side:アイシャ
甲龍歴422年。
アイシャ達は現在、シャリーアにいるルーデウスのもとを目指して旅をしている。
母の実家には行かない。
新たな情報が入ったため、当初の予定を変更したのだ。
ミリシオンで捜索団が活動を終え、正式に解散。
父の知り合いだと言うミグルド族の魔術師、ロキシーから、アイシャのもう一人の母親であるゼニスがベガリット大陸にいるという情報を得る。
その後は全員でイーストポートまで移動。
ベガリット大陸へ行くことになったのだが、アイシャやノルンはまだ子供、姉のリディスは体が弱いのでベガリット大陸の過酷な環境で旅は難しい。
どうしたものかと父が頭を悩ませていたところ、かつて兄と共に旅をしていたスペルド族の戦士、ルイジェルドと再会。
彼と、シーローン王国の騎士、ジンジャー・ヨークを護衛として、シャリーアでラノア魔法大学に入学したという兄のもとへ送ろう、ということになったのだ。
メンバーは、護衛のルイジェルドとジンジャー。
そして、リディスとノルンとアイシャの三姉妹だ。
アイシャ達がイーストポートを出発してから、もうすぐ1年になろうとしている。
既にシャリーアは目と鼻の先だ。
本来ならもっと時間がかかるはずだが、アイシャが昼夜問わず移動する
ルイジェルドとジンジャーを護衛として、三姉妹は魔術師としての力を貸し出すことで
特に、最低でも王級以上の強さはあると思われるルイジェルドと、王級の治癒魔術が使える姉の影響は大きい。ルイジェルドは索敵能力も高いし、この二人がいれば中央大陸で死ぬようなことは滅多にないと言える。
実戦経験は少ないがアイシャも戦えるし、ノルンだって治癒魔術を使うことが出来る。
……実のところ、本当ならもっと早く移動することが出来たのだが、姉の体調を考慮してペースは抑えめになっている。
まだ子供で体力も免疫も弱いアイシャとノルンは、体調を崩すことはあるが姉が治してくれる。
だが、姉の不調はアイシャやノルンでは治しきれない。
もしもの時を考えて、姉には常に余裕を持っていてもらう必要があった。
皆で焚火を囲みながら、三姉妹はリディスを中心に一塊になって休んでいる。
「(あったかいなぁ……)」
アイシャは姉の胸に寄り掛かり、トクン、トクンと鳴る胸の鼓動を聞きながら目を閉じる。
シャリーアに着いたら、姉にはゆっくり休んでもらわないといけない。
理想を言えば、皆で同じ家に住んで、兄に仕えつつ、姉のお世話をするのが一番いい。
……もう、姉には無理してほしくない。
ミリシオンでは随分と負担をかけてしまった。体調も年々悪化しているみたいだし、この旅を最後にして、シャリーアでのんびりと暮らしてほしい。
家族は皆、同じことを望んでいるだろう。
家族のために尽くし続けるこの人に、アイシャはただ幸せになってほしかった。
アイシャ・グレイラットは知っている。
この世界で、自分がどれほど恵まれている人間なのか。幸福な人間なのか。
アイシャには才能があった。
頭の回転の速さ、判断力、学習能力、あらゆる分野への適応能力。
成長速度も速く、赤ん坊の頃から薄っすらと自我のようなものがあった。
自他共に認める天才。
だが、才能だけで人は幸せにはなれない。
生まれた家での地位、立場、環境、境遇、人間関係。
才能以外にも必要なものは多い。そして、その中でも特に家族との関係こそが重要なものだと思っている。
アイシャの心を満たしてくれるのは、家族からの愛情だったから。
アイシャ・グレイラットは知っている。
幸福になる上で、一番重要なのは、心だと。
才能があっても、お金があっても、地位があっても。
心が満たされていなければ、真の幸福は得られないことを知っている。
家族は……特に、姉は自分に惜しみなく愛情を注いでくれた。
姉の献身が、愛が、自分の心を温かいもので満たしてくれる。
だからこそ、今の自分は心の底から笑えているのだと。
アイシャ・グレイラットは、知っているのだ。
●〇●〇●〇●〇●
シーローンの王宮に囚われていたアイシャが、母親のリーリャ共々ルーデウス一行に救出され、ミリシオンにやって来てから数か月が経った頃の話だ。
アイシャはいつも憂鬱で、大きな不満を胸の内に抱えていた。
原因は何か。
それはズバリ、ラトレイア伯爵家におけるアイシャの扱いと、母からの徹底した教育にあった。
唐突に決まった、クレア主導による孫娘三人に対する教育。
これにより、アイシャにとって受難の日々が始まったのだ。
