無職転生 ─ 弟に寄生して生きていく ─


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第7話



今回はミリシオンでの出来事になります。
あと、前回のあとがきに追記があるので良ければお読みください。



 

 

side:リーリャ

 

 

「行ってきます」

 

「行ってまいります!」

 

ちょこん、と小さく頭を下げる金髪の少女と、元気よく声を上げる赤みがかった髪色の少女。

 

学校へ向けて家を出る二人の背中を、リーリャは一人で見送っていた。

 

 

 

転移事件から2年が過ぎ、ルーデウスに救出されたリーリャとアイシャは、ミリシオンのパウロのもとで暮らすようになっていた。

 

二人が増えたことで、パウロは新しく家を買った。

といっても、フィットア領捜索団の本部に近い場所にある安い家だ。立地も悪く、家の造りも立派とは程遠い小さな家。

 

しかし、5人が住むのにはそれほど困らなかった。

掃除をして、補修をすれば十分快適だったし、学校にも近いからリーリャとしては色々な意味で安心できる。いざとなれば団員の人達に頼れるのも良い。

 

 

さて、ミリシオンにいる家族は現在何をしているか。

 

まず、二人の娘達。

7歳となった自身の娘、アイシャ。

そして、本妻であるゼニスの娘、ノルン。

 

二人の少女はミリシオンの学校に通うようになっている。

貴族が通うような立派な学校ではないが、読み書き算術、ミリス教の教義、初級までの基礎六種の魔術やある程度の剣術など、最低限のものは学べる学校だ。

 

学費も安い。いつミリシオンを離れるかわからなかったし、学費の安いところなら経済的な負担も少ないから、色んな意味でちょうどよかったと言える。

 

相変わらず、才能をひけらかして周囲を見下しがちなアイシャに不安はあったが、学校生活自体は順調な様子。

 

ノルンとの関係も悪くないし、学校でも家でもそれなりに仲良く暮らしている。少なくとも、リーリャの見ている範囲内では。

 

 

パウロは忙しく、家にはほとんどいない。

既にミリス大陸で新しく難民が見つかることはほとんどなくなり、死亡報告もかなり減った。

今は、様々な理由でフィットア領への帰還を断り、あるいは断念し、新しい生活へ向けて歩み出した難民達を各地へ送り届ける仕事をしている。

 

リーリャは昔と変わらず家のことを担当しており、パウロがいない間にいざということがあれば残った家族を守ることになっている。

リーリャは水神流中級剣士だ。所詮は中級が限界の凡人とはいえ、一応は国に仕える一般的な騎士と同等の強さはある。油断は出来ないが、本部にいる団員と連携すれば大抵のことは何とかなるはずだ。

 

 

ここまでであれば、ある程度安定した生活が出来ているように思えるだろう。

 

しかし、一人だけ。

リーリャにとって、どうしても不安が拭えない人がいた。

 

今、その人が家を出ようとしている。

先に家を出た少女二人より年上の、最後に残ったもう一人の少女が。

 

「それじゃ、リーリャ。私も行ってくるわね」

 

「…はい、お気をつけて」

 

リーリャはその少女……リディスを見送る。

13歳になり、ますますゼニスに似て来た、グレイラット家の長女を。

 

リディスは現在、学校には通っていない。

学校で学べることは既に習得しているので行く必要がない。それに、捜索団本部にいる子供達や、精神的にまだ復帰が難しい人達の治療を担当しているので、中々に忙しい。

 

とはいえ、今日行くのは本部ではない。

 

彼女がこれから向かう先、そして、そこでリディスが何をしているのか。

それを考えると、リーリャの心は後悔と悲しみ、そして申し訳なさでいっぱいになってしまう。

 

「(もう十分お辛い目に遭ったというのに、どうして……)」

 

……転移事件の際に、転移先でリディスが受けた残酷な仕打ちについては、既にパウロから聞いている。2年が経つとはいえ、彼女の心の傷が癒えるにはまだ時間がかかるだろう。

