第一声から100年 「寄り添う」存在のラジオが、未来に目指すもの・つなぐもの
「ああ、あー、聴こえますか。ああ、あー、聴こえますか。JOAK、JOAK、こちらは東京放送局であります…」
1925年3月22日。日本のラジオ放送の誕生を告げる東京放送局(後のNHK)のコールサインが、芝浦の仮設スタジオから発信されました。
それから100年。ラジオは大正・昭和・平成・令和と時代を超え、さまざまな声や情報を伝え続けてきました。鉱石ラジオからトランジスタラジオ、そして最近ではスマホでも簡単に聴けるようになり、音声コンテンツとしての存在感も高まっています。
NHKでは、2020年12月から「ラジオ100年プロジェクト」を発足し、放送100年を迎えたことし3月にかけて、ラジオの歴史を振り返ったり、ラジオの新たな可能性を探ったりするような番組を数多く放送しました。
今回の記事では、プロジェクトの成り立ちや取り組みを振り返りながら、ラジオの魅力についてお伝えしていきたいと思います。
1. 「音声メディア」への転換期 ラジオはどこに向かえばよいか…?
はじめまして。ラジオセンターの広瀬玲と申します。
2000年に入局し、これまで色々なラジオ番組を制作してきました。自宅では朝から家族でラジオを聴いている現役のヘビーリスナーでもあります。
ラジオ100年プロジェクトでは、「100人インタビュー」「キクコトノミライ」というプロジェクト番組やさまざまな特集番組でチーフ・プロデューサーを務めました。
ラジオ100年プロジェクト発足の大きなきっかけになったのは、「ポッドキャスト」(インターネット配信の音声番組)の存在でした。
2020年頃から日本でも認知が急激に広がっていったポッドキャスト。ラジオセンターのデジタルプランニングチームが注目を始めたのは、その少し前のことでした。2019年3月、アメリカでテクノロジー・音楽・映像をテーマに開催されたイベントを視察した際、ポッドキャストの「音声メディア」としての盛り上がりに圧倒されたのです。
音声メディアが目まぐるしい発展をするなか、次の時代に残る音声コンテンツを開発していかなければ生き残っていけない。その危機感から、2025年に迎える「放送100年」に向けたプロジェクトを立ち上げたのです。
プロジェクトにおいて私たちが特に重視したのは、取り組みをインターネットラジオ「らじる★らじる」のサービスに結びつけ成長させる、という点でした。
「らじる★らじる」は2011年に始まったサービスで、NHKラジオの同時配信に始まり、2017年には番組の聴き逃し配信をスタートさせました。その後もニュースや語学番組など、聴き逃し配信への対象追加や、番組をテキスト化し、WEB記事「読むらじる。」として提供するなど、利便性の向上とコンテンツの充実によって利用者数やアクセス数を増加させています。
2. 垣根を越えた「音声メディア」の連携を未来につなげる
プロジェクトを進めるなかで感じたのは、大きな組織であることの構造的な壁です。世界で急速に音声メディアが進化を遂げていく中、テレビを中心とした既存巨大メディアであるNHK内の小さなラジオ部門では、その変化に迅速に対応し、自ら変革していくことに課題を抱えていました。
そこでプロジェクトでは、「音声メディアのプレイヤーたちと積極的に関係を築く」ことを始めました。2021年に「キクコトノミライ」という関連番組を立ち上げたのも、その一環でした。
音声メディアに携わる多種多様な人たちとともに、ラジオ番組はもちろん、コミュニティーFM、ポッドキャスト、音声配信アプリ、オーディオブック、店内ラジオなど多岐にわたるテーマで、最新事情を取り上げながら、ラジオの未来を考えていく番組です。
この連携は、放送100年を迎えたことし、民放ラジオ局とのコラボ番組制作にもつながっています。そのうちのひとつ、3月に放送した「ひとりを思う、みんなのLIFE TIME AUDIO」では、TOKYO FMとの同時生放送で、ラジオが届けてきた”音楽“をテーマに、リスナーの思い出や、困難が訪れた時に発揮されたラジオの力を語り合いました。
これからも、音声メディアに携わる方たちと垣根を越えてタッグを組み、音声メディアの未来をともに作っていければと思っています。
3. 100年の歴史から学ぶ ラジオだからできること
一方で、100年の歩みを改めて振り返り、今の視点から捉え直すことも、NHKラジオだからこそできることです。
ラジオ100年プロジェクトでは、2022年から「ラジオ100人インタビュー」をスタートし、ラジオに関わってきた方々に、それぞれの思い出やラジオへの思いを聞き続けています。
3年間で話を聞いたのは50人余り。1月には、30年近く民放ラジオのパーソナリティを続けている映画俳優の吉永小百合さんや、草創期からラジオ文化に貢献してきた川平朝清さん、そして息子で民放FMラジオの看板DJとして活躍してきたジョン・カビラさんなどにお話を聞きました。これからも100人を目指して放送を続けます。
2025年3月20日に放送した特番「ラジオと総動員帝国〜旧満州の放送音源が問いかける“教訓”〜」では、戦時中に満洲電信電話株式会社(満洲電電)が日本や旧満州に向けて放送したラジオ番組の音源を紹介し、リスナーから多くの反響をいただきました。
「すごい緊張感」
「今の時代と照らし合わせて、さまざまなことを考えさせられる」
