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NHK潜水班が挑んだ、最高難度の洞窟潜水撮影 ~南大東島の地下に広がる水中鍾乳洞の世界~

ライトに照らされた先には、古代ローマやイスラム建築の柱を想起させる鍾乳石が林立。天井からは氷柱のような鍾乳石が無数に垂れ下がっています。直径6mm程の透明でストロー状の鍾乳石もあり、ガラス細工のような繊細な造形に心を奪われます。

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水中にある大ホール 透明度が高いためダイバーが飛んでいるように見える

鍾乳洞の最奥部では、水に溶けた石灰岩の成分が結晶化して形成された、花のような美しい鍾乳石を発見しました。人がたどり着くことが出来ない場所でひっそりと存在してきた鍾乳石の花畑。この奇跡的な光景を撮影しているとき、まるで「地球が我々のために残してくれた宝物」のようだと深く感動しました。

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水中洞窟の最奥部で見つけた鍾乳石の花畑
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葉っぱのような形、1枚の大きさは5mmほど 自然が創り上げた芸術

これらは南大東島の水中鍾乳洞の中で、私たち潜水班が撮影することに成功した数々の鍾乳石です。

数万年ほど前に水中に没してから空気に一切触れていないため、風化はほとんど進んでいません。人や動物はもちろん、魚などもいないため鍾乳石が損壊することもありませんでした。まさに「天然のタイムカプセル」となっているため、この奇跡のような光景は長い時を経ても保たれてきたのです。

(メディア技術局 コンテンツテクノロジーセンター 松本 恭幸)

カメラマンとして「潜水班」を志した理由

子どもの頃からテレビを見ることが好きだった私は、自分もいつか世界中を飛び回り、異国のエネルギッシュな文化や歴史、圧倒的な自然を体感したいと考えていました。そして1993年にNHKに入局します。

新米カメラマンとして5年ほど経験を重ねた後、かねてから希望していた潜水班に配属されました。海が好きで自然番組を担当したかった私としては、どうしても入りたかったチームでした。
「潜水班」と聞くと、水中撮影に特化したチームという印象を受けそうですが、通常は陸上で撮影業務を行っています。
川や海などの水中ではわずかな油断で怪我をしたり、撮影機材が水没して壊れたりする可能性があるため、NHKでは、潜水班に所属し専門の訓練を積んだカメラマンだけが水中での取材を許可されています。

▼潜水班の訓練の様子はこちらをご覧ください

1997年に潜水班に配属されてから25年以上、私は世界中の海で撮影をしてきました。
サメの島として有名なコスタリカ・ココ島では、ハンマーヘッドシャークの群れを。メキシコ・ユカタン半島では、セノーテと呼ばれる巨大な水中鍾乳洞を。南極の海から水中の様子を中継したこともあります。その一方で、東日本大震災で三陸の海を記録し、地形の変化やそこに暮らす生物たちの営みを撮影してきました。

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メキシコの水中洞窟で撮影する筆者
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南極でペンギンを撮影する筆者

現在は潜水班の講師も担当し、水中撮影を志すカメラマンの育成も行っています。

そして2024年、私たち潜水班が挑戦したのは、発見されたばかりの南大東島の水中鍾乳洞の撮影でした。

南大東島地下に広がる、神秘の水中洞窟撮影に挑む

南大東島は、およそ5000万年前に、現在の場所よりも約1000kmも南東で誕生したと考えられています。そこからフィリピン海プレートに乗って現在の位置まで移動してきました。

沖縄本島から東へ約360㎞、太平洋上にポツンと浮かぶ直径およそ6Km、人口わずか1200人ほどの小さな島です。隆起サンゴ礁でできた石灰岩で形成され、氷期に海面が100m以上下がった際に石灰岩の地層が雨で溶け、島内にたくさんの鍾乳洞が出来上がりました。

洞窟内には淡水が採れる水場があり、かつて飲み水の確保が難しい島民たちにとっては大切な場所でした。戦時は軍の基地や住民の防空ごうとして使用され、現在も洞窟内から採れる水をサトウキビ栽培や生活用水に用いています。

一方で内部は複雑な構造をしており、光が届かない完全な闇が広がります。危険が多いため許可なく立ち入ることができません。特に水中部分は危険で命を落とす可能性もあるため、国の調査すら行われたことがありませんでした。

そのような状況の中、世界中の水中鍾乳洞を潜っている水中探検家の伊左治 佳孝氏は、調査の実施について村や鍾乳洞の地主たちと地道な交渉を重ねていきます。そして2024年に水場調査の許可を得て水中を探検したところ、住民たちが暮らす足元のわずか数メートル下に美しい水中鍾乳洞を発見したのです。

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広がるサトウキビ畑、その数メートル下に水中鍾乳洞が存在する

迎えた2024年10月。発見者であり南大東島の水中鍾乳洞に誰よりも詳しい伊左治氏に協力を仰ぎつつ、私たち潜水班がクルー4名体制で撮影に挑むことになりました。

太陽の光が一切届かない鍾乳洞の内部を精細に撮影するため、「暗い場所での高感度撮影が可能で、色彩や陰影を豊かに描ける最新の8Kカメラ」「巨大な鍾乳洞を照らし出すための多数の水中ライト」、そして洞窟用の潜水器材など、コンテナ一杯の機材を準備し撮影に臨みました。

