暗い暗い地下通路を歩く。
通路にある灯は最低限。先導するのは薄汚い装備に身を包んだ男。
そいつの後ろを、重たい足を引きずるようにしてついていく。
前を歩く男は隙だらけだ。所詮は下っ端か。
大した実力もないし、俺が不意打ちで魔術をぶっ放せば殺すことが出来るだろう。
でも、それはしない。出来ない。
やったところで何の意味もない。
その後、数分もしない内に目的地に到着した。
牢屋だ。通路を挟んで牢屋がいくつか並んでいる。
捕らえられている者は子供から大人まで様々だ。
衛生状態はあまりよくなく、血、吐しゃ物、排泄物など、色々なものが混ざった何とも言えない臭いがする。
こんなところで暮らすとか地獄だな。
俺は男の監視のもと、彼らの健康状態をチェックする。
外傷はほとんどない。俺が治したからだ。
まぁ、欠損がある者に関してはどうしようもないが。
神子としての力を使えば治せないこともないが、あまり大っぴらに使うことは出来ない。それに、そもそも欠損してからかなり時間が経っているので、治すのは負担がデカすぎる。却下だ。
他は……軽度の栄養失調になっている者はいるが、環境を考えれば十分健康体と言えるだろう。病気にかかっている者もいないし、大丈夫そうだ。
「終わったか?」
「……はい」
「よし。いくぞ」
再び男について行こうとする。
すると、最後に診察したおっさんが俺の手を掴んできた。顔をずいっと寄せて口を開く。
「無理すんじゃねぇぞ」
口くっさ!
あと勝手に俺の手に触るんじゃねぇよ!
お触りするなら金を払えってんだ!おう、アスラ金貨100枚で考えてやるよ。
なお、アスラ金貨は1枚で10万円に相当する。
「……私は大丈夫ですから。気にしないでください」
適当にあしらって、俺は男について行った。
再び数分程歩いて、辿り着いたのは別の牢屋だ。
先ほどの牢屋とは距離が離れているせいか、この辺は臭くない。
衛生面もそれなりに良いし、簡素だがベッドもある。
ここが俺の今の家だ。
暮らし始めて既に半年は過ぎただろうか。なんかもう愛着が湧いて来た気がする。
牢屋の扉を閉め、男が去ったのを確認すると俺はボロい桶に魔術で水を入れる。
そして服を脱いですっぽんぽんになり、よれよれの手ぬぐいを濡らして体を拭き始めた。
ここは見張りがいない。不用心だが、魔術が使えるとはいえ10歳の少女が逃げられると思っていないのだろう。実際、この辺の地理もわかんないし、相手の戦力を考えると逃げるのは無理だ。
体を一通り拭き終わったら、下着だけ着けてとっとと寝る。
睡眠不足はお肌の天敵だからな。まだまだ若いとはいえ、今の内から気をつけねばならん。俺は金髪巨乳美女を目指しているのだ。
ふぅ、明日も朝から仕事か。
まるで社畜時代に戻ったようだぜ。何だか懐かしいな……嬉しくはないけど。
………さて、どうして俺がこんな状況になってしまったのか。
それを説明するためには、今の銀河の状況を理解する必要がある。
嘘です。
でもちょっと長くなるよ。
●〇●〇●〇●〇●
どうして俺が牢屋で暮らす事になっているのか。
はっきりと言ってしまえば、俺が失敗したのが原因だ。
フィットア領転移事件の当日。
俺は転移が起きる日は知っていたが、時間帯についてはちょっと自信がなかった。とはいえ、転移の当日はルーデウス以外の家族は全員揃っていて、その場にシルフィもいたことは覚えている。
だから、パウロが魔物の討伐から帰って来て、うちにシルフィも含めて全員揃ったことを確認した時、俺は悟った。
『あ、これアニメで見たやつだ!』って。
窓の外の異常に気づいたのか、ノルンを抱っこしたパウロが窓際に近づいていく。
俺はパウロの隣をさりげなく確保し、奇妙な色に染まった空を一緒に見上げていた。
程なくして、ロアの町の方に光の柱が出来た。
その柱はどんどん太くなり、何もかもを飲み込みながら迫って来る。
ここだ!……そう思った俺は、咄嗟にパウロの腕を掴んだ。
そして、俺は一人でミリス大陸に転移した。
それも町中ではない。どっか知らん森の中だ。ミリス大陸だとは後から知った。
……はぁ~(クソデカ溜息)
あのさぁ…俺言ったよね?パウロと転移するって。
ノルンの世話しながら暮らして、後でルーデウスのところへ行ったらダラダラ暮らす。それが俺の予定だったんだよ。
それなのにさぁ……。
見ろよこの無残な姿をよぉ!
