とか精神的なものには効果があるんだけどね。
恐らく、この症状は神子の力とワンセットなのだろう。
例えるなら、機械の不調を直すために、違う個所からパーツを取って来て直した結果、パーツを取った個所が不調になってしまうというか。
要するに、いたちごっこなのだ。
『治癒』で治しても治らない。意味がないのだ。
治癒魔術でなら、根本的な治療は無理でも、一時的な症状を治すことは出来るんだが……それも最近は効果が薄い。
昔は、軽い発作なら初級で、完全に発作が起きても中級の治癒魔術で治った。
だが、今は普段から中級か上級の治癒魔術でないと効果がないし、発作が起きたら聖級じゃないと治まらない。
力を使いすぎた時は、さっきの通り、王級でギリギリだ。
もう限界だな。
軽く使う分なら負担はあってないようなものだが、さっきのように短期間で大きな負荷がかかるようなことがあれば、その時が最期になるだろう。
だからと言って、安静にしていても長くはないだろうが。
別にいいけどな。パウロ達が帰って来て、2、3年くらいのんびり暮らせたら、それでいい。十分だ。
「リディス、入るよー」
手についた血を拭き取り、少し休んで体調が落ち着いた頃、シルフィが部屋を訪れた。
シルフィには、新しいペンダントを作ってもらっていた。
エリナリーゼが持っていたものを参考にして、昔作ったものよりも立派で頑丈なやつを作ってもらったのだ。
「作って来たよ。こんな感じでいいかな」
「……うん、ばっちりね。あとは任せて」
「久々だったけど、昔よりはうまく出来たと思うんだ」
たしかに、昔作ったのは少々不格好だったが、今回のはエリナリーゼが持っていた物とよく似ている。
そのペンダントの空洞に、魔石をはめ込んで固定。
両脇に、アクセントとして桜色の貝殻をついでに紐に通す。
以前、ミリシオンでエリスから貰ったものだ。
魔大陸の砂浜で拾ったらしい。仲良くなったらなんかくれたんだよね。
………よし、完成。
今回はネックレスタイプだ。
史上最高傑作にして、俺の最後の作品になる。
あとは頼んだぞ、ルーデウス。
「あれ?リディス、口元に何か付いてるよ…ってこれ、血…!?」
「…あぁ、ごめんなさい。さっき間違って彫刻刀で切っちゃったのよ。もう治ってるから、気にしないで」
「そ、そうなんだ。びっくりした……」
俺もびっくりした。あぶねぇあぶねぇ。
王女様の護衛なんてやってるせいか、シルフィは昔より洞察力が鋭くなってるからな。気をつけないと。
●〇●〇●〇●〇●
そんなこんなで月日は過ぎ。
ルーデウスが旅立って一か月が経った。
いやー、乱世乱世……じゃない。平和平和。
学校の方では、毎日何かしら問題とか事件とかイベントとかが起きてるみたいだけど、家の周辺は平和なもんだ。
と言っても、ルーデウスの学友がちょくちょく顔を出しに来るから、意外と賑やかなんだけどね。
例えばザノバ。
あいつが一番来る回数が多い。
基本的には一人だけど、偶にジュリとジンジャーを連れ立っていたり、クリフが一緒だったりする。
ザノバは、ルーデウスがいない間は命を賭して俺達を守ってくれるらしい。
ありがてぇ。
いざという時は、存分に肉盾として使ってやろう。
ところで、俺とザノバの仲なんだが…意外と悪くない。
「師匠の姉君ですから」と、最初は畏まった態度だったものの、今はお互いにフランクな会話が出来るようになった。
あとあれだ。趣味が合う。
ザノバは人形大好きな変態だ。