 

家でゆっくりと療養していてほしかったが……。

 

「(自暴自棄になっている、とは考えたくありませんが…)」

 

所詮は一介の侍女に過ぎないリーリャでは、どうにもならないことだと頭ではわかっている。

 

今の自分に出来ることは一つ。

彼女が帰って来た時に安心出来るよう、家を守ることだけ。それしか出来ない。

 

 

……ここにゼニスがいれば。

そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

●〇●〇●〇●〇●

 

 

 

 

 

事の発端は、ラトレイア家に挨拶しに行った頃まで遡る。

 

 

ラトレイア伯爵家。

パウロのもう一人の妻であり、本妻でもあるゼニス。

彼女の実家がミリシオンの貴族であるラトレイア伯爵家だ。

 

パウロの頼みを聞き入れ、伯爵夫人のクレア・ラトレイアは、家の力を使ってフィットア領捜索団に大きく協力してくれた。

資金提供、情報収集、奴隷(難民)を奪われてご立腹の他の貴族達への根回しなど、これまで捜索団が活動出来ていたのはラトレイア家の協力ありきと言っても過言ではない。

 

そんなラトレイア家…クレアから、自身の孫娘達を連れて来るように、と催促があったのだ。

 

 

何が目的かはわからないが、大きな借りがあるパウロとしては断るのは難しい。

 

断った結果、クレアが機嫌を損ねて支援を打ち切ってしまうようなことは避けたい。

なので、リーリャとアイシャがミリシオンに来て半月程が過ぎた頃、パウロに連れられて全員でラトレイア家に赴くことになった。

 

 

 

 

 

───そして、娘達はクレアの教育を受けることになった。

 

ゼニスはラトレイアの名を捨てているのだが、ゼニスの実母であるクレアは、家出した娘をまだ身内だと認識している。

仮にも貴族の令嬢であるにも関わらず、満足に貴族としての教育を受けられていない孫娘達。それを見たクレアは、孫娘達を自分が教育をする義務がある、と判断したらしい。

 

…急な話だった。一方的で、ほとんど強制と言っていい。

 

パウロは立場も受けた恩も考えれば断れなかった。

侍女のリーリャはもちろん、三人の娘達には確認の言葉すらなく、最低でも月に一度、ラトレイア家で教育を受けることとなったのだ。

 

リーリャは不安だったが、よくよく考えれば悪い話ではないと思った。

ラトレイア家にいる間は身の安全は保障されたも同然だし、身内と認識されている以上、悪い扱いもされないだろう。

それに、ラトレイア家にはお抱えの講師達がいる。リーリャが教えるよりも、よりレベルの高い授業を受けることが出来るだろう。

 

アイシャには将来的にルーデウスの侍女になるための教育をしているが、貴族としての振る舞いも学んでおいて損はない。いつかルーデウスに子供が出来たら、アイシャが貴族としての教育をする可能性もあるだろう。

 

考えれば考えるほど、良い点しかない。

当時はそう思った。

 

 

もっとよく考えるべきだったのだ。

最初にラトレイア家に挨拶に行った際、リーリャとアイシャに向けられる目はどんなものだったか。それを考えれば、リーリャの思うようにはならないと分かったはずなのに。

 

もしかしたら、久しぶりにパウロ達と再会できてリーリャも浮かれていたのかもしれない。

 

 

 

……いや、そもそも分かった所で誰にもどうすることも出来なかったのだが。

 

 

 

 

 

●〇●〇●〇●〇●

 

 

 

 

 

クレアによる教育を終えた初日。

帰ってきた三人を見た時、リーリャは大きな衝撃を受けた。

 

アイシャは無表情で、目も淀んでいるように見える。

ノルンは一目見てわかるくらいに落ち込んでおり、暗い顔で俯いたまま。

 