アイシャは天才である。
母から教わった家事炊事は一目見て模倣し、より効率の良いやり方を思いついてすぐさま実行に移すことが出来た。読み書き、算術、歴史や地理の勉強、礼儀作法に至るまで、転移前の4歳の時点で粗方習得していたのだ。
ラトレイア家での教育のレベルは高かったが、今のアイシャにとっては物足りない内容だった。
退屈な教育が続くだけだったら、特に問題はなかった。
しかし、ミリシオンに来てから、アイシャの精神は日に日に荒んでいくことになる。
……ラトレイア家は居心地が悪い。
家の者から感じる冷たい視線。侮蔑の目。
所詮は見知らぬ他人。本来なら別になんとも思わなかった。が、ラトレイア家での教育は月に一回だけだが、その分、一回当たりの密度が高い。
丸一日、あの目で見られるのは、幼いアイシャには堪えた。
態度もそうだ。
まさに慇懃無礼。年齢的にアイシャの背が低いから、というだけではなく。ラトレイア家の使用人達は、アイシャを心の底から見下しているようだった。
アイシャも努力した。
いや、努力しようとした、と言うべきか。
自身の容姿を、幼さを、シーローンの王宮にいた侍女から教わった技術も使い、関係の改善に努めようとした。
でもダメだった。
そもそも、勝手に発言することを許されなかった。
全て無駄口として処理され、教育に関することに口を出そうものなら、難癖をつけられて怒られる回数が増えるだけだった。
如何にアイシャの話術が優れていようとも、会話そのものを禁じられてはどうしようもない。
彼らはアイシャを怒る時、必ず決まって「妾の子」と言う。
その言葉を聞くたびにイライラして、悲しくなった。
なんだか人として扱われていないみたいで。
姉二人と引き離され、一日中、針の筵。
今まで無意識に、家の中では対等だと思っていたノルンとは違う扱いを受けた。明確に下に見られ、ぞんざいに扱われる。はっきり言って辛かった。
特にクレアの態度は冷たい。
彼女を見るだけで体が強張ってしまう。
ラトレイア家に来るたび、アイシャの心はガリガリと削られ、腹の底には黒いものが溜まっていった。
父は助けてくれようとした。
が、すぐにはどうにも出来ないという。
仕方がない。父は忙しいし、立場的にどうしようもないのはわかる。
……理由は納得出来たが、それでも不満を感じてしまうのは心が荒んでしまったせいか。
母は駄目だ。
アイシャを心配してくれてはいるが、ラトレイア家での扱いを仕方のないものと受け入れてしまっている。
それに、母はアイシャを褒めてくれない。
ラトレイア家でも散々怒られるのに、家でも母に怒られるのは悲しい。
良い成果を出しても褒めて貰えない。
ノルンを、兄を、姉を優先しろといつも言う。前までは普通に受け入れていた言葉なのに、今は無性にイライラする。母のことは好きなのに。嫌いになりそうだった。
ノルンは……残念ながら彼女には期待できない。
というか、ノルンの方が精神的に参っている様子だった。
ノルンは成長している。
昔と違って感情のまま喚くこともなくなり、アイシャも話していて不快に感じることはなくなっていた。何事にもひたむきに、一生懸命努力する姿にはちょっと尊敬もしていた。
だが、さすがに今の状況で頑張るのは辛そうだった。
頼りには出来ないだろう。
唯一の救いは、姉のリディスがいたことだ。
姉は昔から優しい。アイシャとノルンへ、分け隔てなく愛情を注いでくれる。
それこそ、今はゼニスがいない分、昔以上に二人を溺愛してくれた。
姉は昔から、アイシャが欲しているものを与えてくれた。
頭を撫でてくれる。抱きしめてくれる。褒めてくれる。一緒に遊んでくれる。
それはミリシオンに来てからも変わらない。
ラトレイア家での教育があった日の夜は、アイシャとノルンの部屋に来て、愚痴を聞いてくれたりもした。
姉だって不満はあっただろうに、妹二人の前では辛そうな様子は一切見せない。
ただひたすらに、二人の言葉を、感情を受け止めて、受け入れてくれる。
アイシャが求めてやまないものを、姉はいつも与えてくれるのだ。
もう、姉がいない生活をアイシャは考えられなかった。
同じように姉に愛された結果、自立して姉のようになりたいと努力を始めたノルンに対し、アイシャは逆に依存した。
依存というより、ある種の信仰と言った方が正しいか。
姉はきっと、女神様の生まれ変わりなんだ。ミリス教団の崇める聖ミリスという人も、姉のような人だったのかもしれない。だったら、彼らがあれだけ熱心に信仰する理由もわかる。
