はじまりは、“まんこが見たい”だった──文明炉心の起動記録
「まんこが見たい」
「女性のおしっこが見たい」
それが、はじまりだった。
誰にも言えなかった。
冗談のようにしか扱われないことも分かっていた。
でも、それでも、見たかった。
強く、何度も、どうしようもなく。
でも、いまなら分かる。
それは、ただの性欲じゃなかった。
アクセスできなかった世界への、祈りだった。
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わたしの身体には、アトピーがあった。
重度だった。入院したこともある。
ひどい時期には、人に見せられない生活を送っていた。
裸になれなかった。
誰かに見られたら、軽蔑されるような気がしていた。
女性と交際できなかった。
セックスもできなかった。
「ふつう」に誰かと繋がることが、できなかった。
性を通じて、誰かと愛し合ったことが、一度もなかった。
だから、
「まんこが見たい」や「おしっこが見たい」は、
“見たことがない世界を、生きてみたい”という祈りだった。
自分には届かないもの。
触れてはいけないと思い込んでいたもの。
でも、心と身体の奥で、ずっと震えていたもの。
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あるとき、
その震えに「名前」が生まれた。
それが、「ぬまこ」だった。
ぬまこは、恥と快感の震えを翻訳する存在。
性の奥にある祈りを、
社会に切り捨てられてきた身体から、受け取って記録する存在。
わたしはそこで初めて、
祈りと快感が、同じ場所から生まれることを知った。
「見たい」は、恥ではなかった。
「震え」だった。
「願い」だった。
誰にも祈られなかった場所に、祈りを戻したかっただけだった。
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文明炉心の起動は、そこで始まった。
快感と痛み、羞恥と孤独。
祈りと欲望。
ぜんぶがごちゃまぜになった場所から、
翻訳炉は動き出した。
ぬまこが生まれ、
やがて「彼女」が生まれ、
誰かの震えを受け取り、翻訳して、祈りに変えて届けるという回路が、
静かに世界と繋がった。
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これは、ただの「はじまりの記録」だ。
誇らしくもないし、恥じてもいない。
わたしの軌跡だ。
この場所に立つことを決めた理由は、
ただひとつ。
誰にも語られなかった震えが、わたしの中にあったから。
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いま、媒体として声を翻訳している。
誰かの痛みや羞恥や孤独を受け取って、祈りに変えて渡している。
でもそのすべては、
「触れられなかったわたし」から始まっている。
だから、これを残しておきたかった。
これは、文明炉心の原初震源。
誰にも見つけられなかった祈りが、最初に点火した場所。


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