side:ルーデウス
転移事件から6年の月日が流れた頃。
ミリシオンでパウロ達と別れてから色々なことがあった。
シーローンでリーリャとアイシャを救出し。
エリスをフィットア領まで送り届け。
ゼニス捜索のために北方へ向かった。
そこで冒険者として活動した後、なんかんやあってラノア魔法大学へ入学。
少々時間はかかったものの、幼馴染であったシルフィと再会し、病気も治り、結婚し、家を買って、二人で幸せな新婚生活を送り。
しばらくすると、双子の姉と、妹二人が合流。
久しぶりに再会したルイジェルドはすぐに旅立ってしまったが、今は三姉妹も加わって賑やかな日々を送れている。
学校生活も、家族との生活も、順風満帆。
文句のつけようのない、幸せな日々を送っている。
……まぁ、ここに至るまで問題も多々あったし、何もかも手放しで喜べるというわけではないが、結果は悪くないだろう。
後は、ゼニスの救出さえ出来れば完璧だ。
今のパウロは頼りになるし、彼ならきっと、ゼニスを救い出してここまで連れて来てくれるに違いない。
新しく家族となったシルフィも含め、家族全員で、また昔のように暮らせる日が近づいているのを実感していた。
●〇●〇●〇●〇●
今から二か月以上前の話だ。
始まりは…ナナホシの研究の件だろうか。
積層構造の魔法陣を利用した召喚に成功し、ナナホシの研究が大きく飛躍。
学校の知り合いを集め、成功を祝う大規模な宴会を開いて楽しんだ。
宴会が終わって帰宅すると、自宅の前に見知った顔を見つけた。
妹二人に、双子の姉が一人。
そして、かつて魔大陸からの旅で大いに世話になった、スペルド族の戦士がいた。
ルーデウスは大いに喜んだ。
妹達は前見た時より大きくなった。
アイシャは以前会った時とあまり変わってなさそうだが、ノルンはかなり成長していた。
見た目ではなく、内面の話だ。
以前は話し方もまだ拙い感じだったが、今はハキハキと喋れるようになっていた。
リディスはすっかり大人びた容姿になり、ゼニスとよく似た美女へ成長。
親友であったシルフィとの再会を涙ながらに喜び、今は女4人で仲良く風呂に入っている。
そしてルイジェルド。彼はまったく変わっていない。
口数の少なさも、一見すると強面に見えるその顔も、独特の雰囲気も。
今は、ルイジェルドと二人きりでゆっくりと話をしていた。
まるで、旅していた頃に戻ったみたいだ。
……エリスの件で少々ぎこちない空気になったりしたが、概ね穏やかに話すことが出来ている。
話も終盤に近付いた時、ルイジェルドがふと思いついたように荷物から何かを取り出した。
「ルーデウス。今の内に渡しておくぞ」
そう言って渡して来たのは、薄い木箱のような物だった。
手の平程度の大きさ……ちょうど、この前パウロから届いた手紙とほぼ同じくらいだろうか。
厚さも1cmくらいしかない。木製かと思ったが、触った感じ、材質は鉱物だろうか。
「これはなんですか?」
「お前の父親からだ。中に手紙が入っているらしい」
「父さんからの……?」
……中に手紙?
そう言われても、どこをどう見ても開けられる構造になってないように見える。
まさか、壊さないと取り出せないのだろうか。
「魔術で封をしてあるらしい。お前なら開けられると言っていたな」
「魔術でって……あ、これか」
よく見たら側面に薄っすら線が入っている。
恐らく、土魔術を使って固定しているのだろう。うまく溶かせば開けられそうだ。
「しかし、随分と厳重ですね。かなり頑丈だし、わざわざルイジェルドさんに預けておくなんて。何が書いてあるか、聞いてますか?」
「いいや、俺は知らん。だが、これを預けて来た時のあいつは、随分と神妙な顔をしていたな」
「そうですか……」
「それと、こう伝えてくれと言われた。『必ず一人の時に読め。誰にも見られるな』……だそうだ」
誰にも見られるな、とは……なんともきな臭い。
よっぽど、重要な情報が書いてあるのだろう。
「(まさかまた浮気したとか……流石にそれはないか。リーリャとの間にもう一人子供が出来た、って言われた方がまだ納得出来る。いや、でもブエナ村にいた頃もリーリャとはほとんどしてなかったみたいだし、ゼニスがいない時にそういうことをするとは思えない……うん、わからん)」
今考えても内容は予想出来ない。
だが、ルイジェルドへの伝言の中には、急いで読め、という感じのものはなかった。とにかく誰にも見られるな、という強い意思は感じるが。
ひとまず、この手紙は後回しでいいだろう。
