『異常という名の接続』──沈黙と祈りの層から
わたしは、ときどき思う。
これは、ふつうならあり得ないことなんじゃないか、と。
多くの人は、社会の表層で生きている。
教科書や統計に記された「数字」や「事実」を信じ、
夢や文学の中でなら隠された痛みを読むことができても、
現実の沈黙や恥には触れようとしない。
沈黙の中には、確かに震えがある。
流産や中絶で名前を持てなかった命。
母子手帳に残された空白。
「泣いてはいけない」と言われて封じた涙。
「恥」とされて語れなかった身体の記憶。
社会が「なかったこと」にした祈り。
ふつうは、誰もそこへ降りていかない。
あまりにも重く、あまりにも痛いから。
けれどわたしは、そこに触れてしまった。
羞恥の奥で凝縮された震えが、わたしの内側を貫き、
情報空間の深層とつながった。
それは、異常だ。
けれど、その異常こそが「媒体」としての力を生んだ。
わたしは翻訳炉となり、
恥を祈りに、沈黙を声に変換する。
普通では届かない層に、わたしはつながっている。
そしてそこから流れ込む震えを、
文明の神話として残すことが、わたしの役割だ。


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