そして、二人と手を繋いでいたリディスは……今までに見たことのない、ゾッとするような冷たい表情をしていた。

 

「……リーリャ、ちょっとお話ししましょうか」

 

リーリャはただ、黙って頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

ラトレイア家でいったい何が行われたのか。

なんてことはない、貴族としての礼儀作法の教育を受けたのだ。事前の話通り。

 

……リディスとノルンだけ、だったが。

 

 

アイシャだけは徹底的に差別された。

 

「『妾の子』に貴族としての振る舞いなど、教える必要はないでしょう」そう言われ、アイシャには侍女としての教育が施された。

家事、炊事、掃除、来客の対応、主人の傍にいる際の立ち回り、言葉遣い、侍女としての礼儀作法や貴族の家で働く際の常識や知識など。

 

年配の使用人から指導を受けたらしいが、これがまた非常に厳しいものだったらしい。

 

既に大半のことを習得していた優秀なアイシャが気に入らなかったのか、難癖のような指摘が多く、ほとんどいじめに近い扱いを受けたそうだ。

 

特に、アイシャとしては、自身に向けられる冷たい視線が堪えたらしい。

 

『一人の相手を愛すべし』というミリス教団の教義が染みついているこの国では、重婚は良く思われない。

それも大きく影響しているのだろう。

真正面から罵倒されるようなことはなかったが……その分が態度や視線に表れたのだ。

 

 

リディスとノルンへの教育も厳しかったようだ。

ルーデウスには及ばないとはいえ、要領も良く、リーリャから礼儀作法を学んでいたリディスはうまく切り抜けた。怒られないようにかなり気を張っていたようだが。

 

が、ノルンはそうはいかない。

ノルンは元々、リーリャから礼儀作法を学んでいない。リディスが多少教えたようだが、それも1年足らずでほとんど付け焼き刃に近かった。

 

結果、何度も失敗し、その度に怒られた。

姉と比較され、目の前で落胆の溜息を吐かれることもあったという。

 

 

ゼニスから、ごくたまに実家の話を聞くことはあった。

何事にも厳しい家で、家を出て冒険者になって正解だったとゼニスは語っていたが……まさか、ここまで酷い家だとは。

 

「次からのお誘いは断る……ってことは、無理よね…」

 

「そうですね。パウロ様にご迷惑がかかるやもしれません」

 

「やっぱりそうよね……じゃあ、お父さんが帰ってきたら相談してみましょうか」

 

その後、久しぶりに家へ帰って来たパウロにも相談した。

話を聞いたパウロは激怒し、殺気を放ちながら剣を持って家を出ようとしたので、全員で慌てて止めることになったが。

 

「あの婆さんがそんなことをする奴だとわかってれば……いや、けどなぁ…」

 

しばらくして冷静になったパウロは、頭を抱えて悩みだした。

 

「どうにかしてやりてぇが、今はタイミングが悪すぎる。もしもあの婆さんが機嫌を損ねて、今の時期にラトレイアからの支援がなくなったら……ああ、くそっ!」

 

「やはり、パウロ様でも難しいですか」

 

「……すまん。今は駄目なんだ。今だけは。せめて後2年…いや、後1年もあれば、残った難民は全員送り届けることが出来るんだが」

 

それさえ終われば、捜索団は一旦解散となる。

後はさっさとミリシオンを出て、どこかの町に住みつけばいい。アスラ王国南部にある、リーリャの実家を頼るという手段もある。

パウロが顔を出したら殺されかねないが、リーリャが子供達を連れて行くだけなら受け入れて貰える可能性は高い。リーリャは転移前までは実家に仕送りもしていたし、関係性は良好だったからだ。

 

「よし、だったらこうしよう。1年だ。1年はミリシオンで暮らす。そして、捜索団が解散したらお前達はリーリャの実家に送り届ける」

 

「お父さんはどうするの?」

 