しかし魔力が少なすぎて、ルーデウスのように土魔術で人形を作ることが出来ない。
ルーデウスに作ってもらった材料を使って、手作業で頑張っているものの、呪いのせいでそれも中々苦戦している。
この前、ようやく赤竜のフィギュアを作り終えたそうだが、相当苦労したようだ。
ザノバは俺と同じ神子だ。
『怪力』の神子であり、腕力と物理防御力はこの世界全体でもトップクラス。
人族は、全種族の中でも肉体は脆弱な方なのだが、ザノバはその種族特性をガン無視した異常な力と耐久を持つ。
非常に強力なのだが、この力のせいで加減が苦手だ。
簡単に言えば不器用なのだ。材料を手作業で削るのは楽勝なのだが、精密な動作が出来ない。加減を間違えて途中で作品を破壊してしまうことが多い。
そして俺。
引き籠りぐーたら生活を楽しく過ごすため、俺は家の中で出来る暇つぶし…もとい、趣味を持つことにしている。
手芸だ。
お守り作りをするうちにハマってしまったのもあり、雑貨を作るのが趣味になっていた。
家に飾るちょっとしたインテリアを作ることもあれば、日々成長するアイシャとノルンのために、帽子や手袋、マフラーなどを作ることもある。
もちろん彫刻もするわけよ。
てか、一番最初が材料の加工だったから、最初に始めたのは彫刻と言える。
攻撃魔術でなければ、土魔術の練度はルーデウスにだって負けてない。
土魔術でも、手彫りでも、人形は作れる。
さすがにルーデウスが作るような人形は無理だけど。
幼少期から地道に努力した結果なのだろうが、あいつの人形は頭おかしいレベルで完成度が高い。まぁ、あいつも変態だからな。頭がおかしいのは当然か。
あいつならガンプラとか作れるんじゃね?
キットとか作って販売したら売れないかな。いや、作れるとしたらルーデウスだけだし、さすがに手間か。
閑話休題。
何が言いたいかというと、俺とザノバは趣味が合うから仲良しだよってこと。
今日は、家の庭に皆で集まっている。
土魔術で大きなテーブルや椅子を作り、各々座って作業中だ。
集まった面子は、俺、シルフィ、アイシャ、ノルン、ジュリ、ジンジャー、ザノバの、計7名だ。
基本的には俺とザノバだけなんだが、ちょくちょく他の面子も集まる。
シルフィも、妊娠してから2年は護衛の仕事は休みになったから時間があるし、手慰みに参加することがある。
ジンジャーは参加はしているものの、給仕か、ザノバとジュリを見守ることに徹している。
作っているものは……皆、自由だ。
シルフィとアイシャは、木製のマグカップを。
ノルンは…俺があげたペンダントと同じものを作ろうとしているな。
誰かにプレゼントでもするんだろうか。
俺とザノバ、ジュリは、土魔術も併用して人形作りだ。
俺が作っているのは赤竜のフィギュア。
実物を見たことはないが、ザノバの作品を見せてもらったり、ルーデウスから赤竜の見た目や特徴を聞いたことがあるので問題ない。
大きさは手のひらに乗るサイズ。
全体的にずんぐりむっくりとしていて、恐ろしさや力強さは皆無。
いわゆる、デフォルメってやつだな。
『ザ・赤竜!』って言うより、『せきりゅうちゃん』と言った方がいい。
この見た目でぬいぐるみとか作ろうかな。
「かわいい、です…!」
いつの間にかジュリが隣に来て、俺の作ったフィギュアをほわーっとした顔で、キラキラした目で見つめている。
ジュリ、結婚しよう(突然の告白)。
お前の方が可愛いよ……。
そのモフモフした髪の毛とか最高だよ。
モフモフしてぇ…モフモフさせろ!愛でさせろ!