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1トン以上にもなる撮影機材と潜水器材を南大東島に持ち込む

鍾乳洞では入口から内部の水場まで、撮影機材や1本20kg近くあるシリンダー(空気タンク)を全員で協力しながら運びます。
内部は湿度が高く、足元に広がる粘土質の地面がぬれてツルツル滑ります。急な斜面はロープを張って降り、天井が低い場所では腰を曲げて進みます。撮影機材を壊さないように、そして風化してとがった石灰岩でけがをしないよう慎重に移動する必要もあり、ウエットスーツの内側では絶え間なく汗が吹きだしていました。

そうしてたどり着いた先でライトを照らすと、鍾乳石で囲われた水場が浮かび上がり、その美しさと存在感に圧倒されました。同時に、これからこの水の中に潜って進んでいくことに対する恐怖も感じました。水中で帰り道を見失ったり、機材トラブルによりパニックを引き起こしたりしたら命を落とす可能性があるからです。

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美しく存在感を放つ水中洞窟の入り口

初めて見る世界に対する興味と興奮、死に対する根源的な恐怖、撮影に対する責任や緊張などさまざまな感情が混ざり合う中、水中に腰まで浸かり、潜水器材を一つずつ装着して動作確認を行います。ほてった体に洞窟の冷たい水が心地よく、撮影機材のチェックが終わるころには落ち着きを取り戻すことが出来ました。

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ここから水中奥深くに進んでいく

「見えない」「狭い」エキスパートにとっても困難な水中鍾乳洞の撮影現場

真っ暗な水中鍾乳洞の奥へと潜水を開始した私たちでしたが、内部の神秘的な光景をクリアな状態で撮影するためには、数多くの困難が伴いました。

そもそも、洞窟ダイビングは非常に難しいダイビングです。海などと違いシリンダーの空気が無くなった場合、すぐに水面に浮上して呼吸することができません。また潜水器材にトラブルが発生した場合も、1時間かけて奥に進んだのであれば、戻るために1時間必要になります。

さらに、南大東島の水中鍾乳洞には大量のシルト(泥のように細かい堆積物)がたまっています。不用意なフィンの動きなどでシルトを巻き上げると、きれいだった水があっという間に濁って、ライトをつけていても自分の手さえ見えなくなってしまいます。

複雑で迷路のような鍾乳洞では、ラインと呼ばれる命綱を使い進んでいきます。撮影が終わって帰る時にはシルトで水が濁り、ほとんど何も見えない状態でラインを頼りに出口まで戻ります。
しかも、周囲は長い年月をかけてできた貴重な鍾乳石。人が一人やっと通れるような狭い隙間をシリンダーやフィン、撮影機材などで傷つけないように通り抜けなければなりません。技術的な面だけでなく、精神的にも多大なプレッシャーがかかる困難な現場でした。

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ラインと呼ばれる命綱
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鍾乳石に当たらないように狭い隙間を抜けていく

今回の撮影における最大の問題は、何と言っても大量に堆積しているシルトでした。2024年まで誰も内部に入ったことがない、未踏の洞窟です。数万年以上積もり続けたシルトは、天井や壁などあらゆる箇所に堆積しています。狭い場所ではどうしても体の一部がどこかに触れるため、シルトが巻き上がってしまうのです。

さらに、呼吸による泡だけで天井に堆積しているシルトが落ちてくるというやっかいな問題も。1か所に留まっていることが難しく、美しい映像を撮るためにはシルトが落ちてくる前に全てを撮り終えなければなりません。狭い場所では、カメラマンが先頭で移動しながら撮影することで、シルトの影響を最小限に抑えるなどの工夫を試みました。

内部は水の流れがないため、シルトで濁ってしまうと水がクリアな状態に戻るまで1か月ほどかかります。そのため、撮影した鍾乳洞を翌日に撮り直すことができません。基本的には全て一発勝負というシビアな撮影を強いられることになりました。

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シルトで濁ると広い空間を美しく撮影するのは難しい

また、シルトによって視界を奪われることでトラブルも発生します。ラインに撮影機材が絡まって身動きが取れない状況になったこともありました。そのような時に強引に進もうとすると、ラインが切れてしまう可能性があります。そうなると帰り道が分からなくなり全員の命が危なくなるため、何も見えない状況でも慌てずに、時間をかけてでも原因を排除しなければなりません。

このような困難な現場ほど、撮影チームはお互いに撮影すべき映像を理解し、共通認識のもとに行動することが求められます。特に水中では、余分な時間をかけるほど空気が減ってしまい撮影時間がなくなります。高い撮影スキルと潜水スキルを持ち、阿吽あうんの呼吸で動けるチームワークが不可欠となります。

今回バディを組んだ4名は、日頃から一緒に仕事をしている潜水班の仲間たち。お互いに助け合い、命を預けることができる信頼する仲間でなければ、今回のような困難を極めた撮影を続けることは不可能でした。