一緒にいたい。
触れ合っていたい。
この人から離れたくない。
リディスに対する『信仰』は、日に日に強まっていった。
●〇●〇●〇●〇●
そして、決定的なことが起きた。
突如として、クレアから教育終了宣言を受け、アイシャの受難の日々は終わったのだ。
それからは、平和な日常が続いた。
ノルンと一緒に学校へ行き、勉強し、友達と遊び、たまに出掛ける。
空いた時間の分は母に家で厳しく教育されたが、それは昔と変わらない。
いや、少し変わったか。
最近の母は、アイシャをよく褒めてくれる。
「よくやりましたね」「頑張りましたね」と。
言葉は短かったが、そう言ってアイシャの頭を撫でてくれるようになった。
調子に乗ったアイシャが、子供の様に抱き着いたり、ちょっとした我儘を言ったりしても、母は怒らなかった。
やはり、母に褒めて貰えると嬉しい。
思う所もあったけど、アイシャは母のリーリャが大好きだったから。
突然終わった教育と、母の変化。
………アイシャは、誰がこのような変化を齎したのかを知っている。
クレアから教育の終了を告げられた日。
あの日の夜、アイシャはクレアから解放された喜びでテンションが上がり過ぎて、興奮して眠れなかった。
だから、階下から聞こえて来た話し声にすぐに気づいた。
父と、母と、姉。
こんな夜中に何を話してるんだろう。
しかし、わざわざ今話すということは、ノルンとアイシャに聞かれたくないことかもしれない。
聞くべきか。
聞かずにいるべきか。
悩んだのはほんの一瞬で、好奇心が勝ったアイシャは、こっそりと聞き耳をたててみることにした。
……そして、三人が話している内容を聞いて、アイシャは大きな衝撃を受けた。
半年間だ。
この半年間、姉は独自に行動を起こし、妹二人を救うために、あの冷徹な夫人に気に入られようと必死に頑張っていたのだ。
誰にも、何も言わずに、たった一人で。
しかも、これからは週に一回以上も教育を受けに行かなければならない。
アイシャだったら頭がおかしくなってしまう。苦行どころの話ではない。
姉だって、あそこでの教育は辛かっただろうに。
それだけではない。
姉は怒っていた。母を叱り、アイシャへの教育を改めるように促した。
姉と母は仲良しだが、その関係に亀裂が入ってしまう可能性だってあったはずだ。だが、姉はその可能性よりもアイシャを優先した。
アイシャを、優先してくれた。
アイシャのために、怒ってくれた。
「(私のためにそこまで……!)」
あの優しい姉が声を荒らげるなんて、よっぽど腹に据えかねていたのだろう。
それだけ、アイシャのことを心の底から想っていてくれたのだ。
「(お姉ちゃん…!)」
胸の奥が、きゅーっ、と締め付けられた。
思わず涙が流れてしまい、隣で寝ているノルンに気づかれないように横に寝返りを打つ。
家族だから、姉だから、妹のアイシャを助けてくれるのは当然だ……なんて、そんなことは思わない。思うはずがない。
しばらくして、アイシャはある一つの感情を自覚した。
母の言う通り、兄にメイドとして仕えることに否はない。
兄のことは尊敬している。好意もある。恩もある。
だが、アイシャは姉と一緒にいたい。
体の弱い姉が、これ以上無理をしないようお世話してあげたい。守ってあげたい。幸せになってほしい。
兄に対する気持ちとは、また違うもの。
『好意』『愛情』『親愛』
そのどれもが当てはまる。
しかし、敢えてその感情を表現するならば……。
『執着』、というものが近いのかもしれない。
「(決めた。お姉ちゃんは死ぬまで私がお世話しよう。でも、依存してるって思われたらシルフィ姉の時みたいに離されちゃうかもしれないし、お母さん達にはバレないように、あくまで今まで通り接しないと。あとは、いざって時にお姉ちゃんを守れるように、剣術も───)」
アイシャは密かに、自分の理想とする生活を実現させるため、計画を練り始めたのだった。
世界の車窓……もとい、馬車の中から。
今日は、雪の積もる北方の大地を走ります。
目指す目的地、シャリーアが目前まで近づいています。
既にラノア王国に入っており、シャリーアまでは、残す所あと数日といったところでしょうか。
非常に、快適な旅です。
最後の
商人を見つけたのも、交渉を行ったのも、アイシャです。
全てアイシャに任せればうまく行く。この旅で学んだ知恵の一つですね。
……うん、もう全部アイシャ一人でいいんじゃないかな?