俺はジュリを持ち上げて、膝の上に乗せた。
あ~、幼女の体あったけぇ……ジュリかわ。
幼女はやっぱ最高や。
「ふむ、余の作った物とは全く違いますな。実物とは似ても似つかないでしょうが……いや、しかし。牙、爪、鱗、翼の造形…よく特徴を捉えている。それでいて、本来の赤竜にはない、愛らしさのようなものが表現されている。これは師匠の作る人形にも通ずるものが───」
なんかザノバがぶつぶつ呟いているが、俺は全く気にしなかった。
ついでに、ジュリの頭を挟んでいる俺の胸をシルフィがガン見していたが、それも俺は気にしなかった。
もうね、ジュリに夢中だよ俺は。
絶妙に眠たげな目。
たどたどしい人間語。
モッフモフのボリューミーな髪の毛。
ちんまい体ながらも、炭鉱族だからか、意外と力強い。
パーフェクトだ。
俺が今まで接して来た幼女の中で、一番好みかもしれない。
この子、うちの子ってことに出来ねぇかな。
ルーデウスが帰って来たらお願いしてみるか……?
●〇●〇●〇●〇●
とある日。
俺はミリス教の教会に、ノルンを迎えに行っていた。
ノルンは毎日のように、兄と、父と、母の無事を祈るために教会に行くようにしている。
え、俺は祈らないのかって?
一応は俺もミリス教徒だけど、ノルンほどガチガチってわけじゃないからね。
俺が教会の前まで来ると、一人の小柄な青年がいた。
クリフ・グリモル。
敬虔なミリス教徒にして、エリナリーゼの旦那…に、なる予定の男であり、ルーデウスの学友の天才魔術師。
こいつはこうして、ノルンの送り迎えをしてくれている。
俺もいるとはいえ、戦闘力皆無だからな。
クリフもぶっちゃけ弱い方だが、魔術師としての腕前なら間違いなくシャリーアでもトップクラスだ。
特別生としてそこそこ有名だし、平時の護衛なら及第点か。
「クリフさん。今日もありがとうございます」
俺が頭を下げると、クリフは照れ臭そうに顔を背けた。
「気にしないでくれ。僕がやりたくて、勝手にやってることだ。礼は必要ない」
そう言ったっきり、クリフは黙り込んでしまった。
クリフは人付き合いが苦手な男だ。
決して悪いやつじゃない。
むしろ信じられないレベルで聖人みたいに良い奴なんだが、空気が読めないところがある。本人もそれを自覚しているが、自覚しても簡単に治るものじゃない。気質みたいなもんだからな。
今はお互いに家族が危険な土地に向かっている状況だし、こういう時、なんか余計なことを言って空気を悪くするのが怖いんだろう。だから、俺やノルンの前では最近は口数が少なくなりがちなのだ。
「………」
「………」
俺も空気を読んで静かにする。
ふわぁ~、眠たくなっちまうぜ。
最近はなんだかすぐ眠くなるんだよな。
寝ても寝ても眠気が取れないっていうか。
なんだろうなこれ。
体は相変わらず不調とはいえ、それは治癒魔術で都度治してるんだけどなぁ。
俺が眠気を堪えていると、クリフがぽつりと呟いた。
「……一緒に祈らないのか?君もミリス教徒なんだろ?」
祈るわけねぇじゃん。
現代日本人らしく、特定の神様を信仰したりはしないのだ。
受験の時とか、仕事の商談とか、競馬とか、宝くじとか。
そういった時に何となく『神様』とやらに祈ったりはしたけどな。
この世界で俺が祈る神様がいるとしたら……人神かな。
ヒトガミじゃないぞ。本来の人族の神様、
よく覚えてないけど、ヒトガミって人神の姿とか立場とか乗っ取ったんだろ?