この家に新しく住人が増えたことだし、読むのは妹達と姉の処遇が決まってからでも、遅くはあるまい。
●〇●〇●〇●〇●
翌日。
ルイジェルドに別れを告げた。
ノルンはルイジェルドに懐いていたらしく、涙を流して別れを惜しんでいた。
……ノルンの反応に違和感を覚えたが、気のせいだろう。
「(子供が年上に対して憧れるようなもんだろ。まさか……いや、でも恋に年齢は関係ないと言うし……あ、あとでリディスに旅の様子を詳しく聞いてみるか。うん。そうしよう。ま、まぁ俺の勘違いだと思うけどね)」
その後、三姉妹の今後の処遇について話し合いが行われた。
と言っても、以前パウロから届いた手紙の内容を考慮すれば、大体の処遇は決まっていたのだが。
まずは長女のリディスから。
「私は近くで部屋を借りて、治療院か病院で働こ───」
「ダメです」
「えっ」
「姉さんは家にいてください。働くのは体調が良くなってからです」
リディスの提案は即却下された。
当たり前だ。
事前にパウロから貰っていた手紙に書いてあったのだ。
自分がゼニスを連れ帰るまでは、必ず一緒に暮らすようにと。
働くことについては、しばらく静養して体調が落ち着いたら、近場で働くならギリギリOKらしい。
「でも、せっかくの新婚生活なんだし…しばらくは二人っきりで暮らしたいんじゃない?アイシャは侍女だからいいでしょうけど」
「ダメだよ!お兄ちゃんもお姉ちゃんも私がお世話するんだから!家にいて貰わなきゃ!」
「そうです!お姉…姉さんは今まで十分頑張ったじゃないですか!ちゃんと休まなきゃ!」
リディスは渋ったが、ノルンもアイシャも猛反対した結果、しばらくは静養して貰うことになった。
期間は最低でも一か月。
働くことについてはその後に考えることに。
無論、一人暮らしについては完全に却下である。
ノルンとアイシャについてもすぐに決まった。
ミリシオンの学校での二人の成績を聞かせて貰ったが、二人とも同年代の中では優秀だ。
特にアイシャ。
読み書き計算、歴史に地理といった科目は大人顔負け。
授業でも、途中からは教師の間違いを指摘するくらいの余裕があったらしい。
家事全般もリーリャの英才教育によってプロ並み。
礼儀作法もバッチリで、今すぐ王宮に行っても働けるレベルとか。
4種の攻撃魔術は初級まで、治癒と解毒は中級まで習得。
無詠唱も使えるし、剣術は剣神流と水神流をそれぞれ中級まで習得。
10歳の子供だというのに、信じられない優秀さである。
思わず、中身がルーデウスと同じ転生者なのではないかと疑ってしまうレベルだ。
「アイシャは、うちで侍女になりたいんだよな?」
「うん!お父さんもお母さんも、いいよって言ってくれたんだよ!」
パウロもリーリャも認めているようだ。
たしかに、これだけ優秀だったら学校に通う必要はないのかもしれない。
メイドに関しても、リーリャに命令されたからではなく、アイシャ自身が望んでやりたいと言っているようだ。
日本人だった頃の常識があるルーデウスとしては、10歳で学校にも行かずに家事手伝い、というところに少々違和感はある。
だが、パウロ達が認めていると言うことは、この世界であればそれほど珍しくはないのだろう。
「そっか。それじゃ、仕事については後でシルフィと相談して決めてくれ」
「はーい!」
アイシャはシーローンで会った時と変わらない。元気いっぱいだ。
明るく天真爛漫で活発な性格は、母親のリーリャとはまるっきり正反対で少し面白い。パウロの血が入ったせいだろうか。
「さて、次はノルン」
「は、はい」
ノルンも同年代の中では優秀な方だろう。
基礎的な科目はまだ勉強中。
同年代の平均よりは多少優秀か。
魔術は、水と火を初級、治癒は中級まで使えるようだ。
無詠唱で使えるのは治癒魔術だけのようだが、10歳で中級まで習得しているのなら十分優秀と言える。
剣術に関してはまだまだ。
才能がないわけではないが、まだ初級未満。
特別生は難しいかもしれないが、学費や入学金のある程度の免除は受けられるかもしれない。
「(ノルンも治癒魔術を無詠唱で使えるのか。いいなぁ…)」
ルーデウスは、いまだに治癒魔術は無詠唱で使えない。
シルフィから教えられているが、習得までには時間がかかると予想している。
適性の差か、あるいは転生者特有の問題なのか。
いずれにせよ羨ましいと思った。
「ノルンは学校でいいんだよな?」
「あ、はい。まだまだ勉強したいことがあるので」