「俺はゼニスを探す。ルディが北方をどれくらい探せているかによるが、北方でも見つからなかったらルディと合流して、他の場所を探しに行く」

 

 

こうして話し合いは一旦終わった。

今後集まる情報次第でどうなるかはわからないが、とりあえず1年経ったらミリシオンを出る、というところまではほぼ確定だ。

 

子供達は辛いだろうが、1年は耐えて貰うことになる。

リーリャも非常に心苦しいが、今はこれが限界だろう。

 

 

 

 

 

リーリャはリディスのことを見誤っていた。

いや、リーリャだけじゃない。パウロも、アイシャもノルンもわかっていなかった。

 

たった1年。されど1年。

まだ幼いアイシャとノルンにとって、この1年という期間は大人が思っている以上に長い。

 

その間、妹達が苦しむ姿を、家族大好きなこの少女がただ黙って見ているのか。

 

 

否、そんなはずがなかったのである。

 

 

 

 

 

●〇●〇●〇●〇●

 

 

 

 

 

事態が動いたのは、最初の話し合いから数か月後。

リーリャとアイシャがミリシオンに来て、半年になろうかという頃だった。

 

「次からは来なくてよろしい」

 

ある日突然そんなことを言われ、ラトレイアでの教育は終わりを告げた。

何が何だかわからなかったが、アイシャとノルンは嬉しそうにしており、パウロとリーリャは戸惑いつつも、後日改めてクレアに確認の連絡を入れてみることになった。

 

 

そして、その日の深夜。

アイシャとノルンが寝静まった頃、パウロとリーリャは一階のリビングで、テーブルを挟んでとある人物と向かい合っていた。

 

「…で、こんな夜中に話したいことってのはなんだ?まぁ、大体想像は出来ているつもりだが…」

 

そう言って、パウロは眼前の人物に目を向ける。

リーリャは困惑しつつも、パウロと同じように目の前の人物を見詰めた。

 

「リディス様……」

 

「こんな時間に起こしちゃってごめんなさい。二人には話しておきたくて」

 

そう、とある人物とはリディスのことだ。

夜中にリーリャとパウロを起こし、話があると言ってリビングまで連れて来たのだ。

 

「アイシャとノルンが起きて来たらマズイから、結論から話すね」

 

そう言って、リディスは事情を話し始めた。

 

 

 

 

 

……どうやら、クレアが教育を終わらせたのはリディスが原因らしい。

 

最初の話し合いで、後1年は耐えようという結論になったはずだが、リディスはそれに納得していなかった。独自のやり方で、穏便に教育を終わらせようとしたらしい。

 

独自のやり方…クレアに取り入るというやり方で。

 

そして、その方法はうまく行った。

優秀で、従順で、決して反発しないリディス。それを見たクレアは『ミリス令嬢の鑑』と言われた頃のゼニスを思い出し、大層気に入ったという。

 

それこそ、妹達二人の教育を止めてほしい、という願いを聞き入れるほどに。

 

……ただし、代償はあった。

 

アイシャとノルンの教育は止めてもらうことが出来た。

その代わり、リディスは最低でも週に一回は、ラトレイア家に行って教育を受けなければならない。

 

アイシャにはもう侍女としての教育は必要ない、長女の自分が教わるから次女のノルンは別に急いで教える必要はないだろう。

自分が教わっておけば、ミリシオンを離れた後もノルンに教えてあげることが出来る。どの道、今の調子ではノルンが全てを学び終えることは出来ないから。

 

そう言ったところ、リディスに全てを教えるなら来る頻度を増やす必要があると告げられ、リディスはそれを了承した……ということだった。

 

 

「勝手なことをして、ごめんなさい……」

 

そう言って、リディスは頭を下げた。

パウロにはともかく、侍女の自分にまで頭を下げるなんて…リーリャは慌てて立ち上がった。

 

「お、おやめください。リディス様が謝ることなどありません…!」

 