なんで一人なんだよ!ちゃんとパウロの腕掴んでたじゃん!
ここが地球ならサバイバル出来なくもないけどさ、ここは魔物が跋扈する殺伐とした異世界なんだよ。俺が一人で生き残れるわけがないだろ!
ハイクソー。
二度とやらんわこんなクソゲー。
そんな感じで混乱の極致にあった俺は、背後から近づいてくる不審者に気づかなかった。
はい、賊に捕まりました。
一応抵抗しようとしたのだが、魔力が枯渇寸前だったのか体に力が入らない。
気分も悪いし熱っぽい。この状態で抵抗したら反撃で殺されただろうし、結果的にはよかったのかもしれないな。
その後、俺はあれよあれよという間に人攫いのもとへと送られ、奴隷商行きへのカウントダウンが始まったのである。
人攫い共が拠点としている放棄された砦の中。
牢屋の中で、俺は他の捕まった連中と情報交換を行っていた。
ここがミリス大陸ということ。
捕まった者の中には、俺と同じフィットア領から転移した者もいたし、どっかその辺の村から攫われたような奴もいた。
このまま行けば、俺達は奴隷商に引き渡され、正式に奴隷として市場に並ぶことになるだろう、ということ。
もうね、ふざけんなと。
パウロは難民の捜索団を立ち上げるけど、それは転移から数か月した後の話。
それまでの間。
もしも俺がどこぞの変態に買い取られて、娼婦みたいな扱いを受けたら………。
いやあああああああ!
あああああああああああああ!
ふざっけんじゃねぇよマジで!!
すいません、私、女なんですけど(笑)
奴隷にならなくちゃいけないんですか?
一応は貴族だよ?グレイラットやぞ?
ええんか?こんな扱いしてええんかお前らぁ!
と、わめいても仕方ないので、俺は早速行動を起こした。
牢屋内にいた、怪我や病気にかかっている奴を片っ端から治療したのである。
当然見張りの者に見つかり、俺は牢屋から連れ出されて連中のボスの前まで連れてこられた。
ミリス以外では治癒魔術が使える奴は貴重だ。
いや、ここはミリスなんだけどさ。人攫いなんてやっている奴の中に治癒が使える者はそうはいないだろ。しかも中級だからな。
数人の見張りに囲まれながら、俺は何が出来るのか、出来ないのか、根掘り葉掘り聞かれることとなった。
以下、面接の様子である。
ボスはボ、俺は俺と記載する。
ボ『じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?』
俺『えと、10歳です』
ボ『10歳!若いねぇ。出身は?』
俺『アスラ王国の、フィットア領のブエナ村です』
ボ『フィットア領……あっ、ふーん。魔術は誰から教えて貰ったの?』
俺『元冒険者の母から教わりました。治癒と解毒は中級で、他は初級です』
ボ『そうなんだ。ところで、フィットア領は消えてなくなっちゃったらしいね』
俺『ふぁ!?』
ボ『帰る場所がなくなっちゃったね。お母さんも死んじゃったかな』
俺『ふ、ふぇぇ……』
ボ『可哀相だから、うちで雇ってあげるよ』
俺『は、はひ』
みたいな感じの内容だった。
幸いなことに、連中の中に10歳に欲情する変態はいなかった。
ま、無理に性的に奉仕させたとして、正気を失って使い物にならなくなったら勿体ないからな。それも当然か。
仕事はきついが、奴隷になって変態に売られるよりはマシと割り切って暮らしている。
なお、仕事内容は治癒術師兼医者のようなものだ。
怪我や病気で売れそうにない奴でも、俺が治してやれば高く売れるようになる。
人攫い共も、職業上相手に抵抗されたり、魔物に襲われて毒を喰らったり負傷することも珍しくない。そいつらを治療するのも俺の仕事だ。
最初は楽な仕事だと思ったんだが、これがそうでもない。
なにせ数が多いんだ。
転移事件の影響か、数多くの難民がミリス大陸に流れ着いており、そいつらを狙って人攫い共は大忙し。
俺は朝から晩まで碌な休憩もとれないし、食事だって最低限のものだ。
他の捕まっている連中よりはマシとはいえ、病弱な10歳ボディには負担が大きい。
早くパウロ来ねぇかな。
奴隷商に引き渡された奴等から俺の情報は漏れてそうだし、その内情報を聞きつけたパウロがやって来ると思うんだが。
あ、ちなみに神子としての力や、グレイラットの家名は言ってない。
家名を言っちゃうと、政治的なあれこれに使われそうでヤバかったしね。
神子の力も同様。絶対に厄介ごとになるに違いない。
ここだー!俺はここにいるぞー!