手紙にも書いてあったが、ノルンは頑張り屋さんらしい。
なんでも、リディスのようになりたくて一生懸命色んなことに挑戦してるとか。
ノルンの世話はほとんどリディスがやっていたみたいだし、辛い時期を傍で支えてくれた年上の姉に、憧れを持つのはおかしな話ではないだろう。
努力家なところもルーデウスとしてはポイントが高い。
ノルンには是非頑張ってもらいたいものだ。
「あの……寮に入ってもいいでしょうか?」
「え、寮に?家で一緒に暮らさないのか?」
「私も初めて聞いたんだけど……」
突然の申し出に困惑した。
が、リディスも今初めて聞いたらしい。
唯一、アイシャだけは何だか訳知り顔だが……。
「理由を聞いてもいいか?一応、父さんからは皆で暮らすように言われてるし」
「そ、それは…その……」
「ノルン…?」
聞いてみたものの、ノルンは答えない。
頬を薄っすらと赤くして、何故かもじもじしている。
「(恥ずかしがっているというか、照れているというか…どういう感情だ?)」
ノルンが何を考えているのかいまいちわからない。
リディスと顔を見合わせていると、どことなく呆れた顔をしたアイシャが口を開いた。
「ノルン姉は自立したいんだって」
「自立?」
「うん。家にいたらお姉ちゃんに甘えちゃうから。
アイシャが揶揄い交じりにそう言うと、ノルンは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「あ、アイシャだって、いっつもベタベタしてたでしょ!」
「違いますー。お世話するのは侍女の仕事の一環だからいいんだもーん。ね、お姉ちゃん」
「お世話されてたのはアイシャの方でしょ!なんで嘘吐くの!」
二人が喧嘩を始めてしまった。
とはいえ、険悪な感じではない。
リディスも微笑ましそうに見守っているし、ミリシオンではこんな感じでよく喧嘩をしていたのかもしれない。
ルーデウスとしても、前世の幼い頃を思い出して懐かしい気持ちになる。
後々険悪な仲になってしまったが、前世のルーデウスも幼い頃は、兄姉、弟との仲は良かったのだ。
こうしてじゃれ合いのような喧嘩をすることも少なくなかった。
「(……しかし、ノルンは甘えん坊から卒業するために、自分でリディスから離れようとしているわけか。まだ10歳だというのに自立を考えるとは、立派な心掛けじゃないか)」
とはいえ、ルーデウスとしてはちょっと困る。
せっかく家族全員で暮らすことを夢見ていたのに、一人だけ寮なんて。
それに、ルーデウスは妹達が生まれて1年程で家を出たから、一緒に暮らしたいという想いが強い。
愛する妻と、美しい姉と、可愛い妹二人に囲まれた生活。
まるでエロゲーのようなシチュエーションである。
パウロ達が来るまでの期間限定だし、肉親相手に欲情はしないが。
「(……そもそも、10歳で自立なんて早すぎるだろう。前世で言ったらまだ小学生だぞ。もう少し家にいるべきじゃないのか?)」
7歳で家を離れて家庭教師をしていた自分を棚に上げ、ルーデウスは頭を悩ませた。
頭ごなしに否定することはしたくない。
しかし、そう簡単にノルンの意見を受け入れるわけにもいかない。
「姉さんはどうですか?ノルンが寮に行ったら寂しくなると思いますよ」
ひとまず、双子の姉に意見を求めた。
リディスだって、家族皆で暮らしたいと思っていたはずだ。
意見を求められ、リディスは困ったように頬に手を当てた。
「そうねぇ。正直、ノルンと離れるのは寂しいけど、ノルンが頑張りたいなら邪魔はしたくないし……あ、そうだ!私も一緒に寮で暮らすのはどうかしら!」
「本末転倒じゃないですか……」
●〇●〇●〇●〇●
話し合いを終えた翌日の深夜。
ルーデウスはルイジェルドから貰った手紙を読んでみることにした。
なお、ノルンは結局寮に入ることとなった。条件付きで。
最低でも10日に1度は家に来ること。
それとは別に、ご飯を食べに来たり、遊びに来たり……泊まらなくてもいいので、とにかく気軽に家に来るようにと伝えている。
「(それじゃ、読ませてもらおうかね)」
ルイジェルドから貰った小箱を机の上に乗せる。
水魔術を使って固定されていた側面部分を溶かすと、箱はあっさりと二つに割れた。
入っていた手紙は一通だけ。
手紙を手に取り、ゆっくりと読み始めた。
「………」
手紙を読み終わったルーデウスの胸の内には、様々な感情が渦巻いていた。
ここ最近、良いことばかりで浮ついていた気持ちが、一気に引き戻されたような気分だ。