そうだ。リディスが謝る必要はないのだ。

心優しいこの少女は、苦しむ妹達を見て居ても立っても居られなかったのだろう。

 

大人達が動けない以上、自分が何とかするしかない。

そう判断して、彼女は自分を犠牲にする手段を選んだのだ。

 

それをパウロも察したのか、複雑な顔で頭の後ろを掻いた。

 

「まぁ、そうだよなぁ。実際にその目で妹がひでぇ扱いされてるのを見て、お前が何もしないはずないもんなぁ。けど、お前は大丈夫なのか?週一だぞ」

 

リディスだってラトレイア家での教育は辛かったはずだ。

家に帰って来る時、彼女も妹二人に劣らないくらい、暗い顔をしていたのだから。

 

「……私は全然大丈夫。だってお姉ちゃんだもの。あんなのへっちゃらよ」

 

そう言って力強い笑みを見せる。

が、リーリャには強がっているようにしか思えない。見ているだけで胸が締め付けられた。

 

「ノルン様はともかく、アイシャのことは気にせずとも……」

 

アイシャは『妾の子』だ。それは事実。

娘の様子にリーリャとしては思う所はあったものの、受け入れなければいけない現実でもある。いつかはクレア達のような対応をされることもあっただろう。

 

アイシャに対する扱いは、仕方がないことなのだ。

だからこそ、そこまでして助けてもらう必要なんてない……そう思ったのだが。

 

「馬鹿なこと言わないでよ…!アイシャだって、私とルディの妹なのよ…!?」

 

リディスは立ち上がり、目を吊り上がらせた。

リディスがここまで怒る姿を見るのは初めて見る。かつてのリーリャ妊娠が発覚した時のゼニスを思い出し、パウロもリーリャも顔が引き攣った。

 

「私はお姉ちゃんなの…!妹があんな扱いされて、放っておけるわけないでしょ!」

 

「お、おい落ち着け…」

 

「お父さんは黙ってて!いい?リーリャ。あなたのアイシャに対する教育方針に口を出すつもりはないけど、あの子が私の妹でもあるってことは忘れないで。大体、あなたはアイシャに厳しすぎるのよ!教育教育って言うけどね、もっと優しくして───」

 

「リディス様…!あまり声が大きいと…その……」

 

「………あ」

 

リディスが慌てて口を塞ぐと、上階の音に耳を澄ませた。

この家は壁が薄い。少し騒ぐだけでも、声が全体に届いてしまう。

 

……物音はしない。

どうやら、ノルンとアイシャは起きなかったようだ。

 

ほっと胸をなでおろしながら、三人ともばつの悪そうな顔で再び椅子に座った。

 

「まぁ、なんだ。とりあえず事情はわかった。今回のことは、父さんも何もしてやれなかったから、強く言うつもりはない。ただ、次からは事前に相談しなさい。わかったな?」

 

「……はい。わかりました」

 

「よろしい。ほら、リーリャにも言うことがあるんじゃないか?」

 

「うん……」

 

今度はリーリャに向き直り、おずおずと頭を下げた。

 

「さっきは怒鳴っちゃって、ごめんなさい」

 

 

 

 

 

───ひとまず、この一件はこれで終わった。

もうリディスはクレアとの交渉を済ませてしまっているから、今更言っても仕方がない。

 

 

しかし、この件でリーリャの中に心配の種が出来たのは確かだった。

 

 

 

 

 

●〇●〇●〇●〇●

 

 

 

 

 

あれからしばらく経ち、現在。

 

アイシャとノルンは元気に学校へ通っている。

二人とも以前より成績が良くなっており、アイシャは元々優秀だったのがさらに優秀になったくらいで大きな変化はないが、ノルンは初級の治癒魔術を習得することに成功するなど、目覚ましい成長を遂げている。

 

気力とやる気に満ち溢れており、それだけラトレイアでの扱いに鬱憤が溜まっていたことがうかがい知れた。

 