お礼はパウロかルーデウスが払うから、誰か助けてくれー!
●〇●〇●〇●〇●
ここに来てから半年が過ぎた。
半年も経つと慣れたもので、俺はここでの生活に馴染んでいた。
嘘です☆
馴染むわけねぇだろ。
仕事が辛すぎて顔が死んでるわ。
最近の人攫い共はウハウハで楽しそうだ。
苦労せずとも、難民という商品が大量に入って来るし、本来なら廃棄されるような奴らも、俺が治療することで商品としての価値を取り戻す。
特に女は売れる。
中には元貴族とかの美人さんもいて、そういうのが好きな奴には高値で売れるから、奴隷商も高く買い取ってくれる。
さらに、いつもなら金を払って、こっそり闇医者で治療を受けていた人攫い共も、今は完全に俺を使って治療するようになった。
そりゃ無償で働いてるからな。
タダで治療出来る奴がいるんだから、有料の病院なんて行く必要はない。
その結果、軽い風邪とかちょっとした頭痛とか、そういった些細なことすらも俺に治癒魔術を使わせるようになった。
初級のヒーリングで治るとはいえ、塵も積もれば山となる。
毎日魔力が枯渇寸前まで……とはいかないが、その一歩手前ぐらいまでは魔術を使うことになる。俺自身の発作には最低限しか治癒を使うことが出来ず、今では常に軽い発作が起きている状態になってしまった。
外に出歩くことも許されず、無休で毎日毎日………。
せっかく転生したのに、まーたブラック企業勤務かよ。
やんなっちゃうね。まったく。
とはいえ、悪いことばかりじゃない。
俺の神子としての力について、より詳しいことがわかったのだ。
俺の力は『治癒』。
ただし、魔術とは違って概念操ってる感じのやつだ。
外傷や病気や毒に使えるのはわかっていた。
が、他にも応用できないかと以前から考えていた。
それが、精神的な病だ。
ここにやって来る難民達の中には、途中で賊によって体を辱められた者も多い。
女はもちろん、小さい男の子とかもそうだな。可哀そうに、若くしてケツを掘られてしまったのだろう。あいつらのケツは悲惨なことになっていた。俺が治したけど。
ケツはいいや。
そんで、そういった奴らのほとんどは精神的に病んでしまっている。
そいつらを実験台として、俺は『治癒』の力が精神的な病も治せるのかどうか、試していたのである。
結果としては……まぁ、成功といえば成功かな。
記憶を消すとかは出来なかった。辛い記憶に対する印象を薄める程度だ。
気休め程度の効果しかないと思ったが、本人達からはお礼を言われたので、当人達からすれば立派な治療になっているのかもしれない。
あと、どうして俺が一人で転移してしまったのか、それについても自分なりの答えを出すことが出来た。
多分だけど、俺は無意識に神子としての力を使って、転移に対して抵抗しようとしたんだと思う。
手応えは……あったような気がする。
俺に対する、『転移』という事象そのものを拒絶して抵抗したのだろうか。
うまく行けば俺だけ転移から逃れることも出来たかもしれないが、結果としてそうはならなかった。
転移直後、体の不調は魔力枯渇の影響かと思ったが、恐らく違う。
魔力も減ってはいたけど、体が動かなかったのは能力を使いすぎた反動だったんだろう。昔、能力を初めて使った時と症状が似ていたから多分間違いない。
無意識に転移に抵抗したものの、負担が大きすぎた。
……確か、あの転移の発端になったのって、未来にいる再生の神子とやらが限界まで力を使ったせいなんだよな。
さすがに歴史を改変するレベルの力には抵抗出来なかったか。
いや、転移自体は世界の法則が働いたようなものだったか。どちらにせよ、俺が抵抗しようとするなら、文字通り命を対価にしなければならない規模だったのだろう。
抵抗した結果、これ以上は危険と本能的に判断して抵抗を中断。
ここで中途半端に抵抗したのが良くなかったのだろう。
最初から抵抗せずにすんなりと受け入れていれば、多分、パウロとノルンと一緒の場所へ転移できたかもしれない。
もう終わったことだし、どうしようもないんだけどな。
まーた寿命削れちゃったよ。
まぁ、別にいいか。どうせ長生きするつもりはないし。
●〇●〇●〇●〇●
今日も今日とてお勤めを終え、俺は牢屋へと帰還した。
体を洗った後は、ベッドには行かず、牢屋の片隅で体育ずわりになる。
最近ちょっと暖かくなったせいか、ベッドで寝ると暑いんだよな。
かと言って、固い床に寝そべると起きた時に体が痛くなるし。
仕方ないので、座ったまま寝ることにした。
床と壁は石造りなのでほんのり冷たい。
ケツが少々痛いが、俺のケツは柔らかいので一晩位なら問題ない。
10歳児のおしりだからな。
それはもう柔らかいぞ。
お触りしていいのは美少女か美女だけだがな。
はぁ、パウロはいつになったら来るのだろうか。
ノルンの好感度も稼いでおきたいし、ルーデウス一行に助けられるのはちょっと困るんだよな。
出来れば、ルーデウス達がミリシオンに来る前には救出されたい。
ていうか、ルーデウス達が来るまで、あと1年もここで生活とかマジ勘弁。
パウロは何やってんだよあいつはよぉ。お前は女の敵で最低の糞野郎なんだぞ。せめて家族くらいはしっかり助けろよなぁ。強いぐらいしか能のないクズがよぉ。
俺は辛い、耐えられない。
死んでしまうぞ俺が!来い!早く助けに来いパウロ!