俺はなーんもしてないもん。
ルイジェルドがいるから同行者の中から怪我人が出ることなんて滅多にないんだよ。
怪我人が出たとしても軽傷だし、経験を積ませるためにノルンとアイシャに治療を任せてるから、俺はマジで何もやることがない。
いや、一応旅の合間に勉強とか治癒魔術を教えたりしてるけどね。
でも楽なもんだよ。
アイシャが大体何でもやってくれるからな。
知ってるか?アイシャって天才なんだぜ。
4種の攻撃魔術は初級まで。
治癒と解毒は俺も教えたから中級まで習得済み。無詠唱もバッチリだ。
剣術も、剣神流と水神流をそれぞれ中級、北神流は初級まで習得。
こっちはパウロも偶に教えていたが、それにしても習熟が早い。
パウロもちょっとビビってたからな。
ルーデウスにやった修行と違って、女の子のアイシャにはかなりマイルドな修行をさせていたのだが、アイシャはあっという間にコツを掴んで覚えてしまうそうだ。
昔の自分を思い出したらしく、なんとも複雑そうな顔をしていた。
「このまま鍛えていけば、神級まで届くかもしれないな」なんて冗談っぽく言っていたが、目は真剣だった。
ルイジェルドにもちょくちょく教えてもらってるみたいだから、今はもっと強くなってるかもしれない。
魔術だってまだまだ余裕がある。
魔術の修行を始めたのはミリシオンに来てからだから、魔力量はシルフィとかには及ばないだろうが、それでも一般的に見れば十分多い。
ルーデウスに教えて貰えば、4種の攻撃魔術も中級まではあっさり習得出来るだろう。
……アイシャってこんなに天才だったのか?
おかしいな。俺の記憶にある限り、アイシャは元気なロリっ娘妹メイド、ってイメージしかなかったんだが。ノルンより能力的に優れているのは知っていたが、それにしてもこれほどとは。
君さぁ、本当は転生者だったりしない?
チート能力とか持ってないだろうな……。
ま、まぁいいさ。
俺の世話をしてくれる(予定)のアイシャが高い能力を持っているということは、俺にとっても悪いことじゃない。良いこと良いこと。
さて、そんな余裕たっぷりの旅だったが、ちょっと気になることがある。
俺は旅の間、ルイジェルドとよく話していたんだ。
ルイジェルドは強い。イーストポートでパウロと手合わせしていたが、汗一つかかずに涼しい顔をしていた。
素人目だが、パウロはかなり本気だったはずだ。
しかし、終わってみれば、パウロだけが泥だらけで汗ダラダラ。
パウロがラディ〇ツだとするなら、ルイジェルドはナ〇パか。
戦力的には、これぐらいの差はあったかもしれない。
毛量的にも、これぐらいの差があっただろう。
あ、もう一人の護衛のジンジャーは凄く弱いよ。
だってアイシャの方が強いからな。
ジンジャーが優っているのは実戦経験と体格くらいだ。
シーローン王国では12番目に強かったらしいが、彼女は水神流の中級剣士。つまりはリーリャとほぼ同程度の強さってことだ。
メイドと同じくらいの強さとかさぁ、騎士として恥ずかしくないの?