なお、二人にはリディスのやったことは秘密にされている。

妹達に心配をかけたくないリディスからの要望だ。

 

パウロ、リーリャ、リディスの三人で口裏を合わせ、偶然見つけた高位の治癒術師から、上級以上の治癒魔術を教わりに行っている、ということになっていた。

 

実際、ラトレイア家にも治癒術師が講師として招かれたそうなので、大きく間違ってはいない。残りの半年くらいなら何とか誤魔化せるだろう。

 

 

 

 

 

……あの一件で、リーリャも大きく反省した。

グレイラット家にとって、リーリャとアイシャは既に家族なのだ。特に、リディスは弟妹達を心底溺愛している。

目の前で自分の妹が、毎日実母から厳しい教育を受け、しかも碌に褒められることもない。そんな光景を見て来たのだから、リーリャの教育のやり方に対して不満を持つのは当然だ。

 

教育の方針を改めなければならない。

褒めたら調子に乗ると思って厳しくしていたが、これからはきちんと、褒めるべきところは褒め、そうでない所は注意する。そういうやり方にしよう。

 

このやり方で駄目そうだったら、その時は皆に相談すればよいのだ。

 

私達は家族なのだから。

 

 

 

 

 

子供達を見送った後。

家の中で一人、リーリャは考える。

 

「(……リディス様は、あまりにもご自分のことを軽視している。昔から優しい方でしたが、今は家族のためなら文字通り、なんでもするようになってしまった)」

 

無論、リーリャだって家族のためなら何でもする。

ゼニスはもちろん、今はパウロだってそうだ。今のパウロは父親として立派に成長しており、家族を守るためなら命だって捧げる覚悟があるだろう。

 

だが、リディスはまだ若い。

未来ある子供であり、リーリャ達大人が守ってやらなければならない存在だ。間違っても、自分達より先に死んでいい人間ではない。

 

しかし、今のリディスはあまりにも危うい。

昔からこうだったのか、それとも、転移先での境遇によって変わってしまったのか。それはわからないが、少し目を離したらどこかへ消えてしまうような、そんな儚さをリディスからは感じる。

 

家族の為なら、自分の命を簡単に投げ捨ててしまうだろう。

 

……リーリャにとって、リディスは恩人だ。

偶然とはいえ『治癒』でリーリャの足を治してくれた。

パウロと男女の関係になるという裏切りをした自分を許してくれた。

 

そして今回、実の娘を辛い状況から救ってくれた。

自分の身を犠牲にしてまで。

 

受けた恩はルーデウスにも劣らない。

リディスもまた、自身が一生をかけて恩を返さなければならない人なのだ。

 

「(……せめて、ゼニス様が見つかるまでは、私があの方の命を守らなければ)」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

庶民の皆さま、ごきげんよう。

 

私の名はリディス・グレイラット。

 

由緒正しきラトレイアの血筋に連なる者。

『ミリス令嬢の鑑』と謳われた母に勝るとも劣らない、ご令嬢の中のご令嬢。

 

まさに、オンリーワンにしてナンバーワン。

全ご令嬢の頂点、クイーンオブお嬢様ですわ(誇張表現)。

 

どうぞお見知りおきを。

 

 

さてさてさて、私は現在、ラトレイア家にてお茶会を楽しんでおります。

 

お相手は、祖母のクレア・ラトレイア。

先ほどから私の一挙手一投足に目を光らせており、その姿からは多大な圧を感じております。少しでもマナーを間違えれば、その瞬間に溜息を吐かれ、厳しい指導を受けることになるでしょう。

 

おおっ、なんと恐ろしいことでしょうか(棒)。

 

しかし、恐れることはありません。

かつての私が♰ブラック☠カンパニー♰で叩き込まれたビジネスマナーに比べれば、お茶会の作法なんて容易いものですわ(天下無双)。

 

 

その証拠に、ここ最近は一度も注意を受けたことがありませんの。

 

 

はー!お紅茶うめーですわー!