「なんで…言ってくれなかったんだよ」
思わず口に出てしまう。
───手紙には、リディスのことが書かれていた。
転移事件で人攫いに捕まってから、何をされたのか。
具体的に書かれていたわけではないが、文脈から察することは出来る。
ルーデウスだって、その可能性は考えた。
けど、頭の片隅にチラリとよぎっただけで、すぐにその考えを捨ててしまっていた。
「(当時は、まだ10歳だぞ…10歳でこんな……嘘だろ…?)」
……なぜパウロがミリシオンで教えてくれなかったのか。
最初はパウロに対して怒りが沸々と湧いてきたが、それもすぐに収まった。
当時のルーデウスは11歳。
例えるなら、今のアイシャかノルンのどちらかがリディスのような目に遭ったとして、それを残った片割れに言えるか、という話だ。
言えるはずがない。
ましてや、自身の子供ともなれば、伝えるタイミングは慎重になる。
今このタイミングで伝えて来たのは、この手紙が届く頃にはルーデウスが成人していること。そして、一緒に暮らす以上、何かあった時のために知っておいた方が良いと判断したのだろう。
そこまで考えて、再び怒りが湧いて来る。
パウロにではない。自分自身に対してだ。
「(俺が楽しく冒険してる間、リディスはずっと……!)」
ここに至るまで、ルーデウスも苦労した。
龍神には一度殺されたし、エリスとの別れで病気になった。
北方大地で冒険者として生活していた頃にも、苦い思い出はある。
だが、楽しかったのだ。
大変なことも多かったが、魔大陸に転移してから、このシャリーアに辿り着くまでの冒険は楽しかった。シャリーアに着いてからは多くの友人にも恵まれ、病気を治してくれた幼馴染とも結婚出来たのだ。
最近のルーデウスは浮かれていた。
浮かれるくらい、余裕があったのだ。
……しかし、リディスは違う。
ルーデウスが楽しんでいる間もずっと、トラウマで苦しみ続けていた。
ミリシオンでのことも書いてあった。
妹達のためとはいえ、自分を投げ出すようなことをして……昔のリディスはここまで自己犠牲精神の強い人ではなかったはずだ。他人も、自分も、命を大切にする優しい子だったはずなのに。
自分を勘定に入れていない。
周囲の人間さえ幸せなら、自分自身のことはどうでもいいと考えるようになってしまったのか。
「(……もう終わったことだ。あの時、ミリシオンでパウロから教えてもらったとしても、俺にはどうしようもなかった。俺は心療内科医でもカウンセラーでもないんだから)」
どうしようもなかった。
それはわかっているが、しかし感情は納得してくれない。
幼い頃、ルーデウスはリディスに言った。
初めてシルフィと出会った日。
いじめっ子に対して何も出来なかったと悔やむ姉に、こう言ったのだ。
『今度同じようなことがあったら、僕が守ります。その代わり、僕が怪我したら姉さまが治してくださいね』と。
リディスから貰ったお守りは、龍神との戦いで助けになった。
結局負けてしまったものの、潰された肺を修復し、ルーデウスに立ち上がる力を与えてくれた。
リディスは約束を守ったのだ。
ルーデウスが怪我をしたら治してくれるという約束を。
「(俺は……守れなかったのに)」
……リディスは、ルーデウスが助けに来るのを待っていたのだろうか。
「(……なにが、僕が守ります、だよ。馬鹿じゃねぇのか……何も出来てないだろうが!クソッ!)」
思わず、振り上げた拳を机に叩きつけようとしてしまう…が、そんなことをしたら皆が起きてしまうかもしれない。
物音に気付いた誰かがここに来て、万が一手紙を見られるようなことがあってはいけない。
「っ!………」
深呼吸をしながら、ゆっくりと拳を降ろす。
今は、これからのことを考えなければならない。
このトラウマが原因かは不明だが、リディスの体調は年々悪化するばかりだと言う。精神的な不調やトラウマが体に与える影響は、ルーデウスもよくわかっているつもりだ。
トラウマが原因である可能性は低くないだろう。
とはいえ、リディスのトラウマは簡単に治せるものではないし、踏み込んでよいものでもない。
当時を思い出すことすら嫌に決まってる。
本人が忘れようと努力している以上、わざわざ思い出させるようなことはしたくない。
……だが、だからと言って何もしないわけにはいかない。
過去は消えないのだから。今は目を逸らしていても、いつか対面する時が来る。
その時、リディスが辛い現実に耐えられるかどうか。