まぁいいけど。ジンジャーは肉盾要員だし。
いざって時のためにも、ルイジェルドの好感度を稼いでおくのは当然だ。こいつは確か、最後までルーデウスの味方だった気がするしな。
ルーデウスを守ってもらうついでに、俺のことも守ってもらおう。
そう思って、俺はルイジェルドと交友を深めていたのだが…妹二人の反応がちょっとおかしいんだよな。
まずはアイシャ。
「お姉ちゃんはルイジェルドさんみたいな人がタイプなの?」なんて聞いて来た。
男になんか興味ないよ。
と、やんわり伝えたら、「じゃあ女の人が好きなの?」と聞かれた。
う~ん、実は微妙なんだよなぁ。
転生当初なら女も恋愛対象になったかもしれないが、今はあんまりそういう気は起きないんだよなぁ。男に比べれば候補には入るだろうけど。
そもそも、性欲が薄くなった気がする。
だからあんまり興味ないんだよね。性行為は体への負担もデカいし、ちょっとね。
そんな感じで思わず考えこんでしまって、アイシャへの返答が遅れてしまったのが原因なんだろう。
どう捉えたのか知らないが、その日を境にアイシャからのスキンシップが増えた。
しかも、手つきがちょっと……あれ、君そっち系の子だったっけ?ルーデウス大好きな、近親OKなだけの、いたってノーマルな感じの子じゃなかったかな。
…ごめん。
お姉ちゃん、アイシャが何を考えてるかちょっとわかんないや。
はい、次にノルン。
ある日の夜、俺がルイジェルドと話している時に、ふと視線を感じてそっちを見たのよ。
そしたら、寝ていたはずのノルンが、なんともいえない顔で俺達の方を見ていたんだよね。
レイプ目、ってわけじゃないが。
目つきがちょっと普通じゃなかった。
あれだ。ラトレイア家で初めて教育を受けた時のアイシャの目だ。
荒んだ目つきだよ、あれは。
ノルンのあんな目は初めて見たから、正直ビビったね。
話してみたら、理由はすぐに分かった。
ノルンは素直な子だからな。隠し事とか出来ないタイプなんだよ。
ノルンはルイジェルドが好きなんだとさ。
で、俺とルイジェルドが仲良くしているのを見て、物凄く複雑な気持ちになっていたらしい。
まだ10歳だというのに、ノルン……色を知る
いやぁ、慌てて説明したよ。
俺にその気はないし、むしろノルンがルイジェルドと仲良くなれるように協力するって。そう伝えた。
だが、「姉さんにその気がなくても、ルイジェルドさんは違うかもしれないじゃないですか!」って言われちゃったよ。
ないよ。ないない。
ルイジェルドとの会話なんて、ほとんど子供についてのことばっかりだし。保護者同士の話し合いでしかないんだよ。
ここから色恋に発展はまずあり得ないね。
ルイジェルドにもその気はないって。マジで。
一応は俺の説明で納得してくれたみたいなんだが、俺がルイジェルドと話していると、やはりノルンは複雑そうな顔をする。
ノルンは恋愛事が絡むと面倒臭くなるタイプなんだな。
うん、お姉ちゃん覚えた。これからは気を付けるよ。
それにしても、もう少しでシャリーアか。
ミリシオンでクレア婆さんにしつこく引き留められた時はどうなるかと思ったが……正直、残るかどうかちょっと迷ったよね。
でも断ったよ。
俺さ、今の家族のことは嫌いじゃないんだ。
妹二人は可愛いし、いつも必死なルーデウスも嫌いじゃない。
パウロも、ゼニスも、リーリャも。ブエナ村での彼らとの暮らしは、俺も存外気に入っていた。転移事件で離れ離れになって、再会してからそれを改めて実感したよ。
俺の目標は、ルーデウスに寄生してダラダラ生きることだ。
それは変わってない。変わってないが、俺がダラダラ生活したいのはグレイラット家の中なんだよ。
だから、クレア婆さんには悪いが断らせてもらった。
説得には苦労した。神子の力とか、体のこととか、転移事件のこととか…情に訴えかける形でどうにか説得出来たけど。
その代わりに、ゼニスが見つかったら全員で一度うちに来いと言われたよ。
仕方ないから了承したが……俺があの婆さんと会うことはもうないだろう。
たしか、妹達がシャリーアに着いてしばらくしたら、ルーデウスがベガリット大陸に行くことになるんだよな。そんで、ゼニス救出の際にパウロが死亡。ゼニスも廃人になるんだったか。
最後の大仕事だ。
俺も気合を入れて行かないとな。
……いや、ベガリット大陸には行かないけどね?
そういう危険な荒事はルーデウスに任せる。
俺は戦わん!絶対に戦わんぞ!
家でぬくぬくしながら帰りを待っているぞ!