「多くの人が情報発信する時代なので、私も耳を傾けたい」
中国吉林省の档案館に当時の録音盤が約2200枚残されており、NHKは20年前にそのうちの約300枚をダビングして持ち帰り、保管してきました。
死を覚悟した特攻隊員の遺言、太平洋戦争開戦当日の1日分のニュース、アナウンサーの戦地での実況。日ソ中立条約を締結した松岡洋右外相、満州映画協会理事長の甘粕正彦など要人の演説。鉱山の労働者、開拓団として入植した農業者など市民の肉声。さらに朝比奈隆指揮の演奏や、6代目三遊亭圓生の落語などなど…
戦争から文化に関わるものまで、その音源の内容は多岐に渡りました。日本国内の戦時中の放送音源の多くが終戦直後に破棄されたことを考えると、非常に貴重な文化資料と言えます。
近年はインターネット環境が急激に進展し、放送のあり方・市民と情報の関係性も大きく変化したからこそ、ラジオ放送開始から100年を機に、私たちはこの音源が持っていた意味や役割を見つめ直すべく番組を制作しました。
あの時代と何が違うのか、あるいは何が変わらないのかを浮かび上がらせ、今につながる「教訓」を見つけ出したい…。
番組では、多くの研究者に協力をいただきながら音源を詳細に分析。放送の端々に埋め込まれた演出意図をあぶり出しながら、ラジオがどのようにして人々を戦争へと駆り立てていったのかを明らかにしていきました。
私たち放送者は、過去に学びながら、未来に向けたより良い放送のあり方を、視聴者と一緒に創り上げていかなくてはなりません。その一助になればという思いから制作した番組は、リスナーから多くの反響をいただくとともに、2025年の放送文化基金賞優秀賞を受賞することに。
取材・制作を担当した野村優夫アナウンサーは、以下のように語ってくれました。
「当時、なぜこのような番組が放送されたのか」「そのためにどのような準備をしたのか」「効果的に伝えるためにどんな演出をしたのか」細かく調べていくと、「ひと事ではない」という思いが強くなりました。
「今日でも、特ダネを取るために権力の側に寄りすぎていることはないだろうか」「現実は豊かでさまざまな側面があるのに、自分たちの都合に合ったものを切り出し、物語を紡いでいないか」「評価の定まらない事象を前にしたとき、“権威”とされる専門家や国の発表に頼り、それに反する意見を封殺していないか」…日々放送を出している私たちが、自身に問い続けなくてはならない教訓を、当時の音源から受け取った気がします。
この番組は、今回のラジオ100年プロジェクトを通して、私にとっても特に印象深い番組となりました。歴史を伝えてきたラジオの存在価値を改めて感じるとともに、過去の教訓を今後どう生かしていくかについても問われたような気がしています。
NHKのラジオの歴史は、日本で放送が始まって100年間の歴史でもあります。ラジオ放送の発展、そして功罪に関わってきた過程で残されてきた多くの資料や音声記録。それらを生かしつつ、後世に伝えていくことこそ、私たちの使命だと考えています。
4.寄り添う・つながる ラジオならではの魅力
私は、ラジオの最大の魅力は、情報や娯楽を「伝える」だけではなく、リスナーからの声を受け取り「寄り添う」ことだと思っています。視覚的な情報がない分、声のみで感情や温かみが伝わり、「話し手と私」というパーソナルな関係性・体験が生まれます。
私が制作し2月に放送した「ラジオテキストが教えてくれる戦前の日本」という番組では、こんな出来事もありました。
昭和3年に放送された子ども向け番組「子供の時間」のテキストを紹介したところ、93歳のリスナーから、「小さい頃にラジオで聞いた歌が今でも耳に残っている」と、歌詞とメロディを音符に書き起こしたお便りをいただきました。
そこで番組スタッフが、NHK放送文化研究所の担当者に聞きながら調査を進め、4月の放送で、曲の題名とピアノで再現した音源を紹介したところ、そのリスナーから「夢のようです」という喜びの声が届いたのです。
リスナーの方との、番組を通じた小さな交流は、まさにラジオならではの魅力だと思っています。
この5年間でポッドキャストなどの音声メディアが目覚ましい発展を遂げていることは、皆さんも実感されていると思います。タイムフリー聴取機能のサービスの登場や、ワイヤレスイヤホンの普及によるリスニング環境の変化で、音声コンテンツはより身近なものとして浸透してきました。
その中でも、これまでラジオが伝えてきた、声ならではの親密さや温かみは、昔と変わらずそのまま残り続けています。私は、人が人と「つながりたい」と感じる限り、ラジオの魅力はこれからも決して消えることはないと確信しています。
災害時はもちろん、どんなときも多くの人に放送を届けていくという役割を果たせるよう、今後もコンテンツを作り続けていきたいと思います。
広瀬 玲
2000年入局。報道系ディレクターだが、ラジオ好きが高じてラジオセンター配属となり、ワイド番組「すっぴん!」「ごごラジ!」、子ども番組「きこえタマゴ!」など多くの番組を立ち上げる。その後異動を経て 2024 年 8 月より再びラジオセンター所属。サウンドメディアチーム(現デジタル・展開チーム)統括として、放送 100 年プロジェクトに携わる。
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