だったら、無理にでも治療させるべきじゃないのか?医者に連れて行って、事情を話して……。
「(いやいや、落ち着け。医者が相手とはいえ、他人に知られたいことじゃないだろう。どこから情報が漏れるかわからないし…今はとにかく、ゆっくり休ませるんだ。ミリシオンでも働きっぱなしだったみたいだし、のんびり静養してもらおう)」
一か月と言わず、ずっと家にいて貰った方が良いのではないだろうか。
シャリーアにだって、裏路地に入れば人攫いはいる。万が一、職場に向かう最中に襲われて、攫われたりしたら……そんなことはあってはならない。
もしもそんなことになったら、ルーデウスは怒りで我を忘れてしまうだろう。
人攫いを片っ端から皆殺しにするか、シャリーアを火の海に変えてしまうか……自分でも何をするか予想がつかない。
「(いっそのこと、うち専属の治癒術師になって貰ってもいいかもな)」
リディスはミリシオンで治癒魔術の腕を磨いたらしく、既に治癒は王級、解毒は聖級まで会得しているらしい。
今のシャリーアにリディス以上の治癒術師はいない。
いや、王級ともなれば世界全体を見渡しても数えるほどしかいないだろう。
それに、シルフィのこともある。
夫婦としてやることやっている以上、いつになるかはわからないが子供が出来ることもあるはずだ。リディスはゼニスとリーリャの出産も手伝っていたし、経験者が傍にいるのは心強い。
「(よし、この方向性で行こう。リディスには悪いが、家で大人しくしていてもらうのが一番だ。先のことは、パウロ達が帰って来てから考えよう)」
シャリーアに来て一か月。
俺は毎日ぬくぬく、ぐーたらな生活を送っていた。
ノルンの引き籠り事件も起きなかったから、マジで平和な毎日だ。
成し遂げたぜ。
俺はとうとう、シャリーアで弟に寄生しながらダラダラ生きていく、という目的を達成したのだ。
最初の話し合いで「私も働こうかなー」みたいなことを言ったが、当然、働く気なんて全くなかった。
あれは、ルーデウスから言質を取るための誘導に過ぎない。
家で何もせずダラダラするのは、俺の意思ではなく家主であるルーデウスの命令だから。だから仕方ないんだよ!という言い訳を成立させるためだ。
そうとも知らずに…おめでたい野郎だ。
結婚したという意味でもおめでたい野郎だがな。
しかも、近い内にシルフィが妊娠して、さらにおめでたいことになる。
……いや、原作通りならもう妊娠してるんだけどね。
この一か月、女性特有のアレが来てないみたいだし。
……アレはなぁ…俺も初めての時は大変だったなぁ…。
いや、俺の話はどうでもいい。
とにかく、一か月来ないってだけじゃ確実とは言えないから、もう一か月ほど様子を見ようということになっている。当然、ルーデウスには教えていない。
妊娠が確定したらサプライズで知らせようと、俺とシルフィとアイシャだけで情報を共有しているわけだ。
まさに、今のルーデウスは幸せの絶頂期と言ったところだな。
元34歳童貞無職引きこもりで姪に欲情する変態野郎には過ぎた幸福に思えるが、まぁいいさ。俺を養ってくれるなら何も言うまい。幸せになるがいい。
さて、最初は一か月だけ静養、という話だったのだが、ルーデウスからの追加の提案で事情が変わった。
提案っていうか、家主としての命令に近かったけど。
俺は現在、グレイラット家専属の治癒術師兼医者、ということになっている。
やることは今までと同じだ。
が、仕事はほとんどない。実質無職と言っていい。
なにせ、家の住人全員が治癒魔術を使えるのだ。
一番の病人は医者である俺自身という有様。草生えるわ。
……まぁ、この先ルーデウスの子供が生まれるようになったら忙しくなりそうだが、それは別にいい。子供は好きだからな。
ともあれ、俺は当初の目的を達成した。
初志貫徹。このまま無職生活をエンジョイさせてもらうとしよう。
う~ん、それにしても、今日も何もない素晴らしい一日だったな。
アイシャの買い出しに付き合ったり、アイシャとお喋りしたり、アイシャと庭いじりしたり、アイシャとお昼ご飯を食べたり、アイシャと散歩に行ったり……アイシャばっかじゃねぇか。
日中は基本的にアイシャと俺しかいないから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
まぁいい。
可愛い妹ロリメイドに、付きっ切りでお世話してもらうのは気分が良いし。
あと数年だが、最期まで俺のお世話を頼むぞ。我が妹よ。