人神は、生きていればきっとブチ切れているはずだ。
ある意味、この世の誰よりもヒトガミを憎んでいるかもしれない。
だから、人神に祈るのさ。
『どうか、ヒトガミが滅びますように』ってな。
とはいえ、これらの事情を全部話すわけにはいかないし。
適当に誤魔化しておくか。
「旅立つ前に、十分祈りましたから。それに、ルディにはお守りを渡してあります」
「お守り…たしか、君の力を込めた魔道具みたいなものだったか。自分の力を道具に移すことが出来るなんて……いったいどういう原理でそんなことが出来るんだ?」
「さぁ……正直、なんとなく出来そうだな、って感覚でわかっただけなので、原理とかはさっぱりわかりませんね」
これは事実である。
俺もなんで作れるのかよくわかってない。
最初は、ロキシー先生から貰った杖が壊れてしまって、それを直そうとしたのがきっかけだった。
結果的には、物を直すのは無理だった。
負担が半端なくデカかったんだ。杖に入った罅をちょっと直すことぐらいしか出来なかった。
その代わり、使った力が魔石の欠片に吸われる感覚があったんだよね。
その後、人攫い共の目を盗んで色々試して、物体に俺の力を移すことが出来ることがわかったんだけど。
「……もう私に出来ることは全てやりましたから。あとは、ルディとお父さんを信じて、待つだけです」
人事を尽くして天命を待つ、ってこと。
今更祈ったって意味なんてないんだよ。
ノルンが祈るのは別に勝手だけどね。
祈ることでノルンが満足出来るのなら、それでいいのさ。
「そうか……君は強いな」
それからノルンのお祈りが終わるまで、クリフは静かだった。
こいつも愛するエリナリーゼが行ってしまったし、思うところがあるんだろう。
ふと、ちょっとした悪戯を思いついた。
帰って来たエリナリーゼの前でクリフを抱きしめながら、「私、クリフと付き合うことになったの」とか言ったらどうなるだろう、と。
エリナリーゼって寝取ったことはありそうだけど、寝取られたことはあまりなさそうだし、どんな反応をするか見てみたいな。
……いや、やらないけどね。
●〇●〇●〇●〇●
ルーデウスが旅立って二か月が過ぎた。
今は庭の掃き掃除をしている。
シルフィは安定期に入るまで、まだ少し時間がかかる。
家のことは、俺とアイシャで分担して何とかしなくちゃいけない。
ルーデウスは家の家事手伝いを甘く見てる節があるよな。
この家はデカい。掃除だけでも大変だけど、家の維持、管理も自分達でやらなくちゃいけないので、やることがたくさんあるのだ。
水道や家の設備に問題が起きたからって、現代日本のように、電話で業者を呼んですぐに修理…とはいかない。
依頼するのには、時間も金もかかる。いちいち専門家に依頼してたら財政的な負担が半端ないから、こういうことは自分達でやるのが基本だ。
魔術もあるし、大体の問題は何とかなるんだけどな。
今は妊婦もいるし、衛生面は特に気をつけないと。
害虫などの生き物関連はマジで面倒臭い。前世でその辺のホームセンターで売ってるような、便利な対策グッズなんて売ってないしな。
立派な家だが、隙間はどうしても存在する。
それ専門の魔道具とかはあるみたいだが、クソ高くておいそれと手が出せないし、まーじで面倒臭いんだこれが。
と、このように、この世界の家事手伝いは大変なのだ。
元々が引き籠りのオッサンで、今世でも冒険者として旅をしていた期間が長いせいか、ルーデウスは拠点を長期間維持管理することの大変さがよくわかってないのかもしれない。
シルフィと二人だけで暮らしていた期間は、ほとんど最低限のことしかしてなかったみたいだしな。
寮も、ある程度は学校側で管理されていたからなぁ。
自分で家を持つことの大変さをわかっていないのだろう。
帰って来たら、その辺ももうちょっと話しておいた方がいいかもしれんな。
あ~、早く帰ってこないかなぁ。
リーリャさえ来てくれれば、俺は何もしなくていい食っちゃ寝生活に入れると思うんだけど。
そうして適当に掃除していると、遠くから見慣れた人影が近づいて来た。
奇妙な白い仮面を着けた、長い黒髪の女。
そいつは近づいて来ると、いつものぶっきらぼうな口調で言い放った。
「……お風呂、入りに来たんだけど」