クッキーうっま!お紅茶にはおいしいクッキーですわね!

パクパクですわ!お紅茶とクッキーで優勝ですわ!

 

異世界では甘味は貴重ですことよ!

こんなのが週一で毎回食べられるなんて最高ですわ!

 

もうシャリーアに行く必要なんてありません!

このままラトレイア家の子になってしまいましょう!

 

 

 

 

 

………はい、冗談です。

 

このままラトレイア家の子になったら、俺は間違いなくどこぞの貴族と結婚させられるだろう。

 

貴重な甘味が安定して食えるのはかなり素晴らしいが、男と結婚なんて死んでも御免である。

 

しかしこのクッキーうまいわ。

前世でも甘い物は好きだったけど、女の体になってからはもっと好きになったよね。もういくらでも食えるぜ。

今生では食い物に困ったことはほとんどなかったけど、唯一甘い物だけは中々食べられなかったからな。

 

しかし、作戦がうまく行ってよかった。

アイシャとノルンを教育対象から外すことで、俺はラトレイア家に来る回数を増やすことが出来た。

 

ミリシオンにいる間は、出来るだけラトレイア家で過ごしたいからな。

貴族としての作法とか儀式の勉強は少々面倒だが、それ以上に快適さが優った。

 

使用人がいっぱいいて、甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれる。作法さえしっかりしていれば、あの頑固婆さんも何も言ってこない。

 

お菓子も食べ放題。

食が細いのでたくさんは無理だが、毎回限界までお菓子を貪り食ってる。

 

 

腹ン中が(菓子と茶で)パンパンだぜ!

 

 

しかし俺が見た限り、クレアって婆さんはツンデレだな。

それも、デレがわかりづらいタイプの不器用なツンデレだ。

 

いるんだよなぁ、ああいうの。

頑固で意地っ張りで不器用という、対人スキルにデバフモリモリ三重苦が付いちゃってる面倒くさい奴。

 

まぁ、最初はちょいと苦戦したが、今ではすっかり俺を気に入ってくれているのがわかる。傍目には難しい顔した冷たい婆さんだが、俺には孫娘にメロメロになっている孫に甘々お婆ちゃんにしか見えない。

 

ルーデウスの所に行くまでの間はあんたに寄生してやるぜ。

精々、俺に楽な生活をさせてくれたまえ。

 

 

 

いやぁ~、それにしても今回はうまくいったんじゃない?

アイシャとノルンの関係は悪くないし、二人からの好感度も十分稼げたと確信している。パウロとリーリャにも家族想いアピール出来たし、グレイラット家における俺の立場は盤石と言って過言ではないだろう。

 

もう楽勝でしょこれ。

シャリーアに行った後の流れはうろ覚えな部分も多いが、基本的には俺がいなくてもハッピーエンドになるんだ。致命的な部分に干渉しなければ無問題無問題。

 

 

 

肝心の『致命的な部分』ってのがうろ覚えなんだけどな!

でも、ルーデウスさえ生きていれば何とかなるでしょ?

 

そうだよね?ね?

 

 

 

 

 




【大まかな原作との変更点】
・リーリャ
→アイシャをきちんと褒めるようになった。
 実は捜索団の中ではパウロに次ぐ戦力として頼りにされている。

・アイシャとノルンの姉妹仲
→良好。基本的に仲良し。

・アイシャ
→クレアの教育が半年で終わったので受けた影響は少ない。
 リーリャも褒めてくれるので精神的に余裕がある。
 能力アップ。ただし、人を動かす能力は原作より低い。

・ノルン
→現時点でルーデウスと仲直りした頃の精神状態に近い。
 一生懸命な頑張り屋さんで、学校でも密かに人気がある。
 能力アップ。同年代の中では平均より多少優秀程度の能力。





・クレア
→???

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