そんなことを考える内に、眠気がやって来た。
社畜を舐めるなよ。俺はたとえジェットコースターの中でも寝る自信がある。
どこででもすぐに寝られるのは、社畜の持つ基本技能の一つだ。
これを使えない奴は体を壊しやすい。
睡眠マジ大切。
みんなも睡眠時間はしっかり確保しようね。
●〇●〇●〇●〇●
起きたら馬車だったでござる。
隣にはビキニアーマーの痴女と、大人しそうな地味少女が座っている。
俺が起きたことに気づいたのか、痴女が馬車を出て誰かを呼びに行った。
その様子を寝起きの頭でぼんやりと眺めていると、地味少女が恐る恐る話しかけて来た。
「だ、大丈夫?どこか痛いところとかない?」
「………」
お前初対面だよな?
初対面の相手には、まず挨拶からだろうが。
朝の始まりは『おはようございます』なんだよ!
ったく、挨拶も碌に出来ねぇのか、最近の若いもんは。
地味な格好といい、貴族ではないだろうが、それにしたってさぁ。
かーっ、これだから庶民はよぉ。
「……おはようございます」
「あっはい、おはようございます」
どうやら、挨拶を無視するほど無礼な奴ではなかったらしい。
さて、しかしこれはどういうことだろうか。
俺はついさっきまで牢屋にいたはずだが……あ、あれか?近々出張することになるかもー、とか言われてたし、それで移動中なのかな?
せめて起こしてくれよな。
てかこいつ見たことない顔だな。
………ファ!?もしかして出張先の上司だったりする!?
やっべ、失礼な態度取っちゃったかも。
とりあえず下手に出て謝っておこう。
俺は咄嗟に土下座して許しを請うた。
「す、すみません!失礼いたしました!」
「えっ?」
「頑張ります!精一杯頑張りますから!だから許してくださいお願いします!何でもしますから!(何でもするとは言ってない)」
「な、何でもって………」
「さ、最近は結構(治療が)上手くなってきてて、皆さん満足してくれるんです!後悔はさせませんから、だからお願いします!許してください!」
「っ」
「ほわっ」
謝っている途中で、突然肩を掴まれて引っ張られた。
す、すみません!殴るなら優しく殴ってください!
そう思って一瞬身構えたのだが、気付けば俺は柔らかいものに包まれていた。
「もう大丈夫!もう大丈夫だから!」
ふむ。
サイズはBといった所か。控え目だが、中々悪くない感触だ。
胸は大きければいいってものじゃない。形、柔らかさ、触った時の質感と、胸の価値を決めるのはそういった大きさ以外の点も影響するのだ。
ちなみに、ゼニスは全てにおいて高水準のエリートだ。
リーリャは少々大きすぎるが、そこは個人の好みで評価は変わるだろう。
いや違う、そうじゃない。
なんで抱きしめてんの?なんでこいつ泣いてんの?
え、もしかして俺の謝罪に感動しちゃった?
俺の土下座の姿勢が美しすぎたのか?確かに自信はあったが、泣くほど感動するなんて……中々見る目のある奴みたいだな。
「シェラ!何があったの!?」
俺が小さな胸を堪能している間に、いつの間にかさっきの痴女が戻って来たらしい。
馬車はいつの間にか止まっていたらしく、後ろから先ほどの痴女と、男が一人乗り込んできた。
体格の良い男だ。
茶髪は長めに伸ばされており、頭の後ろで結ばれている。
顔は……元の造形は悪くなさそうだが、髭が伸び放題で頬もコケているせいか、病人のようだ。
目の下の隈も酷いし、色々と台無しだな。
俺も人のことは言えないけど。頑張って寝てるんだけど、どうしても隈が出来てしまってね。これが中々治らないのだ。
しかしこの男、どこかで見たような気が……。
………………って、パウロじゃねぇか!