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ライトで照らすと透き通る鍾乳石                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

閉鎖空間で最高難度の撮影を実現するための特殊な訓練とは

水中鍾乳洞や沈船などの閉鎖空間でのダイビングは、通常のダイビングとは異なる器材構成や訓練が必要となります。

器材構成はシンプルかつミニマム、不必要な潜水器材を携行しない代わりに、全ての器材に対してバックアップを用意します。視界がない時や狭い場所ではバディ(一緒に潜るカメラマン)の助けが期待できず、トラブルを自分自身で対処する必要があるためです。

通常のダイビングでは背中に1本のシリンダーを背負って潜りますが、今回の撮影では、2本のシリンダーを1本ずつ両脇に抱えるサイドマウントというスタイルで潜りました。
それぞれのシリンダーは独立していて、片方で空気漏れなどのトラブルが発生しても、もう片方が使用できるため、安全性が格段に向上します。また、シリンダーの取り外しが容易で、体一つ分の隙間があれば狭い場所も通過することができるようになります。

さらに今回は、シルトで視界がゼロになってしまう可能性が高かったことから、フィリピン・スービック湾にある沈没船内で1週間ほど、鍾乳洞同様の閉鎖空間における潜水訓練を重ねてきました。

▼フィリピンでの訓練の様子を撮影した動画 

クリックすると動画が流れます

水中鍾乳洞で一番怖いのは、出口が分からなくなること。命綱であるラインの確保が何よりも重要になります。逆に、どんな場合でもラインさえ確保できていれば、生きて戻ることができる可能性は格段に高まるのです。

そのため訓練では、目を閉じて視界をゼロにしたうえで、ラインから手を離さず狭い船内を移動したり、バックアップ器材への切り替え作業等を行ったりしました。
目を閉じると、自分が浮いているのか沈んでいるのか分かりづらくなります。そのような状況の中で変化する浮力をコントロールし、手探りで障害物を確認しながら通り抜けたり、体が引っかかるような狭い場所ではシリンダーを外して通り抜けたりと、新たにシルトを舞い上げないように落ち着いて行動する訓練を積みました。

また、トラブルを未然に防ぐための訓練も欠かせません。トラブルが重なりコントロールが効かなくなるとパニックを引き起こしやすいので、水中では常に一手先、二手先を予測し行動する意識が必須となります。

過酷な環境ほど自身の安全を確保することが大切で、それがチームの安全にもつながっていきます。それゆえ、全員が心身ともに高いレベルのスキルを持っていないと、安全に撮影することが難しくなるのです。

水中撮影で一番大切なこと 魅力とこれからについて

水中撮影で一番大切なこと。それは、すばらしい映像を撮ることではなく、水面まで無事に戻ってくることです。どんな現場においても、自分と仲間の命を最優先に考えなければなりません。

先輩たちからも「本当に命が危ない時は、カメラを手放してでも水面に上がれ」と言われてきました。とはいえカメラマンとしては、一生懸命撮影した映像が入っているカメラを簡単に手放すようなことはできません。

そういった面での対策も含め、NHKでは、伊豆大島で「潜水撮影研修」を毎年行っています。中でも新人研修は、海上保安庁の“海猿”たちの訓練同様、体力的・精神的にかなりキツイ内容になります。ダイビングの基本のフィンワークを身に付けるため1日中プールで泳ぎ込みをしつつ、7日間の研修期間の中で、自分を追い込みながら多くの課題をクリアしなければなりません。
非常に厳しい訓練になりますが、この過程において自分の限界を知ることで、水中における「引き際」の判断ができるようになります。

現場では厳しい状況になることが多くあり、簡単に諦めてしまうと良い映像は撮れなくなる一方で、無理を続けると、自分や仲間の命を守ることもできなくなります。だからこそ、引き際の判断だけは絶対に間違えられません。カメラと撮影した映像、そして命を持って水面に上がることができるよう訓練を重ねる必要があるのです。

私は今まで世界中の海に潜り撮影をしてきました。水の中は怖くはないのかと聞かれることもありますが、いまだに水への恐怖心はあります。空気のない場所ではちょっとした油断や判断の誤りで、簡単に命を失うからです。また自分だけではなくバディの命を預かる者として、絶対に怖さを忘れてはいけないと心に留めています。

ただ同時に、私にとって水中は、最も魅力的な場所でもあります。そこにはまだ誰も見たことのない未知の世界が多く残っているからです。

地球のおよそ7割は海であり、未発見の生物はもちろん、人知れず沈んでいる大陸、歴史に埋もれた文明などが残されている可能性は大いにあります。技術が急速に進歩している昨今、そういった場所にも少しずつ到達できるようになり、次々と新しい発見がされていくことでしょう。

我々水中撮影に携わるカメラマンも、いつでもそういった場所の撮影に挑むことができるように常に技術と知識をアップデートし、スキルの底上げをしていかなければなりません。

もちろんドローンやロボットなどによる撮影技術も進歩するでしょうが、私たちのように、水の怖さや魅力を知っているからこそ撮れる映像がきっとあるはずです。私たち自身が心を動かされて撮影した映像を、これからも多くの人に届けていきたいと思います。

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