そのままでいいよと言われるより、そのままではよくないと自分にはっきり言えた時、変わる。ありのままでいいんだよと言われて心が落ち着くのはせいぜい数日間。また必ず揺れる。なぜならば人間の体は流動体だから。心は流動体だから。ありのままでいい訳がない。ありのままでいいよと言われて喜ぶのは、家畜の喜び。ありのままではよくないと思って奮い立つのが、葉隠の喜び。人間は人間を超える時に人間になる。現状に甘んじる時、それは人間に飼い慣らされた家畜になる。

大阪に呼ばれて行ったら待ち合わせ場所に誰も来ず「罠か」と思って意気消沈。意気消沈を五秒で終わらせるには呼吸。とにかく呼吸。呼吸が乱れると心が乱れる。頭が忙しくなると呼吸も忙しくなる。たった一人の大阪人から手痛い目に遭わされただけなのに、大阪人全体、関西人全体を嫌いそうになる。そこに歯止めをかけるのが呼吸。我らが故郷新潟にだって嫌な奴はいる。嫌な奴はどこにでもいる。いい奴だってどこにでもいる。括ってはならない。呼吸。呼吸。すうすう。はあ。

阪急十三駅のラブホ街で人間観察をしていたら、女性Ｓ様から「一度お目にかかりたい」とご連絡をいただいた。過去に二回ほど逮捕歴があるＳ様は、三度目の危機を迎えていた。今回は国税が来ることになっただけなので、逮捕とは関係ない。しかしながら、心はざわつく。悩みを聞いて欲しい訳ではない。ただ、誰かに自分の決意表明を聞いて欲しかっただけなのだが、誰にでも話せるテーマではないとなった時に「坂爪さんが大阪にいる」となって、連絡をしたのだとＳ様は言った。

癒されに来る人より、背中を押してもらいに来る人より、死んでもいいと思って玉砕覚悟で来る人の方が、爽やかな顔をして帰る。期待がないからだと思う。相手に対して「こうして欲しい」「こういうことを言って欲しい」と言う期待がないから、自由だ。何を言われてもいいと思っている。Ｓ様に「そのままでいいよ」と言うことに意味はない。津波が来たら逃げる。そのままでいたら死ぬ。停滞は死を意味する。死ぬと思ったら動く。そのままでいいと言われて喜ぶ人よりも、ずっと強い。ありのままでいい訳がないから、Ｓ様は私に連絡をした。現状維持は楽だが、楽しくない。

大阪に呼ばれて来たら罠で交通費も宿代もなくなりましたと言ったら「購読料です」と言って、これから国税が来るＳ様からお布施をいただいた。私が泊まる予定のホテルでもよければ一緒に泊まれますよと言われたので「では」と言ってお言葉に甘えた。罠に嵌った瞬間はショックだが、罠に嵌まらなければＳ様にお会いすることもできなかった。人間万事塞翁が馬。一つの最悪な出来事にいつまでもクヨクヨしていたら、目の前にある最高の出来事に気づけない。大事なものほどあっさり捨てる。閉じられた扉ではなく、開かれた扉を見る。生き苦しさを覚えるのは、生きなきゃと思っているから。生き延びようと思わない。大事なものほどあっさり捨てる。これから豊中に行く。